鈍器で殴る、相手は死ぬ
「さぁ、この思わせぶりな台地よ」
度重なるグローバードの襲撃を返り討ちにしつつ、途中から上り道が増えた崖を超えた先―――俺の前に姿を現したのは直径三十メートル程の円形の台地だった。
足元も滑らかとまでいかないが、崖道よりは遥かにマシな平地。目に付くようなオブジェクトは特に無し。
更にグルっと縁を一周してみるが、もと来た道の他にルートは見当たらない。ならば恐らく……
「終点か……」
長く苦しい戦いだった……いや距離自体は大した事なかったが、なんせ足場は悪いわクソ鳥の襲撃がしつこいわでやたらと神経を磨り減らされた。
崖ジャンは試行回数が二桁に達した辺りで恐怖感など麻痺したが、それを差し引いても気を使う点が多ければ疲労も溜まると言うもの。
さてさてそんな苦難の道を乗り越えた先、このゴールで待ち受ける相手は……もう分かってんだよなぁ―――何せまだ、一体も倒せてないんだからな。
「いい加減ムキおじも待ちくたびれてるだろうしな……その尾羽、そろそろ毟らせてもらうとしようか?」
周囲の気配が瞬時に切り替わる独特な感覚。これまでのボス戦で幾度か経験してきたそれを肌で感じ取ると同時、台地中央に立つ俺を囲むように甲高い鳴き声が響き渡った。
そう―――囲むように。つまり複数、結論から言うとこの『断崖の空架道』におけるボスエネミーとは……
「乱戦系ボスってところか。そりゃあらゆる意味でタフに決まってるよなぁ、グローバードさんよ?」
崖の縁から舞い上がり、姿を現した巨体が四つ。どれもが青い身体に大翼を広げて、等しく見覚えのある位置に何らかの傷跡を負っている。
つまるところ、俺がここに至るまでに迎撃してきた個体という事だ。襲撃回数を考えるともっと大量に出現してもおかしくはない筈だが……追加投入枠か、こちらの人数に合わせての難易度調整あたりか?
後者を願いつつ、管楽器の重奏の如く口々に俺へと威嚇音を上げるグローバードを見上げながら直剣を構える。
「アスレチックハイキング、それなりに楽しかったぜお邪魔キャラども。存分に礼をくれてやるから覚悟しやがれ!」
俺の啖呵に反応したのか否か―――次の瞬間、一際甲高い鳴き声と同時に三体のグローバードが動いた。
等間隔で俺の四方を囲んでいたうちの左右と後ろの個体―――アクションは単純な突進!
「ッ……!!」
反射的に迷いかけた足を即座に切り返し、背後から迫る一体へと突き進む。これまでの崖道とは比べようもない程に広いが、それでも狭い。向かい合って直進すれば交錯は一瞬だ。
「足場があるなら……!」
俺の転進に、後ろから迫っていたグローバードDが何らかのアクションを取るよりも先に―――
「腰も入るってなぁッ!!」
嘴の刺突をいなして擦れ違いざま、全力の一撃を細長い首筋へ叩き落とす。存分に慣性の乗った巨体に持っていかれそうになる身体を堪え、更に踏み込み―――
「ッラ゛ァ!!」
強引に振り抜く。いくら巨体といえど飛行生物。人間とて地に足ついてれば膂力で勝る事も―――いや現実じゃ絶対無理だな万歳ファンタジー!!
地に叩き伏せられ悲痛な声を上げるDに追撃の手を挙げかけるが、左右から勢い良く迫る風切音を聞き取って即座に撤回。
飛び退った瞬間に左からB、右からCが、それぞれDを守るように飛来した。俺が元いた場所へ仲良く空振りをお見舞いした二体を他所に……おう、羽ばたきの音でバレてるかんな?
「そのデカい翼で不意打ちは無理だろう、よッ!!」
《クイックチェンジ》―――真上からの急襲を目論んだグローバードAに向けて、逆に大斧投擲による不意打ちをお見舞いしてやる。
重量反映までのコンマ数秒、仕様の間隙を突いた瞬間操作。片手で放られた大斧は高速回転しながら軽々と空を裂き、Aの鼻っ柱に激突した。
これまで空中で見舞ってきた、踏み込みのない攻撃とは訳が違うだろう。存分に威力の乗った一撃は特大のヒットエフェクトを炸裂させ、直撃を受けた大翼鳥の嘴が爆散するように砕け散る。
そのまま墜落してくるグローバードを見上げながら、我ながら悪い笑みを浮かべて落下地点へ歩み寄る俺。
「さてお披露目だ、武器変レパートリー3号」
大斧を運用していて確信した、やはり「重い武器は強い」と。ならばその威力に魅入られた俺が次に求めるは、重量武器の代表格!いでよキングオブ鈍器!!
足元へと墜落したAへ向けて、空手のまま振り上げた右手を全力で叩き落とす。そしてその最中、グローバードの巨体に遅れて落下してきた大斧が俺の頭上で消え去り―――新たに現れるは、異形の戦鎚。
「我流―――《クイックチェンジ》ストライクァッ!!」
両手がかりでも確実に持ち上げられないサイズの大鉄塊が、インチキな高速スイングで与えられた慣性をそのままに本来の重量を取り戻し―――着弾。
―――――――――――――――ッッッ!!!
形容し難い悲鳴―――否、それは既に声ではなく、単なる飛散音であった。
クエスト内容の変化で浮いた青色鉄鉱石を芯材に、追加の材料費を積み限界まで鉄をぶち込んで仕上げて頂いた戦鎚―――その名も【歪な鉄塊鎚】は、振るった本人をドン引きさせるような威力を発揮して見せた。
具体的に言うと、グローバードAは頭を爆散させて絶命した。…………えぇ、複数ボスとはいえほぼ一撃?
「重量はパワーだった……?いや、慣性ブーストが強力過ぎたのか……?」
大ダメージだぜヒャッハァ!くらいの気持ちで叩き込んだ一撃の予想を超えた結果に、謎に冷や汗を垂らして困惑してしまう。
そして動揺したのは俺だけではなかったようで、今まさにAのフォローに入ろうとしていた他三体もビビったように硬直していた。
立ち尽くす俺。
燐光となって消えていくグローバードA。
羽ばたきもそぞろに俺を窺う鳥三羽。
そっと顔を上げ、視線を返す俺。
その瞬間―――俺の第六感が「恐怖」という感情を受信した時点で、俺達の関係性は「ボスとチャレンジャー」という形から「狩人と獲物」へと変化した。
どちらが獲物か分かってるね?さあ尾羽を寄越せぇ……。
◇◆◇◆◇
「………………………………」
【断崖の空架道】の一角―――具体的に言うとボスエリアのすぐ手前にある岩陰に身を潜めている彼女は、どう言い表せばいいのか見当もつかない光景に頭を悩ませていた。
別に隠れる必要は無いはずなのだが……追跡していたプレイヤー、現在はボス戦―――ボス戦で良いんだよねアレ?私の知ってるボス戦と違うよ?
……ともあれ、ボス戦に挑んでいる人物がわりとやべぇ奴なため、大事をとって接触を先延ばしにしている状況だった。
「……掲示板に書いてあった事は、一通りこなしてるっぽいよね」
空中ジャンプに関しては道中で散々披露して貰ったし、《クイックチェンジ》スキルを用いた重量武器の瞬間操作もこの目で見る事が出来た。
職業柄ちょっと色々と物申したい戦鎚が出てきたが、確かにアレを彼のように片手で振るうのは低レベルのステータスでは本来不可能だろう。
というか、高レベルの戦士でも怪しい。総鉄製と仮定して目算で重量を勘定するが、少なくともSTRが300は必要……片手であの速度のスイングとなると、その倍は欲しい。そこまで筋力偏重のビルド構成は現在の流行では無い。
というか、あんなものをインベントリに入れて限界重量は大丈夫なのだろうか?もう一つの、店売り品らしき大斧だってかなりの重さがある筈―――え、だから防具を着てないの?まさか消費アイテム類も持ってない感じ?
「どうしようアレ……」
ここに至ってはもう間違い無い―――あのプレイヤーは、彼女が今までに相対してきた何人かの「規格外」達と同質の存在だ。
自由なようで意外と枷の多いこの仮想世界の常識を、真正面から非常識でぶち破っていく存在だ。
始めた次の日から既に突き抜けている者というのも、例が無かったわけではない。彼女の知人である一人の女性が脳裏に浮かび、苦笑いを禁じ得ない。
「……どうしよう、アレ」
そんな理解と、困惑その他の様々な感情が渦巻く彼女の胸中は穏やかではない。
初めからおかしなプレイヤーである予感はしていたが、ここまで突き抜けているとは想定外―――正直なところ、この情報を素直に掲示板へ投下して良いものやら怪しい。
アルカディアにアカウントを持つプレイヤーは等しく、運営側の審査をパスした一定の常識と良識を備えた者達だ。故にあのプレイヤーが抱える「おかしな点」を盛大に暴露したところで、まさか無数の凸人にすぐさま囲まれるなんて事態にはならないだろう。
けれど、何らかの動きを見せる者は確実にいる。そしてそれらは例外無く、新参の彼が関わるには早過ぎるであろう古兵連中に違いない。
……ツッコミ所の多過ぎるアクションの数々に呆けるまま、既に幾らかマズい書き込みはしてしまった―――が、まだ間に合う。
現状ではまだ、あの新参者の如何は自分に委ねられている―――ならば、
「……なんて、ちょっと言い訳がましいかな」
岩場の影から立ち上がったカグラは、無意識の内に言い訳がましい思考を重ねる自分に苦笑いを溢した。色々と理屈を並べてそれっぽく納得など得ようとしていたが……結局は、本心のままに動く事を決めた。
―――正直言って、滅茶苦茶に腕がうずく。
ボス戦のステージである台地を囲っていた、不可視の侵入防止壁が不意に解除される。それは即ち、決着の証。
フィールドの中央に一人立つ勝者は、見るからに不完全燃焼に終わった戦闘が物足りなかったのか、少々不満げな顔をしていた。
そんな様子を見て一つ忍び笑いを零してから、カグラは姿を隠す事をやめて足を踏み出した。些細な不義理を働く事になる掲示板の住人へと、多少の罪悪感を覚えながら―――
「―――抜け駆け御免ってね」
享楽主義者である彼女の顔には、押し隠せない好奇心が浮かんでいた。
(百キロを優に超える鉄の塊をハエ叩きみたいな速度で叩き付けられたら)そらそうよ。