崖路リベンジ
「白座の王」
開口一番―――正確には白い餡畜生を殴り付けたら当たり前のようにヘシ折れたツルハシの交換をせびりに鍛冶屋を訪れた俺が低頭姿勢でへーこらしながら柄の半ばで真っ二つになった借り物を献上した後十数秒の沈黙を経て―――ムキおじは厳かにそう口にした。
「……よくお分かりで」
白座の王―――それが何者を指し示すものかなど、考えるまでもない。
「鍛冶は鉄を読む」
「……、…………?」
「………………」
いや「通じたな」みたいに頷いてんじゃねえ分かんねえよ。アンタそれで意味伝わると思ってんなら言語中枢交換した方がいいよ?
「なるほど、深い……」
さりとて、NPCに好感度パラメータなど設定されていたら後が怖いので日和見安定。
本音を押し殺して分かったように頷き返す俺をガン無視しながら、ムキおじはジッと折れたツルハシ―――微かに白く変色した、その鋒を見つめていた。
深いね、主に心と心の溝が……と、
「おん?」
シャランと何やらサウンドが耳に届く。違和感を探せば、視界端には「クエスト更新」の通知が。
「グローバードの尾羽を一束だ」
それと合わせてムキおじからも口頭の通達。照らし合わせてみれば、クエストの採集アイテムから青色鉄鉱石の名前が消えていた。
「あれ、鉄鉱石はもう良いので?」
二つ目の鉱石を見つける前に大翼鳥から紐なしバンジーをご案内されたので、規定数には達していないはず。にも拘らず達成条件から【青色鉄鉱石】が消え失せた事に俺が首を傾げていると―――
「必要無い。芯材にはこいつを使う」
そう言ってゴツい手が示したのは、いましがた俺が渡した折れたツルハシ……え、マジで?
「屑鉄だが、爪の先ほど『力』を喰っている。初めの一本にしては、出来過ぎた芯だ」
「……マジか」
キタコレ……確実に特殊なルート入ったろ!?
こうしちゃいられねぇ待ってろ鳥野郎いまから根絶やしに行くからよぉッ!!
◇◆◇◆◇
イスティアの中央街区。待ち合わせスポットにもなっている噴水広場にて、思案顔で一人佇む女性プレイヤーの姿があった。
炎のように鮮やかな緋色の髪が目を惹く上に、殊更に目立つのはその装い。
専門の職人が不足しているため、アルカディアの世界では未だ希少な和装。中でも特に高額で取引されている絢爛な着物を着崩したその姿は、物静かに立っているだけの彼女をひどく目立たせていた。
「ふーむ……」
気まぐれで覗いた掲示板で興味を引く案件に思わず首を突っ込んだ彼女だったが、ほぼ手掛かりゼロの状態から始めた人探しは難航する……かと思いきや、『彼』の情報は拍子抜けするほどアッサリと転がり込んで来た。
件のプレイヤーはイスティアではおよそ半年ぶりの新規参入という事で、予想以上にこの街で目立っていたらしい。少し聞き込みをしただけで結構な情報が手に入り―――というか、おそらく現在地まで呆気なく分かってしまった。
というのも、先程アホみたいな速度で転移門へ突撃しながら「断崖の空架道ィエアッ!!」などと雄叫びを上げていた姿が目撃されていたからだが……どうにも掲示板で見た業務報告の如き堅い文章と、実際の人物像が乖離していく感が否めない。
そもそも掲示板では「昨日から始めた」と書かれていた筈だったが、二日目にして初心者エリアの三つ目を攻略中とはどういう事なのか。
加えて、目撃情報が正しければ現在はソロで突撃している模様。いよいよもって意味が分からない。
そもそもドライブ二日目の新規プレイヤーが、高レベルプレイヤーの目に「アホみたいな速度」と映るような全力疾走など出来る筈が無いのだが―――
「なんだ、俄然面白そうじゃん」
首を突っ込んだのは気まぐれかつ暇潰し程度のつもりだったが、予想外に楽しい出会いになる予感がしてならない。
彼女は一人呟くと、楽しげに髪を揺らして噴水広場を後にした。
◇◆◇◆◇
「貴様さては雑魚モブじゃねえなっ!?」
勢い込んで舞い戻った【断崖の空架道】―――崖道の一角にて因縁の大翼鳥と殴り合いながら、俺は確信を以て鳥野郎に毒づいていた。
どうしたもこうしたも無い、コイツ雑魚扱いの一般エネミーにしてはあらゆる面でタフ過ぎるのだ。一方的に襲撃を受けるしか無い戦闘フィールドも相俟って、まともに戦り合う事は想定されていない気がする。
ならば求められるは撃退か逃走の二択だと思うのだが、後者は現実的では無い。
この崖道、普通に下手なところ踏み抜くと崩れるからね?こんな所で全力逃走を試みるとか、遠回しでも何でもない直接的な自殺と同義である。
「ならば撃退……!一定の与ダメージか時間耐久と見た!」
どちらかでも達成すれば撃退出来るものと信じる―――ならば、俺こと紙耐久が取れる択など前者しか有り得ない!!
「多分まぁカウンターが正攻法なんだろうが……!」
しゃらくせえ、空中が既にお前だけの領域ではないと教えてやんよ!!
しつこくラッシュを掛けてきていたグローバードへ《クイックチェンジ》からの大斧一閃。虚を突いた大振りの一撃に、目論見通り距離を取って見せた大翼鳥に対して―――
「男は度胸ッ!!」
俺が取るアクションは追撃の一手。僅かに身を引き留めようとする恐怖を蹴飛ばして、俺は全力で崖の先へと踏み切った。果たして鳥の眼にも俺の狂行は衝撃に映ったか、動揺したように一瞬だけ動きを鈍らせたグローバードの頭上を取る。
既に右手には大斧に代わって直剣。ムキおじの修復により剣身を取り戻した愛剣を―――
「ッらぁ!!」
間抜けヅラを晒す鳥頭へと、叩き込んだ。
HPの減りは大した事ないが、意表を突いた一撃は間違いなく痛打足り得ただろう。甲高い悲鳴が木霊するが、俺の方もそれに対して「ざまあみろ」と叫ぶ余裕は無い。
まだか、早く早く早く早く早く早くっしゃクールタイム終了ァ!!
「クイックチェンジ!!」
重力に引かれる身体を、会得した裏技空中ジャンプで跳ね上げる。直剣と入れ替わりに現れた大斧を足場にして崖道へと舞い戻った俺は、言い表せない達成感に身を震わせた。
「っしゃおらあッ!どうよ擬似空中戦これでもまだ産廃扱いかぁ!?」
流石にマジ物の空中ジャンプスキルとは張り合えないが、正規の手段が無い身で空を踏めるというのはデカい筈だ。
意表を突くという面も評価出来る。まさに今、泡を食って離脱していく大翼鳥の姿がその証左!
「おっし、とりあえず下さえ見なけりゃ何とかなるな」
リベンジを果たすと共に、新たに習得した疑似空中殺法が鳥野郎に通じる事は証明された。
間違って下を注視するとメンタルが削れる点を度外視すれば、攻略法を確立したと言って良い。正直なとこ吐きそうなくらい怖いし自分でも「ねえ正気?」と自問しないでもないが、常識には蓋をする。
これゲームだから、へーきへーき。
「それじゃまあ、サクッと突破しますかね」
◇◆◇◆◇
【陣営不問】質問兼雑談掲示板【Part.1259】
896:Kagura
勢い止まってなくてビックリ。躊躇無く崖から飛ぶ変態を見つけたのもビックリしたけど
897:Hisasagi
流石に有り得なくない?三年も頑なに空中ジャンプ実装してこなかったのに、そんな抜け道を残すかね?
898:Nier
ハイ待ってたカグラさん!!
899:Lilac
え、思ったより早かったというか崖から飛ぶ変態……?
900:テレフォンキャノン
お?続報来た感じ?
901:Nier
はいはい減速ー!!カグラさんが報告書いてくれるから減速するよみんなー!!
902:Kagura
いたよ例のプレイヤー。三つ目の初心者エリアの崖で鳥と戦ってた。というか今も戦って、あ、また身投げした。説明難しいんだけど、崖から跳んで攻撃した後に武器を切り替えてそれを足場にジャンプして崖に戻ってる。あんなの見た事ないんだけど、何故か服着てないし凄いテンション高いしなんか叫んでるし怖い
903:Lilac
…………?????
904:Nier
おう……まとめ役すら言葉を失う。カグラさんムービーとか撮れない?せめてスクショでも
905:Kagura
だめ、撮影認可されてない。プライバシー設定デフォのままなんじゃないかな
906:Kagura
服着て欲しい
907:Lilac
え、なに、裸の変質者が投身自殺してるって話?
908:Nier
なにそれこわい
909:Kagura
初期アンダーウェア姿で剣と大斧振り回して高笑いしながら地上空中問わずに跳ね回ってる人の話
910:Nier
なにそれもう逮捕じゃん
911:テレフォンキャノン
新種のエネミーて事でOK?
912:Hisasagi
なんかもう滅茶苦茶で草
913:Lilac
ええと……カグラさん、コンタクト取れますか?身の危険を感じるようであれば観察だけでも構いませんが
914:Kagura
凄いペースでルート進んでもうボスエリア入っちゃったんだよね。とりあえずこのまま様子窺って覚悟決まったら声掛けてみるで良い?
915:テレフォンキャノン
崖のボス戦てソロでどうにかなるあれだっけ……