知識の泉に異議申し立て
「嘘やん……」
スマホを片手にネットの海を潜っていた俺は、もう何度目かも知れない呟きを漏らしていた。
いやマジでもう何回言ったか分かんねえよ「嘘だろ」の乱舞、驚愕の祭りだよ……俺のプレイしていた【Arcadia】は大衆のそれと別ゲーだった……?
「それこそ嘘やん……」
初見で飛んだ最大手らしき攻略サイトの各種ページ数にドン引きして、とりあえず検索は現状で求める最低限に絞りはしたが……いやダメだ嘘やんが止まんねえ、嘘やん。
まず直近で最大の疑問である【白座のツァルクアルヴ】についてだが―――なんとコイツ、既出ではあるが未だに攻略法不明なレイドボスとして情報欄が?で埋まっていた。
三年も経って発見済みで未攻略のボスとかマジ?
何か例の剣王ちゃんも含めた総勢三桁に登るレイドパーティが挑戦して瞬殺喰らったらしいんですが……考察する気にもならんな。情報が少なすぎるし気が向くまでパス。
んで、次にとりあえずMMOで探っとくべき最重要項目―――つまりはキャラクタービルドの育成方針についてのあれこれだが……うん、ちょっとこれに関しては心の整理がおっつかねえわ……
特記事項をシンプルに三行にまとめてみようか?
一、AGI特化はやめとけ!後々後悔して死ぬ!
二、軽装戦士はプロ勢の特権!一般人は鎧着込め!死ぬ!
三、全武器適性はゴミ・オブ・ゴミ!死ね!
「狙い撃ちかな?」
いっそ芸術的なまでに地雷踏みまくってんぞ我が分身よ。恥ずかしくないの?
けれども、その結論に達するまでに閲覧した記事の数々に納得いっていない自分がいる。何というか、色々と俺の認識とは食い違っている部分が多過ぎてだな……
「何より全武器適性ツリーがゴミってのがありえねぇ」
ログアウト後、一心不乱にスマホと睨めっこを始めて既に二時間近くが経っている。その間で俺はいい加減に無知無能を脱却し、【Arcadia】について諸々の仕様をある程度は飲み込めたと言えよう。
現在のゲーム内ステータスについても、先達の記した膨大な情報と照らし合わせて大凡の自己評価は下せている―――が、問題なのはその評価値が余りにも低過ぎるという点だ。
まず【Arcadia】でのキャラクタービルドにおいて主軸となるのが適性スキル。俺で言えば《全武器適性》になるが、どうもこれ複数の適性を取得したらどれか一本をアクティブ化する形になるんだとか。
つまりは《片手剣適性》と《両手剣適性》の二種を習得したとしても、それらを同時に運用するのは不可。どちらを適用するか選択してオンオフを切り替える必要がある。
更に適性取得後はその性質に沿ったスキルを習得していくシステムになっているのだが、これらは適性スキルを核としたツリー型式となっている。結論アクティブ化されているツリーのスキルしか使えないという事だ。
とまあそういった前提を元に、呆れるほど多岐に登る適性ツリーがそれぞれ評価を付けられているのだが……《全武器適性》はワーストとまで行かないが、下から数えた方が早いほどの低評価っぷり。
挙げられている理由は幾つもあるが、まずは俺も予想していた通り専門的な適性ツリーと比べてどうしても火力諸々の倍率補正が劣る事。これはまあ分かる、次。
二つ目に、基本的に攻撃スキルを覚えられないらしい事。要は必殺技的なアレがほぼ用意されていない不遇というわけで、これには流石に俺も「マジかよ」とえずいた。
そりゃまあ不遇だわ、分かる分かる次。
三つ目に、ツリーの核とされている《クイックチェンジ》のスキルがマジもう使い物にならないくらいのゴミではいストップ。
「無いわ」
いや無いわ。他の何を置いても完全無欠なる神スキルだろ、クイックチェンジ先生と呼んで差し上げろ。
曰く、起動までのラグが酷くて使い物にならない。
曰く、そもイメージ力の要求度が高過ぎて起動が不安定。
曰く、必死こいてスキルを起動させるより手動のが早い。
「どこの世界線の話かな?」
なに言ってんだこの御先達共は……戸惑ったのは取得直後の一度目くらいで、以降は手足の如く働いてくれてるぞ。
それに言われているほど思考操作の難易度が高いとも思えない。呼び出したい装備の外見やら名前やらをパパッと思い浮かべて起動するだけだぞ?慣れたら一秒も掛からんて。
個人差か……?いやそれにしたって……うーむ。
俺が思うに、全武器適性のツリーは―――というより《クイックチェンジ》というスキルは、壊れに片足ツッコんでいる超優良スキルだ。
戦闘中の即時武装変更による臨機応変な展開を実現し、限界所持容量などの問題点さえ解決すれば攻守も自在にこなせるポテンシャルを秘めている。
加えて武器を切り替えた瞬間の重量無視や、手元に召喚し握り込むまでの一瞬だけ宙に固定されている猶予期間……『白』の一撃を躱した土壇場の空中ジャンプは、後者の性質を利用して実現したものだ。
こんだけ悪さが出来そうな特性を詰め込まれているのに、下されているのは低評価の乱舞ゴミスキルの烙印……解せぬ。
ピーキーなのはまあ認めるけどさ。俺もオワタ式で九割脊髄反射の高機動戦士とかいう、初心者にあるまじきプレイスタイルを取る羽目になっている事だし……いや、そりゃ普通に本意じゃないよ。確立しつつある跳ね回り戦術は楽しくて気に入ってるけど、本音を言えば防具くらい着たいっつーの。
未だに見た目が簡素なアンダーウェアそのままだからな。街を歩いてれば高確率で「なにアレ」的な視線がぶっ刺さりますのよ?
「けどなぁ……やっぱなぁ……」
サイトを見る限り、狙った適性スキルの取得自体は難しいモノではない。だから先達の評価を参考に今から専門スキルツリーに転向、という案も浮かんじゃいるんだが……。
「二日目にして早くもしっくり来てんだよなぁ」
俺がこれまでに経験した三度のボス討伐も、崖下への転落から無理やり命を繋いだ件も、『白』の野郎の一撃を躱して反撃くれてやった一幕も、そのどれもが今のビルドだからこそ成し得たと言えるだろう。
大衆の意見だろうがなんだろうが、アバターに育まれた力は既に俺自身の信頼を勝ち取ってしまっているのだ。
「……物は試しだな」
攻略情報の収集というやつは、見て納得してハイおしまいではない。不特定多数と意見をやり取りする事が容易な現代、自分からも発言しなくては損というものだ。
「確か【Arcadia】のユーザー専用ページとやらが……」
これか。ログインページでアルカディアの機体IDとパスを打ち込んで―――と、
「あら、名前とアバターID表示されてら」
なるほど非匿名性なのか。この手のサービスでは珍しいが……まあその辺り、唯一のVRコンテンツという事で色々とあるんだろう。
ざっと直近の板を確認させて貰ったところ、皆様フランクながら中々に丁寧なやり取りをなされているご様子。
仮想空間かつアバターを身に纏うと言えど、アルカディアでのコミュニケーションは実際に顔を突き合わせて行われる。なので他人への礼儀とかマナーが割と重視されているらしいが……と、質問板みっけ此処で良いだろう。
見難い文章にならないよう気を付けながら、初心者アピールを忘れず添えて諸々の疑問点を書き連ねていく。書き終わり、上から下まで軽く確認して……こんなところか。
「レスお願いしまーす、と。さて」
休憩はもう十分。夕食は一人で済ませ母上殿には諸々通達した。マジで一日中ドライブしっぱなしの俺には非常に非情な視線がぶっ刺さったが、せめて一週間程度はこの調子でご容赦頂きたい所存。
「差し当たり、ムキおじのクエストだけサクッと終わらせますかね……ドライブ・オン」
ここ二日で数を増している独り言を呟きつつ、機体に横たわった俺は今日三度目の起動ワードをコールした。