冥土直通崖道ツアー
「―――って事で来たぜサードステージ」
あのムキおじ、話してみれば無愛想なわけでは無いが致命的に口数が少ない。そんな筋肉達磨から何とか要求素材の在り処を聞き出せば、お誂え向きに解放したばかりの第三エリアで入手できるとの事。
ならばと早速、今朝ぶりのソロ攻略へと乗り出したわけだが……うーん、なんとまあこれは、
「またソラが泣きそうだなぁ」
エリア名『断崖の空架道』―――転移門を潜った先は、強風が吹き荒ぶ断崖絶壁の上でした。てかエリア名これ読めねえよどう読むのが正しいんだよ。
……いやこれ冗談言ってる場合じゃねえぞ。何が空架道だよただの崖の縁じゃねえか道幅一メートルも無いんですけど。
色んなパターンの冒険や戦闘をお届けしたいんだろうなーって思惑は何となく分かっちゃいたが、危険度の加速度を付け過ぎでは?三面から地形で殺しに来るんじゃねえ。
「この足場で鳥系モブとやり合うのは……」
要求素材、【グローバードの尾羽】とか言うからには出てくるんだろ?そのグローバードさんとやらが。これは些かリスキー……てかキツい。いや無理、ろくに踏み込めないから投擲も大した威力でないぞこれ。
ちなみに崖下の確認はこのエリアを訪れてから真っ先にしたが、標高を推定する事すら不可能だった。
具体的に言うと一面の雲海……行き来の手段は転移門だけど、これ別に街周辺とかではない感じなの?地形が魔境すぎるんですがそれは。
「何らかの対処法はある……と信じるしかないか」
ダメだった時は高所落下の経験を積めると思えばまあ……いかん猪にペシャンコにされてから死亡への恐怖が麻痺しつつある。
とりあえず、地形から考えるにこのステージは一本道のはずだ。入り組んだ断崖絶壁とか意味分からんし、足を踏み外して即死しないよう気を付けて進めばゴールには辿り着ける……と思いたい。
「高所恐怖症の人は詰みだろこれ。グロ蠍もアレだし、何かしらステージスキップの手段とかあるのかね……」
竦んでいても仕方ない、行くとするかね。
幸い軽業補正も込みで身のこなしには自信がある。ちょっとやそっとのアクシデントで落下死なんか起こりやしないだろう。
「……なんか毎回フラグ立ててる気がするな?」
ぼやきつつ、俺は頼りない足場へ一歩踏み出した。
◇◆◇◆◇
「お?」
流石にこの地形でガン走りする気にはなれず、慎重に歩を進めて数分―――とあるものに目が留まる。
「もしや……てか確実に」
断崖絶壁の壁側。手をついて道行く頼りにしている岩壁の一箇所、明らかに色味も質感も違う異物の一部が露出している。
その色は鈍青―――おそらくアレが目的の青色鉄鉱石とやらだろう。
「普通に道端で見つかるって事は、凡レアリティの汎用鉱石ってとこかな」
位置的に手の届かない場所という訳でもなし、問題無く採掘できそうだ。
「さて……」
クエスト受諾の際、ありがたくも貸与して頂いたツルハシを呼び出す。実は武器だけではなく防具も含めた装備品全般に効果の及ぶクイックチェンジ、マジ優秀。
では振りかぶって―――
「無駄な力は入れず」
目標の周囲を崩すように、
「適当に振り抜け!!」
採掘の説明、フワッとしすぎじゃないかなムキおじぃッ!!
だがゲーム的には確かにそれで良いらしい。二度三度と割と適当にツルハシをスイングしていると、ボコンと分かり易い音を立てて鈍青色の塊が岩壁から零れ落ちた。
「おっし。まず一つ……思ったよりデカいな?」
足元に転がったのは、砲丸投げの球ほどの大きさの岩塊。そこそこ重量がありそうだが、所持容量は大丈夫だろうか。
「せめて手持ちとインベントリで別枠だったらマシなんだが……っと一応なんとかなりそうだな」
俺の知るゲームは装備しているアイテムとインベントリ内で別枠が多かったイメージだが、アルカディアはトータルでの値が適用される。
つまり俺の場合は直剣と大斧に加えて、これまでの冒険で得た戦利品諸々を合計した数値が許容量と抗する事になるのだが……うん、悪いのは全部大斧。
恐らくだがこのゲーム、始めたばかりのプレイヤーに大型武器を使わせる事を想定していない。
どういう意図でそんなデザインがなされているかは無知な俺では知る由もないが、レベルアップによる拡張を重ねていない序盤の段階では、大型武器を握るだけならともかく合わせて防具を着る事さえ困難だ。
早いとこ容量を拡張して、ソラに「虚弱」だのと白い目で見られないよう防具くらいは着込みたいところだが、さて。
「鉄鉱石はこんな感じで探せば良いとして、問題は鳥か」
このエリアに足を踏み入れて大した時間は経っていないが、それでも一度くらいはエンカウントがあって良い頃合いだ。
これではただの崖道ハイキングではないか。一歩踏み外せば命が無いことに目を瞑れば大した事は……いかん命の価値観減量が止まらない、デスペナは軽く無いんだから緊張感は持たねば。
そうして更に崖道を進んでしばらく―――
「……おいでなすったか」
前触れなく、トンビに似た鳴き声が響き渡った。雲海から屹立する崖の谷間に反響して届いたそれからは、位置の特定が難しい。
この足場では十八番の機動戦は不可能。壁を背にして直剣を構え、迎撃の態勢で襲撃を待ち構え―――来た。
「下か……!」
敵襲は下方―――雲海を突き破り現れた。観察する間も無く距離を詰めてきた物体へ反射的に直剣を振れば、そいつは大きな羽ばたき音を立てて俺から距離を取った。
「グローバードね……いや育ち過ぎだろ」
全体像を捉えた俺の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
体色は青。二対四枚の大翼に比べて細く頼りない胴部のシルエットは、鳥というよりも蝶のように見える。
特筆すべきはそのサイズ。胴体の倍以上もある長大な尾羽まで含めれば、体長は優に三メートルを超えるだろう。馬鹿でかい翼を広げた横幅などそれ以上ありそうだ。
「デカ過ぎでは……?これで一般エネミーかよ」
慄く俺を前に、大翼鳥は黄色い嘴を割って威嚇音を上げて―――直後、急接近。
「ッ!」
距離を潰し、振るわれるのは脚の鉤爪か鋭い嘴―――と思いきや、どんな芸当なのか下部の小翼のみで飛行を保ち、グローバードは上部の大翼を叩きつけてきた。
「鳥としてどうなんだそれ!」
鳥類の生命線をまさかメインウェポンにしてくるとは思わず、ブワッサアア!!と恐ろしい音を立てて迫り来る大翼を慌てて迎撃。
焦りはしたが反応は間に合った。カウンター気味に交錯した刃は青い大翼を斬り裂……けない!?
「かってぇ!?」
派手な金属音を響かせて、直剣と大翼が互いに弾かれる。馬鹿なと思い目をやれば―――大翼の上端中程にぶっとい鉤爪を備えた、翼竜を思わせる『手』が見えた。
「くっそやり辛い!」
長々と文句を言う暇は与えて貰えず、逆側から再びの翼撃。再び迎撃―――間に合わねぇ!
「《クイックチェンジ》ッ!」
弾かれた右手に代わり左手へ大斧を呼び出す。直剣とは比べ物にならないサイズの斧刃で咄嗟に身を庇い―――
「ずあっ……!?」
羽毛の塊じゃねえのかよ重過ぎだろこれ!直撃防いだのに体力ゴリっと減った、ぞ……?
「ッ―――やっべ!?」
箒で掃かれるかの如く、大翼の一撃に身体が押し流される。フィールドは崖道の最中、そんな場所であらぬ方向へ踏鞴なんぞ踏めば……
「ひゅっ……」
足元から地面が失せる感覚。
―――え?マジか?マジで?……え?
「ちょ、ま」
大翼に凪がれ、宙に放り出された身体は一瞬の浮遊感の後―――
「ッ……クッソぁあああぁあぁあああああああ!!?!」
落下。頭上で勝利の雄叫びが如くピーヒョロ鳴きやがったグローバードを睨み付ける間も無く、大斧の重量に引っ張られるようにあっという間に雲海へと飲み込まれる。
「まだ、だ!」
まだ死んでない。このステージの構造がどうなっているかは知らないが、雲の上ということは落下の到達点たる地表へ叩き付けられるまで多少の猶予があるはず。
普通のゲームならば、こういった場合は落下した瞬間に死が決定付られるのが常套。だがこれは【Arcadia】だ、期待通りならキッチリ俺を地表に叩きつけて亡き者にしてくれるはず!!
「ならばぁッ!!」
こういったシチュでの二次元的解決手段その1―――剣を壁に突き刺して制動。
本来の重量で俺を死へと急降下させている大斧から、再び直剣とクイックチェンジ。分厚い雲の只中で視界はほぼゼロだが、崖際から直下したためすぐ側で視界を走る岩壁に狙いを付けることは容易い。
暴れる鼓動と焦燥を抑えながら、上下逆さまの体勢で無理やりにテイクバック―――
「オラァッ!!」
これも火事場の馬鹿力か、踏み込みすら不可能な体勢から放たれた突きは我ながら会心の一撃。
勢い良く岩壁へと叩き込まれた刃は剣先をしっかりと壁に埋め―――コンマ一秒後、悲鳴のような金属音を上げてへし折れた。
「ッ……だぁああぁああ!?そりゃこんな事ばっかしてたら嫌われますわァアああああッ!!!」
ムキおじ曰くの「愛剣から嫌われてる説」に至極納得の叫びを靡かせながら、落下は止まらない。
クッソ刺突系の攻撃スキルでもあればまた違ったか……?いやどの道あの折れ方は耐久値不足だろうし、刺さったとしても結局ポッキリいってただろう。
幸い武具類は破損しても消失はしないらしい。半ばから剣身を失った無惨な姿で手に残った直剣に詫びを入れつつ、インベントリへ仕舞い込む。
「マジですまん我が愛剣よ………………いや、てか」
なげぇ。いつまで落下……ていうかいつまで雲の中なんだこれ?感覚的にもう百メートル以上は落ちてる気がするんだが、一向に雲が切れる気配がない。
いよいよもって分からん、どういう地形なんだ?
「……これ、もしかするとアレか」
ふいに疑いを覚えた思考が、一つの仮説へと行き着き―――その仮説を精査する間も無く、白一色だった視界に異物が飛び込んできた。
それは形容するなら「石の網」とでもいうような異様な光景。幅数メートル程度の石橋が無数に交差し、目の荒い蜘蛛の巣の如き『網』を構成していた。
「―――っぶねぇあッ!?」
ほんの一瞬だったが、現実では確実にお目にかかる事の無いであろう光景に目を奪われていた俺の眼前に、当然の如く石橋の一本が急速に迫る。
咄嗟―――というより反射的に大斧を呼び出し、端に掠る落下軌道を描く身体を逃すべく、石橋の端へと横殴りに叩き付けた。
「痛ぅあッ……!」
今度は直剣のようにへし折れたりはしなかったが、代わりに激甚な反動が両腕へと返って来る。
幸い身体を逃す事は成功したが、手の痺れが酷い。取り落としかけた大斧をインベントリへ戻し―――やべぇこれどうするよ……?
現れた石橋の網は段重ね状に下へ下へと続いている。初回のピンチはいま切り抜けたが、続く直撃コースの石橋が来ればその瞬間に俺のアバターは砕け散るだろう。
「…………流石に諦めても良いんだけどさぁ」
謎の強運を発揮して目の荒い網をすり抜けていきながら、ほぼ手詰まりとなった俺は呟く。
普通に考えてどうしようも無い状況だ。常識的に考えて詰み……さっさと諦めて「次は落ちないようにしよう」と反省しながら目を瞑る場面―――だが、
「折角の冒険―――出来る限り全力でって決めてんだよなァ……!!」
次弾、再び掠る軌道上の石橋との交錯まで三十メートル―――二十、十……唸れ軽業AGIッ!!
「ッ―――!!」
下へ下へと引っ張る重力に抗って無理矢理に身体を起こし、捻り撓ませ―――石橋の横っ面へ足の裏を叩き付ける。
「ッ゛ぅあっ……次ィ!!」
ごっそり二割は消しとんだHPバーも、右脚の膝から先が無くなったんじゃないかと錯覚する程の激甚な痺れも全て無視。
わざと軌道をずらし、次の足場へと定めた一つ下の石橋へ―――着弾。
「ッだぁ痛ってェッ!!」
もはや痛みと紛う程の痺れに左脚が絡めとられるが、右の痺れは微かに薄れている。
HPだってまだ残っている―――まだ死んでねえ!!
三段目、四段目、五段目……徐々に落下の勢いを横へと誤魔化していき、着弾時の激突を着地へとすり替える。
僅かずつではあるが衝撃を減じ、ダメージも段階的に軽くなっていくが―――次が限界、これで死んだらまあしゃーなしだろ!!
最後の踏み切り、落下目標地点は橋の際ではなくど真ん中。この着地に俺の脚が耐えられなければ爆散サヨナラ!!
目を背け続けた恐怖を奥歯で嚙み潰しながら、《クイックチェンジ》―――呼び出した大斧を、交錯の瞬間に全力で石橋へと叩き付ける。
耳を劈くような衝撃音、視界に星の散る程のアホみたいな衝撃が俺の身体を突き抜けて―――反動で吹き飛び、投げ出され、転がり、終いに大の字になって石橋の網を見上げた俺は、
「………………これは言っても許されるだろ……オレすげぇ」
視界の端―――ミリ残しで耐え切ったHPバーを見やりながら、脱力しきってそんな事を呟くのだった。