前へ次へ   更新
18/490

煙突、鎚音、筋肉

「やっべえ滅茶苦茶テンション上がるな……」


 ソラと別れてから、自分も一度休憩のためにログアウトを挟んだ後。再びアルカディアの世界に降り立った俺は今、一軒のとある建物の前で興奮に打ち震えていた。


 例によって道行く先達のご教示をもとに辿り着いた、実に趣のある煉瓦組のこちらの建物―――そう。ファンタジーとは切っても切れない、あの鍛冶屋である。


 もくもくと煙を吐き出している煙突が実にそれっぽくてイイし、今もガンガンと響いている鉄を打つ音が際限なく俺のテンションをカチ上げていく。


「いざ……!」


 未だファンタジー慣れしていない身ゆえ、若干の近寄り難さを感じつつも「OPEN」の札が掛けられた扉を押し開く。


 少々古めかしい音を立てる扉を潜れば、無骨なカウンターに物置棚。そして店内を彩る様々な鍛冶製品が俺を出迎えた。


 未だ金音は続いており、店員らしき者は見当たらない。店番も無しにカウンターの奥にあるであろう鍛冶場に篭っているらしい。


 呼び出す……というかいっそ見学したいものだが、仕事の邪魔をするのも忍びない。急ぎの用でもなし、店主が出てくるまで大人しく商品を物色させて頂くとしよう―――十分経っても姿を現さない場合は大声も辞さないが。


「流石に……店売りの鉄製とはものが違うな」


 夢と電子情報の融合たる仮想世界に在るオブジェクトは、現実のそれと何ら変わらない存在感を持つ。


 壁に掛けられ、鋲に提げられた様々な武器防具達。一つとして同じものが無いそれらからは、店売りの数打ち品が持たない雰囲気が感じられる。


 ていうかヤベェ、超カッケー。何というかこう、ディティール感がヤバい。店売り品じゃ物足りなくなりますよこれは……ディティール感ってなんだ?


「これ、お試し的な……」


 触っても良いやつ―――などと見回してみれば、まさしくと言った具合に置かれていた直剣を発見する。


 簡素なラックに寝かされた直剣の下には、ご丁寧に「FREE」と書かれた札もアリ。


 したらば遠慮無く、


「っ………………変わるもんだなぁ」


 若干不安だったSTR要求値は満たしていたようで、すんなりと手に収まった直剣。


 俺が使っている鉄剣と比べると、オーソドックスな形状よりも少々短め。けれどその小柄な剣身から伝わってくる……なんて言うか、安心感ってやつが段違いだ。


 視覚の問題も多分にあるだろう。ギラリと磨き抜かれた剣身は通常の鉄とは異なるのか、薄らと青味を帯びている。握り手を守る鍔から柄頭に至るまで、派手さは無いがどこか優美な作りだ。


 ただそれを除いても、握り込んだ左手から確かに伝わってくる何かがある。これは剣に設定された数値的ステータスを俺のアバターが無意識に読み取っているのか、あるいは……


「―――なんだ、客か」


「ッづお……!?」


 半ば引き込まれるように剣に夢中になっていた俺を、唐突に掛けられた渋い声が引き戻す。


 危うく取り落としそうになった直剣をいそいそとラックに戻して振り返れば、カウンターの奥に大柄な人影が現れていた。


 デカい。身長自体は俺より少し高い程度だが、横幅ってか筋肉の質量がヤバい。体当たりされたら俺など一撃でミンチにされるだろう、そんな確信を持てる巌のような男。


 頭をすっぽり覆う黒い鉢巻帽を巻いた顔にはシワこそ刻まれていないが、青年といった風貌では無い。


 浅黒く焼けたムキムキのナイスミドルだ。


「見ない顔だな」


 鍛冶師と聞けば俺は真っ先に気難しい頑固者を想像するが、このムキおじからは分かりやすい厳しさは伝わって来ない。何というかこう、単純に感情が端的で起伏が少なそうなタイプのように見える。


 風貌に一瞬飲まれていた気を取りなし、俺は第一印象をキメるべくバイトで培った外行きテンションを展開した。


「声も掛けずに申し訳ない。昨日から街で厄介になってる新参者ですが、先達に紹介されて此方に伺いました」


 丁寧な若者を演じる俺を店主はジッと見たかと思うと、ドサっとカウンターの椅子に腰を下ろして「堅っ苦しい奴だな」と溢した。


 ……ふむ、気安い方がお好みで。まあ追々に修正していこう。


「まあいい。用件は」


 鉢巻帽を毟るように脱ぎ、手拭いで汗を拭きつつ尋ねてくる。短く切りそろえられた白髪を見て「丸坊主ではなかったのか」などと謎に驚きつつ、俺は取り敢えず手元に現在の愛剣を呼び出した。


「この街の武器屋で買ったものですが、多少は稼いだので更新できればと思いまして」


 そう答えれば、無言で差し出される太い腕。求めに応じて直剣を渡せば、巨体と比べるとさらに頼りなく見える剣をしげしげと眺め―――


「随分と、嫌われたな」


 大した感慨も無さそうに、そんな事を言われてしまった。


「……え、き、嫌われてる? ですか」


 わずかに動揺しつつ聞き返すが、俺の言葉に対する返答は無い。店主は俺の剣を観察し続けながら、また口を開く。


「こいつは俺がロンナに下ろした数打ち品だ」


「あ、そうなんで……ロンナって何、だれ?」


「どんな使い方をした」


 あ、これ我が道を行くタイプのお人ですね。経験上、徹底的に聞き手に回らないと会話が噛み合わないあれだ。


「あー……使い方。まあ、普通に斬ったり」


 ………………いや、怒られたりするかなぁ、これ。


「その……な、投げたり、とか?」


「投げる」


「……はい」


 そして沈黙。


 …………いや怖ぇよ。そのガタイで真面目に押し黙られると威圧感パネ


「坊主」


「アッハイ」


「振ってみろ」


 言いつつ、返される直剣。え、ここで振れと?


「いや、あの」


「その場で振り下ろすだけで良い。一度、本気で振れ」


「…………」


 ふむ、意味が分からん。分からんが……


「……分かりました」


 なんていうか、こういうのは意味不明でもワクワクするよな?現実では絶対に経験し得ないイベントってやつは。


 展開が唐突過ぎて店主の意図は読めないが、これはあれだろう「お前の実力を見極めてやる」的な……燃えないわけが無いんだよなぁ!!


 剣の心得なんざ持っちゃいないが、デカブツ三体を屠る程度の経験は積んできたのだ。多少は様になっているだろうと信じて―――


「っせい!!」


 静かに振り上げて、全力で振り下ろした。


「…………」


 店主は何も言わない。五秒、十秒と無言が続く。


「…………」


 いたたまれなくなった俺が残心を解き、なるべく流麗かつ丁寧に無意味な切り払いをした後に鞘……は無いのでインベントリに剣を納めた後も、無言は続いた。


 一分、二分、もうこれ目を開けたまま寝てんのかと俺が疑い始めた辺りで、漸くムキおじが口を開いてくれた。


「……グローバードの尾羽を一束、青色鉄鉱石を二塊だ」


 いや口を開いたと思ったらこれだよ。文脈の重要性を説いてやりたくなる。


 現実ならば小首を傾げつつ「何を仰っているので?」と返す場面だが、この世界がゲームであるという前提を考えれば、店主の言葉の意味は明白。それは即ち……


 ◇クエストが発生しました◇

『共に歩むもの』※任意受諾

・大翼鳥の尾羽 0/10

・青色鉄鉱石  0/2


 ―――俺にとってアルカディア初の、依頼発生ってやつだ。

わぁーって書いた大量の文章を、もう一度まるっと見直し&手直しで整えてから投稿しております。

今回の連投もキーボードに噛り付いてハイつぎーハイつぎーと送り出していますので、今後も連続更新の際にフッと更新が途切れた場合は「あぁコイツ力尽きたんだな」とご冥福をお祈りして頂ければ幸いにございます。


なにが幸いなんだ?

 前へ次へ 目次  更新