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入り乱れ、足音三つ

 その後も戦闘や雑談を交えつつ、完全に迷路の様相を呈す『岩壁の荒地』を地道にマッピングしていく。


「地図書くのメッチャ上手いな」


「そ、そうですか……?」


 几帳面かつやたら正確なマッピングをこなすソラを称賛したり、


「【岩蛙の肉】って、これ食材アイテムだよな……」


「岩の塊にしか……」


 咀嚼した瞬間に歯が全滅しそうな食材(?)に二人して慄いたり、


「ハルさん」


「はい」


「人は空を飛べません」


「はい」


 壁キックで無理矢理に空飛ぶあん畜生を狩ろうとした結果、頭から墜落して死にかけた俺がソラからお叱りを受けたり、


「だから、私に任せてください! 足滑らせて墜落してくるの心臓に悪いです!!」


「だって!」


「だってじゃないです子供ですか!?」


 そんな感じで、なんか徐々にリード役としての威厳を失いつつ―――



「―――漸くか」


 俺達は長きに渡る迷路探索を終えて、エリアボスが待ち受ける『岩壁の荒地』最奥へと辿り着いた。


「なんでしょうあれ……蠍?」


「ぽいな。蟹と蠍を足して割ったような」


 荒地において迷彩の役割を果たしている砂色の体躯。蠍にしてはずんぐりというか丸っこい胴体に、やたら太い四本脚と鋏を備えた前脚。


 どちらかと言えば蟹寄りな見た目を『蠍』たらしめているのは、その特徴的な尾。反り返って奴の頭の上で揺れている、凶悪な針を備えた武器だ。


「【砂喰の大蠍サンドイーター】ね……いやデカいな」


 サイズで言えば昼前に戦った【土埋の大猪】のが上だが、リアルサイズでも大きい猪と蠍では縮尺の差が段違いだ。


 滅茶苦茶にデカく見えるってか、ぶっちゃけ怖い。わしゃわしゃ動いてる口器とか鳥肌物だし普通にドン引きである。


 チラと傍の相棒へと目を向けてみれば―――


「……っ…………っ…………」


「知ってた」


 俺同様にじっくり観察してしまった結果なのだろう。見るみる顔色を悪くして後退るソラさん。


「あー、大丈夫?」


 大丈夫じゃないのは見れば分かるが、他に声の掛けようもないのでそう尋ねれば―――あぁソラさん笑えてない笑えてない手本のような引き攣り顔だよ。


 というかアルカディアの描画レベルでこれ系のモンスターはあかんでしょ。ディスプレイの中ならまだしも、こちとら体感的には生身で相対するんだぞ。


「うん、まあ……取って食われる事は無いだろうし」


「そ、そうですね………………そうでしょうか……?」


「え」


 ソラとついでに自分も宥めるため口にした呟きに、一度頷いた少女は沈黙を挟んで疑問を挟む。


「ペシャンコに踏み潰されたりするくらいですし、もしかすると……」


 え、あ………………え? まさかの被捕食体験……?


「「………………」」


 お互い同時に嫌な想像へ思考が行き着き、閉口する俺達の視線の先で【砂喰の大蠍】は鋏で掬った土やら砂やらをワッシャワッシャと口へ運んでいる。


 砂喰と名も付いているし実際に食っちゃいるが、だからと言って肉を食わないという保証も無い。


 流石に踊り食い(被食者)とかいうスプラッタな死因は勘弁願いたいが、あれに挑むなら一応の覚悟は必要だろう。


「……行くか」


「い、行くんですか」


 どの道、挑まないという選択肢は無いのだ。早々に腹を括り直剣を喚び出した俺に対して、ソラは若干腰が引けていた。


「安心して。俺が生きてる間は絶対に後ろへは通さない」


「………………ハルさんがやられた場合は」


「俺の死に様を観察して覚悟を決めて頂けると」


「なんの覚悟ですか……!?」


 そりゃあなた……美少女が弱肉強食されるシーンとか見たくねぇな。間違ってもソラより後に死ぬなんて事は避けなければ。


「周囲に雑魚湧きは無し、エリアの広さ的に取り巻き召喚も無いと思うが……さてパワー系かスピード系か」


 どちらにしても「掠ったら即死」か「掠ったら即死かも」程度の差異しか生じない俺としては、速度で確実に優位に立てる前者の方がまだやり易い。


 少し広め程度の円形エリアは壁蹴り三次元機動にもうってつけだ。岩蛙の舌撃という前例を見るに尻尾には注意が必要だろうが―――何はともあれ、一度当たってみない事にはどちらが砕けるかなんて分かりはしない。


 広場の入り口、通路の影に身を潜めたまま戦闘準備を整える。これまでの迷路探索で得た経験値をスキルポイントとしてステータスに叩き込み、喚び出した直剣を右手に握り込む。


「……ソラ」


「だ、大丈夫です」


 初エンカウントで猛菌類を相手にガン逃げをかましたりと、そこそこ臆病な性質を晒しているソラ。


 だが最終的には逃げずに戦線へ立つ覚悟を見せるし、基本的にそこへ至るまでのラグが少ない。


 実際ボスは元より雑魚モンスターさえ、目前に迫る奴らの迫力はアナログゲームなんかとは桁違いだ。正直ソラのような大人しそうな子は即座に戦闘を諦めて生産職に走ったとしても何ら不思議では無いと思う。


 しかし俺の確認に「大丈夫」と返した彼女は、声こそ震えていたが瞳は揺らいでいない。


 まあ何というか―――相棒としては、実に頼もしい限りだ。


「おーけー。いつも通り俺が突っ込むから、援護よろしく。基本的には効きそうな場所を探りながら弓で良いけど、俺のタゲ取りが甘いと感じたら手を止めるように」


 指示は出すからと言えば、ソラは素直に頷いた。


 アルカディアの弓は魔法攻撃だからな。もしあの蟹蠍が物理防御力お化けだった場合、魔法攻撃手段の無い俺では敵愾心を煽り切れない可能性がある。


「はい、分かりました。…………あの、ハルさんっ」


 短いミーティングを終えて、さてと踵を返した俺を―――ふと、遠慮がちな声が引き止めた。


「ん、どした?」


「いえ、あの……その、が、頑張りましょうっ」


 どういった風の吹き回しか、おもむろに掲げられる小さな手……何これ、開戦前のハイタッチ?


 ちょっと意図は不明だが、珍しく差し出されたスキンシップである。初めてボス戦でまともに戦いに参加出来ると、張り切っているのかもしれない―――そう思えば、何とも微笑ましい。


「おうっ!」


 若干の照れ臭さは押し殺して、軽く握った手をソラの掌と打ち合わせ―――俺達の三度目のボス戦が始まった。


 ◇◆◇◆◇


「―――ハルさんのウソつきぃぃいいいいいっ!!」


「ごっめマジごめんテメェ止まれやこの蟹蠍おどりゃぁあアアアアッ!!!」


 半泣きのソラの悲鳴。


 荒れた大地を駆け乱す大小三つの足音。


 少女を泣かす不埒者にキレ散らかす天翔る無能。


 岩壁の迷宮でボスが待ち受けていた小広場は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。


 現在、俺達はソラ←蠍←俺の順で連結式鬼ごっこ(?)を興じる羽目になっている。


 全ての元凶は当然ながらこの蟹蠍―――三体目にしてランダムターゲットというクソ要素を搭載してきた畜生ボスだ。


 というかランダムターゲットかどうかも怪しい。何せコイツ開幕数秒でソラだけを執拗に追い回し始めたからな!


「おいコラ止まれッ!!好き放題に背中ど突かれてんぞ良いのかそれでボスッ!!」


 足はそこそこ速いが、俺と違ってAGI偏重でもないソラがギリギリ逃げ続けられる程度の速力だ。


 耐久力の方も別段硬い訳ではない。ボスモンスターとして相応にタフではあるが、二段重ねで表示されているHPバーは俺の攻撃の度にガリガリと削られている。


 しかし此方を見ない。この蟹蠍、どれだけ俺に殴られようがソラにゾッコンである。


「―――このロリコン野郎が、それならこっちにも考えがあるァッ!!」


「―――ロリこっ……?! ちょ、誰がっ」


 なんか抗議の声が聞こえた気がするが後だ。


 正直ちょっと良い感じの前振りで意気揚々に戦闘開始と繰り出した俺である。それが開幕一発ガン無視キメられて、蹴れど殴れど見向きもされないなど怒髪天案件も甚だしい。


「直剣チクチクじゃ軽いってか……?」


 良かろう、ならば大斧だ。


「クイックチェン……ジィオラアアアッ!!」


 直剣からの切り替え。そしてクイックチェンジ直後の猶予時間―――瞬間的に重量反映がなされていない大得物を、本来は要求値に満たないSTRでもって遠慮無く叩き付ける。


 胴体と比較すればか細い脚を大斧で打たれ、ボスの巨体が一瞬揺らぐ―――が、未だターゲットはソラのまま。


 ―――ああ、そうかい。


「なら徹底的に熨してやんよッ……!」


 重量反映―――ガクンと本来の重さに引き摺られそうになった刹那、再びのクイックチェンジで大斧から直剣に変更。


 追走を止めぬままラッシュを続け―――ここッ!!


「ッラァ!!」


 クールタイムが切れた瞬間、再三のクイックチェンジから斧撃。STR不足による威力問題は、大得物では本来なし得ない振り手の速度で相殺!死ぬほど有効なのはテメェのHPバーの減りが証明してんぞクソ蠍が!!


 甲殻類だか昆虫類だか知らないが、悲鳴も挙げないボスの声は派手に減少していく奴のステータスバーが代弁している。


 この分ならそう掛からずに―――


「―――っ……は、ハルさん!」


「ソラ悪い!もう暫く逃げててくれ!そうすりゃ」


「ごめんなさい!」


「へっ?」


 Why ごめんなさい?


「足っ、足が重たくっ……!」


「―――ッ!」


 やっべ、スタミナ切れか……!?


 スタミナはステータスとして表示されない隠しパラメータだが、プレイヤーの行動によって当然ながら増減が発生する。


 俺なんかは特に気にした事が無いレベルの緩い制限ではあるが、確かに軽戦士ビルドでも無いソラが長時間の全力ダッシュなんかしてたら―――


「っ……ぁ、ぅ……!」


 いつかは足が止まるのは、必定。


「―――ソラッ!!」


 長らく続いた鬼ごっこの距離がゼロとなり、システムの強制力に足を絡め取られたソラを前に、蟹蠍が巨大な鋏を開く。


 戦闘前、砂を食んでいた時の奴の動きに酷似したそのモーションを捉えた瞬間―――俺は全力で地を蹴り飛ばしていた。


 俺の紙装甲では盾になれないため、どうにかターゲットを剥がそうと背後から追撃していた訳だが、その位置関係が仇となった。


 ボスは巨大だが、下を潜れるほどのスペースは無い。かといって横を迂回してたら俺より先に奴の鋏がソラに届く。


 今から殴ったところでこれまで通り無視されるのは目に見えている―――ならば!


 足を止めたボスの真後ろから跳躍、天へ反り返った長大な尾の中程を思い切り蹴り付けて軌道を変えて―――!!


「お触り厳禁だオラァッ!!」


 勢いそのまま、全力の飛び蹴りをソラに迫っていた鋏へと叩き付けた。


 STRの乏しい俺では弾き飛ばす事までは出来ない―――だが、高速機動により生じる慣性が足りない威力をブーストする!!


「っ、ハルさ―――ふあっ?!」


「ちょい失礼!」


 軌道を逸らしてソラを摘もうとしていた鋏を空ぶらせることには成功したが、奴の得物は一つではない。


 二撃目が繰り出される前に、ボスの前からソラを拐う。


 お姫様抱っこ? んな余裕あるか!!


 肩に担いだソラの負担分だけ足が鈍る。これまでのアドバンテージは帳消し、追い付かれて―――やべっ。


「抜かれたッ……!」


 同速どころか完全に上回られた、振り切れない……!


「くぉ、の……ッ!」


 奴の攻撃パターンは、これまで見た限り両の鋏と尻尾を用いた分かりやすい大振りのみ。


 足が鈍った今でも一発一発は避けられない事もない。だがこの蟹蠍が厄介なのは、機械的に繰り出される一撃毎の間隔が極端に短い事。


 更に鬼畜なのが、攻撃の際にも決して足を止めないという大型ボスにあるまじき行動仕様―――!!


「は、ハルさんっ! 降ろして下さい!」


 担がれたままのソラが、明らかに苦しい俺の回避劇に振り回されながら叫ぶ。


「それさっきのモーション見た上で言ってます!?」


「もーしょ―――ひぁっ!? なんっ、な……なんですかっ?!」


「ソラさんムシャられる寸前でしたあッ!!」


「ムシャられっ!!?」


 一杯いっぱいで見てなかった模様。まあ本当に捕食攻撃だったのかは不明だが、何らかの拘束モーションだったのは疑いようも無い。その後に待ち受けるエグい攻撃は想像に難くない。


「ムシャ……っで、でもこのままじゃ!」


 避けてる俺だから分かるが、このロリコン今でも徹底的に抱えられているソラだけを狙ってやがる。


 おそらく一人のプレイヤーを狙い続けてターゲットが倒れたらまた次のターゲットへ―――みたいな習性を与えられているんだろう。


 アルカディアはMMOだ。加えてVR環境にまだ不慣れであるという点を加味しても、戦闘難易度は中々に高いと言わざるを得ないこれまでの事を鑑みると、本来ボスに挑むにはしっかりとパーティを組むのが前提なのだろう。


 ならばこの蟹蠍も本来ならば、狙われたプレイヤーとの間に正規の盾職を挟んで守りながら戦うのが正攻法なのかもしれない。


 攻撃中も動き続けるという特性も、適正まで育った盾ならば移動を阻みつつ耐えられると仮定すれば納得出来る。


 それをペア―――しかも盾不在で片方は紙切れなんて構成で挑めばこうなるか。せめて俺の方をターゲティングしてくれていれば……!


「しゃあない緊急措置だ……!」


「何か作戦がっ」


 忌々しげに呟いた俺の声を拾い、担いだソラから期待の声が上がる。


 あるっちゃあるし、この手を使えば恐らく簡単に盤面をひっくり返す事が可能だろう。『化茸の宿主』戦とは違い、今の俺たちには切り札があるのだから!


「よっしゃ反撃だソラ! 作戦名は『女子の声援=最強の支援効果』ッ!!」


「―――結局また何も出来ないんですかぁ!!!」


 許せソラッ……置物化は俺としても不本意だがこの状況では仕方ないんだ……!多分いま俺が離したら君、数秒でムシャられると思うから……!!


「折角これからはちゃんと戦えるとっ……あぁもうっ!」


 鬱憤を晴らすように担がれたまま俺の背中をぺしぃと叩き、ソラは己が獲得した規格外の支援スキルを起動する。


「《スペクテイト・エール》っ!!」


 その若干拗ねたように叫ぶのやめてくれます? 可愛いムーヴは俺に効くと何度言えば。


 ソラを抱えて跳ね回る俺の身体が光を帯び、ステータスバーに光芒の輪を模したバフアイコンが点灯―――ギアを引き上げたように、ガクンと全てのステータスが跳ね上がる。


 一度は引けを取った速度は……っしゃ逆転!!


「こっからは一方的に行かせてもらうぜ!!」


「ちょ、ハルさっ、何で抱えたまま……?!」


 そりゃ貴女、俺の耐久に倍率補正とか完全に焼け石に水でしょうよ。相変わらず盾にはなれないなら、抱えたままぶっちぎるしか無いんだなァ!!


「ぁ、待って、待って下さ―――」


 行くぜトップギア!! あなたを人外機動体験へご招待ってなぁアァアアアッ!!!


「ぁ、ゃっ……!!―――っきゃぁあああああ!!?!」


 ソラの悲鳴を棚引かせ、鋏を掻い潜り飛び出した俺たちの身体が宙を舞う。片腕に抱き直したソラから首元へ必死の抱擁を頂戴するが、俺とて堪能している余裕はない。


 宙へ逃げた俺を狙い撃ち出された尾針の一撃を直剣で横殴りに逸らし、反動で横転する身体をそのままに大斧へ《クイックチェンジ》―――


「きゃああぁあっ?!きゃあぁああぁあああっ!!」


 お手本の様にきゃあきゃあ騒ぐソラだが、抱えている俺よりも余程そのSTRは高い。振り回されながらもしっかりとしがみ付けているのを確認して、俺は遠慮無く片手で大斧を振り抜いた。


 直前に弾いた尾に直撃。確かな手応えと更なる反動に身体が流され、ひと一人抱えたまま空中で三回転半捻りを決めつつ着地という我ながら頭のおかしい挙動を実現しながら、直剣に切り替えて再度の突貫。


「っは、チョロいぜ!! 我にはソラ様の加護ありィッ!!」


「やっ、もう……!―――いやぁあああぁあぁあっ!!」


 振り切れてノリノリの俺と、果たしてボスに追われていた時よりも激しい半泣き―――というか全泣きのソラ。


 対極的な二人の叫びがこだまする岩壁の荒地に、響く剣戟の音は際限無く加速していった―――。

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