荒地の迷路
「アリシア・ホワイトさんですね。実際には『最強の剣王』ではなく、【剣ノ女王】という称号を持っている方です」
「はぇー……『女王』ってよりは『お姫様』って感じだったが」
「ふふ、そうですね。そっちの方がらしいって、一般的には『お姫様』で通ってるんですよ」
「本人は女王だのお姫様だの気にしてないみたいですが」と流石はソラさん、普通にご存知でいらっしゃった。昼休憩を終えて再びイスティアの噴水広場で彼女と合流した俺は、意外と物知りなパートナー殿に知識を披露してもらっていた。
「やっぱ有名人なんだな。いや、テレビ出てるし最強とか呼ばれてるし当たり前っちゃそうなんだが」
「メディアに露出しているプレイヤーの中では、断トツの人気でしょうね。とっても美人ですから」
確かに、あのアバターはヤバイ。キャラメイク代行とかあれば金取れるレベルだろう。
「でもそっかー。あれだけ可愛い女の子が最強とか、実にファンタジーって感じで良いな」
男女間の性能差など仮想現実には無いということか。流石に反射神経やら反応速度みたいな、個人の格差はあるんだろうが。
「本当に凄いんですよアリシアさん。動画サイトで戦争のアーカイブとかが沢山残っているはずなので、ハルさんも見てみるのをお勧めします」
「ほーん。やっぱそういう動画とかって配信されてるんだなぁ」
感心したように零した俺の台詞に、ソラは「なに言ってんのコイツ」みたいな顔をして―――いやまぁ、そうっすよね。仮想現実なんて大それた世界へ、それも三年間もの間を空けた上に情報皆無で臨む奴なんて俺くらいだろう。
「ん-……」
別に隠す事でもなし、話してしまおうかとも思うのだが……何というか、こういうゲームの中でのやり取りで現実方面の話題を出すのって妙に忌避感があるんだよな。
前情報無しで挑んでますと白状すれば、芋蔓式にバイト戦士として過ごした高校三年間の話まで内容が飛ぶかもしれない。そういった現実の自分の事をわざわざ話すとなれば、自分語りじみていて恥ずかしい。
訊かれたら答える、で良いか。
「さて、ステージⅡだな」
他愛無い会話をしていた俺達の前に、高さ三メートルほどの楕円を描くアーチが現れる。緻密な細工の施された白磁のそれは、外部フィールドとの行き来を担う転移門だ。
門は都市内にいくつか設置されているが、向かう先を選択出来るのでどれを使っても良い。さて、初心者エリアの第2面は―――
「【岩壁の荒地】ね……」
猪に塗れた【地平の草原】をクリアした事で、選択欄に現れた二つ目のフィールド。その名を呟けば、向こうの景色を映していたがらんどうの転移門を、青色の燐光が瞬く間に満たした。
水面のように波紋を浮かべるこの光を潜れば、外部フィールドへ転移させてくれるというわけだ。
「次はどんな所なんでしょうね」
目を輝かせ、ワクワクした様子で転移門の先に思いを馳せるソラ。
この子、色々と調べてはいるようだけどマップとか攻略情報に関してはゼロみたいなんだよな。どうせ組むなら初見同士が良いし、ありがたい事だ。
「ほらハルさん、早く行きましょう!」
言葉遣いも含め、普段は外見年齢に見合わない落ち着いた様子のソラだが、割と好奇心が強いらしくこういった場面では無邪気さを披露してくる。別に探っている訳でもないがいまいち年上なのか年下なのか判断が付かず、何より……
―――ギャップがなぁ、ズルいんだよなぁ。
妹分にカテゴライズしたとて、その美少女ぶりに変わりはない。「はやくはやく」と急かすソラに背中を押されながら、俺はドギマギしそうになるのを押し殺して転移門を潜った。
「―――うぉぅ……」
「―――わぁあっ……!」
転移の光に包まれた先―――俺達を出迎えた天を突くような果てしない岩壁に、二人して感嘆の声を漏らす。
足元に広がるのは、チラホラとカサついた雑草が生える程度の荒地。そして俺達を囲うように屹立し、幅五メートル程度の「道」を形作っている巨大な岩壁。なるほど正しく【岩壁の荒地】である。
一面土気色かつ岩壁が高過ぎるため日差しを完全に遮っており、日陰の中の俺達の視界は薄暗い。壁に挟まれている事もあって妙に圧迫感があるというか、落ち着かない気分になる。
「……これ、急に壁が迫ってきて潰されるとか」
「わ、私も考えましたけど……怖いこと言わないでくださいっ」
ふと浮かんだ想像を口に出すと、不安げに身を揺らしたソラにお叱りを受ける。
うん、まあ流石にそこまで悪趣味な殺し方はして来ないだろう……無いよな? モンスターに殴殺される程度はファンタジーフィルタが掛かるから許容出来るが、壁に潰されるとかギリギリ想像できる死に方はあまり体験したくない。
「と、ともあれ……進んでみるか。サポート頼んだ」
「分かりました……!」
互いに直剣と短弓を手に取り、俺達は『岩壁の荒地』の探索を開始した―――
◇◆◇◆◇
どこまでも続く平原に「ご自由にお戯れ下さい」とばかりに猪が撒き散らされているファーストステージと比較して、続くセカンドステージは真逆の方向性を取っていた。
猪平原が「開」なら此方は「閉」とも言うべき岩壁の迷路。配置されているモンスターも勝手気ままに走り回る陽キャではなく、彷徨うプレイヤーを待ち構える隠キャ揃いであった。
モブその一、岩壁に張り付きジッとしている【ウォールリザード】なる大蜥蜴。基本的に岩壁の上部に潜んでおり、気付かずに下を通ろうとすると落下して急襲を仕掛けてくる。
体長およそ二メートル、AGIそこそこ、STRそれなりと三拍子揃った難敵。しっかり頭上に注意していれば急襲は回避できるので有情。
モブその二、道端で岩に擬態しているバスケットボール大の【ロックトード】とかいう蛙。感知範囲に踏み込むと擬態を解いて襲って来る。
本体の動きは鈍いが攻撃アクションが機敏。蛙らしく伸ばした舌を鞭のように振るうのだが、舌先が岩塊のように硬質かつ肥大化しており威力がヤバい。けれど岩のような見た目に反して紙耐久、有情。
モブその三、ランダムエンカウントなのか岩壁の隙間から見える空から時折姿を見せる【ダストバット】こいつマジ許さん剣の届かない場所からチクチク針のような砂礫を飛ばして来るわ遠距離で反撃しようとしたら瞬時に距離取っておちょくってくるわ執念深く尾け回してくるわ倒しても経験値ショボいわはぁぁああああああああああッ!!!
「ソラさん、やっておしまいッ!!」
「またキャラが……」
怒りのままに指令を下した俺に苦笑いを浮かべつつ、早くも短弓の扱いに慣れてきたソラが動く。
流れるような所作で弓を引き、放たれた魔力矢は狙い違わず許されざるクソ蝙蝠を射抜いて見せた。
「生意気に連携なんぞ取りおって爬虫類どもが……!」
上空からの援護を頼りに果敢な攻勢を仕掛けてきていた大蜥蜴共に悪態を吐きつつ、後退気味だった脚を前へと走らせる。
目前には二体のウォールリザード―――こいつら図体の割に機敏な動きを見せるが、鬱陶しい牽制さえ無くなればAGIにぶっぱしている俺の脚には追い付けない。
大顎を開けて迎え撃つ巨体との距離を測り―――ここ!!
「唸れ軽業ァッ!!」
新たに取得したDEX補助のパッシブスキルに物を言わせ、三桁到達を果たしたAGIを完全に従わせる。
結果、短距離ランナーを軽く凌駕する速度で駆けていた我が身は最高速度のまま直角に曲がり―――跳躍により岩壁に足を付けた俺は、そのままピンボールと化した。
岩壁、岩壁、地面、岩壁、壁、壁、壁、地面壁ェ!!
「これでこそゲームってなぁッ!!」
凡そ人間―――というより生物には不可能であろう動きで通路内を跳び回りながら、握り込んだ直剣でウォールリザードを細切れにしていく。
正直に言って良い? クッッッッッソ楽しいわ!!
「はい終わりィ!!」
トドメにサクッと一閃で二体の首を落とし、ザザァッとキメ顔で着地を決める。これ見よがしに直剣をクルリと回しながら無駄に《クイックチェンジ》を発動させれば、ささやかなライトエフェクトと共に虚空へ消え去る武装……
控えめに言って格好良いだろこれ―――顔がフツメンじゃなければなぁ!!
「あはは……満喫してますね」
「いやぁ折角の異世界体験なんだから楽しまないと。ステータスも伸びて、漸くそれっぽい動きも出来るようになったからさ」
欲を言えばSTR偏重の筋肉ビルドも試してみたいものだが……今はまあ、余所見をせずに高速戦士を極めて行くとしよう。
「それっぽいとは……あんな動きする人なんて見た事……」
「うん?」
ぽしょりと耳に届く呟き。目を向ければ、ソラ様より何やら呆れたようなジト目を向けられていた。
「いえ何でも……回復しますから、ジッとしてて下さいね」
ソラの持つ回復スキルは対象指定ではなく地点指定であり、激しく動き回っていると効果が散ってしまうらしい。
故にそんな注意を頂くのも分かるが……言い方といい表情といい、完全に落ち着きのない子供を嗜めるそれだったな?
え、俺のイメージそっち方面に寄りつつあります?
確かに止まったら死ぬ回遊魚みたいな戦闘スタイルになりつつあるけども……若干の危惧を感じながら、表示されたリザルトをつらつらと流し読む。
取得経験値、獲得アイテム、【砂塵蝙蝠の翼皮膜】やら【壁蜥蜴の荒爪】やら―――
「ふーむ……やっぱこのゲームは装備の直接ドロップとか無い感じかな?」
まだまだ序盤ではあるが、ボスも含めたこれまでの戦績で手に入れたのは一様に素材アイテムのみ。
イベント入手とかは全然ありそうだが、通常の敵ドロップは期待出来ない雰囲気である。
「そこら辺はどうなんでしょうか先生」
「せ、先生……?」
既に足を踏み入れた以上、これまでの自主的情報規制を続ける意図は無い。過度なネタバレとかは遠慮したいが、ソラは攻略関係の知識ノータッチぽいからその辺の心配はいらないだろう。
素直に先生と仰がせて頂く。
「えと、ごめんなさい。私の知識ってほとんど映像媒体に依るので、狭く浅くと言いますか……」
「ふむ」
成程、偏っていると。知っているものは浅く理解しているが、知らないものは欠片も知らないっていう。
「あ、でも鍛治職人のプレイヤーさん達は有名ですね。アルカディアの生産業は自由度がとっても高いそうで、サービス開始当初からずっと賑わっているそうですよ」
「あーやっぱ生産メインかねぇ」
癒しの光と共に納得を一つ頂戴し、未だ見ぬ煌びやかな装備品に想いを馳せる。
これだけ自由度がぶっ壊れているゲームだ。自分だけのオンリーワン装備なんてのも作れるのだろうし、実に夢が広がる。
何の変哲もない店売り鉄剣やらは早めに卒業したいところだし、ガンガン攻略を進めて行くとしよう。
午後の部はじまり。