画面越しの邂逅
あれから暫く。再起動待機時間を終える毎に目眩吐き気その他諸々との戦いを耐え抜いたソラは、宣言通り一時間ほどでスキルを御してみせた。
おそらく実戦運用も問題ないだろうとの事で、一度拠点へと戻った俺達はソラの遠距離攻撃手段として短弓を購入。
すぐさま猪平原へと蜻蛉返りして、早速フールボア相手に実践してみようという運びになった。
「では……行きます」
「危なくなったらフォロー入るから、気楽にね」
ファーストチャレンジにほんのり緊張を見せるソラに声を掛ければ、照れたような笑み一つを零して、少女は短弓の弦にそっと指先を添える。
摘まむような仕草―――途端、薄く発光する半透明の矢が出現。珍しい事にこのゲームにおける弓は物理的な矢を用いない完全魔法武器らしく、物資ではなく魔力が残弾となる仕様だ。
さて、本人談では現実で弓など触った事すらないとの事だが、そこはゲームの方でシステムアシストを働かせてくれるらしい。おそらく何らかのガイドを受けているのだろう、ソラはまず素人とは思えない綺麗なフォームで弓を引いて見せた。
チラリと向けられる視線。直剣を片手に「いつでもどうぞ」と頷けば、スッと息を止めたソラが第一矢を放った。
結果は―――はいお見事。綺麗に眉間に突き刺さったな。
「当たりました!」
ぴぎぃと哀れな悲鳴を上げる猪、ガバッと振り返り大喜びのソラ―――待ってソラさんまだそいつ死んでないっす!
「っとお!」
「ふぇあ!?」
取り出した大斧を地面に突き立て、少女の無防備な背中に突っ込んできた猪を迎え撃つ。柄で作り出した斜角でいなすように受け流せば、すれ違ったフールボアはそのまま後方へとかっ飛んでいった。
「す、すみませ……!」
「まあ気持ちは分かる」
二日目にしてファーストアタックだからな。そりゃはしゃいでしまうのも無理はなかろうて。
「今のって観測眼は?」
「使いました。まだ維持してます」
「結構効果時間長い感じ?」
「魔力が続く限り、大丈夫みたいです」
「継続コスト型かー」
優秀。それなら魔力量と要相談だがある程度の継戦も望めるだろう。
突進を終えてノソノソと方向転換しているフールボアの背を眺めながら言葉を交わす。流石に続けて油断はしないだろうし、このまま任せても良いのだが―――
「前衛張りますかね」
素のSTRでは取り回しの利かない大斧を直剣に切り替え、クルクルと手で遊びながらソラの前へ出る。既にペア前提で動いてるところあるからな、実際に俺が前にいる状況の方が練習には良いだろう。
「攻め手は抑えるから、撃ち込めると思ったらバシバシいってみよう」
「は、はいっ……あの、当てちゃったらごめんなさい」
「まあ流石に初心者装備の弓矢一撃で全損は無かろうて……無い、と思う、よ? うん、多分、きっと」
歯切れの悪い俺に苦笑いを見せるソラから目を逸らし、俺はフールボアのタゲを取りに走った。
いや、流石に大丈夫だよな……? VIT5の底力を見せてくれ……!!
◇◆◇◆◇
「―――っぁ゛あ゛~……」
現実時間で正午きっかり。昼食のため仮想世界からログアウトした俺は、目を覚ましたVR機器の上で横たわったままオッサンのような声を吐き出していた。
身体がクッッッッッッッソだるい。なまじアバターを敏捷特化に育成してしまった為か、向こう側とこちら側での肉体の体感重量が違い過ぎる。昨夜落ちた時もまあ酷かったが、二度のボス戦で得たステータスポイントを振り込んだ事により更に悪化した気がする。
「果たしてこれはアルカディアプレイヤー皆が通った道なのか、俺のVR適性の問題なのか……」
後者だったら凹むなぁ……とげんなりしながら鈍重極まるリアルボディをのっそりと動かす。俺の体勢変化を検知した機器が自動で上蓋を開け、リクライニングチェアのように稼動した寝台が背中を持ち上げてくれた。
……これ、ゲーム機器なんだぜ? 隅から隅まで超技術の塊ってか。
「さーて飯めしっと」
仮想現実でいかに飛び跳ねていようとも、現実の身体は寝たきりだ。あちこち凝り固まった筋肉をほぐす様に手足をプラプラさせながら、自室を出た。
共働きの両親は家にはいない。静かな我が家のリビングを素通りして、冷蔵庫で食材を漁る。
さて、ログアウトはしたものの頭の中は仮想世界一色だ。あれからソラの戦闘訓練も好調に進み、俺達のペア攻略は順調の一途。昼食時という事で互いに一時解散としたが、嬉しい事にこの後も良ければと彼女に誘われている。
いや嬉しい。突如訪れた謎のリア充ムーブに正直なところ今生の運を使い果たしていないかが心配だが、喜んで了承した俺の午後は推定美少女との異世界探検が約束されているのだ。
「連鎖した偶然に感謝感謝……炒め物で良いか面倒臭い」
めぼしい食材を適当に引っ掴み、フライパンを火に掛ける。料理って奴は、凝らない場合は意外と待ち時間が多い。今は一秒でも長く仮想現実に入り浸りたいと逸っているせいもあるだろう、鉄鍋が熱されるのを待つ僅かな時間でも億劫に感じた。
暇からふと思い至り、リビングのTVを点けてみる事にする。
「やべぇ、三年ぶりにTVのリモコン触ったわ」
【Arcadia】が発表されてから三年。精神の安寧を守るため、俺はありとあらゆる情報媒体との接触を絶った。スマホやパソコンから繋がるインターネットは勿論の事、新聞や情報誌などの紙媒体までをも極力遠ざけてバイトに邁進する日々。
偶発的に【Arcadia】の情報に接触する機会に見舞われた事は何度もあったが、その度にバイトと勉強を理由にして回避してきた。
そんな訳で三年前から社会に置き去りにされていると言っても過言では無いが、そこまでしなければ【Arcadia】という世紀のビッグタイトルの話題をシャットアウトする事は不可能だったのだ。
しかしながら、遂に夢の仮想現実を手に入れた俺を縛るものはもう何もない。むしろ本格的にゲーム攻略へ乗り出せば、情報媒体の助けは必須だ。感慨も一入に電源を入れたディスプレイに映ったのは―――
「お、早速じゃん」
奇しくも、現在俺の脳内十割を占める仮想世界関連の映像であった。画面の上部端に表示されている文句は『アルカディア最強の剣王!その強さの秘密に迫る!?』とか何とか。
「剣王って誰やねん」
情報ゼロの俺、最強とか剣王とか言われた所で全く付いていけない。予熱の済んだフライパンに油やら食材やらを放り込みつつ、脳内に金ぴかの大剣を掲げた筋骨隆々の大男を描いていると―――
「―――うっお……!?」
数秒後、TV画面に映し出された「最強の剣王」とやらを目にした俺は、無意識に息を詰めていた。
―――かわいい。すげえとかヤバイとかありきたりな飾りで称す事が憚られるような美少女が、画面の中にいた。
薄らと青みがかった銀髪、ガーネットに煌めく大きな瞳―――空恐ろしく整った美貌。
【Arcadia】のグラフィック描画は限り無く現実に近く、人など至近距離で見てもほぼ現実世界と見分けは付かない。だというのに、画面越しの少女はアニメや漫画の登場人物にしか見えなかった。
ぶっちゃけそこらの創作物のヒロインなんぞより余程に美人だ。二次を越えた三次というやつか……。
「いやまあ、アバターだけども……」
それにしてもアレはヤバイ。キャラメイクによって生まれた美貌だとしても、イスティアの都市などで拝見した美男美女達が霞むような代物だ。
……え、ソラ? いやジャンルが違うから……この子は綺麗系だけどソラは可愛い系っていうか比べられないっていうか―――ってか無理だよ。ここまで行っちゃったら人とかじゃないよ天使だよ。ソラも大概天使だけどあくまで女の子として天使というか俺の癒しな訳で画面の中の最強ちゃんは人類を超越している節がって
「っぶねぇあッ!?」
ほのかに焦げ臭さを漂わせたフライパンを慌てて火から離す。俺とした事がナチュラルに見惚れていた!!応急処置に差し水をぶち込み、深淵を生み出す一歩手前だった鉄鍋を鎮圧する。
「焦った……」
一息つきつつTVに目を戻せば、どうもインタビュー形式の番組らしい。リポーターっぽい装備に身を包んだプレイヤーが色々と質問をぶつけているが……結構専門的なワードが多いな。完全初見新規の俺には「ちょっとなに言ってるか分かんないです」状態だ。
「ふーむ声も可愛い」
少なくとも騒がしいタイプではないらしい。どこかのお姫様のような凛とした雰囲気に似合う、楚々とした、それでいて耳に心地よい甘さを含んだ声。
相変わらずインタビュー内容には付いていけず欠片も頭に入ってこないが、少女の所作を見ているだけでも眼福である。やはり仮想現実だろうが美少女は良い。存在するだけで見ず知らずの他人にさえ癒しを齎してくれるのだから。
阿呆な事を考えつつ手早く昼食を用意した俺は、モシャモシャと炒め物を胃に押し込みながら「最強の剣王」―――【Iris】という名の少女を眺めていた。
とりあえず午前の部。
夕方頃にまた連投予定でございます