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草原で背中合わせ

 【土埋の大猪ベアリィ・ボア】は出現時の範囲スタンさえ対処してしまえば、正直なところ苦戦する要素が見当たらない優しいボスであった。


 巨体の圧で竦んでしまいそうになるが、突進の速度自体はフールボアと大して変わらず冷静に見切れば回避は容易。身に纏った土塊を飛ばしてくる範囲攻撃も、着弾位置が奴を中心に一定のため対処は難しくない。


 また開幕以外にも地揺れによる強制硬直は使って来たが、前脚を振り上げる予備動作がわざとらしく長いので縄跳び感覚で回避余裕……と、その攻略難度は正しく初心者エリアのボスといった具合だったので、


 ◇【土埋の大猪ベアリィ・ボア】を討伐しました◇


 ◇称号を獲得しました◇

 ・『土埋の大猪を討伐せし者』

 ・『地平を駆けゆく者』


 ◇スキルを獲得しました◇

 ・ボアズハート

 ・軽業


 まあこうなる。サクッと直剣が眉間に突き立った瞬間、大猪は動きを止め同時にいくつものログがポップアップ―――


「完全勝利!」


 爆散する大猪の骸とファンファーレをバックにピースサインを贈れば、後方で控えていた勝利の女神はぷいっとそっぽを向いてしまった。


 俺視点ではちょっと顔がどうしようもなく緩みそうになる可愛い案件だが、彼女の内心を思えばフォローの一つも考えなければ愛想を尽かされかねない。


 何の因果で俺ごときフツメンがご一緒出来ているのかも分からない、推定美少女かつ性格も楚々とした良い娘である。現状のどこにも好き勝手に胡座をかいていて良しとする点は無い。


 ご立腹の少女へと歩み寄れば、チラチラと分かりやすく横目で見てくる辺り「怒っているポーズ」だと丸分かりなのが……。


「ソラはかわ―――っぶねぇ!」


「へあぃ……!?」


 危ねえ!ボス戦後の解放感余って頭んなかぶちまけるとこだったわ!!


 ソラはかわいいなぁじゃねえ、なにナチュラルにナンパしようとしてんだそういうキャラじゃねーから!!


 ゴホンと我ながらわざとらしい咳払いを一つ、突如とち狂った俺に肩を跳ねさせた少女のフォローへ回る。


「助かったよ。ステータス上昇が無かったら危なかったかも」


「……そうは見えませんでしたけど。相変わらずおかしな動きしてましたし」


 おべっかと判断されてしまったのか、ひんやりした態度を頂戴するが……危なかったのは正直マジなんだよな。


 初見の土飛ばし、反射的に全回避に走ったけど素のステータスでアレが可能だったかは怪しい。あれにダメージ判定があったとしても流石に土くれ被弾で一撃死は無かったと思いたいが、撃ち落とされたところに追撃で死んでいた可能性は十分にあった筈。


 可愛い同行者のご機嫌取りに、惜しむ手間などありはしない。そんな心算の俺がそう捲し立てれば、ソラは未だ不満げではあるものの……


「むぅ……そういう事にしておいてあげます」


 と、一応の納得は得られた模様。


「ともあれ、何か手は考えたいとこだな。流石に観戦ばっかりじゃソラも退屈だろうし」


「ほんとですよ。昨日のボス戦で何度か回復スキルを使った以外に、戦闘に参加すら出来てないんですから」


 うん、まあ俺もソラの立場だったら暇過ぎて文句も言いたくなる。やはり何かしら、ソラが戦闘に介入できる手段を見つける必要があるだろう。


「つきましては、今のリザルトで新しいスキルなどは?」


「あ、そうでした。えと……《観測眼》?」


 やっぱり攻撃系のスキルは直接戦闘で経験を積まないと生えない感じかなぁ。ともあれ、興味を引く名前ではある。


「ほー。どんなスキル?」


「ええと……んん、何というか、ある程度距離を置いている相手の動きが見やすく……理解しやすく……?」


 と、どうも言葉で説明するのが難しいらしく、俺と一緒に本人も首を傾げてお困りのご様子。例の脳内インストールがあるため、ソラ自身は理解できているのだろうが。


「うーん……あの、あそこにいるフールボアを見て下さい」


「はいよ?」


 上手く言葉がまとめられないなりに説明を試みようと、ソラが少し離れた位置にいる猪を指差した。


「例えばあの子が、突然走り出したとして」


「して?」


「私達がそれを認識するのは、それから少し遅れますよね? あー走り出したなーって思うまで」


「んー?ん、あー……?あぁー」


 何となく言いたいことは伝わる。要は見て、捉えて、理解するまでの所要時間みたいな。


「その遅れを短縮してくれるスキル……みたいです。あの、伝わりますか……?」


「大丈夫、意外と伝わってると思う」


 要は視覚情報の処理速度が上がるって訳だ。これは割と優秀なのでは……え、そんな事も出来るのか?一個人の知覚速度云々まで操作とかどんな……また謎技術か流石だぜ【Arcadiaアルカディア】。


「聞く限りじゃ、凄い便利そうなスキルだけども」


 活かせるかはソラ次第だが、対応速度の向上につながる《観測眼》とやらはかなり戦闘に向いた―――というか普通に戦闘用のスキルでは?


 本人もそう考えたのか、御所望の攻撃スキルでは無かったものの、少女の顔に徐々に期待が浮かんでいく。


「距離を取るって条件は、元々近距離戦を切り捨てて考えてたから問題無し。そのスキルを活かすとすれば遠距離武器……弓とか?」


「そう、ですね。銃は始めたばかりの私では手に入りませんし、攻撃魔法を覚えられるまでは弓でしょうか」


 まあそれが無難で―――え、why?このゲームって銃あるの?バリバリのファンタジーテイストにしては珍しいっすね……


 ネットなどで調べる気になるまでは無知継続な俺が驚いているのを他所に、指針を手に入れてソラはやる気が湧いてきたご様子。


 とりあえず「試してみます!」とワクワクしながらスキルを起動した様子の彼女を、俺は微笑ましく眺め―――


「―――はぇっ」


 次の瞬間、ソラは素っ頓狂な声を上げてフラついた。


「っ……、っ?……!……っ?!」


「そ、ソラさん……?」


 一度フラついただけでは済まず、なんか呻きのようにも悲鳴のようにも聞こえるか細い声。すぐ異変に気付き、声を掛ける俺の傍―――カクンと、ソラの膝が崩れた。


「おいっ……!?」


 反射的に華奢なアバターを受け止める。HPは満タンだし何かしら状態異常を受けた訳でもない、原因不明で急に倒れかけた彼女の顔を心配で覗き込めば……


「ぅ……きゅぅ……」


 ソラは何故か、目をグルグルと回していた―――いや、ほんとにグルグルになってる。漫画とかでよく見る、瞳孔がグルグルの線になるアレ。


 頭から煙出したりとか、現実と遜色のないグラフィックでギャグみたいな表現突っ込んでくるから違和感が……いやまあ今は置いておこう。


「ソラ、大丈夫か?……おーい、ソラさんやーい?」


「ぅ……先が、見え……前と重なっ……な、がって、ぐらぐら……!」


「お、おう……?」


 何だか頭痛を堪えるみたいにギュッと目を瞑ったソラは、か細い声で何事か訴えかけてくるが、不明瞭で途切れ途切れの言葉に俺は首を傾げるしかない。


 咄嗟に支えた俺に寄り掛かって、少しの間は立つ努力をしていたようだが……あ、ダメみたいですね。完全に脱力して身を預けてきたソラを庇いながら、ゆっくりと彼女と一緒に腰を下ろした。


 なんかアレだ。居酒屋でバイトしてた時に見た事のある、酔ってグロッキーになり色々ぶちまける五秒前のおっさん。


 推定美少女の様子を表す例えとしては最悪だが、申し訳ないけど完全に一致である。


 込み上げる吐き気の息苦しさを誤魔化すように、縋り付いた手に力を込めてくる様までソックリ……あの経験に例えるのはやめよう。五秒後に訪れた惨劇まで精細に思い返してしまえば、俺のメンタルが死ぬ。


 幸いソラは……いや、この世界で気持ち悪くて吐いたり出来るのかは知らんが……徐々に落ち着きを取り戻していく。


「……大丈夫?」


「ごめ、なさ……もう少し、このまま……」


 それでも少々時間は必要らしく、俺に身を預けたまま辛そうに呟く。役得……ではあるものの、普通に心配である。


 試しにと起動した新たなスキルが原因なのは明白だが……さて。


「あの……」


「落ち着いた?」


 身動ぎでもすれば死―――とばかりに一切の動きを止めていたソラだったが、しばらくしておずおずと顔を上げた。


 完全にもたれかかっているのだから当然ゼロ距離。見上げた俺の顔の近さに一瞬息を詰めて顔を赤くするも、慌てて飛び退る様子は無い。


 目が合った彼女の瞳は微妙に焦点が定まっておらず、どうもまだ少し目を回しているようだった。


「無理しなくて良いよ。何なら横になる?」


 そう言って示すように膝を叩く。ソラは驚き、次いで照れたように頰を染めると小さく首を振った。


「だ、大丈夫……です。すみません急に、ありがとうございます……」


 徐々に落ち着きを取り戻し、少女は一つ息をつくと「んしょ」と身体を起こした。


「スキルのせい、だよね?」


「はい、あの……強烈、でした」


 ふむ、強烈とな。


「ええと……スキルを使った途端に、動くもの全部がぶれて見えたと言いますか」


「ぶれる?」


「はい。多分、本来の私が知覚できる情報と《観測眼》で知覚できる情報が混じって見えた……んだと、思います」


「……ほおん?」


 やばい分からん。これ多分本人しか理解出来ない感じのやつではなかろうか。


「分かるんですけど分からないというか、見え過ぎるというか……多分ですけど、私の処理能力が足りないんじゃないかと」


「えぇ……そんなスキル生えるもんなのか?使う度にノックアウトするスキルなんてただの自滅技じゃん」


 控えめに言ってゴミスキルでは?


「ん、と……なんとなくですけど、慣れたら大丈夫な気がします」


「慣れるとかそんなレベルの様子には見えなかったけど……」


「スキルを覚えると、おおよその使い方が分かりますよね?あれと同じで、多分大丈夫じゃないかって感覚があります」


「ふむ……?」


 つまり要練習か?そこまで強烈な変化をもたらすスキルだというなら腐らせるのも勿体無いし、本人がそう言うなら特訓する方向で良いだろう。


「んじゃ特訓する?普通に何度も使えば良い感じ?」


「そう、ですね。戦闘外なら猪さん達はのんびりした動きですから、ここで何度か使ってみれば……」


「おっけ。背もたれは任せて」


「あ、ありがとうござ―――ふぇ?」


「ん?」


「え?」


 え?


「い、いえあのそんなっ、背もたれなんてそんな事っ」


「いやでも、このフィールド寄り掛かれるようなオブジェクトも無いし」


 マジで見渡す限りの草原だからな。岩の一つくらい転がってても良い気がするが、猪達の餌なのであろう何かの実を付けた茂みくらいしか設置物が存在しない。


 鞄でもあれば枕代わりに出来るかもしれないが、異空間収納なんてファンタジーの恩恵を預かる俺達は当然の手ぶらである。


「男だと思うとアレかもしれんけど、所詮ほらアバターだから。気にせずどんとこい」


 ソラに妹判定を下した俺にもはや羞恥や下心など存在しない。この申し出は十割親切心からの―――いや盛りました。一割くらいは下心ありますとも男だからなぁ!!


「そ、え、でもっ……ぅ、ぅ〜〜……っ!」


 欠片の下心など無いかの如く「頼れる男」を気取った俺に、ソラは戸惑ったようにもじもじと―――え、なにその仕草かわいい。俺に効くからやめて差し上げて?


「うぅ………………じゃあ、その……付き合って、くれますか?」


「おう、任せなさい」


 わざとらしく胸を叩いて見せれば、ソラはクスリと笑みを零してから、少し迷った後に背中合わせで身体を預けてきた。


 リアルと見紛う仮想現実の体温が伝わってくるが、ドギマギとして拍数を上げそうな心臓を宥めすかす。


 聞こえてくる、意を決するかのような呼吸音。特訓を開始したのであろうソラを意識しすぎない為に、俺は自身の用事に注視する事にした。


 そこそこ数が増えてきた称号や新規取得したスキルなどはとりあえず置いておき、まずはステータスからだな。


 ボス戦やら雑魚狩りのトータルで、結構レベルが上がりポイント貯蓄が良い感じである。


 結構レベル上がりやすいなこのゲームは。昔いくつか触ったMMOよりも大分サックリと成長する印象だ。


 早熟を助けるイスティアの加護も大きいのかもしれないが……さておき、ステ振りしていこうかね。


――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Haru 

Lv:23(60)

STR(筋力):15

AGI(敏捷):70

DEX(器用):70

VIT(頑強):5

MID(精神):5

LUC(幸運):5


◇Skill◇

・全武器適性

《クイックチェンジ》

《ウェポンダーツ》


・アクセルテンポ

・ボアズハート New!

・軽業 New!

――――――――――――――――――


「さて……」


 どうするかね。当初の方針ではAGIとDEXに極振りしていくつもりだったので、半分ずつぶち込んで三桁の大台に乗せるのも吝かでは無い。


 無いのだが……なんだかんだで今後もソラとペアを組む機会が多そうな予感がしてるんだよな、有難い事に。


 妙に縁があるっていうのもそうだし、現状で互いの他に新規や同期が望めない以上、同レベルの攻略仲間を求めると自動的に俺はソラを、ソラは俺を頼る他にないのだから。


 ならば、ソロ偏重のビルドは避けるべきなのでは?ソラが攻撃主体のスキル構成に進むようならば話は別だったが、現状彼女の進む先は確定的に支援ヒーラーだ。


 いつまでも一撃死がデフォルトの回復無用ビルドではソラと組む意味が単純に半減する。


 《スペクテイト・エール》という壊れ気味な支援スキルとは噛み合っちゃいるが、俺としては傍観前提のスキルなんぞ多用させるつもりは一切無い。


 見てるだけとかゲームしてる意味あるのかってレベルだからな。彼女は俺のオプションではなくプレイヤーだ、一緒に楽しめなければ意味はない。


「そうなると……」


 ではVITを上げるのかといえば、ことはそう単純ではない。ソラの言う俺の虚弱体は、ステータスのみならず防具を一切着ていない全裸状態にも起因する……全裸って言ってもゲーム的な意味での全裸だからな。ちゃんとデフォルトの村人然としたアンダーウェアは着てるからな。


 さておき、VITだけ上げたところでさして効果は無いだろう。頑強ステータスは素の耐久力もある程度は補強してくれるが、その本分は防具毎に設定されている要求値を満たす事で装備可能とする点だ。


 が、防具まで着込んでしまうと限界所持容量の枷に引っ掛かり、俺のこれまでのスタイルは完全に封殺される。


 別に剣一本で戦えばええんちゃうのと言われそうだが、俺に生えた適性スキルは『全武器適性』であり、こいつは『直剣適性』やら『大剣適性』なんかの特化適性に補正値で劣る。


 武器一本に絞ったスタイルを取った場合、俺は特化適性を持つプレイヤーの完全劣化型に成り下がり、加えて《クイックチェンジ》を始めとして幾つものスキルが腐る。


 ……うん、詰んでるなこれ。やはり俺はこの道を行くしかないようだ。


――――――――――――――――――

◇Status◇

Name:Haru 

Lv:23

STR(筋力):15

AGI(敏捷):70→100

DEX(器用):70→100

VIT(頑強):5

MID(精神):5

LUC(幸運):5


◇Skill◇

・全武器適性

《クイックチェンジ》

《ウェポンダーツ》


・アクセルテンポ

・ボアズハート

・軽業

――――――――――――――――――


 うむ、綺麗に百が二つ並んだ。ついでに新規取得した二つのスキルも見ていこうか。


 ボアズハート―――ある程度の助走を行う事で発動。そのまま体当たり、或いは武器などによる攻撃アクションを行った際に追加ダメージ補正とノックバック効果を付与する。


 軽業―――AGI補正による高速機動をDEX補正がカバーする際に、補助がより強く作用する。


「ほーん……?」


 悪くない。ボアズハートは助走後のあらゆる動作が疑似的な突進スキルになるし、軽業の方は単純にDEXに振るポイントを節約出来るわけでその分AGIを伸ばせる。


 前者を得た理由がおそらく阿呆な爆走劇だったであろう事を除けば、満足の行く収穫である。良きかな。


 さて、最後は称号か。二度のボス戦を経て、数を増やしていたそれらを確認していく。


 ふーむまあ序盤も序盤だし目立つ効果をもたらす称号は無さそうだが……『絆を紡ぎし者』これ良いんじゃないか。


 ソラとペアを組んでの攻略を行った事で手に入った称号だろう。その効果は少し独特で、特定のプレイヤーを指定する事で、その相手とパーティを組んでいる際に全ステータスに僅かな補正が入る。


 スタミナ微増だの経験値微増だの、パッとしない効果が並ぶ中では魅力的な恩恵だ。


 他に相手も無し、発動対象をソラに指定して……と、こんな所かな。


 時折苦しげに零される吐息、遠慮がちに掛けられる体重。背中越しに伝わるそれらから意識を逸らすように、俺はステータスウィンドウを操作していった。

ステータスのスキル欄が今後ごちゃごちゃしていくので、今の主人公のステータス画面を例に簡単な見方の説明を。

――――――――――――

◇Statas◇

Name:Haru 

Lv:23

STR(筋力):15

AGI(敏捷):100

DEX(器用):100

VIT(頑強):5

MID(精神):5

LUC(幸運):5


◇Skill◇

・全武器適正

《クイックチェンジ》

《ウェポンダーツ》


・アクセルテンポ

・ボアズハート

・軽業

――――――――――――

基本的に現在アクティベートされている適性ツリーがスキル欄の一番上に来ます。

その下にくっ付いているスキル群がそのツリー由来の専用スキルで、これは複数獲得している別の専用ツリーに切り替えた場合は一緒に無くなります。


適性ツリーから離されてるスキル群が、ツリーを切り替えても常設される汎用スキル。

会話内で挙げられる場合は全スキル共通《》こちらのカッコで記載されますが、

ステータス欄でカッコが使われているスキルは任意起動のアクティブスキル。裸で表記されているのは常時発動or条件達成で自動発動するパッシブスキルという扱いです。



以上になります。見にくいかな……そうでもないと良いなぁ。

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