前へ次へ   更新
100/491

遊興の火人

 およそ十数分の尋問を経て、最終的に俺は無罪放免と相成った。


 いや無罪もなにも、いったい何の嫌疑に掛けられていたのかも定かではないのだが……幼気な少女をかどわかしたとでも思われたのだろうか?失礼極まりない。


 あと「恋人ではないのか」と何度問い質されたか分からないが、そこはソラのためにもハッキリ否定してある。


 そういった意味では無いと誓った上でパートナーになってもらった訳だからな、そこを履き違えたら男として御仕舞いだ。


「という事で、可愛い相棒のソラさんです」


「本当に可愛いから何も言えないんだけど」


「この子がねぇ……」


「あはは……ありがとうございます」


 やましい事は何も無いと胸を張って紹介すれば、ようやく落ち着いたニアとロールプレイを取り戻したカグラさんはしげしげとソラを見る。


 やたら可愛い可愛いと言われて照れながらも、ソラは好意的に迎えられてはいる事を察して嬉しそうにしていた。誉め言葉を素直に受け取れるのは良い事だ。


 職人二人の紹介は既に終えており、こちらも同性プレイヤーと知り合えた事を喜んでいた。癖はあるけど良い人たちだよ、などと冗談を交えたらニアにどつかれたけど。


「それで、あの……」


 顔合わせの流れも終わり、そこそこ空気がほぐれたタイミング。先程からチラチラと俺を気にしていたソラが、我慢出来なくなったように口を開く。


 何が気になっているかくらい流石に分かる―――というか、そのために時間をずらして呼んだのだ。俺としてもようやくといった所である。


「どうかな?」


 問いに先んじて両腕を開き、新たな装いを改めてお披露目する。我ながら、こんな風にハッキリ自信をもって格好の是非を問うなど初めての事だったが―――


「……え、と」


 今の俺がソラの目にどう映っているのか、ぽーっと見つめてくる彼女の反応から何となく理解できる。


「正直、ビックリしました……素敵です」


 果たして、渡されたのは期待通りのお言葉。素直に「ありがとう」と笑いかければ、どこかの藍色娘に負けず劣らず照れ屋な少女は、頬を染めて視線を落とした。


「ニアさんがお作りになったんですよね?」


「んふふ、そうだよー。ニアちゃん渾身の一品です!」


 ソラに凄い凄いと褒められて分かり易く調子に乗った様子を見せるが、この件についてもう俺はニアにどうこう言えない。


 むしろ彼女のデザインセンスに関しては全肯定筆頭まであるからして。


「というかさぁ……本当に、こんな可愛いパートナーがいたなら先に言ってよぉ」


 と、心の内で全肯定してやっていたというのに、またもニアからジト目を向けられる。称賛を全部曝け出して褒め殺しにしてやろうかコイツ。


「なんだ、まだやんのか」


「じゃなくてさぁ!そういう事なら最初からお揃いで・・・・デザインしたのにって話!」


 ……おい、また唐突になんか言い出したぞ。


「え、なに?もしかしてソラのも作ってくれるの?」


「えぇ?そりゃ作るでしょ、なに言ってるの」


 当然とばかりに返されて、逆に俺の方が「なに言ってんのコイツ」みたいな目で見られてしまう。


 ―――あ、本気なの?なに、キミ実は神様だったりする?


「……期待して良いんだな?」


「ふっふ、私を誰だと思っとるのかね……返す予定だった余りの素材、使っちゃって良いよねぇ?」


「え……えっ?」


 話について行けてないソラを置いて、期待に頬が緩むのを隠せない俺。大して謎に悪い笑みを浮かべたニアは、算盤を弾くような仕草をしつつ顔を寄せてくる。


「その代わり、今度はちゃんとお代を頂くからね?こんな爆弾内緒にしてた分も含めて容赦しません」


「だから別に隠してたつもりは……いや、それはいい。金に糸目はつけん、全力でやってくれ」


 心配するな、資金の魔煌角あてなら腐るほどある―――


「盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろ時間だよ」


 と、本人を他所に悪だくみの如くヒソヒソ話す俺とニアを呆れたように見ながら、カグラさんが手首を叩いて刻限が迫っている事を伝えてくれる。言われてUIの時刻表示に目を向ければ、システムクロックはAM8:48を示していた。


 選抜戦開始時刻は朝の十時。初めに行われる予選・・の出場登録が始まるのが一時間前の九時からなので、もう十分ばかりで始まってしまう。


 エントリー自体はシステマチックに自動化されており、時間を取られたりはしないらしいが……何から何まで初だからな、余裕を持って動いた方が良いだろう。


「よし、それじゃ行くか―――あ、っと、二人は会場の中までは来れないんだよな?」


「あぁ。言った通り、他陣営は入場制限が掛かってるよ」


「じゃなきゃスパイ入り放題だからねぇ」


 との事で、西陣営ヴェストールに所属するカグラさんとニアは今回、直接の応援には来れないらしい。


 二人のおかげで仕上がった晴姿の初舞台。見ていて貰えないのは本当に残念だが……だからこそ余計に無様な真似は晒せない。


「本当に、ありがとな二人とも。誠心誠意大暴れして参りますので、どうぞ吉報をお待ち頂ければと」


「まあまあ。あんまり力まずに楽しんできなって、ね!」


 我ながら似合わない神妙な面を見せれば、すっかり普段の調子に戻ったニアが背中をバシバシ叩いてくる。


「ほらほら行くよー!ニアちゃんも会場前までお見送りするからさぁ!」


「へいへい……ソラ、行こう」


「あ、はいっ」


 横をすり抜けて足早に店の外へ飛び出していったニアに苦笑を零しつつ、ソラに声を掛けて俺も外へ―――


「―――ハル、ちょっと待ちな」


 向かおうとしたところで、ビックリして足を止めてしまう。


 ……いや何がビックリしたって、テンパってる時に無意識で「ハル君」などと呼ばれる以外に、初めてカグラさんに名前を呼ばれたもんだから。


「……ええと、どうかした?」


「悪いね、ちょいと武装の事で伝えとく事があるのを忘れてた―――ソラ」


「な、なんでしょう?」


 続いて目を向けられ首を傾げるソラに、カグラさんはニアが出ていった扉をちょいちょいと指で示す。


「相棒はすぐに返すから、少し外でニアの相手をしといてくれるかい」


 ……うん、まあ、何となく意図は分かったよ。


 で、俺でも気付けるような分かり易い空気を、ソラさんが読み違える筈もなく―――


「はい、お待ちしてますね」


 何にも気付いていないような顔で微笑んで、ソラが酒場を後にする。


 残されたのは呼び止められた俺と、何事かの意図を以て二人きりの状況を作ったカグラさんだ。背景と化しているマスターはノーカン。


「……武装の事?」


「あぁ、そうさ―――【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】を出しな」


 おや。てっきり人払いのためのでまかせかと思えば、本当に武装に用があったのか?どのみち断る理由などありはしないので、俺は言われるまま語手武装を喚び出して―――


「っ……へ?」


 規格外の重量故、STR:300の腕力でも素で保持するのは難しい異質な大剣―――刀身の先を床に着けて抱えるように支えていた手に、思いのほか華奢なカグラさんの手が重ねられる。


 思わず漏れたおかしな声と共に反射的にリアクションを返しかけて……止まる。彼女の手に込められた熱が俺個人に向けられたものではなく、俺達・・に向けられたものだと気づいたから。


 即ち、俺と【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】に。


 彼女が紡ぎ手となり手掛けた語手武装と、その担い手に。


「短いような長いような、それでもあっという間の一ヶ月だったよ」


 それは、いつも通りの勝気に溢れた魔工師殿の声。けれどもその声音には、俺がまだ触れた事のない彼女の思いが込められているように思えた。


「アタシはね、最初から自分の意志で【Arcadia】を始めたわけでも無ければ、目的だって持っちゃいなかったんだ」


「…………」


 多分、言葉を返す必要は無いのだと思う。ただ聴いてくれたら良いと、赤銅の瞳が物言わず語っていたから。


「三年間、それなりに楽しんで来たよ。物を作るのは楽しい、クランで仲間と付き合うのも楽しい、面倒な客の注文を聞くのも楽しい―――流されるままでも、それなりには・・・・・・楽しめるもんさ」


 言葉通り、彼女の表情はそれなりに明るいものだった。ならば実際、俺の知らない彼女の三年は十分にポジティブなものだったのだろう。


 ただ、それで満ち足りていたのかどうかは別として―――ならば、俺はこう問いかけるとしよう。


「で、今はどうよ・・・・・?」


 両腕を広げ―――ると【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】が酒場の床に大穴を開けかねないので、クイッと首を反らしつつ渾身のドヤ顔をしてみせる。


 果たして、それなりに楽しそうな笑みを浮かべていたカグラさんは、眉を下げて満足そうな笑顔を見せてくれた。


「あの日、アンタに出会えてよかった。気紛れに掲示板なんか覗いてみるもんだよ―――おかげでやっと、目的・・を見つけられたんだから」


 一度俯き、再び顔を上げた彼女の瞳には、もう中途半端な楽しさなんて映っちゃいない。


「アタシが支える。だからアンタは走れ」


 仮想世界に足を踏み入れて、三年目にして見つけたという目的。それ・・を真直ぐに見つめて笑むその表情は、これまで目にしたどんな彼女よりも魅力的に見えた。


「どこまでも駆け抜けて、『先』をアタシに見せてくれよ」


「……っは、取り急ぎは選抜戦で大暴れからかな?」


「足りないね、有象無象なんて蹴散らしな。アタシが見たいのはもっと先・・・・さ」


 有象無象ってアンタ……


 苦笑する俺を鼻で笑い飛ばして、カグラさんが俺と【序説:永朽を謡う楔片(アン=リ・ガルタ)】に重ねていた手を引いた―――次いで、想いを握り込んだ拳が俺の胸を叩く。


「いいかいハル、アンタは強い。アンタは特別だ―――西陣営ヴェストールは【陽炎の工房】サブマスター・・・・・、【遊火人】のカグラが保証する」


「っ―――……」


 俺の目に映るのは、またも見た事の無い顔。


 凛然とした眼差しに息を呑む俺を笑いながら、紅髪の魔工師は言い放った。


「さっさと一番上まで駆け上がりな―――楽しみにしてるよ、ハル」







このあと盛大に格好付けたのを振り返って一人でジタバタする。

 前へ次へ 目次  更新