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再会は呆気無く

 白に染まっていた視界が徐々に色付き、景色が広がると共に賑やかな音が広がった。パチパチと慣らすように何度も瞬きをしながら、見渡すのは昨夜ログアウトした噴水広場。


 昨日は大勢にみっともない姿を見せてしまったが、再び仮想世界へ降り立った自分への注目は少ない。まだ現実では朝の七時頃にも関わらず行き交うプレイヤーの数は多いが、昨夜のギャラリーとバッタリなんて事は避けられたようで安心する。


 一晩グッスリと寝て、気分新たに仮想世界へ舞い戻ったソラは「よしっ」とやる気を漲らせた。とにもかくにも、恥ずかしさから一方的に別れてしまったハルとの再会を目指さなければいけない。


 あれだけお世話になったにも関わらず、連絡の手段も得ないままで一方的にログアウトしてしまったのだ。もう一度会ってきちんと謝り、出来る事なら友達フレンドになって欲しい。


 きちんと理解した上で選んだものの、やはりイスティアを選択する新規プレイヤーは稀なようだ。どうも戦闘不得手らしい自分には攻略の仲間が必要であると、昨日嫌というほど自覚したソラである。そう都合良く同期や後続を望めない以上、頼れる相手といえばハルしか思い浮かばない。


 頼るばかりなようで申し訳なさは感じるものの、背に腹は変えられない……そして何より、彼との冒険は楽しかった。最後の最後でアレな一面は垣間見たものの、制御不能な勢いでテンションが上がっていただけだろうと考えれば納得出来ない事もない。


「また、会えるかな……」


 やはり惜しむらくは、羞恥に任せて勢いでログアウトしてしまった昨夜の自分の愚かさ。このゲームはフレンド登録やクラン所属など、何かしらコミュニティラインを築かなければメッセージのやり取りが出来ないようになっている。


 そのため再びソラがハルと出会うためには、恥を忍んで道行くプレイヤー達から彼の行方を募るか、運に任せて二度目の偶然を願う他にない。


 新規プレイヤー皆無なイスティアでは一目で初心者と分かる自分達は目立つだろうし、前者はそう難しい事ではないだろう―――問題なのは、ソラが人見知りを患っているという点だが。


 ぐずぐずと後者に逃げてしまいそうになる心を自覚して「いやいや」と首を振ったソラは、ナチュラルに弱気になりかけた己に渇を入れた。


「私が失敗しちゃったんだから、私が頑張らないとっ」


 アンニュイな表情で佇んでいたり、昨夜の冒険を思い返して顔を綻ばせたり、その後の失敗を思い悲しげに目を伏せたり、最後には自分を勇気付けるように拳を握って気合を入れたり。


 アバター的に文句無し美少女のソラがそんな事をしているものだから、居合わせたプレイヤー達から生暖かい視線を送られている事に、ふんすとやる気を漲らせている少女は気付かない。


 中には一発で新規と分かる少女の様子に「チャンス」と声を掛けようとする者も当然いる。しかしそんな事には意識が向かないソラは、近くを通りがかった親切そうなプレイヤーに声をかけようとして―――その時。


「―――っそあの猪野郎が絶対許さんッ!!!」


 ―――前触れなく死に戻りリスポーンしてきたハルの怒りの声が、誰よりも早く噴水広場に響いたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 ふざけんなよあの猪野郎が急に出てきたと思ったら容赦無しに行動阻害からの突進ワンキルとかどう対処しろと群れを滅ぼしてこちとら完全に戦闘テンション切ったタイミングだったというにてかボスの出現条件達成型かよトリガーはなんだまたあの馬鹿共トレインしなきゃならんのかAGI型じゃない奴どうすんだよ何か他に条件が「は、ハルさん……?」あったりすんのかいやあるんだろうな一定数討伐とかか?まあ一体一体狩るのもそれはそれで面倒だしやっぱまたトレインするのがいやでもあの範囲行動阻害どう対処すりゃ―――


「あの、ハルさん!」


「っんあ?」


 怒りのままに思考をフル回転させていた俺を、聞き覚えのある可愛らしい声が引っ張りあげた。いや聞き覚えがあるも何も……


「え、あ……ソラ?」


 それは昨日冒険を共にして、色々あって勢いで別れてしまった一晩限りのバディだった。


「そ、その……おは、おはようございます」


「お、おう。おはよう……」


「…………」


「…………」


 …………え、どうしよう。また会えたら良いなとは思ってたが、最後の印象が強過ぎてどんな顔すれば良いのか分からんというか妙に気恥ずかしいというか。


 とりあえず、何故か腕に抱きついていた事に感謝でも伝えれば良いんだろうか。引っ叩かれそうだけど。


 向こうも向こうで似たようなもんだろう。俺と同じ事でも思い出しているのか、微妙に頬を染めたりなんかしてくれちゃってるので余計に居心地が悪くなる。


 ………………………………うーん。


 別にこういった甘酸っぱい感じはノーセンキューとか言うつもりはないし、俺だってこの春大学生のまだ青春を許されている青少年である。


 見た目こそ作り物アバターとはいえ……性格は良いし声も仕草も可愛いし、何より異性だが一緒にいて不思議と気疲れしないし和む。そんな風に現状では文句無しの美少女という評価を勝ち取っている少女と、何の間違いかラブコメじみた空気を醸し出せているのは光栄の一言だ。


 が、正直いま俺は【Arcadiaアルカディア】というゲームを全力で楽しみたい。何より、少女も俺と同じくこの世界を楽しみたいという気持ちで一杯なのは昨夜一緒に冒険して分かった。


 つまり現状、やはりラブコメノーセンキューである。ソラとアレな空気を醸している俺に対して睨みを利かせている周囲の先輩方に言えば、情け容赦無しのリスキル地獄が形成される可能性すらある暴言と承知だが―――ノーセンキューだ。


 おけ。今この時より俺は、目の前の少女を「妹分」として扱います。


「―――おし」


 決めた瞬間、俺の中から色々と煩わしいあれこれがサッパリと消えた気がした。ソラは可愛い。けどそういう対象ではない、一緒に遊んでて楽しい妹的な存在でFA。


「ソラ」


「っは、はい……」


「昨日言いそびれたんだけどさ、良ければフレンド登録どうかなって」


 自分でも少々違和感のあるほど、綺麗サッパリと先程までの空気を霧散させて俺は言う。ソラも変わり身の早さに戸惑ったのだろう、大きな目をパチクリさせているかわいい。


「そ、え……あ、良いんですかっ?」


「良いも何も、ソラみたいな女の子とフレンドになれるなら大概の男は万歳ものだが」


「っ……?……!?」


 あダメだこれ。異性としての対象から排除すると言葉選びが軽くなってしまう。昨日の紳士を心掛けていた時とは明らかに違う、若干軟派な物言いにソラは戸惑いを深めている様子。


 方向修正。妹分とはいえ近過ぎずちょい紳士寄りに……


「昨日は楽しかったからさ、これからも一緒に遊べたら俺も嬉しい」


 微笑みはあくまで自然に―――刮目せよ、三年間で培った自然体営業スマイルを!!


「…………」


 何事か考えている様子のソラ。最終的に俺のバイト戦士スマイルが功を奏したのか、別の要因かは知る由もないが―――


「よ、よろしくお願いしますっ……!」


 と、いうわけで。どこか緊張した様子で頭を下げる少女ソラの名前が、まっさらだった俺のフレンドリストに刻まれたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 ソラから「折角ですから今日もご一緒しませんか?」と嬉しいお誘いがあったので、一も二もなく承諾した俺は即座に彼女をパーティに招待。俺と同じく装備を調達するためにNPCショップへ案内してから、連れだって【地平の草原】へとやって来た。


 ちなみに彼女は魔法の発動補助用らしい【初心の指輪】と、動きを阻害しない革製の防具類を購入した。どこぞの武器だけ買って初期ビジュアル継続中の蛮族にも見習わせてやりたい。


「という感じで、あの猪どもとやり合っていた訳だが」


 舞い戻った身の俺からこのフィールドのメインエネミーたる馬鹿猪のレクチャーをすると、ふんふんと頷いていたソラは首を傾げた。


「聞いた限りでは、そんなに強そうには思えないんですが……」


「まあ弱いよ。あ、いや、ソラのAGIだと至近距離から走られたら厳しいかもしれんが」


「そうですね、間合いは気をつけて……あ、そうではなくて、ハルさんでもやられちゃうくらいなのでは?」


 んん?…………ああ、そういう事か。


「さっきのリスポーンの事なら、犯人はこいつらじゃ無いんだなこれが」


 いや、初回に舐めプかまして一度轢き殺されたけどな。少女にそんなアホな失敗談をわざわざ聞かせるつもりはない。


「別の敵が……?」


「別というか、この馬鹿ども……猪共の親玉って奴かな」


 エネミー名【土埋の大猪ベアリィ・ボア】と名付けられたそいつは、体高五メートルは下らない巨体で地面に埋まっているというふざけた奴―――この地平の草原を牛耳るエリアボスだ。


「具体的に言うと、出現時に起きる地震で強制硬直喰らってそのまま踏み潰された」


「……わぁ」


 気味の悪い面をしてるとはいえ、所詮は菌類の体当たりというわりとソフトな死因しか体験していないソラ。文字通り「ミンチにされた」という俺の体験談に衝撃を受けたのか、少女は微かに頬を引き攣らせていた。


 俺としても美少女が馬鹿でかい猪にペシャンコにされる、なんてショッキングなシーンは拝みたくない。勝算を持って望みたいところだが、さて。


「位置が最悪だったのもあるからなー……まさか目と鼻の先で地面割って出てくるのがデフォルトとは思いたくない」


「なにか、前触れとかは無かったんですか?」


「前触れなぁ。直前まで三十頭くらいの大群と戯れてたから、確かに予兆を見逃した線はあるかも」


「さんじゅっ……ぇ、どういう状況ですか?」


 そこで「また・・おかしな事してる」みたいな顔しないで? 進んで変な行動しようとしてる訳じゃないんだよ俺も。


「さておき、ソラは雑魚猪も初だし一頭ずつ狩ってみようか」


「ぁ、はいっ!」


 俺は十頭当たり狩った辺りで堅実を放棄して風になる事を選んだが、もう少し地道に続けていたら普通にフラグを察知出来た可能性もある。


 折角こうしてソラと合流できたのだ。先刻の一人旅は無かった事にして、のんびり楽しんでいく方針に変更しよう。


「その……とは言っても、相変わらず私には攻撃手段が無い訳ですが……」


 と、思い出したように小さくなるソラだが……はて。


「昨日ログアウトしてそのままでは?俺は幾つかスキル取得してたし、ソラも見てみなよ」


「あ……そういえば、忘れてました」


 攻撃は確かに俺一任だったが、少女の回復支援が無ければ俺は何度死亡エフェクトを撒き散らしていたか分からん訳で。確かな戦闘貢献を行っていた彼女に、ボス討伐で何のスキルも与えられないというのは考えにくい。


 …………いやまぁ、プレイヤーの行動如何というなら攻撃魔法は生えなさそうだけどさ。何かの間違いで取得出来てるかもしれないじゃん。システムだって美少女には優しいと俺は信じて―――


「えと……《癒し手の心得》?」


 はい。純正ヒーラー路線確定のお知らせ。


 どう捉えても攻撃に関与するスキルではないその名前を読み上げて、何とも言えない悲しそうな顔をするソラ。不得手なだけで「自分も前に出て戦ってみたい」という少女の内心を知る俺は、居た堪れない光景からそっと眼を背けた。

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