33、0に収束する ー十年後ー
数回に渡った公判も今日で終わり、一仕事を終えた安堵感を味わいながら、俺は検察事務官で相棒の堀田と共に、エレベーターで一階に降りた。
ホールに出ると、高い天井からは圧倒されるような大きな風格あるシャンデリアが下がっており、だだっ広い床は相変わらず光沢を放っている。
東京高等裁判所のホールの床は、いつでも、ピカピカに磨き上げられている。塵一つ落ちていない清らかなそれは、思わずこちらが襟を正したくなるほどだ。
「楢崎検事、お疲れ様でした」
「こちらこそお疲れ様~」
俺たちはお互いに労い合った。
堀田は俺より一つ下の二十七歳だ。なんでもそつなくこなす、とても頼りになる相棒で、今日もそつなく、今からカノジョを作るために合コンに行くらしい。
「次の件ですが、向こうの弁護士との証拠開示の打ち合わせは来週であってましたよね?」
「そうだよ。立て続けに忙しいけど、また頑張ろうな」
「はい、頑張りましょう! では、合コンに行ってきます。お疲れ様です~」
「はい、お疲れ様~」
ダッシュで去っていく堀田に俺は手を振った。仕事に私生活に、相変わらず忙しい奴だ。
腕時計を見ると五時だった。ドアガラスの向こうは微かに薄暗がりになっていた。二月下旬の夕方は、まだ日が暮れるのが少し早い。さて、今からどうしようか。
「元気そうだな」
突然、背後から聞き覚えのある声がした。
忘れもしない、心臓に訴えかけるような響く低音。
振り返ると、卒業式以来のあいつが立っていた。面影はそのままに、青年から大人の精悍な顔立ちになっていた。学ランからスーツに変わっている。
ーー俺の忘れられない人。
胸が熱くなる。
あの時の抱擁が、昨日のことのように思い出される。
脳がバグる。
誰か俺の心臓を静めてくれ。
突然のことに、俺は呆然としてしまった。
夢を見ているのかと思う。とても現実の出来事だとは思えない。
「……一臣、なんでここにいるんだよ」
辛うじて、絞り出した言葉がそれだった。
一臣はスーツの襟を軽く浮かせて見せてくれた。そこには弁護士バッジが付いていた。
「さっきまで窃盗の裁判をしてた。この後、別件で請求証拠を閲覧しにいく。今日はバタバタなんだ。お前は?」
「……ワイセツ図画販売。懲役一年六ヶ月にしてきた」
話しながら思った。お互いに夢を叶えていた。
「一臣、弁護士になったんだな」
「ああ、遼介も検察官になったんだな」
俺はずっと気になっていたことを聞いた。
「お前……ずっと連絡くれなかったな」
一臣はすぐに眉間に皺を寄せて申し訳なさそうな顔になり、
「本当は、ずっと連絡したかったんだ」
と言った。
「連絡したかったけど、恋人に止められた。どの恋人にも止められた。そんなに惚れた人には連絡するなって」
俺は笑ってしまった。そんなに数々の恋人たちに恐れられていたなんて、お前は俺のことをどう説明していたんだ。
「なるほどな。そうだったのか。一臣、恋人いるんだな」
「最後の人とは一ヶ月前に別れたばかりだ」
「あらま」
「最悪のタイミングでお前に会ったな。またややこしい関係になるかもしれんぞ」
「…………もうちょい頑張ってみる」
当時の台詞を真似した俺に、一臣はハハッと珍しく声を出して笑った。
十年間も離れていたなんて信じられないくらいだ。高校生だった当時の空気に一瞬で戻っていく。
懐かしい。お前とはいつまでもこんな風に語っていたい。
もうこの際、愛情とか友情とか、そんなものはどうでもいい。
そんな物差しは俺たちにはいらない。
この関係に名前はない。
俺とお前だ。それでいい。
俺は、お前がいればそれでいいんだ。
「遼介、会いたかった」
「一臣、俺も会いたかったよ」
俺たちはお互いに笑いあった。
そばに立っているテミス像が、優しく俺たちを見下ろしていた。
最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。
最終回で多くのアクセスありがとうございました。
10ポイントも下さった方、本当にありがとうございました。あなたのお陰で書き上げることができました。このポイントがなければ本当に書き上げてなかったですし、本当にとんずらしたまま二度とこのサイトには来ないつもりでした。
また、無名の自分の話を、時間を割いて読んで下さって本当にありがとうございました。
心より感謝申し上げます。
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気付いたのが出先だったので、道端で泣いてしまいました。
本当にありがとうございました。