№25・虹色の鉢植え・上
「とはいえ……」
昼下がりの酒場、いつものように雑用を終えた南野はすでに集まっていたメンバーと顔を合わせながら沈鬱な表情をする。
「あんな話を聞いた後じゃ、のんびりレアアイテム蒐集なんて気分にはなれませんよね……」
「まあ、それが普通だよね」
当の本人のメルランスが一番無頓着そうにあくびをかみ殺している。
「世界の終焉を悲願とする一族、か……『ギロチン・オーケストラ』」
「しかも『緑の魔女』とメルランスさんを利用して……」
「南野が何を見たのかは知らんが、えらいことになったのぅ」
一同、意見は同じらしかった。
最初はただ元の世界に帰るために、また南野の蒐集狂としての欲求を満たすために100のレアアイテムを蒐集するだけの旅だった。
しかし、ここへ来て状況は一変した。
『赤の魔女』は南野を選び、そして意図的にレアアイテムを集めさせようとしている。
このまま彼女の思惑通りことを進めていいものか……
「あーもう! 悩んでたって仕方ないじゃん!」
場の空気に焦れたメルランスが頭をかきむしる。
「『赤の魔女』はいつ気まぐれで世界を滅ぼすかわかんないんでしょ? だったらおとなしく望むとおりにしときゃいいの! 『ギロチン・オーケストラ』が世界を滅ぼすためにあたしたちを狙ってきても跳ねのけりゃいいでしょ! なに弱気になってんの!」
本人が一番複雑だろうに、健気に檄を飛ばすメルランス。
彼女にそこまで言われてしまっては仕方がない。
南野たちは顔を見合わせると苦笑いをして言った。
「たしかに、その通りです。ここで悩んでいても埒が明かない……俺たちは俺たちにできることをするまでです」
「貴様がそこまで言うのならば手伝ってやらんこともないが……」
「あ、ビビってるんだったら戦力外だよ? ジョン」
「ジョンって言うな! あと、ビビってなどいない!」
「ともかく、ここから先は今までと同じノリではいかんっちゅうこっちゃ。ハラくくれ、ワレども」
「は、はい! 私、これからも精一杯がんばります!!」
「あんたはあんまりがんばってもらわない方がいいんだけど……」
「ええっ!?」
なんだかんだ言っても、みんなやる気らしい。ここで南野がものおじしていても始まらないだろう。
こころを決めて、南野は『レアアイテム図鑑』を開いた。
「なんだこれ……鉢植え?」
浮き上がってきたのは、どこのご家庭にでもありそうな鉢植えだった。ただひとつ特徴を挙げるなら、七色であることだ。
「『虹色の鉢植え』……『この鉢植えを持ったものは、すべてが虹色に見える。極彩色の世界は見るものになにを与えるのだろうか?』」
「なんとも……わけわかんないアイテムだね」
「ほんと、なに考えてこんなアイテム作ったんでしょうね」
「ちょっとオシャレなインテリアじゃなかか?」
全員で『レアアイテム図鑑』を覗き込みながら口々に言う。
「とにかく、行ってみましょう。鉢植えならそんな危険な場所にあるとは思えませんし」
「ま、どっかのお金持ちが道楽で持ってたりするんでしょ」
「口八丁手八丁でまたなんとかなればいいんですけどね……じゃあ、行きましょうか」
南野の一言で、五人は『レアアイテム図鑑』の上に手を置き、目をつむった。
……小鳥のさえずりが聞こえる。目を開けると、そこは田舎の民家の前だった。
「ずいぶんとこぢんまりとしたところにありますね……」
陽光の差し込む小さな家の前で、五人はぼんやりと扉を眺める。
とにかく、入ってみないことにはなんともならない。
「ごめんください……」
ノックをしてみると、中から出てきたのはいかにも生活に疲れ切っているような中年女性だった。
「……なにかご用?」
いぶかし気に一行を眺める女性に、南野は告げた。
「突然すみません。ここに『虹色の鉢植え』があると聞いてやってまいりました。よろしければ少しお話をしたいのですが……」
「ああ、あれね」
すぐに合点がいったのか、中年女性がうんざりした表情でため息をついた。
「あれならおばあちゃんが持ってるわ。もっとも、手放すかどうかはわからないけど……」
所有者はおばあちゃんらしい。ならそのおばあちゃんに会って話をしなければならない。
南野は女性にわけを話して、老女と話をするところまでこぎつけた。
小さな家を案内されながら、女性がぼやくように言う。
「もっとも、ボケてるからマトモに話ができるかどうか……」
奥まった部屋に通されて、南野たちは老女と対面した。
真っ白なベッドに上半身を起こしており、手には『レアアイテム図鑑』にも載っていた『虹色の鉢植え』を抱えている。真っ白な髪のしわくちゃの老女だ。
「あの……」
「来たか、パレードの代行者」
南野の言葉を遮って老女は意味の分からない言葉を発した。
「…………?」
「地の底からやってくる肉のかたまりたちを先導するものどもよ。木々の遠吠えに歓喜しながらパレードを引き連れて目の前を取りすぎていくやさしさを私にも分け与えてくれるか」
まったく意味がわからない。
女性に視線を向けると、『言わんこっちゃない』とばかりに呆れ顔で首を横に振っている。
これは本格的に痴呆が進行しているらしい。話し合いなどできる雰囲気ではなかった。
しかし、大事そうに抱えている『虹色の鉢植え』を無理矢理奪ってしまうのもかわいそうだと思ったので、南野はなんとか老女とコミュニケーションを取ろうとした。
「おばあちゃん、それ、大事なんですか?」
尋ねると、老女はぎゅっと鉢植えを抱きしめて、
「道化回しに犬のため息を聞かせてみるがいい」
「おばあちゃん、その鉢植え、俺たちに必要なんです。譲ってもらうことはできませんか?」
その言葉に、老女は鉢植えを抱きしめたまま黙り込んだ。頑として譲らないつもりらしい。これは困った。
南野たちが顔を見合わせて思案しているそのときだった。
「もうたくさんよ!!」
突如として女性が金切り声を上げた。驚いて見ると、ずかずかとベッドに歩み寄って、
「死んだ旦那の母親だからって面倒見てきたけど、おかしくなりそうなことばっかり言って! そんなにその鉢植えが好きならいっしょにくたばっちまえばいいんだ!!」
「お、奥さん、落ち着いて……!」
「うるさい! 部外者は関係ない!」
制止する南野を振り切り、女性は老女から鉢植えを強奪した。
「あ、あ、あ、あ、あああああああ!!」
悲鳴を上げる老女。その場は一気に修羅場となった。
立ち上がることができないのか手を伸ばすことしかできない老女から、鉢植えを遠ざけようとする女性。
「ま、待って、ちょっと、話し合いましょう……!」
そこに南野が割って入る。
鉢植えに手が触れて……三人で奪い合いをした結果、鉢植えは床の上に落下した。
がちゃん、と音がして鉢が割れ、土がこぼれて虹色の花が横たわる。
「ああ、すみません!」
慌てた南野が土を集め、虹色の花を手に取った。ふと、七色の樹木に金色の光がともった気がした。