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№26・ルブテンの乙女の花冠・上

「おそらくは、『過剰同調』だと思うんです」


 酒場に集まった面々を前に、キーシャが口を開いた。


「異世界から来た南野さんには、魔力はあっても魔法が使えません。けど、人間ですからなにかしらの魔力は兼ね備えてると思うんです。その魔力がマジックアイテムを活性化させた……と、考えられます」


「なんとも推測だらけの考察ですね」


 南野が指摘すると、キーシャは困ったように頭を掻いて続けた。


「なにせ前例がありませんから……手にしただけでマジックアイテムの威力を高める能力、なんて。いろいろと文献も調べてみたんですが、どれももともと魔法が使えるひとがマジックアイテムの効果を底上げする方法ばかりで……」


「それで、なぜ俺の魔力とやらがマジックアイテムを活性化させることになるんですか?」


 問いかけると、キーシャはうなずいて解説を続けた。


「もとの世界なら南野さんに宿る魔力は生涯封じられたままだったと思います。けれど、魔力を含んだこの土地に流されてきて魔力が出口を求め始めた。その結果、魔力を持ったアイテムに『同調』することで行き場を得た。その『過剰同調』でマジックアイテムの威力が暴走したんだと考えられます」


 つまりは、異世界に流されてきたせいで南野にもともと宿っていた魔力が引き出され、マジックアイテムの魔力に吸い上げられるようにして放出されたということか。


 これには『赤の魔女』の意図を感じる。南野が持っていた魔力に目をつけて、それでこの魔力に満ちた世界にわざわざ送り込んだとしたら……


 『緑の魔女』が言っていた『跳躍力』も気になるところだ。異世界から元の世界にジャンプするためのちから……魔力があふれ出した今なら、『跳躍力』はかなり高まってきていると思っていいだろう。


「この能力を『オーバーシンクロ』と名付けました。『オーバーシンクロ』は魔力の宿るアイテムすべてに発動します。いわば、南野さんだけが使える魔法みたいなものですね」


「…………」


「どうしたんですか?」


 キーシャに顔を覗き込まれ、南野はぽつりとこぼした。


「『赤の魔女』は俺になにをさせようとしているんでしょうか……?」


「レアアイテムを集めさせることまで見越してたんなら、『レアアイテム図鑑』に載ってるなにかのアイテムを使わせることだろうね」


 タンシチューを口に運びながら、メルランスが予測する。


「それがなにかはわかんないけど、これからはあんまりうかつにレアアイテムを使うのは控えた方がいいかもしれないね」


「そうですね……」


 レアアイテムのどれか……今まで集めたものの中にもあるかもしれない。それがどれかわからない以上、軽々に使用するのは控えた方がいいだろう。いつまた『虹色の鉢植え』のときのように暴走するかわからないのだから。


 それに、レアアイテムを使わせたがっていたとして、『赤の魔女』の思惑がわからない以上下手にその思惑に乗るのは危険だ。


 『赤の魔女』は今のところ、敵でも味方でもないのだから。


「けどけど! 普通のマジックアイテムを使う分には問題ないと思うんです!」


 唐突にキーシャが詰め寄ってきた。目をぱちくりさせていると、彼女は拳を握りしめ目を輝かせながら迫ってくる。


「『オーバーシンクロ』……とても興味深い現象です! これからじゃんじゃん研究させてくださいね!」


「は、はぁ……俺は構いませんけど……」


 たじろぎながら答えると、キーシャは両手を掲げて歓声を上げた。


「ほいで、今回の獲物はなんじゃ?」


 生あくびをかみ殺しながら尋ねるメアに促され、南野はうなずいて『レアアイテム図鑑』を開いた。


「ええと……『ルブテンの乙女の花冠』……『清らかな乙女がかぶればそれは美しい花を咲かせる。が、そうでないものがかぶればそれはいばらの冠になるだろう』……」


 記載されている文章を読み上げると、なんとなく気まずい空気が酒場に流れた。特になぜかキリトがそわそわしている。


 疑問に思いながら『レアアイテム図鑑』をカウンターに置くと、タンシチューを食べ終わったメルランスが口元をナフキンでぬぐいながらあっけらかんと言う。


「要するに、かぶれば処女かどうかわかる冠ってことでしょ?」


「おま……!」


「なにさ?」


「仮にも女だろう! 少しは慎みを……!」


 噛みつくように抗議するキリトに、メルランスは小ばかにしたように鼻で笑って見せた。


「うぶな生娘じゃあるまいし、いちいち恥ずかしがってどうすんの? あんたそれ童貞の反応だよ? まさか……120年も生きてきて……」


「だだだだだだだ、だれが童貞だ!?」


 反応で丸わかりだった。これは童貞だ。間違いない。


 南野の場合は人並みの人生を歩んできて25年、さすがに女性経験は少しだがある。蒐集狂ゆえ相手の方がドン引きして離れていくパターンがほとんどだったが。


「ともかく、行ってみましょう。今回もそう危険な道行きにはならないでしょうし」


「お、俺は行かないぞ!」


 なぜか急にキリトがそっぽを向き始めた。疑問に思って声をかけてみる。


「大丈夫ですよ、キリトさん(120・童貞)。これは処女かどうかを確かめるアイテムであって童貞かどうかは誰にもわかりませんから」


「いちいち癪に障るな、貴様の()芸……! そういう意味で言っているのではない!」


「あーもう! めんどくさい! いいから来い!!」


 メルランスが強制的にキリトの手を引っ張って『レアアイテム図鑑』に乗せる。


「あっ、こら!」


 南野たちもそれに続いて、『ルブテンの乙女の花冠』のもとへと空間を渡った。

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