№25・虹色の鉢植え・下
そのときだった。
ぐにゃり、視界が歪む。
めまいかと思って目をこすると、そこには極彩色の光景が広がっていた。
七色に塗りたくられたような、うごめく世界。耳鳴りのような、ささやき声のようなものがひっきりなしに聞こえてくる。
「なに、これ!?」
メルランスたちも同じらしい。辺りを見回しながら動揺していた。
そのメンバーたちさえヒトの形をした七色になっている。人間も、家具も、窓の外の光景さえも七色だ。しかも不気味にうねって見える。
「鉢植えの所有者だけの効果じゃなかったのか!?」
「わかりません! 効果も強くなってる気がするし……!」
キーシャがふらふらしながら答える。
きんきんと響く耳鳴りに眉をひそめながら、南野は思い当たる節を探した。
『サバラの泉』であったこと……そのときと同じだ。
南野が使用したアイテムは効果が増す。今回もその現象が起きている。
「な、なんだこりゃ!?」
「目がおかしくなっちまった!」
窓の外からも悲鳴が聞こえてくる。どうやらこの家だけでなく村中に効果が及んでいるらしい。
「は、はやく鉢植えを『道具箱』にしまって!」
メルランスの声に、南野はリュックから取り出した『道具箱』に鉢植えを押し込んだ。
升目に吸い込まれるように縮んだ鉢植えは『道具箱』に収まり、そのとたん視界の異常はおさまった。
「よ、よかった……」
情けない声でつぶやく。
こんな状態が長く続けば、老女のように狂ってしまっても仕方がない。現に、鉢植えを取り上げられた老女はぽかんとおとなしくなってベッドに腰かけている。
「な、なんだったの……?」
女性もキツネにつままれたような顔で目をぱちぱちさせていた。
「この鉢植えの効力です。おそらく視覚に干渉する魔法がかかっているんだと思います。おばあちゃんもこれでおかしくなっていたと思うんですけど……」
キーシャが説明すると、女性は『はあ……』と納得がいったのかいってないのかわからない声を漏らした。
「こんな危険なものはあたしたちが回収してあげるから! 心配しないで!」
「ちょっ、メルランスさん!?」
「いいの、嘘も方便ってやつだよ」
女性に向かって言うメルランスをたしなめると、こっそりと耳打ちされた。たしかに、危険なのは危険だ。それに、老女が持っていたところで意味はない。
まだ極彩色の世界の酔いがさめないのか、ふらふらしながら女性にお礼を言って場を辞する。
民家の扉を閉めると、メルランスが南野の目を見て言ってきた。
「……こういうこと、前にもあったよね?」
「ええ、俺も考えてました」
持っているアイテムのちからをより引き出すちから……ここまできたら間違いない。
「今回が初めてじゃないんですか?」
「ええ、以前にもアイテムのちからを引き出したことがあります……今回はそれが悪い方向に行っちゃいましたけどね」
「アイテムのちからを引き出すちから……」
むー、とうなりながら、キーシャはうつむいて考え込んでしまった。
「ともかく、獲物は手に入ったんだから帰ろう。難しいこと考えるのはあとあと。ほら、行くよ」
と、メルランスはキーシャの手を取って『レアアイテム図鑑』に手を置いた。南野たちも続く。
自分に秘められたちから……ひょっとしたら、『赤の魔女』が南野をこの世界に送り込んだのもそれが原因なのかもしれない。
だとしたら、彼女は南野になにをさせようとしているのか……?
言い知れない胸騒ぎを感じながら、南野たちはもとの酒場に帰っていった。