次元十三軸概論

作者: 栗木下

「我々の住む世界は基本的な活動に関しては三次元で行われているが、実際には十三の軸が存在している!」

「何を唐突に叫んでいるんだ。貴様は……」

 何処かの世界の一室に二人分の人影があった。

 片方は水色の髪を持ち、常に何処かで周囲へチラリズムを提供する衣装を着た、性別不詳の人物、T。

 もう片方は藁のようの茶髪に、蘇芳色のスーツをその身にまとった女性、P。

 Tの叫びにPは呆れつつも、話の続きを促す。


「縦、横、高さ、時間」

「縦横高さは基本的な三軸だな。そして、時間は三次元存在でも直感的に理解出来ている四軸目」

「「「俺たちくらいになると、どうとでもなる軸でもあるな」」」

 Tはそう言うと、当たり前のように二人になり、三人になり、一人に戻る。

 自分を作ったのではなく、少しだけ過去に戻ったり、跳んだのだろう。


「レイヤー、次元高低と言ってもいいけど」

「同一世界内で天国や地獄を語る時によく出るものだな」

「一つ上、一つ下とか言われる奴だな。実際には無限にあるけど」

「それはそうだろう。天井なんて概念は次元の軸の目盛りには無い」

 Tはミルフィーユを何処からか取り出すと、フォークで一枚一枚層を剥がしながら食べていく。


「パラレル、並行世界と言ってもいいけど」

「お隣などと言われるものだな」

「そうそう。ちなみに既知領域の情報が近すぎると、融合して一つになってしまう」

「貴様に限っては一つにしてしまう、だろうが。貴様の知覚能力で分化出来ないとは言わせんぞ」

 Tは二つ目のミルフィーユも同じように食べていく。

 そして、唐突に二つの食べかけのミルフィーユを重ね合わせる。

 見た目には、手をつけていないミルフィーユが一つあるように見えるかもしれない。


「アザー、こっちは異界と言う方が近いかな」

「レイヤーともパラレルとも違う。次元の高さは同じ、基底次元も同じ、しかし、全く別の世界のように思える。だったか」

「こっちもある意味ではお隣だね」

「個人レベルの亜空間もコイツの利用だな」

 ミルフィーユの隣にチョコミルフィーユが現れる。

 Tはその二つを一緒に食べて、混ざった味の中にあるそれぞれの風味が垣間見えるのを楽しんでいく。


「外界大小ポテンシャル。ただし、フラクタル」

「宇宙の構造と細胞の構造は似ている。星系と原子構造もよく似ている。ただ、コイツが理不尽なのは…」

「いつの間にかループしているんだよねぇ。この辺のフラクタルは。おかげで迷子になる子も少なくない」

「ある種の騙し絵だ。私も手を出したくない」

 Tの手元に宇宙が現れ、銀河系が現れ、銀河が現れ、星系が現れ、星が現れ、人間が現れ、細胞が現れ、分子が現れ、原子が現れ、素粒子が現れ、それから幾度かの変遷を経て…気が付けばまた宇宙になっている。

 より小さな異世界へ、あるいは大きな異世界へ。

 そうして渡り歩き続けていたのに、気が付けば元の世界に戻っている。

 自分は世界を外から弄っているのに、そんな自分が外から弄られて、それが輪を為している。


「外界エネルギーポテンシャル。ただし、こちらもフラクタル」

「コイツはループと言うよりは、回転している、のが近いように思える」

「エネルギーは高いところから低いところへ。けれどそうしてエネルギーが移動し続ければ、低いところもやがて高いところへってね」

「世界間でのエネルギー移動の際に、このエネルギーを人間に与えると面白い事になるものだな」

 Tの手元に複数の宇宙が現れて、水車のように、あるいは歯車のように回転する。

 そうして回転する宇宙たちが絡み合って、巨大な機械のように複雑怪奇にうごめき回って、自分たちの位置を次々に交換していく。

 一番下にあったはずの宇宙がいつの間にか一番上にあって、そこで止まらずに更に動いている。


「フィクション値。現実強度とか訳してもいいかも?」

「どれだけ自分が認識している世界から離れているかだったか?」

「語彙が足りなくなってくるよねぇ。これが遠い世界が相手だと。翻訳上手くいっていると思う?」

「情報しか届かなくなるからな。しかも、届くかも相手の観測次第だ」

 宇宙が本の形に変化する。

 その中身は遠い遠い世界で起きている人の営みであり、より具体的に述べるなら、このページの画面を見ている貴方である。


「概念距離-混沌、虚無、変化」

「根元の三概念からどれだけ影響を受けているか。だったか」

「そうそう。混沌で一軸、虚無で一軸、変化で一軸、合わせて三軸。ただ…」

「正確な認識を出来る訳がない。概念領域とは個無き個の領域だ。現世と違って、何もかもが複雑怪奇に絡まっては切られてる。現世ですら翻訳しきれないのに、その上の翻訳など出来るわけがない」

「無限だからねぇ。こっちが有限の存在である限りは理解しきれるはずがない」

 Pは呆れた顔をしつつ吐き捨てる。

 それは普段、完全な顔しか周囲に見せていない彼女には非常に珍しい事である。

 対するTは笑って返す。

 ただこちらも普段の余裕にあふれたものではなく、乾いたものである。


「それで? 結局どうして突然にこんな話をした?」

「概念領域に行って帰ってきた記念? ぶふぉう!?」

 Pが唐突にTを殴り、Tは吹き飛ばされる。

 ただし、Pが全力で殴る際に袖口から見えた腕をTはチラ見しているので、収支はトントンと言うところだろうか?


「真面目にやれ」

「いや、真面目だよ。真面目に俺は自分が概念領域からきちんと帰ってこれたかを検証している」

「無限に溶け込んだ有限。無限を一匙すくって固めた有限。両者は同一であるか? と言うことか? 同一の筈がないだろう。一緒ではあるかもしれないが」

「まあ、そうなんだけど。後、知識の伝授と言うか記録もしている。次に行く誰かのために。ほら、宗教によっては、これが目的なんだし」

「あちらに一度行ったら、こちらに目的があるか、貴様のような変わり者で無い限りは帰ってこれないのだがな。私は興味がない。闘技場の運営のが楽しいからな」

「とりあえず、基本的には前の俺と今の俺は一緒かな。完全な記憶を持っている君から言及が無いなら、とりあえずは大丈夫でしょ。じゃあなー」

 Tは立ち上がると、身嗜みを整えると、この場から去る

 Pはそれを見終えると、自分の業務へと戻っていった。

なんだかここ最近ずっと頭の中でモヤモヤしていたので吐き出し。

何処かのTとPのやり取りを無理やり翻訳している形態であるため、不正確な可能性もございます。

なんなら、まだまだ変わるかもしれない。

そして、別に理解をする必要性もございません。

人どころか神の領域の話でもないし。