その6
「シェラのことは解決したけど、ザックの居場所はわからないままよ?」
転移魔法で再びソロンの邸宅に戻ってきたわたしたちは、部屋で向き合っていた。
「恐らく、この国にあいつの居場所を知っている人間がひとりだけいる」
ソロンは弟子に持ってこさせたお茶に口をつけた。
「だれ? わたしは勇者に関わった人たちのほとんどに聞き取りをしたけど、そもそも勇者のパーティーメンバーであったあなたたち以上に、親しかった人なんていなかったと思うけど」
「……預言者だ。おそらく、預言者がザックの行き先を知っている」
ソロンの答えを聞いて、わたしは肩透かしをくらった気分になった。預言者といえば、正体不明の謎の人物である。超常的な存在であり、ある意味、ザック以上にその居場所を探すのは難しい。
「預言者がどこにいるのか探す方が大変なんじゃない?」
「いや、預言者の正体については見当がついている」
ソロンはお茶を飲みながら答えた。
「正体? それってどういうこと?」
「これは俺が魔王を倒した後に調べてわかったことだが」
飲んでいたお茶のカップをテーブルに置くと、もったいつけるようにソロンは話し始めた。
「預言者は恐らく人間側の魔王にあたる人物だ」
「人間側の魔王? ……どういう意味?」
彼の言っていることがまったく腑に落ちなかった。
「魔王とは魔物を統べる王にして、邪神にもっとも近い眷属にあたる。まあ、邪神とはいっても、それは人間側から見ればそうなるだけで、向こうから見れば、こちらの神こそが邪神になるわけだが」
「神が邪神になる? ソロン、あなた、王族を前に大変なことを言ってるわよ?」
この国の王族は神殿との結びつきが深い。下手なことをいえば、大賢者といえども弾劾されてもおかしくない。もちろん、わたしはそんなことをするつもりはないが。
「問題ない。要は正邪という概念は、見る側の立ち位置によって変わるというだけの話だ。俺たちは魔王を倒すために長い旅に出たが、魔物側にも信念や正義という物が存在する。結局のところ、人と魔物の戦いというのは、それぞれが信奉する神の代理戦争的な側面がある。俺たちはそのことを旅の途中で何度も思い知らされた」
「…………」
ソロンの話している内容は、すぐに同意しかねる内容だったが、国から一歩も外に出なかったわたしが、外に出て戦い続けてきた彼の話を否定することはできない。
「そこで聡明な俺は思ったわけだ。『魔物側に魔王がいるなら、人間側にも魔王にあたる存在がいるはずだ』と」
「それが預言者というわけ?」
「そうだ。直接的に魔王を倒しているのは勇者なのだから、そういう存在としては勇者が最も疑わしいが、そうでないことは俺たちがよく知っている。であれば、勇者を見い出している預言者が最も疑わしい」
「何となく言わんとしていることはわかったけど、魔王はあんなに強力なのに、勇者は……ザックにはそんな力はなかったわ。預言者だって、勇者の存在を予言するだけで何もしていないし、何だかバランスが悪い気もするけど」
魔物は強いが、人は弱い。それなら神は人にもっと力を与えてくれてもいいはずだ。
「単に神としての権能が異なるのだろう。何だかんだといって、結局はこの世界のほとんどを人が支配している。魔物より力で劣る人が、だ。魔王はその状況を一時的に覆すものの、それが長期的なものになることはない」
言われてみれば、その通りだ。魔王が世界のすべてを手に入れたことなど、ただの一度もない。あんなに強いはずの魔王が。
「強い力はもっていないが、そういう意味では預言者の果たす役割は大きいわけだ。具体的に何をしているのかまでは、さすがの俺でもわからんがな」
「じゃあ預言者は神に近い人物ってわけ? それなら……マリア? 聖女と呼ばれているくらいだし、もっとも神の存在を感じているはずだわ」
聖女と呼ばれる割には、少し黒いものを感じるマリアなら、預言者と言われても納得できる。
「いや違う。あいつは単に回復魔法に優れているだけだ。そこらの僧侶とは次元が違う力の持ち主ではあるが、だからといって神に近しいかといえば、そうではない。個人的には邪神のほうに親和性が高いとさえ思えるようなヤツだ」
ソロンはマリアとは子供の頃からの付き合いらしいが、かなり辛辣な評価をしているようだ。
「それに預言者の活動期間は1000年を超える。一個人で継続的に担える役割ではない。この国にいるだろう? 神にずっと仕えてきた一族が」
そう言うとソロンはじっとわたしを見た。
「えっ? まさか、わたし? あなたは王族が預言者だというの?」
まさか王族が疑われているとは、想像だにしていなかった。
「そうだ。この国の王族は元々神に仕える巫女にルーツを持ち、不自然なくらい女系が続いている。そして巫女の役割は必ず次代の王女に引き継がれ、途切れることなく神殿で祈りを捧げている。ということは、恐らく今代の預言者は今の王妃なのだろう」
「そんなわけないわ! お母様はお優しい人よ? 預言者なんて怪しいことなんかやるはずがない!」
わたしは記憶の中のお母様を思い出した。子供のわたしから見ても、綺麗で優しくて素敵な女性だった。
「そのお母様とは何年会っていない?」
ソロンはわたしの反論を無視した。
「……王太后であった祖母が亡くなって、巫女の役割を引き継いだときからだから、10年以上会っていないわ。巫女になると、人との接触が厳しく制限されることは、あなたも知っているでしょう?」
「知っている。だが、巫女が神殿で何をしているかは知らない。神に祈りを捧げていると言われているが、具体的には何をしているんだ? 神に祈りを捧げたからといって、それが何になる?」
返答に詰まる。お母様が亡くなれば、次の巫女となるのはわたしだが、具体的に何をするのかまでは聞かされていない。
「知らないか、やはりな」
ソロンはわたしの表情を見て、何も知らないことを読み取ったらしい。
「この国の神殿は神域だ。立ち入りが厳しく制限され、王族であっても容易に入ることはできない。恐らく情報が徹底的に制限されているのだろう。次代の巫女たる王女にすら、神殿に入るまで何も教えてないのが、その証拠だ。それほどまでに秘匿しなければならないこととは何だ? 預言者がこの国にしか現れず、この国にしか勇者が出現しないのは何故だ? それらを考察していけば、王族、いや王妃の一族が預言者であることは想像できる」
「そ……んな……」
容易には否定できない。わたし自身、否定できる何かを持ち合わせていない。そして、論じている相手が大賢者だけに、この話を妄想だと切って捨てることもできなかった。
「はっきり言おう。あんたが王女だからこそ、勇者がザックであることを示唆した。王女ならば、神殿に入り、ザックの居場所を聞き出せると思ったからだ」
彼は最初からわたしを利用しようと考えていたようだ。だが、わたしもザックを探すために、ソロンを利用していると思えば、お互い様だった。
「……なぜ預言者ならザックの居場所を知っていると思うの?」
「預言者と勇者の間には何かしらの繋がりがあるはずだ。何かあるからこそ、勇者として見い出しているからだ。実際、今までの勇者は王女と結婚し、この国の王になっている。今回のケースだけが例外なんだ」
反論しようにも何を言ったらいいのかわからなかった。
「わたしに何をしろと?」
「王妃に会いに神殿に行って欲しい。それ以上、望むことは無い」