Knight's & Magic Side Story02 新米騎士三バカラスの服選び

作者: 天酒之瓢


 フレメヴィーラ王国東部、ライヒアラ騎操士学園から目と鼻の先の位置にオルヴェシウス砦はある。王国最強にして問題児の集まりである『銀鳳騎士団』が拠点とする場所だ。

「壮観でありますなぁ」

「なんか砦より、市場みたいな感じもするねー」

「確かに見て回るわけだけどよ、こんなもんとても買えねーから」

 砦内に存在する工房には、騎士団の戦力たる幻晶騎士シルエットナイトたちが格納されている。これらは普段、椅子のような形をした整備台に座る形で待機しており、周囲には騎操鍛冶師ナイトスミスたちが整備のためにあれこれと動き回っていた。

 人間の六倍ほどの大きさを持つこの巨人兵器は魔獣の牙から人々を守るための鎧であり、武具である。出番において最大の力を発揮するためには常日頃からの入念な整備を必要とするのだ。

 そうして忙しく動き回る鍛冶師たちに交じって、明らかに浮いた雰囲気の三名がいる。

 抜きんでた高身長と禿頭が特徴的なゴンゾース、なんだか眠たげな目つきのレコ、中肉中背でぼさぼさとした頭のサムエル。彼らは幻晶騎士を操る側の人間――騎操士ナイトランナーであった。

「しっかし自由に見学しろとか言われても困るわ」

「なんというか目移りするねー」

 彼らは銀鳳騎士団ではなく、新たに設立された紅隼騎士団に所属する新人騎操士である。基本的にスレている銀鳳騎士団員たちとは違って、行動のそこかしこに初々しさがあった。

 見上げる彼らの視線の先には多数の幻晶騎士。何しろ戦闘集団でありながら製造技術にも秀でるという奇怪な騎士団であるからして、オルヴェシウス砦には多くの機種が収められている。

「乗騎ってさ、普通はカルディトーレに乗るもんだろうに。新人に選ばせていいのかよ」

「ははは! これも騎士団長閣下からの命。全身全霊をもって選び抜かねばなりませんな!!」

「本当、ゴンゾースは団長大好きだよねー」

 無闇にやる気の有り余るゴンゾースの隣で、サムエルはうんざりとした表情を隠しもしない。この巨漢が何かにつけて熱くなりやすいのはいつものことだが、自分が付き合わねばならないとなれば話は別である。そんな二人をさておいて周囲を見学していたレコがふと振り返る。

「ここのカルディトーレ、どれもずいぶんと手が入ってるねー」

「あー? ああ、そいや授業で習ったな。昔、カルダトアが主力だった時から機体ごとに手を入れるのが普通だったって」

「場所によって魔獣の種類も異なりますからな。騎士団ごとに特色が出るものだとか」

 最も数が多いのは整備台に並ぶ制式量産機『カルディトーレ』である。量産機だけあって銀鳳騎士団のみならず、広く国内のどの騎士団でも見かける機種だ。だからこそ騎士団の色が出るものであり――銀鳳騎士団のそれは、実に過激であった。

「すっげぇ装備だな。可動式追加装甲フレキシブルコート……ってこんな尖ってねぇよ普通。むしろ鋏かこれ?」

「こっちは魔導兵装シルエットアームズをこんなにたくさん。どう使うつもりなんだろー?」

「この肩の形状。さては魔導噴流推進器マギウスジェットスラスタですな。さらに腕回りも見慣れぬ形。紅でもなく白でもなく蒼とは、さてどなたの乗騎か……」

 量産機だからこそ明確にわかる機体のゲテモノ具合、調整の範疇から大きく逸脱した機体の数々が陳列されているのである。さらに恐るべきことにどれもつかいこんだ形跡があり、実際に活躍しているものであるらしかった。

「銀鳳騎士団って半ば開発集団だってのは耳にしたことあるけど、この変わった装備はそのせいってか? ……もしかして俺らもこれやるの?」

「わかんないけど装備も自由に申請できるみたいだし。頼んでみればー?」

「マジか……」

 銀鳳騎士団で編み出され、その後国内に広まっていった装備は数知れない。同じように門外不出のまま終わったゲテモノも数知れないということだ。

 ああでもない、こうでもないと議論を交わしつつ歩みを進めれば、彼らはそのうちに毛色の違う場所に辿り着いていた。整備台の一つ一つが巨大になっており、天井から伸びた鎖がひときわ巨大な幻晶騎士を支えている。興奮したゴンゾースがずいと身を乗り出した。

「おお……見えてきましたぞ! これぞ銀鳳騎士団の代名詞、『人馬の騎士(ツェンドリンブル)』ですな! なんと力強い姿……半人半馬の姿は異形の騎士とも呼ばれており。西方諸国オクシデンツにおける戦では戦場を駆け、槍を持ち飛空船レビテートシップと戦い、その活躍たるやすさまじいばかりであったと……」

「はいはいもう聞いた聞いた。二十回くらい聞いたよー」

 彼と一緒に居れば耳にタコができるほど聞かされる話である。とはいえ何度抗議しても当のゴンゾースはどこ吹く風といった様子なのであるが。

「でもさー、前から思ってたんだけどー。カルディトーレはまだわかるんだよねー、カルダトアを継ぐ機体だしー。でもツェンドリンブルはなんというか、わからない。どうしてこんなのが出来上がったんだろー」

 近年では配備が進み見慣れてきたツェンドリンブルであるが、登場時には見た者の度肝を抜く存在であった。半人半馬という姿はそれまでの幻晶騎士の常識に逆らうものだったのだ。

「うむ! 私は大好きですぞ。この力強い形状、圧倒的な存在感、槍を構えればあらゆるものを貫き、ある時は友軍を乗せ駆ける……。うむ、決めましたぞ。私は人馬の騎士への搭乗を願い出るしだい!」

「マジで!?」

 ハゲ大男の盛り上がりについていけない二人がぽかんと口を開いていると、後ろから怒鳴り声が響いてくる。

「はいはーい荷台通りまーす! どいてくださいねーはいはい邪魔邪魔ー!」

「おわっあぶねえ!」

 幻晶甲冑をまとった鍛冶師の一団が巨大な荷車を押していく。茫然と見送る三人の目前を、荷台に乗ったまま異様な機体が通り過ぎていった。

飛翔騎士トゥエディアーネだ……」

 半人半魚の奇怪な姿。空戦仕様機ウィンジーネスタイルであるトゥエディアーネは、ツェンドリンブルに増して奇妙な形を持っている。それもそのはず、この機体は名前通りに空を飛ぶことのできる唯一の機種なのである。

「すげぇ。中身まで見たのって初めてかも」

 この機体は整備中らしく各部の外装アウタースキンが外されて内部機構が露出していた。魚のようだと評される下半身の内部には源素浮揚器エーテリックレビテータをはじめとした飛行のための装備が詰め込まれている。飛翔騎士の持つ特徴の全てがここに詰め込まれているのである。

「ううむ、なんと素晴らしき姿。まるで空を翔る麗しき乙女のごとし! 飛空船を守護する戦乙女ですな」

「はいはい聞き飽きたって」

 昨今では飛空船の普及に伴って徐々に配備数を増やしている。とはいえまだまだ希少な機種だ。普通にそろっているあたり、さすが銀鳳騎士団というところか。

「いいなー空を飛べるの。俺は飛翔騎士に乗ろうかなー」

「本気かよ! 再訓練になるから大変だぜ?」

 レコの言葉を聞いたサムエルが目を剥いた。

「やっぱこれからは飛空船が大事なわけだしー。むしろ人馬騎士のほうが微妙なんじゃ」

「ご心配は無用ですぞ! 力強く大地を駆ける脚、いかなる場所でも駆けて見せましょうぞ!!」

「あーうん、そういう話じゃねぇんだけどまぁいいか。こいつなら何とかするだろうし」

 ふとレコが首をかしげる。

「俺は飛翔騎士、ゴンゾースは人馬騎士に。じゃ、サムエルはどうするのー?」

「えっ……やっぱカルディトーレだな。操りやすいし! だがあの妙な装備はつけないぞ」

「でも銀鳳騎士団でやってるってことは、うちでもああいう装備使うんじゃないかなー。団長たちを見ていると、なんでも使いこなしてこそって気がするしー」

「ぐぬっ」

「ははは! その通り。サムエルよ、ともに新たな力を使いこなさんがため訓練に励もうではないか!!」

「ああもう。またお前らと組むのかよ……」

「俺も頑張るよー」

 かくして己の相棒を定め、新たな騎士たちが歩み出す。彼ら紅隼騎士団の三羽烏がその名を馳せるのは、もう少し後の話になるのだった。