再会
張偉に見送られながら最初の町を出発し、また一直線に中央都市を目指した。マップでフレンドのマーカーを確認しながら進んでいくと、隣町へ続く森の途中でその反応が消えた。どうやらこの辺りに未実装エリアの境があるらしい。少しだけ戻って、張偉の反応が復活するのを確認してから、今度こそ先を急ぐ。
ここから先はもう外からの助けは期待できないと思うと不安でもあったが、代わりに時間的な猶予が生まれるというのは妙な感覚であった。まるでダイバーになった気分だった。深い深い森の奥へと潜っていく。周りには美しい光景が広がっているけれど、何も聞こえない。誰にも声は届かない。
来る途中に結構な数の魔物を退治してきたはずだが、帰り道にもまた同じくらい敵が潜んでいた。この一ヶ月で大分旅慣れていたから、今更どうということもないが、こんなに森の奥深くまでどういう経路を辿ってくるのだろうか。森の外縁では関所が魔物を阻んでいるはずだが、やはりあれだけでは防ぎきれないのだろう。森は思った以上に魔物が浸透しているようだ。
道中、飛ばしに飛ばして3日で中央都市まで帰ってきた。ものすごく急いだつもりだったが、驚いたことに都市周辺の穀倉地帯はいつの間にか収穫が終わっていて、あれだけいた作業員の姿が見当たらなかった。
代わりに周囲の町からの貢物か何かだろうか、荷車にいっぱいの積荷を乗せた人々がゲートに並んでおり、その積み荷を検査している税関職員に冒険者IDを見せながら尋ねてみたら、みんな降臨祭を見物するために集まってきた近隣の住人だそうだった。
聞けば有理たちが都市を発ってから結構な日数が経過しており、どうやら現実世界の張偉と情報交換をしていた数時間のあいだにも、ゲーム内の時間は高速で進み続けていたようである。
もしもあの時、方針を決めきれずにもっと時間を無駄にしていたら、こうして戻って来る頃には降臨祭は終わってしまっていたかも知れない。冷や汗を拭いつつ、通用門から都市内部へ入った。
しかし、間に合ったのは良かったが、これからどうすればいいだろうか?
当初の予定では、祭りのドサクサに紛れて塔の内部に侵入するつもりだったが、降臨祭までもうあまり時間がなく、準備をしている余裕はなさそうだった。かといって、ぶっつけ本番で上手くいくほど簡単とは思えず、せめて内部の構造だけでも探れないものかと、塔の出入り口がある広場の付近をうろうろしている時だった。
塔の中から出てきた職員の男が、広場をうろつく二人の横を通り過ぎたと思いきや、突然、足を止めて振り返り、
「おや? そこにいるのは……おーい!!」
一瞬、不審者として咎められると思って慌てたが、その声に振り返って見れば、
「……あれ? 君は……ステファンじゃないか!」
「やあ、久しぶりだな、有理、マナ」
なんとそこにいたのは、あの刑吏ギルドのステファンだった。教会職員の白い制服を着ていて、一瞬わからなかったが、金髪でどこか幼さが残るあどけない表情に、健康的な真っ赤なほっぺが特徴の、妹思いのお兄さんである。
ギルドの連中と遍歴を続けるために、彼とは少し前に別れたはずだったが、どうしてこんなところにいるのだろうか?
「どうしてって、あれからも旅を続けて、全ての町を訪問し終え、ついにこの都市までたどり着いたんじゃないか」
「なんだって? もうそんなに時間が経っていたというのか……」
「ああ、ホント時間が経つのは早いよなあ」
ステファンは如何にも訳知り顔でしみじみと頷いているが、有理たちの感覚とは全然別物だろう。それはともかく、こうして再会出来たのも何かの縁である。有理は他のみんなはどうしたのかと尋ねてみた。
「俺と同じように、この町で就職しているよ。図書館の司書や、農夫や市場の店員や、就職先はそれぞれだけど、みんな元気にしているよ」
「君は教会に就職したのかい?」
有理がそう言うと彼は嬉しそうに、
「ああ! 幸運なことに、俺は諸国遍歴の最中、仲間に一人の犠牲者も出さなかったことが評価されて、教会の警備兵として配属されたんだ。職員になれたことで妹の移住も許可してもらえて、あいつも今この町で暮らしているよ。そうだ! その妹が町の宿屋で働いているから、まだ宿が決まってないなら、泊まりにいってやってくれよ。きっと喜ぶからさ」
「そう、ローザも元気そうで良かった。是非そうさせてもらうわ」
件の妹と仲が良かったマナが嬉しそうに微笑む。彼女が働いているという宿屋の場所を教えてもらった後、今度はステファンの方が尋ねてきた。
「それで有理たちの方は、今までどうしてたんだい? 確か、元の世界に帰る方法を探しに、この都市に来たんだよな。帰り道は見つかったのか?」
そのために、たった今まで塔の進入路を探していた二人は、その質問にドキッとしたが……そういえばステファンには出会ったときから、この世界での目的を包み隠さず話していたのだ。まさか彼が教会に就職するとは思わず、話したところで何の影響もないと思っていたのだが、ここは誤魔化しておいた方がいいだろうか?
そうは思ったが、今更、彼のことを信用しないのもおかしな話であるし、下手に誤魔化そうとして話が噛み合わなくなるのも避けたかった。なので有理はダメ元で、
「実は……ここまで来たはいいものの、未だに帰れる方法は見つかっていないんだよ。それで今は、あの塔の上にいる神様に会えたら何か知恵を貸りれるんじゃないかと思って、なんとかして塔を登れないか探っていたんだけど……」
「神に会うって……? そんなの無理に決まってるだろう。教会の偉い人たちだって、直接会ったことがないんだぞ」
「あ、そうなの?」
「当たり前だろう。神に会うことが出来るのは、唯一、神使アストリア様だけって話だ。その神使様にも、俺たちは年に一度の降臨祭でしかお目にかかることが出来ないんだ」
「そうか……なら、その神使様とやらと直接話すことは出来ないだろうか?」
「無理無理、一般人は彼女のお姿を見れる式典会場に入ることすら難しいって話だぞ。あ、でも……」
呆れるような目つきで話していたステファンだったが、途中で何かに気づいたように指を鳴らして、
「その降臨祭で、臨時に冒険者を雇うって話があったはずだ。当日は、ものすごい人出で、警備がおっつかなくなるらしいから。それに応募すれば、もしかすれば直接会う機会が得られるかも知れない」
「本当か!?」
「絶対とは言い切れないよ。でも、少なくとも塔の中に入ることくらいは出来るだろう」
ステファンはそう言ってからキョロキョロと周りを気にし始め、
「……ただし、騒ぎを起こせば、どうなるかなんて言うまでもないからな? 俺達が町から町へ渡り歩きながら何をやって来たかは、有理もよく知ってるだろう。あとは上手くやってくれとしか……」
多分、本当ならこんなことを言ってはいけないのだろう。有理はそんな彼に感謝しながら、
「恩に着るよ。これまでにない収穫だった。当日はステファンに迷惑が掛からないようにするからさ」
「二人には本当に世話になったから、これくらい気にしないでくれ」
その後、仕事中だったステファンは町の警らに行き、有理たちはロザリンドが働いているという宿屋へと向かった。宿屋に到着すると、たまたま玄関の掃除をしていた彼女とばったり出くわし、再会を果たしたマナと二人できゃあきゃあと黄色い声を上げていた。
因みに、彼女と別れたのはマナの感覚ではほんの数日前のことだろうに、数十日ぶりという彼女と同じテンションではしゃげるのは、どういう了見なんだろうか。
店先がうるさかったせいか、オーナー夫人が様子を見に出てきたが、有理たちがロザリンドの友人であると知ると、特に咎めることもなく、有理たちを部屋に案内したらそのまま休憩に入っていいよと言ってくれた。どうやら彼女はこの宿屋で可愛がってもらえているみたいでホッとする。
部屋は特別豪華というわけではないが、最上階の一番いい部屋を貸してくれたようで、見晴らしのいいパティオにはティーテーブルがあり、そこで紅茶を飲んでいると風が通り抜けてとても心地よかった。
さすが中央都市といおうか、この世界では一番の都会だからか、出される食事もこれまでとは雲泥の差で、本当に久しぶりに美味いものを食べたという満足度が高かった。しかし、冷静に考えてみると今までが酷かっただけで、このくらいの料理は現実世界ならどこでも出てくるだろうといった程度ではある。
そんなことを考えていたら、無性に寮の食堂が懐かしくなってきた。あの料理をまた食べるためにも、今度こそ現実に帰る方法を見つけなければ……
パティオからまっすぐ塔を見上げると、空のど真ん中に今日も月が見えていた。あまりに高すぎてここからは見えないが、その途中のどこかに宇宙ステーションがあって、そこに神とやらがいるはずである。
しかし、そんなものが本当にいるんだろうか? 教会がこの世界を統治するためにでっち上げた嘘なんじゃないのか。そう考えると、神使アストリアだかなんだか知らないが、その女も相当胡散臭いことは確かである。取りあえず、それを見極めるためにも、実物を拝んでみたいものであるが、果たして上手くいくだろうか……
女子二人がピーチクパーチクおしゃべりしている横で、有理は一人そんなことを考えていた。