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冒険者ギルド本部

 中央都市の隣町までやって来ると、途端に人通りが増えてきた。これまで、森の中で旅人とすれ違うことは滅多に無かったが、よく会うどころか列をなしてくる。道も舗装されているわけではないが、長年踏み固められたお陰か、ぐんと歩きやすくなっており、幅も広かった。


 そんな道を行列になって歩くこと小一時間。前方がやけに白く光って見えると思っていたら、そこが森の端っこで、最後の雑木林を抜けたら、そこには広大な穀倉地帯が広がっていた。


 見渡す限りの黄金色の麦穂がお辞儀をしていて、風が吹くたび猫の毛並みみたいに艷やかな光が走り抜ける。無地で灰色の作業服を着た人々があちこちで作業をしており、畑の中央では機械のスプリンクラーが回っている。穀倉地帯を抜けると、道路は舗装され、道の両脇にはなんと街灯が並んでいた。中央都市は、まるでここだけ現代にタイムスリップしたみたいだった。


 今まで通り過ぎてきた町と比べて明らかに異質で唖然としたが、どうやらこの都市だけ電気が通っているらしい。ステファンの話によれば、これこそが神の御業であるそうだが、多分、軌道エレベーターから電力が供給されているからだろう。


 都市の入口には巨大なゲートが設けられていて、税関をかねているのか、荷車を引いた人々が列を作って順番待ちをしている。税関があるのかと身構えていたが、自分たちは冒険者だから、ギルドのランク票を見せればそれでいいらしい。なんともあっさりしたものである。


 刑吏たちとはここへ来る前に別れた。彼らはまだ旅の途中であり、全ての町を巡って仕事を全うするまでは、中には入れないそうだ。ここまで送ってきてくれたことを感謝し、ロザリンドが寂しがってマナと抱き合って別れを惜しんでいたが、やがて兄に促されて森へ帰っていき、有理たちは手を振って彼らを見送った。


 警備兵に冒険者であることを告げると、職員用の通用門に案内され、そこから都市の内部へ入った。するとそこには、今までの旅が嘘だったのかと目を疑いたくなるような、画一的な建物が立ち並ぶ近代都市が広がっていた。


 いや、近代都市風とでも言ったほうがいいだろうか。今までが中世並みだったから、それと比較して近代的というだけで、建物の感じはせいぜい大正から昭和といったくらいの町並みである。ただ、街灯があるだけで町の印象はガラリと変わり、石畳が敷かれた道は都市計画の工夫が窺えた。


 この国のどこからでも見えていたアストリアの塔は圧巻で、ここまで近づくと逆にデカすぎて嘘くさいくらいだった。ちゃんとした大きさは分からないが、通行人の話から推測するに、外周は大体10キロを超えるそうで、実際に一周回ってみようと思っていたのだが、それを聞いて諦めた。


 塔の基部に当たる部分は、巨大なビルと言うか殆ど壁で、窓などは存在せず、ただ無機質なコンクリ壁が延々と続いている。通行人の弁では内部は20層ほどの高さがあるそうだが、現実世界の新宿の高層ビルよりも高く見えた。おそらく、1フロアの天井の高さが違うのだろう。


 果たして、こんな巨大な建造物が地球にあっただろうかと、有理なんかは舌を巻いてしまったが、しかしマナに言わせれば、これでも地球の軌道エレベーターよりも小さいらしい。


 立ちはだかるこの巨大な壁は、実は内部はスカスカで、基部から上はケーブルをガードするための外壁が貼られているだけで、それが遠くから見ると塔のように繋がって見えるだけなんだそうである。まあ、考えても見れば、これだけ大きな建造物の自重を支えるには、内部をスカスカにするしかない。巨大な発泡スチロールみたいなものである。


 そんな神の塔であるが、内部を見学できないかと職員に尋ねてみたが、案の定拒否された。軌道エレベーターの上に行ければ、何かが進展しそうな気がするのだが、この世界の人々からすれば、そこは神が住まう天の国であるのだから、人間が近づいていい場所ではないのだ。


 こっそり侵入出来ないかと、あちこち回ってもみたが、ようやく入口らしき広場を見つけても、厳重な警備が敷かれていてとても入り込めそうになかった。他に入口はないかと探してはみたが、入口はここ一つしかないらしく、高層ビルよりも高い外壁をよじ登るのは到底不可能だった。


 敵(?)の総本山が目の前にあるというのに、たどり着くことが出来ないなんて、なんか昔にそんなRPGがあったなと歯がゆく思っていると、たまたまであったのだが、もう一つの総本山、冒険者ギルドの本部を見つけた。


 そういえば、ステファンが中央のギルドは賑わっていると言っていた気がする。なんだかはるか昔の出来事みたいで忘れていたが、せっかくここまで来たんだし、一度顔を出して見ようかと、あまり期待しないで覗いてみた二人は、そこで驚きの光景を見ることとなった。


「いらっしゃいませー! 冒険者ギルドへようこそっ!」


 画一的な近代ビルの地下へと続く階段を降りて、重い鉄の扉を開いた先では、まるで現代のクラブミュージックみたいな音楽が重低音を響かせており、薄暗いホールの中にひしめき合う客の間を、両手にビールジョッキを持ったオクトーバーフェストみたいなお姉さんたちが、器用に泳ぐように通り過ぎていった。


 唖然と立ち尽くしていると、黒服のボーイが現れ、求められるままに冒険者IDを提示すると、無言で座席まで案内された。一体全体、何が起きているのだろうか? 奥まったその座席から改めてホールを見回してみれば、そこには無数のパリピたちが嬌声を上げてエンジョイしている姿があった。今にもウェーイとか言いそうである。しかし、その容姿が、少々というか、かなり異質なのだ。


 ホールにいたのは様々な種族、人間やエルフや青肌といった、現実の地球でもお馴染みの人類だけではなく、ケモミミと尻尾の生えた獣人や、リザードマンとかドラゴニュートとか言われる爬虫類のような人種、その他、吸血鬼っぽい羽を生やしたものや、文字通り天使みたいな輪っかのある人も居た。


 思い返せば、ここは剣と魔法のファンタジー世界だから居てもおかしくないのだろうが、今まで一度としてお目にかかれなかったのに、突然こんなに現れたので面食らう。いや、そもそもこのゲームは正式発売前だから、オンラインユーザーは存在しないんじゃないのか? と困惑しながら、注文を取りに来たお姉さんに、ここは冒険者ギルドで間違いないかと尋ねてみたら、


「そうですよ。掲示板はあちら、各種受付窓口はあちらです」


 と言われた。どうやら、今まで通り過ぎてきた町にあったギルドと、機能面では特に変わりはないらしい。


 ただ、明らかに今までと違うのは、そこに冒険者がいることだった。


 しかし、彼らが生身の人間、つまりプレイヤーであるはずがない。このゲームはまだ開発中のアルファ版で、この世界にプレイヤーは有理とマナの二人しか存在しないはずだ。なら、彼らもまたステファンたちと同じく生成されたNPCなのだろうか?


 二人は困惑しながら立ち上がると、うるさいホールを避けて掲示板のあるスペースへと移動した。


 そこには掲示板で依頼を探している冒険者や、パーティーメンバーを募集している人たちがいた。多分、依頼をこなすために即席パーティーを組みたいのだろう。有理はその中で、比較的自分たちと似た種族であるエルフの集団に目をつけると、近づいていって声を掛けてみた。


「こんにちは。ランクBからの西の山の討伐依頼なんだけど、ゼフィルナのドラゴン退治。よかったら一緒しませんか?」


 二人が近づいてくると、エルフの男は気さくに声を掛けてきた。有理はそんな彼に首を振って、


「いや、俺たちはパーティー探しに来たんじゃなくて……実はちょっと聞きたいことがあって」

「なにかな?」

「あの……俺たち、周辺の町を回ってここまで来たんですけど、どこのギルドにもこんなに人が居ることはなかったから驚いてるんですが、ここはいつもこんな感じなんですか?」


 すると男はポンと手を叩いて、


「ああ、いつもよりはずっと多いかもね。降臨祭が近いからね」

「降臨祭……?」

「年に1度、神使アストリアが塔から降りてくるってイベントだよ。当日は大規模襲撃なんかが発生してお祭り騒ぎになるから、待ち切れない人たちが、こうして集まってきてるんだ」


 男はそう言ってから肩の力を抜くように姿勢を崩して、


「もしかして、君たちはビギナーなのかな?」


 きっと、彼はそんなことも知らないのはゲームを始めたばかりの初心者しかいないと思っているのだろう。有理はどうしたものかと少し迷ったが、実際、知らないことだらけだったので、このまま初心者のふりをすることにした。


「ええ、実はそうなんです。分からないことだらけで困ってるんですよ。ついでにもう一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、僕に答えられるなら」

「実は俺たち、ゲームを始めたのはいいけれど、やめる方法が分からなくって……差し支えなかったら、どうしたらログアウトできるのか教えてもらえませんか?」

「そんなのヘルメット外しゃ一発じゃねえか」


 有理が平身低頭して尋ねると、答えは目の前の男ではなく、その背後に居た仲間から返ってきた。彼はニヤニヤとした笑みを浮かべて、


「なんだ、おまえ? 初心者のフリしてからかってるのか?」「よせよ、そういうロールプレイかも知れないだろ」「いまどきフリでもそんなやつ居ねえだろ」「何十年前のRPGだよ。オンラインゲー黎明期か」「ぎゃははは」


 有理たちのことを小馬鹿にするように笑う仲間を、最初の男が嗜めている。有理は彼らの会話が落ち着くのを待ってから、


「実はわけあって、ヘルメットを外すことが出来ないんですよ。それで、正規の手順があるなら教えてほしかったのですが」

「なんか知らないけど、ソフトリセットしたいってこと? そんな方法あったっけかなあ……誰か知ってる?」


 エルフの男たちは腕組みをして考え込んでいる。やはり駄目かと諦めかけた時、男の仲間の一人が何か思いついたように、


「……そういえば、ハウジング機能のメニューに、ログアウトするって項目なかったか?」

「それはインスタンス空間からゲームに復帰するって意味だろ?」

「いや、そこにゲームを終了するって項目も並んでた気がするんだけど」

「そうだったかなあ?」

「ハウジング機能……? それってなんですか?」


 有理が質問すると、その男はこれだから初心者はといった感じに肩を竦めてから、


「ゲーム内でのプレイヤーの持ち家のことだよ。持ちきれないアイテムとか金とかを保存しておけるんだ。確か、レベル30を越えたら最初の町でクエストが発生するはずだろ。ほら、チュートリアルの時に立ち寄った……イベント通知は来てないのか?」


 有理とマナはお互いに顔を見合わせた。二人共、すでにレベルは30を越えていたが、そんな通知は届いていなかった。ともあれ、彼が言うことが本当なら、最初の町に脱出の糸口が隠れているかも知れなかった。考えても見れば、閉じ込められたその場所に出口があるというのも、よくある話である。


 ここはもう一度最初の町に戻って、新たな手がかりが出現していないか、調査したほうがいいかも知れない。二人は男たちにお礼を言うと、また最初の町に戻るために、慌ただしくギルドから外へ出た。


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