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新魔法を作ってみよう

 最初の町を出発してから、他の町を2つほど素通りして、3つ目に差し掛かったところで今日はそろそろ時間切れのようだった。傾き出した太陽がちょうど塔の影に入り、周辺が一気に暗くなる。こうなると日没もすぐだから、今日の宿泊先はその町の広場と決まり、ステファンたちは慣れた様子でテントを張り出した。現実だったら警察がすっ飛んできそうだが、中世レベルのこの国ではそう珍しいことでもないらしい。


 それにしても、その広場では数日前に、彼らの手によって処刑が行われたはずだった。そんな場所で寝泊まりしようというのだから、その図太さには恐れ入る。有理たちなんかは通行人の目が気になって仕方ないのだが、刑吏たちは早くも寝支度を終えて、あくび混じりに寝床に転がっていた。


 人目があるうちは、まだあそこに混ざりたくないなと、水探知の魔法で井戸の場所を探り、手桶に水を汲んで、濡れタオルで汗を拭った。マナとロザリンドの二人は、今日は水浴びが出来無さそうだと嘆いていたが、森の中で寝泊まりするよりは、有理はまだこっちのほうがマシだと思った。少なくとも、野生動物を恐れずに済む。探知魔法が使えると言っても、眠ってしまえばやはり無防備なのだ。


 ゲームの初期配置のようなものでもあるのだろうか、最初の町から遠くなるほど、遭遇する魔物は強くなっていった。こっちのレベルも上がっているから、まだ対処は容易であるが、このまま関所のある外縁まで行っても平気なのかはちょっと不安だ。魔物は森の外から侵入してくるそうだから、多分、この世界で最も魔物が強いのはその外縁部だろう。


 尤も、そこでやっていけるようなら、この国のどこへ行っても安心だろうから、試金石だと思って気合を入れていきたいところである。


「それで、あんたの方はスキルポイントいくつになった? 私は10も貯まってるわ」


 というわけで、これから先の戦いを見据えて、久しぶりにスキルを見直すことにした。実は、最初の夜に習得してから新たな(ウォート)を追加していないので、マナはまだ疑似ファイヤーボールしか使えないのだ。それでも刑吏の連中が舌を巻くくらい、彼女の攻撃能力は高いのだから、これで新たな魔法を習得したらもう手が付けられないだろう。


 だから彼女も俄然やる気になっているようだが、スキルは振り直しが出来ないのだから慎重に行きたいところでもある。


「まあ、落ち着きなって。がっついて取り返しがつかないことになる前に、まずは一番有効そうな組み合わせを見つけよう。無駄な語は極力減らさないと」

「もどかしいわね。でも、わかったわ」


 不満そうにしながらも、マナが素直に応じるのは、実のところ、語魔法の習得に関してはかなり難解なところがあるからだった。


 このシステムはカスタマイズに特化しているせいか、自由度が高い分だけ目移りもしやすい。プレイヤーが習得できる語は、オンライン・ヘルプに書かれている分だけでも1000を超えていて、ポイントさえあれば、いつでも好きなものを習得できる。これだけあれば、有効な組み合わせを見つけることも容易だが、逆に失敗も多くなる。


 例えば、最初に有理は水(aqua)、マナは火(fire)の元素を選んだが、水は流れる(flow)が、火は燃える(burn)だ。もし、有理が新たな元素を習得した時、水に特化した語ばかり習得していたら、全然使い回しが効かなくて困ってしまうだろう。


 そうならないよう、例えばgoとかcomeとか、出来るだけ普遍的な語を習得しておきたいわけだが、こういう単語の組み合わせは、意味が曖昧になりかねない。


 例えば、今マナが使っているファイヤーボールは「イル グランダ ファイロ」であるが、これを英語に直すと「go big fire」になる。これなら「burn fire」としても同じ効果が得られそうだし、「explode fire」とでもしたほうが威力が上がりそうだ。しかも、前者はスキルポイントを3つ使うのに対し、後者は2ポイントしか使っていない。でも、それじゃあ後者の方がお得か? と言えば、先の理由でそうとも言えないわけである。


 いっそ、火属性に特化するならそれもありだが、今後、何が起きるかわからないのだから、手広く使える語を選んだほうがいいだろう。例えば、goとかgetとかgiveとか……他にもhaveやtakeなんかも抑えておきたい気もするが、有効な組み合わせが作れるかわからないのでちょっと保留だ。


 というのも、語魔法の法則に問題があるのだ。語魔法は、基本的に動詞と名詞の組み合わせで魔法を作り出しているのだが、語順は常に動詞から始めなければいけない。例えば「go fire」は意味があるが、「fire go」は意味がなく、唱えたとしても何も起こらない。実際の言語なら後者でも良さそうだが、どうやら語魔法には主語がなく、絶対に動詞が先にくるというルールが存在するようなのだ。


 この語順のせいで、狙い通りの魔法が作れるかどうか分かりにくいケースがある。例えば、ウィンドカッターというRPGの定番魔法があるが、これを表現するために「cut wind」という魔法を作ったとしよう。しかし、これでは風をカットするのか、風でカットするのかが分からない。実際に試してみるしかないが、そのためにスキルポイントを消費するのはもったいないから、cutという単語が他にも使い道があるかどうかを考えて、割に合うかどうかを慎重に吟味する必要があるだろう。


 ただ、これに関しては抜け道があると思っていた。それはletやmakeを使うことだ。先の例なら「let wind cut」とでもすれば、意味を取り違えることはないだろう。そしてこのletを有効に使うためにも、meやyouといった人称代名詞は必須だ。接頭辞や接尾辞があればもっと楽なのだろうが、ゲームが簡単になりすぎるから採用されなかったのだろうか?


 それから習得する属性に関しても相性の問題がありそうだ。例えば、火と水の組み合わせは相性が悪いというのは、誰だって想像がつくだろう。逆に火と風の組み合わせなら、火は風を、風は火を強化し、熱風を吹き荒らしたり、火を燃え広がらせたりすることが出来るかも知れない。


 以前、ロザリンドが襲われていた場面で、有理は咄嗟に雷の語を習得したが、水と電気は相性がいいので、今もそれなりに役に立っていた。しかし、もしもあの時マナが習得していたら、今頃持て余していただろう。ざっとこんな感じである。


「だから、単純に属性を増やすのは損だ。今後はどの元素を習得するか、予め決めておいた方がいいだろうね。それで、俺は水と土を、椋露地さんは火と風を覚えるってことでいいかな?」

「私は火属性に特化したい気もするけど。それで構わないわ」

「つくづく攻撃的な性格してるな……あとは基礎になりそうなラス(let)とミ(me)とヴィ(you)は、二人とも習得しておこう」

「属性と合わせたら、これでもう4つね。こうしてみると、スキルポイントは10あっても全然足りないわ。さっきまでいっぱいあるって思ってたけど」

「ここから更に意味のある組み合わせを見つけないといけないからな。この世界で生きていくには、思った以上にレベル上げが重要だ」


 その後、マナは風属性を活かすためにblowと、誘惑に勝てずexplodeを習得し、有理はletと組み合わせるためにstopとfallを習得した。そんな感じで、マナは攻撃をより強化し、有理は補助を伸ばす方向で、ああでもないこうでもないと新語を選んでいるうちに、夜は更けていった。


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