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世界が違えば

 水車小屋の中でうとうとしていた有理は突然の悲鳴に叩き起こされ、慌てて飛び出してみれば、そこには数日前に知り合った刑吏ギルドの連中がいた。偶然の再会にはしゃいでいる女子を遠巻きにしながら、リーダーのステファンと挨拶を交わす。


「やあ、ステファンじゃないか。確か君らは別の街に向かったと思っていたけど、どうして引き返してきたんだ?」

「ああ、それがちょっと困ったことになっててさ。この先の関所で、強力な魔物が侵入したって騒ぎがあって、先に進むのは危険だから、迂回するために戻ってきたんだよ。それより、二人こそまだこんなとこにいるとは思わなかった。この辺じゃもう稼ぎにならないだろうし、とっくに先に進んだものとばかり思ってたけど」

「こっちも色々あってさ。積もる話もあるだろうから、取りあえず小屋の中に入らないか?」


 一通り挨拶を交わした二人は、また数日前と同じようにテーブルを囲んだ。暗い小屋の中で、刑吏の連中が思い思いに過ごしているのを横目に、有理とステファンはお互いこの数日間、何をしていたかと情報交換をした。


 ステファンの話によれば、刑吏ギルドの一行は有理たちと別れた後、予定通りに町から町へと遍歴を続けていたらしい。ところが、国境の関所に一番近い町までたどり着いたら、そこは数日前に外縁から侵入したという魔物のせいで厳戒態勢を敷いていた。


 話を聞くかぎり、魔物とうっかり出会ってしまえば、彼らだけではとても太刀打ちが出来そうになかった。かといって、関所の警備隊が魔物を退治するのを待っていては、いつになったら先に進めるか分かったものじゃない。


 それで彼らは、多少遠回りにはなるのは承知の上で、迂回路を通るために引き返してきたらしい。


「この近くに、関所なんてものがあるんだ。国境ってことは、もしかして、その先は別の国に繋がっているの?」

「いや、この世界に他の国なんてものはない。国境の森を抜けた先には、何も無い外縁が広がっているだけさ」


 この国は盆地になっていて、四方を2000メートル級の山々に囲まれているらしい。その峻険な山々が外部からの魔物の侵入を防いでくれているのだが、中には比較的低い山もあるから、そういうところから魔物が入りやすい。


 なので、教会はそういう場所に関所を設けて、普段から魔物を警戒しているそうなのだが、とはいえ相手は魔物だから、必ずしも関所がある道を通るとも限らない。寧ろ、強力な魔物であるほど道を選ばないから、侵入されることもしばしばらしい。


「そうなると、暫くの間、周辺は通行止めになる。俺たちは刑吏だから、特権で通過は可能だが、魔物が手加減してくれるわけじゃないからね」

「そりゃそうだ」

「多少遠回りにはなるが、迂回路を使えば先には進めるから、それで戻ってきたんだよ。ところで、そっちは今まで何をしていたんだい?」


 ステファンは、今度は有理たちの近況を聞いてきた。本当のことを話してもいいだろうかと少々迷いはしたが、冷静に考えて、話したところで相手に通じない可能性はあっても、何か問題が起きるとは思えなかった。なので有理は殆ど愚痴るように、この数日間の出来事を話して聞かせた。


「元の世界に戻れなくなったって? へえ……そんなこともあるんだ。冒険者ってのも大変だな」

「それで帰れる方法を探していたんだけど、何か手がかりでもないかと思って、これからこの森の外ってのを見に行ってみようかと思ってたんだよ。そしたら、ちょうど君らが引き返してきたんだけど……森の外側って、実際、どんなとこなの?」

「いや、俺達も関所までは行ったことあるけど、実際に外側を見たことはないんだ。だから知らないけど……」


 ステファンはそこまで言ったところで、ふと思いついたように、


「でも、そうだな。だったら、俺達と一緒に行ってみないか?」

「いいのか? そっから引き返してきたばかりなんだろ?」


 ステファンは、もちろんだと頷いて、


「ああ、俺達が引き返してきたのは、自分たちだけでは魔物に太刀打ちできないからだが、冒険者が一緒なら話は別だ。俺たちが関所まで道案内する代わりに、君たちは魔物のいる森を抜ける手伝いをするってのはどうだ?」

「なるほど、ギブアンドテイクか。そういうことなら是非お願いしたいね」

「なら決まりだ。明日、町で旅支度を終えたら、早速国境へ向かおう。今度は途中で町に寄る必要もないから、2日もあれば到着するはずだ」


 翌朝、食料の調達を刑吏の連中に任せ、有理とマナの二人は出かける前に冒険者ギルドに立ち寄った。一応、張偉に伝言のようなものを残せないかと思ったのと、どうせだからついでに道中でこなせそうなクエストがないか見に来たのであるが、驚いたことに、昨晩ステファンが言っていた国境の魔物退治が、もうクエストとして依頼されていた。


 人通りの少ないこの世界で、冒険者ギルドはこんな情報をどうやって仕入れているんだろう? と疑問にも思ったが、自分たちだって仲間がログインしてきたらシステムから通知があるんだから、そんなこと考えるだけ無駄なのかも知れない。忘れがちだが、ここはゲームの中なのだ。


 それよりも気になったのは、その魔物討伐クエストに推奨レベルが記載されていることだった。至れり尽くせりで、普通、そこまで分かるものか? と突っ込みたくもあったが、無謀な挑戦をしないで済むので寧ろ有り難かった。


 ただ問題は、自分たちがまだそのレベルに達していないことだった。このまま行っては苦戦は必至だろう。幸い、目標レベルはすぐだから、道中で魔物を退治して経験値を稼いでいけば、目的地に着く頃には目標に達しているはずである。


「リガードゥ ベスト!」


 そんなわけで、旅支度を終えた一行は、町を出てから手当たり次第に魔物を狩って進むことにした。ゴブリンは見た目の割に狡猾な種族で、罠を張って待ち伏せをするなど油断ならないが、こっちには有理の探知魔法があるので、常に先制攻撃を仕掛けられるので危険はまったくなかった。


 ついでに、何度かやってるうちに、経験値はとどめを刺した人に多く入ることがわかったのだが、有理とマナの二人と違って、こっちの世界の人たち……つまりNPCは経験値が必要ないから、積極的にラストアタックを取らせてくれるようになった。


「マナ! そっちに行ったぞ! そいつらで最後だ!」

「イル グランダ ファイロ!」


 刑吏たちが追い込んだ魔物に、マナが語魔法(ウォート)を唱えると、巨大な火炎が吹き荒れて、魔物たちを豪快に焼き尽くしてしまった。炎に巻かれた魔物たちは、断末魔を上げることも出来ずに光の礫となって消えていき、経験値のほかには、後には何も残らなかった。その魔法の威力を見た刑吏たちから「おお~……」と、自然と称賛の声が上がる。


「やっぱ凄いな、冒険者の魔法は。有理の探知魔法もすげえ便利だし、マナの火炎魔法なんて強力過ぎて、それこそ俺達からすれば奇跡みたいなもんだ……ただ、その、森が焼けたらマジでお尋ね者になっちまうから、気をつけてくれよな?」


 ステファンは真っ黒く焼け焦げた地面を靴の裏で擦りながら、引きつった笑みを浮かべている。処刑人である彼にそう言われるとあんまり笑えなかった。実際、森しかないこの国で山火事なんて起こそうものなら、お尋ね者にされて町に近づけなくなるだろう。マナにはくれぐれも注意するよう、自分からも後で言っておこうと心に誓った。


 有理は話題を変えるように、


「でも、君らの魔法だって大したもんじゃないか。近接攻撃なら俺と同じくらいやれるし、それって身体強化魔法も掛かってるんだろ?」

「ん? まあね」

「しかし不思議だな。どうして俺と君とで、使える魔法の種類が違うんだろうな?」


 実はNPCである刑吏たちも魔法を使えるのだが、それは何故か桜子さんの使う旧世代魔法に似ていた。このゲームの開発者がルナリアンの魔法を真似たのだと考えれば当然のようにも思えるが、わざわざ冒険者と村人で、使える魔法の系統を変える必要なんてないように思える。


 そのようなことを言ってみたら、ステファンはさも当たり前だろうと言いたげに、


「そりゃあ、俺と有理じゃ住んでる世界が違うんだから。世界が違えば教義(ドグマ)が違うのが常識だろう?」

「ドグマ……それって何なの?」

「何って、文字通りの意味じゃないか」


 ステファンは呆れるように肩を竦めて、


「俺たちの魔法は、天空にそびえ立つアストリアの塔の上に住まう、神様が与えてくれる神聖な力なんだ。この国に住んでる人々は、日々、神に祈りを捧げ、教会の教義を守って暮らしている。でも、有理たちみたいな冒険者は外から来るから、俺達の神様が力を貸す道理はないじゃないか。君らは君らの神様が居て、その教義に従っているから、魔法を使えるんじゃないのか?」

「なるほど」


 ステファンにとって、魔法とは神が与えてくれる力であって、世界が違えば神も違う、神が違えば魔法も違うというわけだ。至極もっともな理由である。しかし、有理は生まれてこの方、神様に祈りなんて捧げたこともなければ、信じてすらいないので、教義が違うなんて言われてもまだしっくり来なかった。


 まあ、そもそもこれはゲームなのだから、ただの設定に目くじら立てるのもどうかと思うのだが……有理がそんなことを考えていると、ステファンは気になることを言った。


「だから違う世界から来た冒険者同士だって、使える魔法が違うんじゃないか」

「……違う世界? 冒険者って、みんな同じ世界から来るんじゃないの?」

「え? そりゃそうだろう。世界は一つだけじゃないんだから。少なくとも、俺が昔会った冒険者は、有理とは全然違う魔法を使ってたぜ?」

「いや、でも、俺は他の冒険者なんて見たことがないよ。冒険者ギルドに行っても、いつももぬけの殻だったし」

「そうなんだ。まあ、こんな辺境の支部にはあんまり人は来ないだろうからな。中央都市のギルドに行けば、普通にいると思うぞ」


 ステファンはそう言ってるが、本当にそんなものがいるのだろうか? 冷静に考えて見れば、彼はNPCなのだから、単に有理に調子を合わせているだけの可能性もある。しかし、どちらにせよ外縁部を見てから中央の塔を目指すつもりではあった。


 それを確かめるためにも、また中央に行く理由が出来たなと彼は思った。


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