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刑吏ギルド

 森の中で魔物に襲われていた少女を助けた有理たちは、彼女を仲間の元へ送り届けるついでに、今晩の宿を貸してもらおうとたどり着いた水車小屋で、夕方に町で見かけた処刑人たちと遭遇した。


 なんと助けた少女の兄は、あの処刑人だったのだ。


 二人が驚いて足を止め、遠巻きに兄妹のことを眺めていると、彼らもまたこちらを見ながら何か会話を交わしていた。かと思いきや、仮面の男は妹を引っ剥がすと、ものすごい勢いでズカズカと有理たちの方へと歩み寄って来て、


「あんたたちが妹を助けてくれたんだって? 本当に助かった! 恩に着るよ!!」


 男は大袈裟なリアクションと共に仮面を脱ぎ捨てると、二人に向かって頭を下げた。その勢いに気圧されて二人は何も言えなかったが、よく見れば不気味な仮面の下にあったのは、思ったよりもあどけない顔をした金髪の少年だった。


***


 兄妹に誘われて水車小屋に入ると、中は以外に広く、十数人からの男たちが思い思いの場所でくつろいでいた。布製の椅子に腰掛け、ランプの明かりを頼りに本を読んでいる者や、車座になってカードゲームに興じる者たち、酒を酌み交わして騒いでいる連中や、そんな喧騒の中でも平気で眠っている者もいた。


 みんな有理たちが入ってくると一斉に好奇心に満ちた視線を向けてきたが、殆どはマナへと注がれていた。男所帯だから仕方ないが、おかしなことが起きないように気をつけて置かねばならない。尤も、戦闘スキルは彼女の方が上なのだが。


 因みに、男たちは興味はあっても兄妹の客だと認識しているからか、馴れ馴れしく話しかけてきたりはしてこなかった。どこかの関にも見習って欲しいものである。


 ロザリンドの兄はステファンといって、年の頃は有理とさほど変わらず、どこか垢抜けない素朴な瞳と、血色の良いほっぺたが印象的な男であった。こう見えて、この集団のリーダーであるらしく、二人が持ってきた魚を受け取ると、部下に捌くように命じて自分は中央のテーブルの椅子にふんぞり返った。隣に妹が腰掛ける。


 彼に促されるままに有理たちもテーブルにつくと、暫くしてさっきの魚が料理になって戻ってきた。鼻腔をくすぐる胡椒の匂いに自然と腹がグーと鳴りだす。妖精じゃあるまいし、りんご一個で足りるわけがなかったから、実は相当腹が減っていた。マナも同じく料理に目を奪われている。そんな空気を察したステファンが、まずは食事をという合図と共に、二人はがっつくように舌鼓を打った。


 因みに、味はちゃんと感じられ、腹も満たされていく気がした。本当にここはゲームの中なのだろうかと、もう何度目か知れない疑問を感じたが、同じように魔物が光となって消えていく光景が目に焼き付いていたから、疑いようもなかった。


 そう言えば、光となって消えていくのはゴブリンのような魔物だけではない。人間もまた光となって、そしてあの天空へと続く塔へと昇っていくのだ。二人はそれを夕方の町で目撃したはずだった。


「刑吏ギルド……?」


 食事が終わって、ステファンからの再三のお礼の言葉を軽く受け流すと、有理はずっと気になっていた例の広場での出来事について尋ねてみた。嫌がられるかと思いきや、彼は有理たちが冒険者であることに理解を示し、知らなくて当然といった感じに答えてくれた。妹の時も思ったが、どうもそういうものらしい。


「俺たちが住んでいるこの国は、中央にそびえ立つアストリアの塔を中心に広がる森の国、ヒパルコっていうんだ」

「アストリアの塔?」


 確かそれは桜子さんの世界の神様の名前じゃなかったか。なんでそんな名前がこの異世界に……と思ったが、作ってるのは現実のゲーム会社なんだから、そういうこともあるのだろう。どうして、その名前なのかは分からないが。


「見ての通り深い森の中にあるから、隣りの町との行き来は困難を伴う。魔物がうろついているからな。だから普段、俺たち住人は冒険者に依頼して、町同士の交易を手伝ってもらったり、魔物を退治してもらっているわけだが、罪人の処罰は法が絡むからそうはいかないだろう?


 この国の法は教会が制定していて、罪人は基本的に地方領主が処罰を行うことになってるんだが、その法は殺人を強く禁止してもいるんだ。もちろん領主も例外ではなく、いかなる理由があっても殺人は罪とされる。そこで俺たち刑吏ギルドが村々を遍歴して、法に基づき犯罪者を処刑して回っているっていうわけさ」


 つまり彼らは山田浅右衛門や処刑人サンソンみたいなものだろうか。


「それにしても、やけにみんな若いみたいだけど?」

「それは体力的な問題だな。俺たちは国中の町という町を渡り歩き、魔物とも戦うから、いつ命を落とすか分からない。そんなこと、年寄りにやれることじゃないだろう? だから基本的に、刑吏は体力があって、まだ職が決まっていない若者がやることになってるんだよ」


 一見すると職なしの若者に嫌な役目を押し付けているようにも見えるが、それにはちゃんと理由があるようだ。


「さっきも言ったが、この国は森の中にあるからどこに魔物が潜んでいるか分かったもんじゃない。だから人はみんな生まれ育った町や村で一生を終えるのが普通なんだが、次男三男はそうはいかない。


 俺たちの国は徒弟制で、基本的に大工の息子は大工になるって決まってるんだが、もしも子供たち全員が大工になったら、いずれ村中が大工だらけになっちまうだろう。だから後継者は一人と決まってて、あぶれた連中は長男が養うか、もしくは他の村に仕事がないか探しに行くことになる。もしかしたら、後継者がいない大工がどこかにいるかも知れないからな。


 でも、そんな都合よく空いてる職が見つかるわけがないだろう。殆どが移動中に魔物にやられて死ぬか、身を沈めて犯罪者になるのが落ちだ。そこで、教会はそういった若者をこれ以上増やさないよう、救済も兼ねて刑吏ギルドを作った。このお役目を勤め上げたら、晴れて中央で職を得られるって寸法さ」

「ふーん、そうなんだ……」


 ステファンはまるでいい事ずくめのように言っているが、冷静に考えれば、彼らは一歩間違えば自分たちがそうなっていてもおかしくないような相手を、殺して回っているようなものである。国……というか、教会とやらにいいように扱われてるように見えて、なんとなく気の毒に思えた。もちろん、そんなことを言って彼らを惑わすこともないから黙っているが。


「物部。ちょっといい?」


 二人がそんな会話をしていると、マナが話しかけてきた。彼女は男たちのつまらない話には参加せず、ロザリンドと女同士で仲良くしていたようだが、


「寝る前に体を洗いたいから、ちょっと外出てくるわ。すぐに戻るから心配しないで」

「ああ、わかった。気を付けてね」


 有理があっさり承諾すると、ステファンが慌てて、


「おいおい、あんた。さっき妹のことがあったばかりだってのに、こんな夜更けに女の子一人で行かせる気かよ?」

「大丈夫だろ。彼女は俺より強いから」

「だとしても一人じゃ危険だ。ローザ! おまえもついて行ってやれ。今度は俺たちが駆けつけられるよう、ちゃんと近場にいるんだぞ?」

「わかったわ」


 ロザリンドは頷いて、マナと一緒に立ち上がった。彼女の方こそ、あんなことがあったのに不安じゃないのかなと思ったが、この短期間でもう随分仲良くなったようで、二人は親しげに会話しながら小屋から出ていった。


「なあなあ、あんた冒険者なんだろう? あの子とはどんな関係なんだ? 彼女か?」


 一応、探知スキルで危険がないかを確かめていると、二人が小屋から出ていったのを見計らって、他の連中が話しかけてきた。てっきり、リーダーに気を使って黙っているのかと思いきや、どうやら知らない女性に気後れしていたらしい。


「いや、彼女とはそんなんじゃないよ。なんていうか、学校のクラスメートみたいなものなんだが」

「クラスメート? それはなんだ? 兄弟姉妹と違うのか?」


 男は首を傾げている。もしかして学校という概念が存在しないのだろうか? と戸惑っていると、それを聞いていたまた別の男が割り込んできて、


「俺は他の冒険者に聞いたことがあるぞ。異世界には、俺達くらいの年のを集めて職業訓練をしてくれる学校ってのがあるんだって。なんでも、そこに行けばどんな職業にだってなれるって話だ」

「嘘だろう? そんな都合のいい世界があってたまるか」

「嘘じゃねえよ。なあ? あんた。本当だろ?」


 男たちは有理に確認してくる。有理は頷いて、


「ああ、本当だよ。でも、人気のある職業は取り合いになるから、なんでもってわけにはいかないな」

「マジかよ!? 信じられねえ……」

「なあ、あんた。あんたの世界のことをもっとよく教えてくれ」

「ああ、いいよ」

「アストリアの塔よりも大きな建物があるって本当か?」

「いや、あれより大きいか知らないけど……似たようなのはあって……」


 有理が話し出すと、遠巻きに見ていた男たちがいつの間にか集まってきて、彼の話を食い入るように聞いていた。さっきステファンが話していた感じでは、ここは中世くらいをモチーフにした世界のようだから、現代のことが珍しくて仕方ないのだろう。彼らのリアクションが面白く、有理も満更ではなかったから、一宿の恩に娯楽を提供してやるのも悪くないと思ったが……


 しかし、冷静に考えれば、彼らはNPCなのだから、単に有理の話にそれっぽい返事を返しているだけのはずなのだ。ゲームから離れて見てみれば、彼らはプレイヤーを喜ばせるためだけに存在するAIに過ぎないことが分かるはずだ。そう思うと馬鹿らしくもあったが、好奇心に満ちが彼らの瞳を前に、そんなことを言うのも無粋だと思い、有理は黙って話を続けた。


 それにしても、この世界は本当に何もかもが本物にしか思えなかった。なまじ自分の体の感覚があるからそう感じてしまうのだろうが、このままログアウト出来ないままでいたら、そのうち馴染んでしまうんじゃないかと、ほんのちょっぴり怖くなった。


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