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集え若人!熱い血潮を滾らせて

 管理官に差し出されたパンフレットを親子三人、額をくっつけるようにして上から覗き込んだ。


「これは?」

「防衛大学魔法研究所付属魔法学校の入学案内です」

「……魔法……学校?」


 そのあまりに突拍子もない単語に管理官の正気を疑っていると、彼も気持ちは分かるとでも言いたげに深く頷きながら、


「今年創立されたばかりの、主に異世界人ハーフの青少年のための学校です。近年、異世界人の若者による魔法犯罪が増加傾向にありますが、無軌道な若者たちを犯罪に走らせないよう、また将来の自衛官候補として健全な肉体と精神を育むべく、防衛相公認で設立されました。ご存知かと思いますが、最近、新たに観測された第2世代魔法は放射能汚染の心配がないので、彼らは我が国の将来を担う新たな才能になりうると期待されています。そこへ有理さんにも入学して欲しいのです」

「はあ……はあ?」


 有理は暫くの間何を言われているのかが分からず、気のない返事をした。そのうち意味が分かってくると、相手のとんでもない要求に言葉を失った。


「ちょっと? 何言ってるんです? 俺、4月から東大生なんですよ?」

「ええ、ですからそれを止めて、魔法学校に入学してほしいんですよ」


 有理は唐突に目眩がしてきた。なんとか体勢を整えようと、机を掴んだ手がよろけて大きな音を立てた。彼は管理官に食いつくように顔を近づけながら、


「俺に東大を蹴って、このわけの分からない学校に通えって言うんですか!? 馬鹿ですか、あんたは! 冗談も休み休み言いなさいよ!」

「しかしそうも言ってられないんですよ」


 管理官は馬鹿と言われたことに腹を立てたのか、少々ムッとした表情で、


「近年、確認される魔法犯罪の中には、本人に自覚のないケースが増えてきています。彼らは自分が混血であることを知らずに育ち、魔力を持って生まれたことに気づかないまま、知らず知らずのうちに魔法を行使してしまっていました。魔力を持っている以上、君もそうなる可能性があるんです」

「いや、でも、俺は生まれてこの方、魔法なんて使ったことも無ければ、見たことすらないんですよ!?」

「しかし、これからもそうだとは言い切れないわけですよ。そしてそうなった時、何が起こるかということを、我々は危惧しているんです」

「何がって……何が起こるっていうんですか。何もおこりゃしませんよ!」


 有理が涙目で言い返すと、管理官は冷静にカバンの中からまた別の資料を出してきて、


「現在、この世界で最大の魔力を誇るのはインドのシヴァ王なのですが……王は広島型原爆のおよそ100倍を超える威力の爆裂魔法を、短時間の内に連発できると言われています。その王が同じテストを受けた時の数値と比較して……有理さん、あなたの数値は100万倍を優に超えているんですよ」

「……ひゃくばい!? 100倍だって!!」

「いえ100倍ではなく、100万倍です。100万。文字通り桁が違うんですよ」


 有理はゴクリとつばを呑み込んだ。


「嘘でしょう……? ああ、機械の故障だ」


 現実を受け止めきれない彼が訂正を求めるも、管理官は残念そうに首を振って、


「あまりに荒唐無稽な数値ですからね。検査をした医師たちも最初はその可能性を疑って、何度も再検査したみたいです。しかし何度やっても、何度機械の設定を見直しても、同じような数字が出てきてしまう。それで場所を変えて昨日今日と、他のあらゆる方法を試してきたのですが……結果はやはり、あなたには膨大な魔力が秘められている可能性がある、という数値が示されたのです」


 有理は開いた口が塞がらなかった。見れば、隣に座る両親も似たような顔をしていた。管理官は気の毒そうに続けて、


「私だってにわかには信じられませんがね。ですが万一のことを考えるとそうも言ってられないんですよ。先も言った通り、近年の魔法犯罪者には無自覚な者が増えてきているんです。彼らは魔力を持って生まれてきたけれど、魔法の使い方を知っていたわけじゃない。それが何らかのきっかけで暴発したと考えると……もし、これから先、あなたに同じようなことが起きた場合、タダで済むとは思えないわけですよ。その時にはもう何もかも手遅れかも知れない。そうならないよう、急遽、あなたには魔法学校に入学して魔力の制御を学んで貰おうと閣議決定がされ、先ほど防衛相の認可が降りたところなんです」

「ちょ、ちょっと待ってください? 閣議決定? なにそれ認可が降りたって……その魔法学校とやらへの入学は強制なんですか!? 提案とかお願いって言ってたじゃないですか!」

「ええ、形式上は提案に過ぎないのですがね……」


 管理官は最後まで言わず、黙って首を振った。多分、強制はしないが、仮に断ったところで何らかの方法を使ってでも、無理やり行かせるつもりなのだろう。有理だって馬鹿じゃないから分かる。しかし……そんなの到底受け入れられない。


「じょ、冗談でしょう? 東大ですよ? 俺……あそこに入るために、どんだけ努力してきたと思ってるんですか!? 毎日寝る間も惜しんで擦り切れるまで参考書をめくって、単語帳を読みながら予備校通って、いいや一年だけじゃないですよ。高校の三年間、下手したらそれ以前から、雨の日も風の日も、俺はずっとこの日のためだけに勉強を続けてきたんですよ? その努力が実って、念願かなって、ようやく夢が実現したというのに、それを諦めろと言うんですか!?」

「ええ、まあ……気持ちは痛いほどわかります。ですが……」


 結論は変わらないようだった。彼が決めているわけじゃないのだから当然だろう。だが、それでも納得行くわけがない有理が悲鳴のような声で抗議を続けていると、流石に息子が哀れに思えてきたのか、それまで黙っていた父親が毅然と立ち上がって、


「さっきから黙って聞いていれば、君、いい加減にしたまえ。そっちの都合ばかり一方的にまくしたてて、失礼じゃないか。ここは法治国家だ。あらゆる国民が法によって守られる国のはずだ。その大原則を反故にされるなんてことが、あっていいはずがない。私はこの子の親として、いや、民主主義国家に生まれた1人の国民として、断固としてこの決定に抗議しなければならない! たとえ国相手に訴訟をしたとしても一歩も引くつもりはないぞ!」

「ええ、お父さんのお子さんを思う気持ちは重々承知しておりますとも」


 すると彼はえらく低姿勢になって揉み手しながら電卓を叩き、


「我々も無理に強制するつもりはありませんとも。どうしてもと言うのであれば彼の将来を考えて、あらゆる努力をさせていただきます。そこで提案なのですが、もしもこちらの希望通りに魔法学校へ入学していただけるのであれば、彼には授業料免除と防衛大学からの出向という形で当該大学の単位と、研究助手という肩書と月々の給与と、卒業後の進路と、政府からの謝礼金として、はした金ではございますがこのくらい用立てて頂かせてもらいたいと思っている次第なのですが……」

「先生、息子をよろしくお願いします」


 父はあっさり折れた。


「貴様、息子を金で売る気かっ!!」


 有理が父親の胸ぐらを掴むと、屈強な自衛官たちが飛んできて羽交い締めされた。


「ぬわあああーーっ! なにをするっ! はなせっ!」


 母に助けを求めるも、すでに彼女の瞳の中には¥が飛び回っていた。


 こんなことになるならセツ子が浮気していたほうがなんぼもマシだった。父と管理官はもうガッチリと握手を交わしている。有理は男たちを必死に振りほどこうとしながら、差し出される書類の束に次々とサインしていく両親を見ていることしか出来なかった。


 弁護士を呼べ! と叫ぶ言葉虚しく響く中、こうして彼は、人生最良の日から、一転して人生のどん底へと叩き落されたのである。


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