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魔法のあれこれ

 ほんの少し弱気になった有理が謝罪の言葉を口にすると、マナは下らないと一蹴し、そんなことよりも今はゲーム内での身の振り方を考えたほうがいいと断言した。彼女の適応っぷりはまったく大したものであった。


「それはそうと、ここで野宿するとして、テントもないのはマズイわよね。何か代わりになるような物はないかしら?」

「クラフトゲーだったらそういうの作ったり出来るんだろうけど……」

「あんたの魔法があるから、水には困らないわよね。ところで、それって何かに溜めておけないかしら? 実はさっきから、体を拭きたくて仕方ないのよ」


 ああ、やはり気になっていたかと有理は頷き、


「一回に出せる量は少ないけど連発は出来るから、容れ物が有ればいけると思うけど……」


 有理は話している最中に、似たような機能があることを思い出した。それはクラフト要素とは違うが、


「そういえば、最初に魔法を覚える際に、(ウォート)を選べってのあったじゃん」

「あったわね。それで私は火を選んで、あんたは水を選んだわよね」

「あの後、クエスト受けたりしてレベルも上がってるから、もしかしてスキルポイントが貯まってるんじゃない? それを使って、何か出来ないかな」


 二人は互いに自分のメニュー画面で、オンラインヘルプを調べ始めた。こういうのが見えるところはやっぱりゲームだと安心しつつ、簡単に魔法の基礎を要約すれば……


 このゲームの魔法は、予め用意された(ウォート)を組み合わせてカスタマイズが可能である。語には名詞と動詞があって、基本的には2つの単語の組み合わせで魔法は生成される。例えば、火を表すファイロと行く(go)を表すイルを組み合わせ「イル ファイロ」と唱えれば、狙ったところに炎が飛んでいくといった感じである。因みにこれが、いわゆるRPGで定番の初級魔法ファイヤーボールみたいなものだろうか。


 他にも、語の一覧を眺めていたら、bigを表すグランダという語もあって、


「イル グランダ ファイロ!」


 マナが言葉を発すると、さっきまでの(ファイロ)とは桁違いの大きさの炎が現れて、近くの木にぶつかって四散した。その熱量で表面がパチパチと焼けていたので、有理が慌てて(アクウォ)を連発して消火する。


「こりゃあ、使い所を間違えたらエラいことになるな」

「今のでスキルポイントを2個使ったわ。あと2つほど語を覚えられそうだけど、どうしよう?」

「すぐに覚えないでもいいんじゃない? 次はもっと計画的に使った方がいいよ」

「それもそうね。それじゃあ、私の残りのポイントは貯めておくとして、あんたも何か覚えなさいよ。キャンプで役に立つものがいいわ」


 まるで戦闘は自分に任せろと言わんばかりのセリフである。まあ、実際、弓使いの彼女のほうが有理よりも強いのであるが……


「そうだなあ……さっき言ってた通り、水を溜めるものを作り出せればいいんだけど……」


 有理はヘルプの中から使えそうな単語を吟味し始めた。


 動詞の一覧を見れば「作る(make)」を表す単語があったから、後は名詞の中に何か器になりそうな単語を見つければいいだろう……もしくは、「切る(cut)」と「木(tree)」を合わせたら、何か器が出来そうな気もする。ただ、問題は、有理が木を削って物を作った経験がないことだ。その場合もちゃんとした物が出来るだろうか?


 そんなことを考えながら語を探っていたところ、彼は動詞の中に気になる単語を見つけた。


 「見る(look)」である。look forで探すという意味になるから、(アクウォ)と組み合わせて水場を探すサーチスキルにならないか? と考えたのだ。もしそれが可能ならばスキルポイントの節約にもなるだろう。


 lookは基本的な動詞でもあるし、駄目だったとしても今後腐ることはないはずだ。彼はものは試しと、lookを表す語を習得した。


「リガードゥ アクウォ!」


 試してみれば、予想通り、近くにある水場が光って見えるようになった。ちょっとした水たまりにも反応しているらしく、森は瞬く間に星空のように輝き出した。水の量と光の強さは比例しているようで、水たまりは薄暗く、池くらいの大きさになると一等星のごとく輝いて見えた。


 そして、彼らのいる場所から少し離れたところには、天の川みたいな光の流れが見えていた。多分、そこには本物の川があるに違いなかった。


「椋露地さん。あっちの方に川があるみたいだ。水浴び出来るかも知れない」

「本当? じゃあ、この焚き火は消して、そっちに移った方がいいわね」

「でも夜だし、暗い中を移動するのはなあ……」


 有理は、日が昇ってからにした方がいいんじゃないかと思ったが、たった今覚えたばかりの魔法の有用性から、また思いついて、


「そうだ。水場が見つけられるなら、動物も探知出来るかも知れない。確か、動物を表す単語もあったよな……」


 危険な野生動物も、モンスターも動物である。サーチ出来るようになれば、不意打ちを食らうこともなくなり、いつでも先制攻撃が可能となるだろう。これは絶対冒険の役に立つはずだぞと、有理は殆ど悩むことなく新しい語を習得した。


「リガードゥ ベスト」


 早速使ってみたら、さっきと同じように、周辺が銀河みたいに輝き出した。しかし動物と一括りにすれば、昆虫や小動物もそうなのだから、殆ど全方位が光って見えてしまって、眩しくて仕方なかった。とはいえ、さっきの水場サーチと同じで、大きさによって光量が決まっているらしく、遠くの方は重なってしまって見えづらいが、近くを探知するなら十分に使えそうだった。


 有理は川の方角を向いて、その途中に大きな動物が潜んでいないかと目を凝らした。すると……丁度、その川の辺りに、いくつかの大きな光が蠢いているのが見えた。


 野生動物だろうか? 鹿くらいなら問題ないが、猪や熊だったらこの場から逃げたほうがいいだろう。そう思って、更に目を凝らしてよく見てみれば、その光はどうも人の形をしているように見える。だが、普通の人よりは若干小さい気がして、集団でいるところから察するに、もしかしてあれはゴブリンではないだろうか?


 今更、連中にやられる気はさらさらなかったが、うっかり出くわしていたら危なかっただろう。逆に今なら先制攻撃も可能だが、今は夜だし避けた方がいいだろうか。彼はそう思って、マナに意見を求めようとしたのだが……


 と、その時、そのゴブリンらしき集団の中に、一人だけ大きい人影があることに気がついた。その人影は周囲の小人に追い立てられるかのように、時折、つんのめって地面に倒れたり、走っては追いつかれたり、めちゃくちゃに腕を振るっているように見える。


 もしかして、誰か人間が襲われているのではないだろうか……?


 そう考えるのと殆ど同時だった。丁度、有理が現在見ている川の方角から、悲鳴のような声が聞こえてきた。それは夜の闇の中では鳥の鳴き声のようにも聞こえて、うっかり聞き逃してしまいそうなくらい小さかった。実際、隣りにいるマナの方は声には気づいていないようで、じっと有理の顔を窺っている。


 このまま黙っていれば、自分たちの身の安全は保証されるだろう。だが、


「椋露地さん。どうもその川の辺りで、誰かが襲われてるみたいなんだ」

「本当!? なら助けなきゃ!」


 有理がどうすべきか尋ねるなり、マナは殆ど迷うことなく立ち上がった。やはり彼女の正義感は大したもののようである。その性質は好ましくもあったが、暴走しないように気を配っておいた方がいいかも知れない。有理は今にも駆け出しそうな彼女を引き留めるように、自分も立ち上がると、


「待って、椋露地さん。こっちから迂回すれば背後に回り込めると思う。ついてきて」


 二人は頷きあうと、焚き火を消してから暗闇の中を走り出した。


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