試行錯誤
取りあえずの方針は決まったので、一行はオープニングイベントを進めてみることにした。張偉が開発者から聞き出してきた情報をざっと整理すると、このゲームは剣と魔法のファンタジーRPGで、世界の中心には神な塔がそびえ立っており、それを取り巻くように5つの国が存在し、世界の覇権を争って日夜戦争を続けている……というコンセプトで開発が進んでいるらしい。
しかし、開発中だからまだ最初の森の国しか実装されておらず、他の国はおろか神の塔のエリアも未実装で、見えているのはテクスチャだけだそうである。
そう言われて森の切れ目から空を見上げてみると、確かに遠くの方にうっすらと高い塔が見える。塔というか、頂上が見えないカリン塔みたいな構造をしているから、「もしかしてあれは軌道エレベーターですか?」と開発者に聞いてみたら、「企業秘密です、ふふふ」と返されたらしい。多分、軌道エレベーターなんじゃないか。
つまり、ファンタジー世界に見せかけて、実は未来の地球という可能性もあるわけだが、そんな考察はともかくとして、オープニングイベントを進めていた一行は早くも躓いていた。
張偉が言うには、最初の森の広場から獣道を辿っていくと、どこからともなく助けを求める悲鳴が聞こえてきて、駆けつけるとゲームのマスコットキャラクターであるモフモフンがモンスターに襲われているらしい。
モフモフンを助けてあげると、そのお礼として何も知らないプレイヤーにこの世界のことを教えてくれるという設定らしいのだが、ところが、いくら歩いてもモフモフンは現れず、適当にモンスターを倒している内に、最初の町が見えてきてしまった。
もしかしたらイベントを見逃してしまった可能性も考慮して森を往復してみたが、やはり張偉が開発者から聞いてきたイベントのようなものは発生しなかった。
「困ったぞ。これじゃオープニングイベントが進まないじゃないか」
「取りあえず、町には辿り着けたんだし、次に行ってみないか? マスコットキャラに会えなくても、イベントフラグは立ってるかも知れないし」
モフモフンに出会ったプレイヤーは、町に案内された後、日銭を稼ぐために冒険者ギルドへ向かうことになるらしい。こっちの方はちゃんと実装されているみたいで、張偉が聞いた通りの場所にギルドはあった。
両開きのドアを押し開いて入ると、そこは人っ子一人おらずガランとしていて、なんとも殺風景な空間が広がっていた。ギルドというのは要するにプレイヤーの待機所なので、発売前のゲームだから人がいないのは当然らしい。ガッカリしながら受付へ向かうと、綺麗なお姉さんがにこやかに出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。初心者の方ですね。冒険者ギルドに登録しますか」
「そんなことよりも、お姉さん。この後ご一緒に食事でもどうですか?」
「お客様、そのような行為はご遠慮ください」
「そんなこと言わずに。ねえ、ねえ、俺達……付き合っちゃおうよ!」
「やめてください! 憲兵を呼びますよ!」
受付につくなり、関がナンパしだした。てっきり無視されるかと思いきや、意外とまとも答えているので、どうやらそれなりのAIを積んでいるらしい。話が進まないので、関を蹴り飛ばして冒険者ギルドに登録したい旨を伝える。
「冒険者はF~Aの6ランクに分けられており、それぞれ階級に応じた依頼を受けてもらっております。初心者のあなたたちは、まずはFランク冒険者として経験を積み、昇級試験を受けてEランクに昇格しましたら、より高収入の依頼を受けることが出来るようになりますので、頑張ってください」
よくあるランク制の話を聞かされ、晴れて冒険者として登録された一行は、閑散としたギルドを出て町の中央にある噴水広場へと向かった。本来ならここでプレイヤーと同行が決まったモフモフンが「これからもよろしくな」と言って、オープニングイベントが終了するのだが、肝心のマスコットキャラがいないので特に何も起きなかった。
しかし、イベントの終了フラグ自体は立ったようで、
「お? なんか画面にセーブしましたって出てるぜ?」
と関が言う通り、有理の視界にも同じような文字列が浮かんで見えた。確認すると、他の二人も同じような文字が見えているらしい。しかし、それが見えたからといって、相変わらずログアウト方法は分からなかった。
「うーん……セーブポイントってのは、あくまで死に戻った時のスポーン地点のことだから。普通はログアウトしたきゃヘルメットを脱いで、ゲームを終了すればいいだけだもんな」
「徒労だったか……こうなると、後は出来ることといったら、それこそ死んでみるくらいしかないぞ」
「試す価値はあるかも。やってみようか?」
というわけで、モンスターに殺されるために森へと戻ってきた。ついでだからギルドの依頼も受けて、ちまちまと薬草を採取していたら、目論見通りゴブリンの集団が出てきたので、有理は仲間に手出し無用と断ってから、無防備に突っ込んでいった。
ゴブリンたちは嘲笑うかのような声を上げると、容赦なく手に持った武器を振り下ろしてきた。棍棒、剣、槍、弓、どれも当たったら痛そうだと思いながらも、避けずにそれを受けた有理は、すぐに後悔した。
「あたっ! あたたたたっ!! ちょっ! タンマ!! ぎゃああああーー!!」
最初、棍棒が当たった瞬間にゴツンと重い衝撃があり、目から火花が散った時点で気づけばよかった。続いて薙ぎ払われた剣が腕をかすめると、切り裂かれた皮膚から血しぶきが上がり、太ももに突き刺さった槍が骨にまで食い込むと、絶望的な激痛が走った。そして次々と突き刺さる矢には毒が塗ってあったらしく、刺さった場所から鈍痛と痺れが体全体に広がっていく。
「やばっ……これ、やばい! 助けて! 痛い! まじやばいんだって!!」
有理の叫び声で、どうも様子がおかしいと気づいた張偉と関が慌てて駆け寄ってくる。しかし、彼らが到達するより前に、ゴブリンたちはマナの弓によって全部倒されてしまった。光のエフェクトが空へと飛んでいき、ゴブリンたちの死体は消えてしまったが、有理の傷は消えずにそのまま残っていた。
「ごめん……死ぬ。マジで死にそう……助けて……」
「ポーションポーション!」
なんとなく冒険者ギルドで買っておいたポーションを飲むと、みるみる内に傷口が塞がり、痛みが徐々に引いていった。ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いてきたと思ったら、額から大量の汗が吹き出してきて目に染みた。
ポーションのお陰で傷は塞がっても、毒のせいか、痺れと倦怠感が少し残っていて気持ち悪い。
「し、死ぬかと思った……この方法は無理だ。本当に死んだら洒落にならない」
「そっちとこっちじゃ何か様子が違うもんな。俺たちはデフォルトキャラだけど、物部さんたちは普段の姿のままだし」
「なんか本当に体ごとゲームの中に取り込まれたみたいだよ……外にはちゃんと本物の俺の体があるんだよな?」
「ああ、間違いない。今はちゃんとベッドの上で横になってる……ん? ちょっと待ってくれ、呼ばれているようだ」
そんなことを有理と話している最中、張偉は現実の方で肩を叩かれたのか、ヘルメットを脱ぐ仕草を見せて、そのまま消えてしまった。暫くすると光とともに戻ってきて、
「外でモニターしていた桜子さんたちから無茶はするなってダメ出しされた。それからゲーム内でログアウト方法が見つからないなら、研究者たちが外からも探してくれるから安心しろってさ」
「そいつは助かる。研究者さんたちによろしく伝えてくれ。でもこっちはこっちで何とかしよう」
「わかった。それじゃ手始めに……他のクエストでも受けてみるか?」
「俺はもうちょっとモフモフンを探したいんだけど……でも、クエストを受けながらでも出来るし、一度ギルドに戻ることにしよう」
「話はまとまったかあ? わりぃが、俺はそろそろ抜けさせてもらうぜ」
今後の計画を張偉と話していると、関が退屈そうに話しかけてきた。相変わらず表情が読めないから雰囲気だけだが、なんとなく疲れて見える。実際、相当堪えていた様で、
「実はさっきから結構キテるんだよ。これ、目が疲れるだけじゃなくて、脳みそが疲れるって言うかさあ……」
「ああ、そうか。おまえは例のヘルメットで体を動かしてるんだっけ?」
ただでさえ慣れないことをやらされている上に、脳波コントローラーなんていかにも脳みそを酷使しそうなものを長時間使っていたら、それは疲れもするだろう。
「わかったよ。正直、外との連絡手段を確立してくれただけで御の字だ」
「悪いな。また明日、様子見に来るからよ」
「となると……張くんも平気か? 疲れたんなら無理しなくていいよ」
「俺はまだ大丈夫だが……もう暫く遊んだら休憩したいな。関の言う通り、結構疲れるな、これ」
そんなわけで、関がログアウトし、有理たちは3人で冒険者ギルドのクエストを進めていった。まだ開発中だからか内容に大したものはなく、薬草採取やらゴブリン退治やらを進めているうちに、時間だけがどんどん過ぎていった。