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その後の成り行きは端折るが……

「おお! 関! 救世主よ!!」

「ええい、離せ離せ、鬱陶しい。くそっ……あいつら、こんなやべえことに俺を巻き込みやがって……」

 ゲーム世界に突如として現れた関(見た目はデフォルトのおっさん)は、ぶつくさ文句を垂れている。機嫌を損ねているのは雰囲気で分かるが、表情が全くないから不気味でしょうがなかった。

 

***

 

 有理とマナの二人が閉じ込められてから、ゲーム内では数時間が経過していた。二人はなんとかログアウトする方法を探して悪戦苦闘していたが、まるで手がかりが見つからずに途方に暮れていた時だった。


 突然、目の前の何もない空間に光が集まってきたかと思いきや、警戒する二人の前に一人の不気味なおっさんが現れた。ゴブリンに続く新たな敵か? と身構えた有理であったが、どことなくそのおっさんの顔には見覚えがあった。彼が記憶を頼りに思い出そうとしていると、おっさんは周囲をキョロキョロしたあと、有理に目を合わせ、


「おお~……すげえな、これ。本物みたいだ。ん? よう、パイセン! 生徒会長も一緒なの? なんで?」


 と首を傾げた。聞き覚えのあるその声に、有理は目の前のおっさんがゲームのデフォルトキャラだったことを思い出し、


「もしかして、おまえ……関か?」

「ああ、そうだよ。それで、俺は何をやればいいんだ?」


 その後の成り行きは端折るが……


 現実世界で青葉に騙されて研究室までやってきた関は、言われるままにホイホイとゲームにログインしたらしい。その場に居た研究者たちは、関も同じようにゲームに閉じ込められると思っていたようだが、意外にも後からログインしてきた彼の身には何も起こらず、普通にゲームを止めることも出来るようだった。


 そして不思議なことに、モニター越しにはゲーム世界の有理たちの言語は理解出来なかったが、ゲームにログインしている関には分かるみたいで、そんなわけで安全が確認された後、現実世界に戻った関はゲーム内に取り残された有理たちとのメッセンジャーになってくれとお願いされたそうだが、事情を知った彼が拗ねるのも無理はない話であった。


「くっそー……男の純情弄びやがって。こうなったらもうデートくらいしてくれなきゃ収まらねえ」

「まあ、それくらいならしてくれるんじゃないか」


 あの人、その気になればデートしたと思い込ませることも出来るんだし……などと有理が漠然と邪悪なことを考えていると、関は期待に満ちた瞳で、


「そうかな?」

「なんなら俺からも頼んでやるから。それより、そろそろ俺達の置かれた状況について教えてくれないか? 現実世界がどうなってるのか、ここからじゃわからないんだよ」

「ああ、なんつってたかなあ……」


 関の話ではこうである。有理とマナの二人はゲームを始めてすぐに意識を失って倒れた。それ以降、呼びかけても揺さぶっても目を覚ますことなく、二人はこんこんと眠り続けているらしい。倒れた拍子にヘルメットは外れてしまい、その後グローブも外してみたが、強制終了することもなかったようだ。因みに今は研究者たちの手も借りて、ベッドの上に寝かされている。


 その研究者たちが一通り調べてみたところ、二人は魔法を使った時に出る固有の電磁波を放出している状態らしく、100%とは言い切れないものの、これもなんらかの魔法現象であるらしい。しかし、今のところこの電磁波を停止する方法は知られておらず、術者が自らやめるくらいしか方法は思いつかないとのことだった。また、以上のことから、二人は自発的にゲーム内に閉じ込められていると考えられ、その証拠に、後からゲームを始めた関には同じ現象は起こらなかった。


 結論すると、恐らく、この現象は二人がログインした直後に発生したことから、有理の第2世代魔法が発動したのではないか? と考えるのが一番可能性が高いのではないか、とのことだった。


「つまり、俺が椋露地さんを巻き込んじゃったってこと?」

「なんかそんな感じみたいに言ってたな」

「待ちなさいよ。それなら逆に私が物部を巻き込んだ可能性だってあるんじゃない?」


 有理がへこたれているとマナが気を使ってくれたのか、そんなことを言い出した。しかし、関はそれを否定して、


「かもな。研究者も意見が別れてるみたいだが。でも、第2世代魔法ってのは、術者とまるで関係ない能力は発動しないものらしいぜ。そう考えると、生徒会長よりもパイセンの方が怪しいんじゃねえの」


 なるほど……それなら自分の方がますます怪しいわけだと有理が凹んでいると、マナは複雑そうに眉を曲げながら、


「もう、どっちが悪いとか気にしてる場合じゃないでしょう! とにかく、外と繋がってることは分かったんだから、あっちと協力してここから出る方法を探しましょうよ」

「ああ……でも実際、どうすりゃいいんだ? ここでやれることはもう、粗方やり尽くした感あるし」


 取りあえず、見えているゲームのメニュー画面にログアウトボタンはなく、オンラインヘルプも隅から隅まで確認してみたが、セーブの仕方は載っていても、ログアウトの方法は見つからなかった。関がヘルメットを付け外ししている姿を見るからに、普通はそんなことを気にするまでもないのだろう。有理はため息混じりに、


「なあ、関。外はなんて言ってる?」

「ちょっと待ってろよ」


 関はそう言うとヘルメットを外すような動作をした。すると彼のキャラクターが光に包まれて消え……また暫くすると、逆回ししたような光のエフェクトと共に現れた。戻ってきた彼の雰囲気は、心なしか優れなかった。


「どうしたんだよ?」

「いや……デートはしたくないって言い残して、帰っちゃったらしくて……」


 どうも外では、有理たちの言葉は分からないが、関の声は普通に聞こえているらしい。元気出せよと慰めていると、また別の光のエフェクトと共に、二人目のデフォルトのおっさんが現れた。おっさんは、現れると同時にすぐヘルメットを外すような動作を二回ほど繰り返し、


「ふぅ……どうやら、俺もログインして平気みたいだな」

「その声は、張くんか?」


 新しくやってきたおっさんは頷いて、


「関にばっか任せてもいられないからな。ここからは俺もサポートに回るよ」

「あら、本当に助かるわ」


 生徒会長の本音がだだ漏れているのはともかく、実際、このゲームの開発会社と連絡が取れる彼のほうが役目としては適任と言えた。


「現在、外には桜子さんと数人の研究者が詰めている。二人の体は安置してあって、容態が変わるようならすぐ病院に運べるように救急車も呼んであるから安心して欲しい。それで、今後の方針なんだが……一応、開発元に事情を伏せつつ、ログアウトできないことを相談してみたんだが、どうもリセマラ対策でオープニングイベントが終了するまで、セーブは出来ない仕様になってるらしいんだ。だからこのままゲームを進めたら、そこでログアウト出来るかも知れない」

「なるほど、わかった、頼りになる……よし、関。おまえはもうここまででいいから」

「なんでだよ!」


 ぞんざいに扱われた前任者は激怒しているが、張偉の説明にホッとしつつ、一行は取りあえずこのままチュートリアルを進めようぜ、という方針で動くこととなった。


 これでようやく元の世界に戻れる。この時はそう思って安堵していたが……もちろん、そうは問屋が卸してくれそうもなかった。


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