こういうのにうってつけの人物
桜子さんが研究室に駆けつけると、有理は魔法を使った状態のまま意識を失っており、その意識は、どうもゲームの中に存在しているようだった。普通に考えれば馬鹿げた話であると一蹴するところだが、何しろ相手が有理だから、そういうこともあり得るかも知れないと、彼女はため息をつくばかりであった。
「はあ……でも、有理がやっと魔法らしい魔法を使ったかと思えば、まさかゲームの世界に入り込む力だったとはね。パソコン好きな彼らしい能力ではあるけど、あんまり実用性は無さそうね」
桜子さんがそんなことを誰ともなしに呟くと、それを聞いていた徃見教授が横から口を挟んできた。
「ふむ……桜子さん。君はこれを物部くんのしでかしたことだと決めつけてるようだけど、僕はまだそうとは言い切れないと思うんだよね」
教授は淡々とした口調でそう言い切った。桜子さんは驚いて反論しようとしたが、相手が魔法学の権威であることを思い出して、逆にどうしてそう思うのかと尋ねてみた。
「それはだね。まず1つ目の理由として、魔法という現象の即応性が挙げられる。魔法使いは常に魔力というものを体内に蓄えているわけじゃないから、魔法を使う都度に外部からエネルギーを取り込む必要がある。故に、魔法はその場限りの力であって、予備動作から発動までにタイムラグは生じないという規則がある。まあ、まだ仮説ではあるんだけどね。
それから2つ目として、今現在確認されている第2世代魔法は、全て、術者固有の能力であり、またその能力は一人につき1つとはっきり決まってるんだ。一人の人間が、2つ以上の固有魔法を持っていることはない。これも仮説段階だが、統計的には間違いないだろうと思われる。
以上を踏まえて、もしこのゲームの中に入り込むという精神操作が、物部くんの魔法だったとしたら、大停電を起こした時にも同じことが起きてないといけない。だから今回のこれは物部くんの魔法ではなく、椋露地さんの第2世代魔法が発現した結果、起きた可能性の方が高いんじゃないかと僕は思うんだけどね」
桜子さんは面食らった。
「それじゃあんたは、これをマナが引き起こしたって言うの? ちょっと信じられないんだけど……」
「可能性の問題さ。可能性だけなら、物部くんだけは特別に、複数の第2世代魔法を使えるということも考えられる。でもそれは前例のないことで、そんな例外を許してしまうと、今までの我々の学説が崩れてしまう。だから魔法学者として僕は後者を推すって、消極的な理由ではあるけどね」
「そう……大体の話は分かったわ」
彼女は軽くため息を吐いた。教授の話は概ね理解出来たが、結局のところ、何の解決策にもならなかった。尤も、どうしてこうなったかは分からなかったが、どうすればいいかは最初から見当がついていた。
彼女は張偉の方へ向き直ると、
「取りあえず、ユーリたちが今どうなってるか確かめるには、誰かが同じようにゲームをやってみるのが手っ取り早いでしょうね。あたしがやってみるから、チャンウェイ、やり方を教えてくれない?」
「駄目ですよ、桜子さん!! 何を言ってるんですか!!」
彼女がそう言い出すと、それまで黙っていた青葉から、当然のようにダメ出しが飛んできた。
「でも、誰かがやらなきゃいけないじゃない。学者連中に任せるのもなんか違うし」
「だからって、桜子さんがやっていいわけないでしょう。物部さんたちみたいに意識不明になったらどうするんですか。あなたは国際会議に出席するために、もうじき日本を発たなきゃならない身でしょう?」
「それは、わかってるけど……じゃあ、アオバがやってくれる?」
「私だって嫌ですよ! 何が起きるか分かったもんじゃないじゃないですか」
「仕方ない……俺がやろう。そもそも、言い出しっぺは俺だったんだ」
二人のやり取りを見ていた張偉がモルモットを買って出る。しかし、青葉はそんな彼を思いとどまらせるように身を乗り出すと、
「いえ、張さんもそんな危険なことしなくていいですよ。ちょっと待っててください。こういうのにうってつけの人物を知ってますから」
青葉はそう言うと部屋の隅っこへ行ってスマホをぽちぽちしだした。暫くすると部屋の外からダダダダダッ!! っと騒がしい足音が聞こえてきて、
「ご指名ありがとうございますっ! 青葉さーんっ! あなたの関が、こうして参上いたしましたよーっ!」
バンッ! っと部屋の扉が開いたと思ったら、元気よく関が飛び込んできた。彼は部屋の中が白衣の集団でいっぱいであることに気づくと、一瞬目をパチパチさせていたが、青葉の姿を見つけると目尻を垂らしてホイホイ駆け寄っていき、デレデレとしたいやらしい笑みを浮かべて鼻息を荒くした。
まさか青葉は何も知らない関にゲームをやらせるつもりなのだろうか?
桜子さんは慌てて彼女を止めようとしたが……別に関ならいいやと思い直して、黙っていた。
「あーん、関く~ん。突然呼び出しちゃってごめんなさい。実はどうしても関くんにお願いしたいことがあって」
「なんでも言ってください! 青葉さんのお願いだったら、なんだって聞いちゃいますよ! でも難しいことは勘弁な!」
「とっても簡単ですぅ~。そこに座って、ちょっと開発中のVRゲームをやってみて欲しいだけなんですけど」
「VRゲーム? ああ、もしかしてこの白衣の人たちってゲーム会社の人? って、あれ? よく見たらパイセン居んじゃん」
関は白衣の集団に囲まれるように置かれてあったモニターの中に、有理が映っていることに気づいて近づこうとした。青葉は、その向こう側で眠っている二人の姿に気づかれないように、すかさず彼の袖口を引っ張り、
「はいはいはーい! ここ座って! 動かないで! ……張さん、準備してもらっていいですか?」
「え? ああ……」
張偉は本当にこんな騙し討ちみたいなことをしていいのか? と一瞬ためらったが、本当に一瞬だけで、すぐにヘルメットを持ってきた。
「うわ、なんだこれ、やけに重いな」
「直に慣れる。後は、こっちのグローブも着けろ」
「ふーん……なんか知らんが本格的なんだな」
無理矢理ヘルメットを被らされた関は、グローブをわきわきしている。本当ならこの後、コントローラーの使い方をレクチャーするためにチュートリアルを始めるのだが、どうせ関だし、時間を省略するためにさっさとゲームをスタートした。
部屋の中にいた全員がモニター画面に集中する。新たなウィンドウがポップアップしてNowLoadingの文字列がクルクル回り出す。これが消えて森の風景が映し出されたら、今度は関が意識を失って倒れるはずである。
張偉はそのつもりで中腰になって身構えていたのだが……
「おお~……すげえな、これ。本物みたいだ。ん? よう、パイセン! 生徒会長も一緒なの? なんで?」
てっきりすぐに気を失うだろうと思われていた関は、意外にもそのままゲームを楽しんでいるようだった。モニターを見れば、彼の視界に映った有理とマナの二人が驚愕の表情を浮かべている。
そしてその様子をモニター越しに見ている者たちには、相変わらず有理たちの喋っている言語は分からなかったのだが、関だけには分かるようで、
「はあ? ゲームの中に閉じ込められただあ? なに馬鹿なこと言ってんだよ。ははっ、俺を担ごうったってそうはいかないぜ。つか、なに? そんな必死になって……いいから、ヘルメットを外してみろって? なんだよ、面倒くせえなあ……」
関はべらべらと独り言をしゃべっていたかと思うと、いきなり被っていたヘルメットをポンと脱いで見せ、
「ほら、普通に外せんじゃん。こんなんで人を騙せると思ってんの……? って、なんすか、あんたら?」
薄笑いを浮かべながらヘルメットを脱いだ関は、またそのヘルメットを被ろうとしたが……
その時、何故か部屋の中にいる全ての人間が驚愕の表情を浮かべて自分のことを凝視しているのに気づいて、彼は目をパチクリさせていた。