セツ子、やってないよ
結論から言えばセツ子はやっていなかった。あまり回りくどいと読者が逃げるからさっさと白状すれば、物部有理はちゃんと両親の息子だった。その両親も共に、異世界人の血が混じっているということもなかった。そして有理以外の家族も同じ検査を受けさせられたのだが、彼以外に反応を示す者はいなかった。
では、ここに至るまでの経緯を語っていこう。
M検でまさかの魔法適正を示した有理は、その後しつこいくらいの再検査をさせられた挙げ句に、要再検査という但し書き付きで帰された。まだやるのかよと、いつまで経っても納得しない検査員たちに呆れつつも、これでようやく解放されたとホッとしたのもつかの間、車外に出た彼を待ち受けていたのは、同じ検査待ちの合格者たちとサークル勧誘の先輩たちの好奇の視線であった。
あれだけビービーでかい音を立てていたら、中で何があったかなんて誰にでも想像ついただろう。そしてM検に引っかかったということは、それすなわち母親が不倫していた可能性が高いわけで、ニヤニヤとした含み笑いを浴びせかけられた彼は、逃げるようにその場を後にするしかなかった。因みに小鳥遊は爆笑していた。
家に帰った息子からその話を聞いたセツ子は激怒した。
彼女はそんなことを疑われる謂れはまったくないと即座に否定し、すぐさま東大事務局に殴り込み……もとい抗議の電話を入れ、彼女の剣幕に押されたのか、事務局は事情を聞いたらすぐ折り返し電話するといって一旦電話を切ると、本当にものの数秒で電話を返してきた。
「すぐに両親と一緒に東大病院まで来てください!」
という無茶ぶりに、我が家の沽券に関わるという理由で応じた両親とともに東大病院までやってくると、白衣の集団が待ち構えていて、有無を言わさぬ勢いで検査室へと押し込まれた。
その後、無遠慮な視線でジロジロ見られながら、DNA鑑定をしている間に両親とともに例の検査を受けさせられ、血液を抜かれ、レントゲンを撮られ、CTスキャンまでされ、自分の輪切り写真を感心しながら観察してたら、休日出勤をしていたはずの兄までやって来て、
「おまえ、何したんだよ?」
と迷惑そうに検査室へと連行されていった。本当に、何をしたんだろうか。こっちのほうが聞きたいくらいだ。
因みに、兄が呼ばれてきたのは彼が公務員だからで、もしも異世界人の血が入っていたら現行法では違法になってしまうからだそうである。下手したら職を失いかねない事態にまで発展していることに唖然としていたら、両親もそろそろ頭が冷えてきたらしく、借りてきた猫のように縮こまっていた。
そんな具合に一家総出で肩身の狭い思いをしているとDNA鑑定の結果が出て、有理は間違いなく両親から生まれたというお墨付きをいただいた。すると今度は、両親のどちらかに異世界人の血が混じっているのかもと疑われるわけだが、それも彼らの魔法力測定検査の結果によって否定された。因みに兄も無反応であり、つまり一家の中で何故か有理だけが魔法適性があり、しかも医者たちの様子を見るからに、その数値がどうも異常らしいのだ。
これは一体どういうことだろうか? その日は有理だけが検査のために入院させられ、翌日もモルモットのごとく様々な検査をやらされた。医者たちはこのレアケースに俄然やる気を見せて、お陰で二泊する羽目になり、三日目、話があると再度病院に呼ばれてきた両親とともに応接室で待っていたら、白衣を着た医者ではなく、どこかで見覚えがあるような肩章のついた制服を着た厳つい男たちが、ガヤガヤと部屋に入ってきた。確かこれ、自衛隊ではなかったろうか……?
「私こういうものでして」
そして男が差し出してきた名刺には、名前の横にばっちり防衛省管理官という肩書が並んでいた。医者でもなく、教育者でもなく、どうして自衛隊が出張ってくるのだろうか。もう嫌な予感しかしなかった。
「すでにお気づきかと思いますが、この2日間、有理さんの身体検査をしたところ彼には類稀なる魔法の才能があることが判明しました」
多分、そうだろうなと思ってはいたが、言われても嬉しくないし何の実感もないので、「はあ」とだけ答える。
「しかしこれは今までの常識ではあり得ないことだったんですよ。魔法という概念は、50年前の『大衝突』の際に異世界人がもたらしたもので、元々この世界にはない力でした。だから使用可能なのは異世界人の血を引く者だけという法則があるのですが、有理さんはご両親ともに100%純粋なこちら側の人間であるにも関わらず、魔法力があるという結果が出てしまったんです」
「それって絶対にあり得ないことなんですか?」
「……実を言えば、魔法力検査が始まって以来初めてのケースというだけで、正直分からないというのが本当のところです。この制度が始まってから、のべ70万人がテストを受けてきたのですが、純粋な地球人の中に適性を示す者は一人もいませんでした。ですから、これが70万人に1人のレアケースか、もしくは機械の誤動作という可能性も捨てきれません。しかし、これだけ何度も同じテストを受けて、同じ結果が出てくるとなると流石に無視することは出来ませんよね?」
「はあ……」
個人的には大いに無視してくれて構わないのであるが、
「このまま何もわからないまま有理さんを放置しておくわけにはいかない……そこで我々からご両親に提案というかお願いなのですが、有理さんが本当に魔法が使えるのかどうかが分かるまで、彼を我々に預けてみてはもらえませんか?」
そう言って管理官は、カバンの中から何かパンフレットらしきものを取り出し、すっと机の上に押し出すようにして置いた。
なんだこれは? と三人が顔をくっつけるようにして覗き込むと、その表紙には、美しく若い男女が夜空に燦然と輝く星を指さしながらキラキラとした瞳で見つめている姿が描かれており、その背景に「集え未来を創る若人たちよ熱い血潮を滾らせて」なるキャッチフレーズが刻まれていた。
まるで自衛隊の広告みたいである……いや、自衛隊の広告なのか? 嫌な予感は募るばかりで、一向に収まる気配はなかった。