彼女が生徒会長になった理由
ここ数日、研究室に籠りっぱなしだったせいか、外に出ると日差しがやけに眩しく感じられた。手で遮りながら、だいぶ日も長くなったなと思いつつ、付属校の生徒会室へと向かう。
生徒会室は職員室や校長室なんかが集中しているフロアにあって、生徒たちが近寄らないせいか、同じ校舎とは思えないくらい閑静な場所だった。部屋に入ると、生徒会メンバーらしき女生徒が数人居て、来客にお茶とお茶請けを出してくれた。心なしか距離が遠く感じられるのは気のせいだろうか。
お茶菓子を頬張りながら申請書の空欄を適当に埋めると、生徒会室でやることはなくなったので、査定のために来た道をとんぼ返りすることになった。というか、どうせこれだけの用件なら生徒会室に来ずとも、会長が申請書を持って来てくれればよかったのに……などと言おうものなら、ヒステリーを起こしそうなので黙っておく。
ところで活動内容を見学するそうだが、彼女はゲーム部だと思っているから、何かゲームを用意しなければならない。しかし有理のコレクションは灰と化してしまったからどうしようかと困っていたら、それなら面白いものがあると言って、張偉が嬉々としながら寮に帰っていった。早くも研究室は遊び場になりそうな雰囲気である。
先に戻っていても良かったのだが、生徒会長と二人きりだと間が持ちそうもないので、必要以上にゆっくり歩いていたら、途中にあった応接室の扉がいきなり開いた。前に張偉の母親と会った部屋である。
来賓かも知れないと思い、道を譲ろうと廊下の端に寄れば、先頭で出てきたのは桜子さんで、彼女の後には草臥れた背広姿のいかにもやり手そうな男性たちが続き、早口の英語でよくわからないことを喋りながら忙しそうに去っていった。
外国人には見えないから、きっとわざとそうしてるのだろうが、外務省関係の人たちだろうか? そう言えば、近い内に国際会議に出席するとか言っていたから、その打ち合わせか何かだろう。そう思って遠巻きに眺めていると、桜子さんが気づいて話しかけてきた。
「やあ、マナ。有理と一緒にいるなんて珍しいね」
「どうも」
有理はてっきり自分に話しかけてくると思っていたが、彼女は隣の生徒会長の方に親しげに挨拶をした。マナが少々警戒するようにぺこりと会釈を返す。
「あれ? 二人って、知り合いだったの?」
その関係性が意外で、有理が驚いて尋ねると、
「うん。マナはメガフロートにある名門校の特待生だったんだけど、あたしがこっちに魔法学校作るってなったとき、一緒に来てくれたんだよ。日本には……っていうか、世界のどこにも魔法学校なんて無かったから、カリキュラム作りも手伝ってくれて、本当に助かっちゃった」
「へえ、そうだったんだ」
もしかすると、それでこの出来たばかりの学校の生徒会長なんかに選ばれてしまったのだろうか。そう言えば、最初に出会った時から妙に体が小さい気がしていたが、案外見た目通りの年齢だったのかも知れない。いわゆる飛び級である。
そう思って関心しきりに眺めていて気づいたのだが、彼女は桜子さんの信頼の眼差しに対し、非常に居心地悪そうな顔で俯いていた。考えてもみれば、そんなことで目立ったり生徒会長をやらされたりするのは本人からしてみれば億劫なだけかも知れない。有理だって、ただM検の結果が良かったってだけで、異常に関心をもたれて辟易してきたのだ。
自分はあんまり特別視しないでおこう。そんなことを考えていたら、今度は桜子さんの方が尋ねてきた。
「ところで、二人は何してたの?」
「ん? ああ……俺がAIの復旧作業してたら、学内で活動するなら部活申請しろって言われちゃってさ。入り浸ってるのが、どうも目立ってしまってたらしいんだよね」
「ありゃま、そうだったんだ。あたしが事前に報告しておけば良かったのかな」
「あんた、他の生徒には土方で通ってるんだから、そんなこと急に言われてもなんだこいつって思われるだけだよ」
「それもそうか……それで、メリッサは? もう起きた?」
有理は首を振って。
「復旧作業は終わったけど、起動まではまだ時間がかかりそうだ。こっから先はマシンの機嫌次第だから、いつ終わるかはちょっとわからない。明日かも知れないし、明後日かも知れないし、下手したら来週なんてこともあるかも知れない」
「そんなに掛かるの? 会議に間に合わなくなっちゃうじゃない」
「実際、そこまで掛かるとは思わないけど、こればっかりはどうしようもないね。早く終わるように祈っててくれ」
「お話中のところ申し訳ないが、よろしいですかな?」
そんな話をしていたら、背後から誰かが近づいてくる気配を感じた。振り返ればチベットの僧服を着てアルカイックスマイルを浮かべている僧侶がいた。
「あれ? 確かあなたは……」
その顔には見覚えがあった。チベットの件で日本政府に助けを求めにやってきたが、結局袖にされてしまった穏健派の人である。その後、中国があんなことになっちゃったから、とっくに帰っていると思っていたが、どうやらまだ日本にいたらしい。彼も有理のことを覚えていたようで、
「この間はどうも。またお会いできて嬉しいです」
「ウダブさんでしたっけ? あなたはまたどうしてここに?」
政府関係者っぽい連中がいたから、また何か支援を求めに来てたのかなと思いきや、返事は桜子さんから返ってきた。
「チベットが結局、過激派のせいで戦争状態に突入しちゃったでしょう。それで穏健派の人たちがどこかに避難できないかって相談に来てたのよ。日本政府は中国の顔色を窺ってて話にならないから、あたしんとこはダメかって」
有理が病院で検査を受けてる間に、なんだか悲惨なことになっているようだった。他人事とはいえ、気の毒に思った彼は同情の言葉をかけようとしたが、
「そうだったんですか、大変でしたね……って、あれ? でもウダブさんって、別に異世界人でもなければ混血でもないし、そもそもチベット人でもありませんよね。なんで彼らにそこまでしてあげてるんですか?」
「まあ、これも何かの縁ですし。それに、彼らはテンジン様の民ですから、まるっきり無関係とは言えませんよ」
そう言えば、忘れていたが彼は皇帝テンジン11世の従者だった。そして穏健派と呼ばれている彼らの方が中国大陸にかつて存在した鳳麟帝国の残党で、いま戦争でブイブイいわせている欧州革命派は、そもそもあの土地とは縁もゆかりも無い連中のはずであった。なのに、なんで余所者の彼らがチベットに残り、先住民である穏健派の人々が出ていかなければならないのだろうか、なんとも理不尽な話である。
確か革命派は皇帝の生まれ変わりだという少年を神輿に担いで、チベット占拠を正当化しているようだが、こうなってくると誰が最初に輪廻転生とかいう噂を流していたのか、その犯人が分かったような気がする。有理がそのようなことを言うと、ウダブは頷いて、
「その通りです。私はずっとテンジン様のお供をしていましたから、あの方が輪廻転生なんて口にすらしていないことは断言出来ます。だいたい、仏教はこの世の未練を断ち切り入滅するのが目的なのですから、憎しみのために輪廻転生を繰り返すなんて馬鹿げた発想なのですよ。だからこんな噂を流したのは、チベット僧とは何も関係がない外部の人間としか考えられませんね」
「ふーん……しかし、異世界の人がこっちの宗教に帰依するなんて、ちょっと信じられない話ですが、皇帝は本当に仏教徒だったんですか?」
「本当ですよ。テンジン様は、それはそれは熱心に修行をなされておいでした」
ウダブはさも有り難いものでも頂戴しているかのように、合掌しながら続けた。
「あの方は、自らの国が滅ぼされたという過酷な運命から、どうして人は争うのだろうかと考え続け、この苦しみから逃れるためには憎しみの連鎖を断ち切るしか無いと悟り、ついに自らの怒りを鎮めて解脱なされたのです」
そして語られたウダブの話は、実は異世界人が仏教徒になったなんて目じゃないくらい奇妙で、とても信じられないものだった。