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第2世代にうってつけの職業

 宿院青葉との会話の流れで、あの廃工場で戦った4人のスパイのことを思い出した有理は、彼らはあの後どうなったのかを、思い切って尋ねてみた。なんとなくスパイの末路といえば、拷問にかけられて組織のことを洗いざらい喋らされた挙げ句、裁判にかけることなく始末されるようなイメージを持っていたが、


「そんな非人道的なことはしませんよ。あの4人ならまだ入院中で、回復を待ってから事情聴取を続けるはずですよ」

「あ、そうなんだ……やっぱり不当逮捕だなんだとか言って、中国が居丈高に返還要求してたりするんですか?」


 有理が何気なく聞いてみると、青葉はミラー越しにきょとんとした目をして、


「いえ? そんなことないですよ。だってあれ、全員日本人ですし」

「日本人? あ、そうか、帰化人か……日本人と中国人は見た目は変わらないもんな」

「まさかそんなわけないじゃないですか。どうせあれは、ただの裏バイトか何かですよ。使い捨てですよ、使い捨て」


 青葉は馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、あっけらかんとそう言い放った。その言葉に、有理ではなく隣に座っていた張偉の方が反応した。


「なんだと!? ……しかし、あいつらは国安の者だって言っていたんだぞ?」

「そりゃ、そう言わなければ張さんを連れ出せないじゃないですか」

「そりゃあ、そうだが……それじゃ、何か? 中国はこういう時のために、わざわざ日本人のスパイを用意していたってことか? ある意味感心するが」


 張偉が感嘆の息を吐いていると、青葉は呆れた素振りで首を振って、


「いえ、ですから彼らはスパイなんかじゃありませんって。事情聴取がまだですからはっきりとは分かりませんが、多分、ただの街のごろつきか何かじゃないでしょうか。安易に裏バイトに応募したら抜け出せなくなっちゃったとか、そんな感じじゃないですかね。ありがちですけど」

「そんな馬鹿な。裏バイトなんかに、あれだけの能力者が集まるはずがないだろう?」


 すると青葉はうんざりした感じに、


「では張さん、彼らは他に、どんな職業ならマッチすると思います?」

「それは……」


 張偉は言葉に詰まった。


「魔法と職業技能は全然関係ないですからね。それに、張さんも第2世代なら身に覚えがあるんじゃないですか? 私たちが普通に就職活動したところで、就ける仕事なんて限られているんですよ。もしそれが嫌だったら、何になればいいのか。今の社会は私たちに選択肢を与えてはくれません。だから残念ながら、多くの第2世代が裏の仕事に手を染めてしまうという実態があるんですよ」


 思いがけず暗い話題になって、車内の空気が重くなってきた。有理はそんな雰囲気を変えようとして、わざと空元気な風を装って言った。


「でも実際、第2世代の能力を腐らせてるのはもったいないですよね。彼らの力を有効活用出来たら、きっとすごいことになりそうだ。宿院さんなんて、どこへ行っても大活躍間違いなしなんじゃないですか」


 有理がそう言うと、彼女は少々自嘲気味にクックックッと笑った。


「でも物部さん。もし同じ職場に私がいたら、嫌なんじゃありません? ぶっちゃけ、今は私のこと嫌いでしょう?」


 ミラー越しに彼女の瞳の色は、今まで見たことがないような暗い色をして見えた。有理は自分の安易な発言を飲み込むと、すぐに否定しようと口を開きかけたが……結局は諦めるように、ため息混じりに言った。


「そうかも知れませんけど……でも嫌いってほどではありませんよ。寧ろ最初は好きでしたし」

「あはは、正直ですね。けど、これで分かったでしょう。みんな最初はそう言うんですよ。でも能力のことを知られたら最後。敬遠されるだけならまだマシな方で、手のひらを返して攻撃してくる人なんかもいました。黙っていられればいいんですが、一緒に働くとなるとそうも言ってられませんからね。単純に履歴書でバレますし……第2世代ってのは、いつもこれが付き纏うんです」

「安直なことを言ったのは謝ります。思ったよりもデリケートな問題だって知らなかったんで」

「いいですって。普通の人はそんなもんですよ」


 有理は頭を掻きながら、


「しかし第2世代魔法って何なんですかね。実はこないだあれで、始めて魔法使い同士の戦いってのを見たんですが、魔法学の授業で聞いてたのと全然違って面食らってたんですよ。思ってた以上に超能力合戦で、何が起きてるんだかさっぱり分からなかった。もしかして第2世代がやってるのは魔法じゃないんじゃないかって思ったくらいで」


 すると青葉はおかしそうに頷いて、


「あはは。でも学者さんが言うには、ああ見えてやってることは同じらしいですよ」

「本当にそうなんですか?」

「ええ。それどころか、私たちの魔力は旧世代と比べるとだいぶ落ちるそうなんです。まあ、異世界の血が半分薄れているんだから、当然でしょうけど」

「え!? 第2世代の方が劣ってるんですか?」


 有理は意外そうに目をパチクリしながら続けた。


「でも、この間、あいつら桜子さんをやっつけちゃったじゃないですか! 彼らが弱かっただなんて、とても思えない」

「ええ、まあ、弱くはないですが。でも思い出してください、せいぜい彼らは、彼女1人相手に、4人がかりで、未知の能力を駆使して、奇襲に奇襲を重ね、どうにかこうにか辛勝したってところでしょう? ハンマー使いなんて武器を持ってるにもかかわらず、ずっと彼女に押されっぱなしだったじゃないですか」

「……そう言われれば、そうですね。そうか、ああ見えてずっと桜子さんの方が優勢だったのか」

「物部さんも授業で知ってるでしょうけど、第2世代も旧世代と同じ詠唱魔法は使えるんですよ。でも彼女相手に使っても無意味だから一切使わず、みんな自分の持ってる一芸に賭けた。そういう戦いをしなきゃ、旧世代相手には勝てないんですよ」

「そうだったのか……意外だな。第2世代ってだけで旧世代より強いんだとばかり思ってました。実際、あれどうやってるんです? 同じ魔法だなんて思えないんですけど」


 信号が変わって、車がゆっくりと発進する。彼女は流れに乗ってスピードが安定するのを待ってから話し始めた。


「そうですねえ……物部さんは魔法の発動プロセスについては受講済みでしたよね? 魔法は、術者が展開するフィールドが集めてくるニュートリノという無尽蔵のエネルギーを利用することで行使されます。このエネルギーは、脳の視床下部にあるなんとかっていう器官に集められ、身体強化なら筋肉を動かすエネルギーに、防御なら皮膚を覆う電磁的なバリアに、攻撃魔法ならプラズマを起こします。桜子さんが使う魔法は、そうやって実行されてるんですね。で、第2世代魔法も視床下部に集められるところまでは同じなのですが、そこから先が違ってるんです」


 話を聞いて有理はすぐに頷いた。


「あー、なんとなく分かってきたかも。つまり、旧世代は集めたエネルギーを即物的に使用するのに対し、第2世代はもう一段階踏んで、対象に錯覚を起こさせるんですね?」

「あ、はい。これだけでもう分かるものなんですね……流石です。第2世代はエネルギーを使って、対象の行動を阻害するような現象を起こしてるんです。例えば、この間戦った白って男は、自分の声に固有の振動数を混ぜて相手の三半規管を狂わせていました。黄という念仏男は、桜子さんの詠唱とは逆位相の音波を作り出し、魔法を相殺していました。そして黒という男は、対象の眼球運動を数秒間停止することで、視覚を奪っていました。たったこれだけのことで、私たちは一時的に盲目になっていたんですよ。まったく気づきませんでしたが」

「はあ……メカニズムを聞くとなるほどなって思うけど、そんなの本当に出来るのかって感じですね」


 有理は感嘆の息を吐いてから、ふと思いついたように、


「……で、宿院さんは?」

「はい?」

「どうやってるんですか、あれ。気づいたら、別のことばっかり考えてるんですけど……いや、改めて質悪いですね。あんたの能力」


 青葉はミラー越しに苦笑しながら、


「そう言われて教えると思います?」

「まあ、駄目ですよね……」

「いえ、別にいいですけど」

「いいんですか!?」


 まさか教えてくれるとは思っていなかったので驚いていると、彼女は別に教えたところで何も変わらないと言いたげに続けた。


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