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セツ子、やるやんけ

 魔法力測定検査、通称M検とは、国公立大に進学する全ての新入生に義務付けられた身体検査のことである。


 異世界との衝突から半世紀も経過すると、双方の出身者同士の結婚も増えてきた。ところが、その混血児は潜在的に魔力を持って生まれてくるのだが、見た目は魔法を使えない地球人と同じだった。そのため、魔法犯罪が社会問題化し始めると、これを取り締まるためにも、異世界人とその二世たちは身分証明書を携帯させられるようになったのだが、時折、魔法犯罪者の中に、これを持っていない者がちらほらと見受けられたのである。


 これは犯罪者が、わざと携帯していなかったというわけではない。彼らは自分が混血であることを知らなかったのだ。


 例えば両親のどちらかが浮気していたとか、レイプみたいな犯罪に巻き込まれて生まれたとかした場合、そういうことは十分に起こり得た。実際、二つの世界は最初戦争をしていたのだ。もしも本当にそうした犯罪で子供が生まれたとしたら、それを本人に告げるのは辛かろう。それでも母親だけは真実を知っているわけだが、これが3世にもなってくると、親まで知らないというケースも出てくる。だから魔法犯罪者の中には、自分が混血児であることを知らないどころか、魔法を使っているという自覚すらない者までいた。


 こうなってくると、どこまでが罪に問えるのかが、わからなくなってくる。科学世界にとって魔法は未知なる遠隔力で、その発生条件は術者の主観にのみ起因し、第三者が、それが悪意を持って行われたかどうかを判断するのは極めて困難だ。


 例えば、誰だって心の中で他人を傷つけてやりたいと思うことくらいはあるだろう。それが現実に起こったとして、まさか自分が魔法を使ったなんて考えずに、ただラッキーだったと思うだけなのではないか。


 故に魔法犯罪を取り締まるうえでは、本人が自分は魔法を使えるということを知っている、というのが絶対条件だった。だから国は魔法力測定検査を受けさせたい。ところが、先も言ったように、それは人権問題に関わるのだ。


 そこで政府は奥の手として、国公立大合格者にのみ検査を義務付けたのである。現在、国家公務員試験を混血児は受けられないという規定があった。予め自分がそうだと知っておけば、卒業後の進路に迷わなくて済むだろう。それに君たちは国民の血税で学問をするのだから、率先して受けなさいというわけだ。


「それで托卵がバレたら学問どころじゃないだろうがな」

「物部っちどうなの? 怪しいんじゃないの?」

「ないない。あのセツ子が浮気してたら逆に見直すわ」

「お母さんセツ子さんって言うんだ……美人?」

「人の母親をそういう目で見るなよ……小鳥遊こそどうなの? その性格が遺伝なら、ありうるんじゃないか?」

「だからそれを今から調べに行こうって言ってんの」

「今から?」


 小鳥遊は手にした入学案内をヒラヒラさせながら、


「事務局行って手続きしたらこれもらえるから、見せれば検査してくれるらしいぜ。来る時、正門前に献血車みたいのが何台も停まってるの見たでしょ?」


 いや、見なかった。裏口から入ってきたから知らなかったが、どうやらそういうのが停まっていたらしい。説明するのが面倒だから、有理はふーんとだけ返事をすると、事務局とやらに行ってパンフレットを貰ってきた。


 小鳥遊の言う通りに、正門前広場に行くとでっかい車が数台停まっていた。その回りをまたサークル勧誘の学生が取り囲み、合格者らしき制服たちが行列を作っていた。結構な数がいたが、流れも早いのでそれほど待つことは無さそうだった。近寄っていくと係員らしき人物が、どれも同じだから好きな検査車で受けてくれと叫んでいた。小鳥遊と二人で短そうな列に並ぶ。


「この後どうする? 渋谷寄ってく? 下北沢いかない?」


 と、うるさい野郎に適当に相槌しつつ、黙々と行列に並んでいたら、思いのほか早く順番が回ってきた。小鳥遊が先に受け、


「駄目だったよ。はっはっは」


 と笑いながら帰って来た。何が駄目だったんだろうか。托卵がバレてほしかったんだろうか。親に対する信頼はないのか? とか思いつつ、腕まくりしながら検査車に乗り込むと、入口のすぐ近くに椅子と指圧血圧計みたいな機械が置いてあって、手術着みたいな緑色の服を着たおっさんに、そこに指を入れてくれと言われた。まくった袖を元に戻す。


 椅子に座って言われた通りに指を突っ込むと、今度は視力検査みたいな穴の空いた箱が下りてきて、そこを覗けと言われる。魔法力だかなんだか知らないが、こんなことで本当に判別可能なのだろうか? と少々疑問に思いながら、言われたとおりにスコープを覗き込んでいたらいきなり、


 ビーーーーーッッ!!!


 と甲高いビープ音が車内に鳴り響いた。何かまずいことでもしてしまったのだろうか。その音があまりにも大きかったから、びっくりして目を離すと同時に、音が止んでしんとなる。


 困惑していると、深刻そうな顔をしたおっさんにもう一度覗けと言われて、少々消極的な気分になりながら、またスコープを覗き込んだら、


 ビーーーーーッッ!!!


 やっぱりでっかい音が鳴り出した。


 なにかの間違いであって欲しいが、これはもう間違いないだろう。検査の機械が、どうも自分の何かに反応しているようだ。取り敢えず、耳元で鳴り響く大音響に頭がクラクラするから、係員の指示を待たずにスコープを外し椅子から降りると、ビープ音が止むと同時に「あり得ない!」というおっさんの叫び声が聞こえてきた。


 その叫びを合図に「どうしたどうした」と外から血相を変えた係員たちが続々と乗り込んできて、彼らは機械の指し示す数値を見て驚愕の表情を浮かべるおっさんを取り囲むようにしてモニターを覗き込むと、これまた輪唱のごとく「あり得ない」と言い始めた。


 一体何があり得ないのかは分からないが、とにかく彼らを混乱させるような何かが起きてるらしいことだけは分かった。尤も、それが分かったところで何をどうしていいかが分からない。


 しょうがないので呆然と佇んでいると、きっと何かの間違いだろうと結論付けた係員たちが検査器具を慎重にリセットしながら、もう一度検査するから椅子に座ってくれと命じるので、ぐずぐず座り直すと、集まってきた係員たちが見守る中でまたけたたましいビープ音が鳴り出した。


 そのまま10秒くらいは我慢していたが、そろそろいいかなと自己判断してスコープを外し係員の方を見れば、彼らはもはや患者のことなど眼中になく、モニターの数値だけを見ながら深刻そうに何かを話し合っていた。


「あの、もう帰っていいですかねえ?」


 患者のことはそっちのけで議論を続ける彼らに話しかけるも返事が帰って来る気配もなく、仕方なく椅子に座ったまま、有理は事の成り行きを眺めていた。頭の中では「セツ子、やるやんけ」という乾いた言葉がグルグル回っていた。


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