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ところがどっこい

 一方その頃、物部有理が何をしていたかと言えば、いつも通りというかなんというか、あちこちの病院をたらい回しにされていた。


 当初の桜子さんのお気楽な予想とは裏腹に、今回の拘束はとても長引きそうだった。


 異世界人の血を引いていない生粋の地球人が魔法を使ったという、世界初の珍事もさることながら、やはり彼が引き起こしてしまった大停電のことが問題視されたのだ。


 折しも、世間では異世界人排斥デモの真っ最中で、この大停電が第2世代魔法の暴走によるものだという噂が広まると、国中が蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。何しろ、中国軍がその第2世代魔法の前に手も足も出ずに撤退したばかりだったから、これも同じ第2世代の仕業だと言われるとインパクトが違ったのだ。


 おまけに、有理の発した重力波はその性質上、地球の裏側にも届いていたから、驚いた海外の魔法研究者や素粒子物理学者までもが問い合わせて来ており、こうなってしまうと政府も誤魔化しきれなくなった。


 そんなわけで日本政府は、今回の騒動の原因究明に全力を尽くすと約束すると、有理の拘束を延長して、科学者たちに徹底的に調べるよう命じたのであった。


 もちろん有理に止める術はなく、まあ、調べる側も、何が起きるかわからないパンドラの箱を突きたくないというのが本音だろうから、幸いなことに非人道的なことはされずに済んだのだが、政府主導だからか、とにかく目的が曖昧でストレスが溜まった。


 日本政府は有理の能力を調べると約束はしたが、具体的に何をするかまでは言及していなかった。というか、実は誰も何を調べればいいのかよく分かっていなかった。有理自身がどうやって魔法を使ったのかを覚えていないので、再現性が全く無いからだ。


 あの廃工場で、確かに有理は魔法を使ったらしいのだが、その時、彼は工作員のせいで死にかけていて、意識がまったくない状態だった。当然、記憶も残っておらず、後で人伝に何か寝言みたいなことを口走っていたということを聞かされたくらいだったが、その内容にもさっぱり心当たりがなかった。


 そもそも、有理が魔法を使ったことで、それによって何かが起きたという形跡もなかったのである。例えば、桜子さんの魔法みたいな爆発も起きてなければ、宿院青葉の第2世代魔法みたいに、誰かが精神操作されたということもなかった。もちろん身体強化も発動しておらず、有理の体は貧弱なままだった。なんならその重力波の影響による、電子機器の被害が一番それらしいくらいだった。


 とはいえ、重力波(それ)が有理の魔法の正体だったのか? と言えば、やはりそれも考えにくかった。今までの魔法学者の研究の結果、それは全ての魔法使いが魔法を発動する際に起こす予備動作みたいなものだったからだ。魔法使いたちは重力を用いてエネルギー源となるニュートリノを集めている。世に言われる魔法とは、そうやってかき集めたエネルギーを、何に使っているのかという結果のことなのだ。


 そして有理が魔法を使った結果、何が起きたのかは、まだ誰にも分かっていなかった。


 こうなると結局、何もわからないということが分かっただけだった。かくなる上は、当時の状況を再現してみようということになるが、あの時、有理は瀕死状態だったわけで、もういっぺん死にかけてみろと言われても冗談じゃないとしか言いようがなかった。大体、またあの重力波が発生したらどうするつもりなのか。魔法はただ発動すればいいのではなく、それを制御できなければ意味がないのだ。


 そんなわけでお手上げ状態のまま拘束だけがずるずると長引き、入学前にもやった検査を何度も繰り返し受けながら、医者や研究者が喧々諤々と議論を続けているのを見ているしか有理にやれることはなかった。政府が原因究明を約束した以上、なんらかの成果を得るまで終わらないと医者や看護師たちに言われ、もう勘弁してくれとうんざりしていたのだが……


 ところがどっこい。


 それから程なくして、有理はあっさりと解放されるのであった。


***


「は? 俺以外の魔法適正者が見つかったって!?」


 連日の検査に辟易していたある日のこと。いつものように医者に呼ばれて行ったところ、有理はいきなりそんな話を聞かされ面食らった。あまりの急展開に驚きを隠せず、彼は口をぽかんと開けたまま医者の話を聞いた。


 曰く、ここ最近チベットの事件を受けて、世界は第2世代魔法という未知なる力への関心が異様なくらいに高まっていた。何しろ大国である中国の軍隊を少数で退けてしまったのだから、世界の軍事関係者の動揺は計り知れないだろう。今回の件で世界の軍事バランスがガラリと変わってしまったのだ。


 各国は第2世代魔法に対抗する新戦術の考案を急ぐことになり、またその戦力の確保が急務となった。実際のところ、異世界人排斥運動などやってる場合ではなく、寧ろその力を取り込もうとして、政府レベルでは秘密裏に動き始めていたくらいだったのである。


 ところが、そんな時、まったく何の混じり気もない生粋の地球人である有理が、魔法を使ったという噂が流れてきたのだ。


 これは研究者だけでなく、軍事関係者の耳にも届いていた。魔法は異世界人特有の技能であり、普通の人間は使えないと思い込んでいた各国の軍事関係者は、そういうこともあるのかと、そしてダメ元で自国の軍人にもM検を受けさせることにした。


 すると出るわ出るわ、次々と適正者が見つかったのである。


 これはまったく寝耳に水の出来事だった。見つかった適正者の測定値は、異世界人と比べれば微々たるものだったが、それでもちゃんと魔力が存在するようだった。すぐに適正者の血縁関係も調べられ、中にはそれで親の浮気がバレるものもあったが、殆どは有理と同じ三代遡っても地球人という家系に生まれていた。その結果を受け、検査対象を一般人まで拡大して調べてみたところ、どうもかなりの割合で魔力を持つ地球人というものは、存在しているようだったのだ。


 M検の実施数が最も多かったのは日本であり、現在までにのべ70万人の人々が検査を受けてきた。それで見つかったのは、有理ただ一人のはずだったのに、いきなりこんなに見つかるなんて、これは統計的には有り得ないことだった。


 とはいえ、見つかってしまった以上、何らかの理由をつけなくてはならない。今までは常識的にありえないという先入観があり、バイアスがかかって見逃されてきたのだろうか? しかし、それでもこれだけの数に気づかなかったとは考えられない。一体、何が原因で適正者が急増したのか。政府は急遽方針転換して、その原因究明に乗り出すことにしたそうである。


「それで、俺はお役御免だと?」


 医者が言うには、現在、世界のみならず、日本国内でも有理以外の新たな適正者がどんどん見つかっているそうである。


 元々、日本は世界一M検が受けやすい環境が整えられていたから、これまたチベット事件の影響で試しに受けてみようと考える人が結構いて、その検査結果がぼちぼち出ているそうなのだが、想定を上回る適合率が出てしまって、医療機関はてんやわんやになっているそうだ。


 それにしても、どうしていきなりこんなに適正者が増えたのだろうか。今まで日本でM検を受けてきたのは国大合格者だけだから、もしかしてIQが関係するのではないかと言う学者が現れ顰蹙を買っていたが、ともあれ、何らかの原因で今まで見逃されていた適正者が続々と現れたことで、日本政府も対応を変えるしかなかったらしい。


 何をやってもうんともすんとも言わない有理をこれ以上調べるよりも、新たに発見された人々を調べたほうがいいのではないか。母数が増えれば試せることも増えるし、有理は下手につつくと何が起きるかわからないこともある。


 そう言って新たなモルモットを手に入れた研究者たちは喜々として去っていき、そして有理は一般外来から普通に外へと追い出された。


 見上げれば太陽が黄色く輝いている。そういえば陽の光を浴びるのは何日ぶりくらいだろうか。かなり長いこと、窓のない部屋に閉じ込められていたような気がするが……


「つーか、なんだったんだ。この茶番は」


 やっと拘束が解かれたのだから、普通に考えれば喜んでもいいはずなのだが、なんとも言えない徒労感が襲ってきてため息しか出なかった。


「ていうか、俺は魔法適性があるから東大進学を断念させられたんじゃ無かったっけ?」


 自分が特別ではなかったという事実にガッカリしているわけじゃない。今更、東大に戻りたいとも思っていないが……それにしたって他人の人生をここまでぶち壊しておいて、やっぱり他にも適正者が居ましたと言うのは、ふざけるなというか、納得がいかないというか、頭の中は釈然としない気持ちでいっぱいだった。


 ところで、これからどうすればいいのだろうか。普通に電車に乗って帰ればいいのだろうか。もう自分は希少価値もないようだし、自由にして良いのなら、どこかに寄って遊んでから帰ろうか……と思ったところで、自分が携帯も財布も持っていないことに気づいて彼は崩れ落ちた。


 これでどうやって寮まで帰れというのだ。有理はため息を吐くと、取りあえず交通費くらいは出せと文句を言いに戻ろうと足を上げた、その時だった。


「物部さーん!」


 パッパーっとクラクションが鳴って、聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返れば病院の駐車場の白いセダンの中から、宿院青葉が手を振っていた。


 どうやら迎えが来たらしい。有理はやれやれと肩を竦めると、また回れ右して歩き始めた。


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