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第2世代が見てる世界

第2世代魔法ニュージェネレーションがですか……?」


 それは有理の同級生たち、異世界混血児が使う魔法のことだ。混血の彼らは、何故か旧世代が必ず放出する放射性物質を生成せず、中には今までの魔法の概念を覆す超能力みたいな力を操る者もいるという。


「意外と見落とされがちなのですが、私たちの世界に魔法がなかったように、彼らの世界にも科学はなかったんです。数学のような概念はありましたが、せいぜい算術止まりで、私たちのように世界を解き明かすためにそれを体系化しようとはならなかった。だから、実は彼らもまた、あの衝突の後に初めて科学というものに触れたんです。あの瞬間、パラダイムが切り替わったんです。その結果、時を経て、科学と魔法が合わさったような力が生まれた。それが第2世代魔法なんじゃないかと、私はそう思うんですね」


 混血児たちは、両方の世界のいいとこ取りをしたような未知の力を生み出したのではないかと、彼はそう言いたいのだろうか。有理はそう解釈したが、教授に見えているものは、まだ少し違うもののようだった。


「人間という生き物は、言語という道具を用いて世界を観測する生物です。言語に無いもののことは考えることが出来ない。だから言語が違えば、見えてくる世界も自ずと違ってくる。


 例えば、よく引き合いに出されるのは蝶という概念です。蝶というのは欧米ではバタフライとかパピヨンとか言いますが、実は彼らは蝶と蛾を区別してない。だから欧米の人に蝶という言葉を伝えると、彼らは大きな羽でヒラヒラと飛ぶ昆虫を想像するのですが、蛾と言っても同じようなものを想像してしまう。彼らと日本人では見えているものが違ってるんですね。


 でもまあ、これくらいの違いなら口で説明することが出来ます。蛾っていうのは、主に夜に飛ぶ、模様がちょっと気持ち悪くて、腹がでっぷりとして少し横長のバタフライ。とでも言えば、彼らももしかしてあれかな? となんとなく想像がつく。形容詞を駆使すれば、どんな概念も伝えることは出来そうだ。こうして2つの世界は1つの概念を共有することが出来た。


 ところが、世の中広いもので、羊と一生付き合う遊牧民は、オスのおとなの生殖能力を持つ羊、オスのおとなのインポの羊、去勢された羊、童貞の羊、童貞だけれどインポらしい羊、相手がインポでもかまわないレズのメス羊、子を産めない羊、多産の羊、なんなら、色っぽい羊とか、いやらしい羊などの様々な羊を、形容詞無しの一発変換で表現する単語を持っているそうなんです。


 ここまでくるともう、多分、一生理解することは出来ないでしょうね。私たちと彼らとでは、見ている世界が明らかに違う。今までもこれからも、私たちはまったく別の世界を生きていくのでしょう。


 ところで、こういったまったく別々の言語が融合する時、そこでなにが起きるのか、そういう例がちゃんと記録に残ってるんです」

「あるんですか?」

「ええ、今から100年以上前、第一次大戦よりも以前、ハワイに入植したアメリカ人の農家は日本人、中国人、フィリピン人、メキシコ人、ブラジル人などを連れてきて、小作人として働かせました。


 彼らは、アメリカ人雇用主に指示を出され、基本的に同じ国同士で固まって仕事をしました。だから言葉が違っても最初は問題なかったのですが、長い事同じ仕事をしてるとそうも言っていられなくなる。そのうち、言葉が通じない同士でもコミュニケーションの必要が出てきます。


 するとどういうことが起きるかというと、彼らは雇用主の母語である英語を使って、カタコトの会話を始めたんだそうです。お互いにネイティブじゃないから、それは単語の羅列であって、形容詞とか助詞とかいう品詞を省いた、なんなら和製英語みたいに元の発音とも違ってくる。不完全な言語なのですが、コミュニケーションのために生み出されたこういう言語を、ピジンと呼ぶんです。


 国が違う同士はこうしてピジンで話し始めて、同じ国同士では相変わらず母国語で会話をするのですが、そのうち小作人同士が結婚して家庭を持ちだすと、同じ国同士の結婚なら問題ないのですが、国際結婚の場合はまたそうも言ってられなくなる。


 彼らは家の中でもピジンを使って会話をするんですが、親同士はそれで問題なくても、それを聞いて育った子供は困ってしまいますよね。ピジンは不完全な言語で、品詞という概念がない。だから表現の幅が極端に狭くて、思ってることが殆ど伝えられない。それじゃ不自由だから、どうするかと言えば、ピジンを使う子ども同士が集まって新しい言語を作り始めるんだそうです。


 基本的にピジンは名詞で出来ているから、それ以外の形容詞や助詞なんかを新たに作って、これからはそう言おうと、自然とそういうルールが形作られていく。こういう言語のことをクレオール語と呼ぶんですが、大体、二世代も経るとクレオール語は私たちの言語と遜色ない表現力を持つに至るそうです。


 で、その、クレオール語が、今異世界の混血児の間で使われ始めているんですよ」


 有理は目を丸くした。教授はそう言うが、この学校に来て2ヶ月近くが経過したが、そんな言葉は聞いたことがなかった。その旨を伝えると、


「彼らはクレオール語を話しますが、なんやかや両親の母語も話せるんですよ。だから、基本的に日本語で話すけれど、よく聞いてみれば、ちょくちょくとそのような言語を使ってると思いますよ。多分、物部くんには、たまに異世界語が出てくるなくらいにしか聞こえていないんでしょうが」

「そうだったんですか……全然気づかなかった」

「それで、彼らは私たちの言語と異世界の言語をミックスした新たな言語を操っているわけですが、その言語の表現の幅は、多分、私たちが考えるよりもずっと広いでしょうね。


 私たち科学世界の常識と、魔法世界の常識は明らかに違う。2つの世界に共通点はあんまりない。だから2つの世界の言語も相当違っている。


 その、2つの世界の常識を包含した新たな言語を使って、物事を考えているのだとしたら、第2世代に見えている世界というものは、私たちとは相当違うんじゃないかと、そう思いませんか?」


 有理は教授の言わんとしていることを理解し、何度も頷いた。


「つまり、それが第2世代魔法が誕生した理由ってことですか?」

「私はそう見ていますね。その根拠に、旧世代は第2世代魔法を使えないということが挙げられます。


 研究当初から、魔法世界の人々は言語によって魔法を使っていると、いつも確信的に言っていました。魔力があって詠唱が正確なら、誰にでも魔法が使えるのだと、彼らはそう言い切っていたんです。


 ところが、第2世代魔法が登場すると雲行きが変わってきます。旧世代はいくら第2世代と同じことをやっても、同じ魔法を使うことが出来なかったんです。どうやら旧世代と第2世代とでは、やってることが違っているんですよ。


 それは双方の見ている世界が違うから……旧世代は、科学世界をも包括している第2世代の世界を理解できないからだと考えれば、辻褄が合うのではないでしょうか。いうなれば、彼らは魔法で科学をしているんです」

「魔法で科学を……」

「ええ、だから逆に、私は双方の世界を理解できるなら、科学で魔法を使うことも出来るのではないかと、そう考えていたんです。そうしたら、そこに物部君という人が現れたんです。これは興味深いことですよ。


 今まで私たちが魔法を使えないのは、魔力がないから。それは、そもそも生まれてきた世界が違うから、遺伝子に違いがあるからだと思っていました。ですが、もし君が魔法を使うことが出来たなら、そんな前提は覆ってしまうんですよ。


 そして私は、その可能性は大いにあると思っています。だから今は諦めないで、根気よく続けてみてはどうでしょうか。きっと時間が解決してくれますよ。君の周りには、既にそういう環境が整っているんだから」


 教授はそう言ってお茶を啜った。有理はそんな教授の言葉を記憶に刻みつけるように、何度も胸の内で繰り返していた。


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