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獣たちの午後

 魔法学校の授業は実技がメインだった。忘れてるかも知れないが、ここに通ってる連中は将来の自衛官候補だから、体力と魔法力の向上の方が重要というわけである。だから授業は基本、体育の時間が多いのだが、クラスのヤンキー共は対立しているから、いつも熱くなりやすい。今日もサッカーで対決することになったのだが、最初から波乱含みで大変だった。


 魔法学校らしく実技では魔法を使うのだが、魔法で身体強化された連中は、見た目は普通の高校生でもオリンピック選手並の身体能力を発揮するから、普通にサッカーをしていてもスーパープレイがどんどん飛び出してきて、見ているだけでも面白かった。因みに詠唱魔法は当たると洒落にならないから禁止である。そして有理はもちろん見学である。


 試合は最初、協調性が高い日本勢の方が押していたのだが、途中から癇癪を起こした中国人の少林サッカーが始まって、拮抗し始めた。当然、日本勢はルール違反を咎めるよう審判にアピールするのだが、審判を務める鈴木はルールを良く知らないのか、それとも本気で大したことないとでも思ってるのか、キックが出ようがパンチが出ようが、わざと見て見ぬふりをしていて埒が明かない。そのうち、日本勢もかっかしてきてラフプレーが多くなり、最後はいつもの殴り合いになってしまった。


 しかし、そんな中でも中国人リーダーの張偉(チャンウェイ)だけは一人気を吐いていた。彼は中国人の中でも一人だけルール違反をせず、驚異的な身体能力でゴールを量産していた。元々サッカーをやっていたのだろうか、足に吸い付くようなドリブルと、世界王者が見せるようなルーレットターンで敵を翻弄し、シュートを放てばキャプ翼のごとくキーパーが吹き飛ぶのだ。


 そしてボールごとゴールネットに突き刺さったキーパーの元へ、遅れてやって来た中国人共が、「小日本! 小日本!」と嘲るように囃し立てると、怒った日本のヤンキー共が飛んでいって「馬鹿中国! 馬鹿中国!」とボールの奪い合い、もとい、殴り合いが始まり、鈴木はピーヒョロピーヒョロ1分くらい笛を吹いてからようやく、お前らいい加減にせいと実力行使に及び、ゴール前に屍の山が築かれ、その後ゾンビのように蘇った連中がだらだらセンターサークルへ戻っていって、また何事もなく試合が再開されるのであった。


 アメリカンフットボールはこうして誕生したんだろうなと、歴史を感じさせるようなルーティーンであるが、こんなものに巻き込まれたら堪ったもんじゃないので、その間、真面目な生徒たちはフィールドを出て休憩していた。有理はそんなクラスメートたちに水やタオルを渡してやるのだが、そこにはいつも中国人リーダーが混じっており、ペットボトルを渡してやると、何が不服なんだか、いちいちじろりと睨んでくるので正直困っていた。


 張偉は孤高なんだか、それとも他のヤンキー共とは違って血抜きが必要ないのか、あまり乱闘騒ぎに加わることはせず、いつも少し遠巻きに眺めていることが多かった。そしてそんな時は、何故か必ずと言っていいほど、有理は彼に睨まれているのだ。


 またあの馬鹿どもが騒いでるなと思って見ていると、少し離れたところに張が居て、じっとこっちの様子を窺っているのだ。


 一体、彼が何を考えているのか分からないから薄気味が悪くて仕方がない。もしかすると世界最強という触れ込みで入学してきた有理のことを、今だに警戒しているのかも知れない。もしもそうなら、とっくにネタは上がってるのだから勘弁して欲しい。魔法が使えない有理からしてみれば、猛獣に睨まれているのと何ら変わりないのだから。


 その猛獣たちも、午後の授業ではいつも大人しかった。


 午前中に体力を限界まで削られるからか、それとも昼食後の満腹感のせいだろうか、その両方か、午後になると大抵ヤンキー共は活動を終えて死んだように眠っていた。


 午後は実技がなくて座学がメインだから、頭を動かすのが苦手な連中には過酷なのかも知れない。逆に真面目な生徒たちはここにきてようやく高校生らしく溌溂としだして、見ていて清々しい。普段、彼らも抑圧されてるんだなあと、つくづく思うものである。


 因みに、クラスメートのこういった傾向に気づいたのは本当にごく最近のことだった。何故気づかなかったのかと言えば、それは今まで有理が午後の座学に出席することが無かったからだ。座学と言っても、要は普通の高校生の授業で、卒業済みの有理が受ける意味はなく、その分、遅れている魔法の補習を受けさせられていたのだ。


 それが例の事件以降、教師たちも反省したのか、出来ないことを無理矢理続けさせてもストレスにしかならないだろうと補習が免除され、代わりに通常授業を受けるよう言い渡された次第である。


 因みに、授業内容はさっきも言った通り高校生の、それもせいぜい1年生の範囲だから、どうせ聞いていても退屈だから、眠そうな関に積極的に話しかけて睡眠を妨害するくらいしかやることがなく、どっちの方が良かったかは正直なんとも言えなかった。


「いや、パイセン。邪魔しないでくださいよ。俺もう限界なんだから」

「なんだよ関、普段は死ねって言ってもゴキブリみたいに話しかけてくるくせに。俺とカンバセーションしようぜ、カンバセーション。体力有り余ってんだよ」

「あんたは見学だったからな! ……俺が悪かったからもう寝かせてくれよ。ただでさえサッカーで疲れてるのに、この後の授業はもっとやばいんだよ」

「やばいって、なにが? どうせいつもの授業だろ?」


 そう言って、ふと周りを見回したら、よく見れば今日はヤンキーだけでなく、真面目な生徒たちの中にもチラホラと船を漕いでいる者が見受けられた。彼らは乱闘に参加していないから疲れてないだろうに、どうしたんだろうか?


「今日は外部から魔法学の爺ちゃんが来る日なんだよ」

「魔法学? なにそれ、呪文でも覚えるのか? ホイミとかベギラマとか」

「だったらいいんだけどな。それがもう、くそつまらなくて、何言ってるかさっぱりわからなくてさ。みんないつの間にか眠りに落ちているから、やつは魔術師なんじゃないかって噂になってるくらいなんだ」

「ふーん……おまえがつまらないっていうなら、逆に興味が湧いてくるな」


 なんなら補習なんか受けずに、こっちに出てりゃ良かったと有理が思っていると、関は奇怪なものでも見るような目つきで、


「あんたが何を期待してるか知らないけど、どうせ授業が始まったら俺と一緒に眠りの国だぜ。わかったら俺は寝る。もう話しかけないでくれよな」

「わかったわかった。お前がレム睡眠に入る直前まではもう話しかけないよ」

「おい……マジでやめてくれよな?」


 関の憎悪に満ちた視線が心地よい。まあ実際、こいつの寝顔なんか見てても気持ち悪いだけだから、もうちょっかいは出さずに授業に専念したほうが良いだろう。


 そんな具合に、物見遊山のつもりで有理が椅子を斜めにしながら待っていると、やがて授業開始のチャイムが鳴り、遅れてよぼよぼとしたお爺ちゃんが教室に入ってきた。白髪に白い髭を生やした高齢の男性で、足元がおぼつかなくて見ていてハラハラした。しかし瞳の方はキラキラしていて、一度喋りだすと淀みなく言葉が紡がれていく、いかにも研究者にありがちなタイプである。


 そんなお爺ちゃん先生が教卓に立ち、スローモーな口調で前置きもなく授業を始めると、間もなく教室は睡魔と戦うコロッセオと化した。ヤンキー共は一瞬にして陥落し、真面目な生徒たちもみんな眠そうなのを我慢して、必死に食らいついているようだった。


 ところが、そんな中、有理一人だけが爛々と輝く瞳で教卓を見据えていた。彼はいつの間にか講義に引き込まれていた。それは魔法学なんて言葉とは裏腹に、非常に科学的で論理的な内容で、寧ろ彼には理解しやすかったのだ。


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