でもお高いんでしょう?
『高尾メリッサの、MerryMerryラジオ~! リスナーのみなさん、こんにちわ! 高尾メリッサです。メリメリー! 今日も始まりましたこのラジオ、実はですねえ、ついに、今回で節目の50回を迎えられることになりました。わー、パチパチパチ! ここまで続けてこれたのも、いつも番組を盛り上げてくれるリスナーの皆さんのおかげです。これからもどうぞよろしくお願いします。そんなわけで今回は50回記念ということで特別拡大版でお送りしたいと思っておりますが、実はですね、毎週放送ですからそろそろ一周年も近いわけで、あ、もう一ヶ月後なんですけどね。あはは。それでどうせだからこの拡大版で一緒にお祝いしようかなって、みんなで話してたんですが、が、ががが、なんと……ななんと! ここで重大告知! 一周年となる第54回放送では、番組初の公開録音を行うことが、決定しましたー! わー!』
いつものように桜子さんが3階の窓から有理の部屋に侵入しようとすると、窓が段ボールで塞がれていた。中からは妙に耳につく特徴的な女性の声と、気持ち悪い鼻歌のようなものが聞こえてくる。多分、女性はラジオのパーソナリティで、気持ち悪いのは有理だろう。どうやらご機嫌のようであるが、取りあえず、このままじゃ入れないから、窓枠をバンバン叩きながら中に入れてくれと頼むと、
「あ、桜子さん、帰ってたの? ちょっと待ってくれる」
有理はよいしょよいしょと段ボールをどかして、入れるスペースを開けてくれた。
中に入ると部屋は段ボールでいっぱいになっていて、足の踏み場もない状態だった。いくつかの箱はもう開けられていて、空いた段ボールを机代わりに、スピーカーが置かれていて、ラジオはそこから聞こえてくるようだった。スマホに繋がっているので、多分ポッドキャストを聞いていたのだろう。
「あんた、それ好きだよね。イジメられてた時も欠かさず聞いてた」
「イジメ言うなよ! イジメられてねえし!」
有理はそう言っているが、ほんの数日前までは今とは違って明らかに口数は少なく、毎日辛そうにしていた。なんとかしてやりたかったが、学校のことには口出し出来ず、歯がゆい思いをしていたものであるが……夜、彼は話したくない時にはイヤホンを付けてふて寝をしていた。そんな時によく漏れてきたのがこの声だった。多分、この女の子のことが好きなんだろうなと思いつつ、取りあえずそんなことよりも気になるのは、
「ところでこれなに? ものすごい数の段ボールだけど」
「ああ、これね」
有理は見てくれと言わんばかりに喜々としながら、
「俺もここに腰を落ち着けることに決めたからさ、いい加減諦めて家から荷物を取り寄せたんだよ。そんで必要なものを全部揃えたらこうなった」
桜子さんは手近にあった段ボールを勝手に開けながら、
「必要なものって、このアニメとか漫画とかが? っていうか、今どき紙の本を持ってるなんて珍しいね」
「人のものを勝手に漁るんじゃない!」
「あんた、こういうのが好きだったの? 意外ね」
「まあね。受験の間、ずっと封印してたんだけど、ようやく解放されたからな。溜まりに溜まってる分を、これから毎日少しずつ消化してくんだ」
「ふーん……エロ同人の箱は? どれ?」
「あるかそんなもん! あーもう、やめろよ、まだ読んでないんだから。手垢がつく」
有理は彼女から荷物を引っ剥がすと、てきぱきと大事そうに本を棚に並べ始めた。今まで空っぽだったベッドの上の収納が一瞬で埋まり、なんだか急に辺りが暗くなったような気がした桜子さんは口をとがらせながら、
「っていうか、こんなに荷物があったら、あたしが寝るとこ無くなっちゃうじゃん。はっ!? まさか、ユーリ……あんたあたしと寝るつもり? ついにあたしに手を出すつもりなのね、エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「黙れ出来損ないの洋物ポルノが」
「あいたー!」
有理は容赦なく手近にあった英和辞典を投げつけてきた。桜子さんは、自分が絶世の美女とまでは思っていないが、それなりに整っている方だとは思っていた。まさかここまでぞんざいな扱いを受けるとは思わず、かえって新鮮で不思議な気分になった。まあ、それで恋が芽生えたりはしないのだけれども。
有理はゴソゴソと段ボールをほじくり返しながら、
「あったあった。別に寝床なんてなくても、俺にはこれがあるから平気なんだ」
「これって……シュラフ? ベッドを占領してるのはあたしが言うのもなんだけど、なにもそこまでしなくても……」
桜子さんが今更気後れしていると、有理はケロッとした表情で、
「別にいいよ、そんなこと。どうせ家でもこいつで寝てたんだし」
「え? なんで?」
「無いと凍えちまうからな。あんたの分もあるよ。ほらよ、そいつを使いな。あと耳栓」
そう言うが早いか、有理は別のシュラフを放り投げてきた。思った以上にコンパクトなそれをキャッチして手の上で転がす。ところで、有理はまだ桜子さんがこの部屋で寝泊まりするつもりでいるらしいが、いいのだろうか? 聞いてやぶ蛇になったらあれだから黙っていたが。
それにしてもこのシュラフ、軽くて薄い割にはかなり重厚感があって手触りがいい。これなら登山に持っていくにしても荷物にならないだろう。やけに本格的だなと思いながら、ためつすがめつ眺めいると、ラベルに900FP -30℃とか書かれてあった。よくわからないが、これは寒冷地仕様の高級シュラフじゃなかろうか。それにこの耳栓……なんでこんなものが必要なんだろう? と首をひねっているとき、彼女は何やらゾクゾクとした寒気を感じた。
「ねえ、なんか今日、やけに寒くない……? あれ!? って言うか、この部屋、もしかして息白くない!?」
それは気のせいでなく、彼女の吐く息は確かに白かった。ハッとして気づけば、ゴウンゴウンと耳鳴りがするくらい大きな音を立ててエアコンが稼働していて、冷風が部屋に吹き付け、よく見れば有理はさっきから長袖長ズボンに半纏を羽織っている。明らかに冬仕様である。
「ちょ、ちょっと。まだ5月なのにエアコンなんてつけて……何考えてんの!?」
「俺の部屋はいつもこうだよ」
「なんでそんなことすんの? 意味わかんないよ!」
「それはだなあ……あ、ちょっと手伝ってくれる?」
そう言うと有理は段ボールの中から取り出してきた何かの金具をカチャカチャと組み立て始めた。
桜子さんが支柱っぽい棒を持ってぼーっと立っている横で、有理がテキパキとパーツを組み合わせていくと、やがてそれは業務用冷蔵庫くらいの大きさの箱になった。追加の本棚かな? と思っていたら、そうではなく、有理は今度は平べったい謎の機械を次々とその中に収め始めた。
これはどこかで見たことがある。確かサーバーラックというやつだ。いや、ラックは棚のことだから、あれがサーバーなのだろうか? そしてあのゴテゴテとしたマシンガンの部品みたいなものは、確かGPUってやつじゃなかったろうか。
桜子さんが半脳死状態でその様子を見守っていると、この寒い中にもかかわらず、額にびっしりと汗をかいた有理は清々しい表情でそれを拭い去ると、
「じゃじゃーん! これが俺が子供の頃から拡張し続けてきた愛用マシン。鯖太郎一号君です!」
「サバ……なに?」
桜子さんは眉間のシワをモミモミしている。有理は喜々としながら、
「鯖太郎君一号です。あ、いや、サバ太郎一合? もういいや、太郎で」
「いい加減だなあ」
「太郎は俺が子供の頃から、コツコツと組み立て続けてきたマシンでね? 12のサーバー群と100枚のGPUを並列につなぎ合わせた演算ユニットを持つ、そんじょそこらのスパコンにも負けない性能を誇るオリジナルパソコンなんだ」
「へえ……名前はともかく、凄いじゃない。でもお高いんでしょう?」
桜子さんは深夜の通販番組みたいなテンションで返す。すると有理はニヤリと笑って、
「それがなんと……タダなんです!」
「タダ!? えー! どうして?」
「うん。俺のお祖父ちゃん、大学の研究員でね? よく研究室から余ったパーツを持ち帰ってきたんだよ。って言っても、大学の備品をパクってるわけじゃなくって、全部研究室に寄贈されたものなんだけど。ほら、日本の学生ってみんな大学入るといっちょ前にパソコン持つじゃん? 何買っていいかわからないから、取りあえず最高のスペックで固めとけって感じで。でも使い道ないからそのうち持て余してきてさ、もったいないから卒業と同時に研究室に置いてくんだよ。これどうぞって」
「それが積み重なってこうなったの?」
「ああ。GPUなんていくらあっても困らないからね。子供の頃は夏休みの工作くらいのつもりだったんだけど、そのうち噂になったらしくって、自然と集まるようになってったの。ただ、部品はタダだけど電気代はそういうわけにもいかないから、最近セツ子が煩くなってきてさ……そろそろどうにかしないとって思ってたんだけど、ここに居れば電気代タダじゃん? 怪我の功名とは言うけれど、こんな都合よく解決策が見つかるなんて、いやあ、ここに入れて良かったよ、本当に」
「あ、そう……」
割と酷い理由で無理やり連れてこられて、つい先日まで死にそうな顔をしていたのに……まあ、本人が良いなら良いのだけれど……桜子さんは取りあえず気づかない素振りで尋ねた。
「でも、そんな凄いパソコンでなにやるっての? マイニング?」
「いや、そうじゃない。俺がやってるのは……まあ、百聞は一見にしかずか」
有理はそう言うとタコ足配線にザクザクとコンセントを突き刺して、次々とマシンを起動し始めた。間もなく、ブオンブオンと盛大な風切り音を立てながら、ラックのあちこちから温風が吹き出してきた。まだ起動したばかりだと言うのに、既に相当な熱量である。さっきまで震えるくらい寒かったのに、心なしか気温も上昇している気がした。
いつの間にか机の上に置かれていたモニターが点灯しOSの起動画面が映る。見たことのない画面だから、多分市販のものではなく、このマシンのために用意したものなのだろう。
「今、初期化中だからちょっと待って。終わったらすぐ立ち上がるから」
有理はそう言いいながらマウスをカチカチやっている。一体、何が始まるんだろうか? と桜子さんがモニターに顔を近づけた時だった。
バチンッ!!
と、背後の方でものすごい音がして、続いてヒューン……と一斉にファンが止まる音がした。たった今、目の前でついていたはずのモニターは真っ黒になり、それどころか照明まで全部落ちて部屋は薄暗くなっていた。天井で轟音を立てていたエアコンも止まっている。
恐る恐る振り返れば、部屋のドア脇に設置されたブレーカーが焦げて、そこから真っ黒な煙がもくもくと上がっていた。それを見た瞬間、有理の顔は赤と青に点滅し始め、
「うぎゃああああああーーーーーっ!!!」
彼はこれまで聞いたことがないような悲鳴を上げていた。