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文明の衝突③

 それからおよそ半世紀が経過し、世界は一応の落ち着きを取り戻していた。


 双方の世界の住人は、最初は言葉が通じなくて意思疎通すらままならなかったが、流石にこれだけの年月が流れれば言語も翻訳されて、今ではAIの通訳を介して一般人でも普通に会話することが出来るようになっていた。


 もっともこの間、危険や混乱が全く無かったわけでもなかった。二つの世界が衝突したとき、転移してきたのは異世界人だけではなく、ほんの少しではあったが、彼らの住んでいた家や建物などもあった。


 衝突後の世界の大部分は、科学文明の町並みがそのまま残されていたのだが、ところどころ歯が抜けたかのように建物が消滅した土地があり、そしてそういう場所には、明らかに元々の土地由来でない魔法世界の動植物、そして病原菌などが付着していたのだ。


 最初の戦争からしばらくして、この異世界由来の病原菌が猛威をふるった。


 その頃、ただでさえ魔法による放射能汚染の除染に忙しかった人類は、この未知なる病原菌によるパンデミックのダブルパンチを食らい、経済は麻痺し、医療崩壊が起こり、それによって数多くの命が失われることとなった。ワクチン開発が急がれたが、こうもゴタツイていてはすぐに出来るわけもなく、それに戦争後の疑心暗鬼が拍車をかけた。


 例えばこの時期、中国と親しく付き合おうという西側の国があったかと言えば、嘘になる。彼らの非人道的な振る舞いを非難するというわけじゃなく(もちろんそれもあるが)、彼らが追い立てた異世界人による二次的な被害が、西側諸国を更に混乱に陥れていたからだ。結果、世界は分断され、まるで冷戦時に逆戻りしたような空気が蔓延していた。


 だが、結局のところ時間が解決してくれ、やがてワクチンは開発され、パンデミックも収まった。心配された放射能汚染も、蓋を開けてみれば局所的、小規模に留まっており、わりとすんなり解決の目処がたった。


 しかし、一つの問題が片付けばまた別の問題が立ち上がるものである。病原菌や放射能の猛威に脅かされた科学文明は、いつの間にかそれを持ち込んだ異世界人のことを見下すようになっていた。いわゆる差別感情が沸き起こり、異世界人たちには意味のない口撃が日常的に加えられ、そして二つの世界の争いは新たな局面へとシフトしていくこととなる。魔法犯罪である。


 中国軍に敗れはしたものの、異世界人たちは決して弱者ではなかった。彼らは科学文明の物量に負けたのであって、純粋に生物としての力量を比べれば科学側に勝ち目はなかった。仮に近代兵器で完全武装していても、個人間ではそうであったろう。異世界人たちは魔法を使い、空を飛び、その膂力は文字通り十人力だった。


 ところが人というものは度し難いもので、少しでも自分より下と見なしたらもう差別することを止められないのだ。たとえどれほどの実力差があると分かっていても、人々は陰口を叩くことを止められず、そして不幸な事件が相次いだ。


 異世界人が魔法を使えば放射性物質が撒き散らされる。それじゃたまったもんじゃないから、当然、科学文明の国家は彼らに魔法の使用を禁じようとした。しかし、魔法文明の住人にとって魔法を使うことは当たり前のことだし、そもそも科学世界の住人ですらない彼らに、何の根拠があって地球の法が適用されるというのだろうか。


 彼らは既存のどの国家の国民でもなかった。仮にどこかの国に所属しているとすれば、それは異世界の王国であって、日本やアメリカ、中国といった国家にではない。そしてその王国は元々この地球上に存在しており、彼らからすれば科学文明の方が侵略者なのだ。


 だから科学文明側が異世界人の魔法を禁じようとするなら、代表として異世界の王家と交渉をして、彼らの臣民に魔法を禁止するよう呼び掛けてもらうしか方法がなかった。


 ところが、不幸にも中東にあった最古の王国は砂漠に飲み込まれ、また中国が徹底的に弾圧した結果、魔法文明最大の帝国も崩壊してしまっており、その臣民たちは世界各地に散らばってしまっていたのである。


 そして魔法文明が凶悪な病原菌を持ち込んできたように、科学文明もまた魔法文明に対する劇薬をもたらした。民主主義である。


 異世界人の国家はどれもこれも王家を中心とした専制君主国家であり、まだ民主主義は存在しなかった。彼らの王家の正統性は、神話の時代、神々から授けられたものとされていたが、しかしそんなもんは、こっちからすればいつか通った道である。例えば彼らの宗教によると、王族には一般人には存在しない癒しの手があるとされているのだが、科学文明はその癒しの手がただのプラセボであることを証明してしまった。そして王族の持つ能力と一般人の能力との間には言うほどの差はなく、彼らが王家に服従しているのは、単に社会契約のためであったことを、こちらの文化人たちは異世界人たちに啓蒙してしまったのである。


 それは純粋に善意だったのかも知れない。だが、既存の民主主義国家が、どうやって誕生してきたかを思い返せば、それがどういう結果をもたらすかは想像するに難くなかっただろう。革命である。


 中国に敗れ、インドや日本に亡命し、終いには太平洋へと追いやられてしまった異世界の住人たちの一部は、頼りない王族に見切りをつけ、自分たち国民こそが正当なる魔法文明の統治者であると主張し始めた。


 彼らは、中国に敗れたのは情けない王族であり、多くの国民は今も納得していない。そもそも中国大陸のみならず、元々この地球はすべて自分たちの故郷なのだから、不当に追い出される謂れはないのだ。我々は魔法文明だ。魔法は我々の誇りである。このまま惰弱な王族に従っていては、祖国を取り戻すことは永久に出来ないだろう。かくなる上は革命に身を投じ、悪辣な敵を滅殺して真の自由を取り戻すのだ! と呼びかけた。


 これに欧州へ逃れた青い肌の巨人たちが呼応した。彼らは逃げる途中に戴くべき王家を失っており、これからどうやって生きていけばいいのかわからなかった。そんなとき、力強く方向を示してくれた海の向こうの同胞たちに共感し、彼らと共に歩もうと決めたのだ。そして、チベットや中国の砂漠で抵抗を続けていた者たちが続き、地上に彼らの安住の地を取り戻すべく、果てることのないテロ活動に勤しむこととなる。


 こうして世界は魔法テロに怯える新時代に突入した。テロリストたちの最大の標的は中国にあったが、最初から本命を狙えるのであれば、そもそも戦争に負けてなどいない。必然的に彼らの狙いは世界各地に散らばる華僑や、異世界人ヘイトを口にする人々へと向けられ、特に難民が多い欧州の被害が大きかった。完全にとばっちりである。


 テロが起きれば人が死ぬが、それよりも厄介だったのは、魔法犯罪の現場には必ず放射性物質が残留するということだった。これらを除染し、テロ組織を壊滅し、治安を維持するために、欧州各国は膨大な予算が割かれ、重い税が課せられた人々は徐々に活気を失っていった。そんな状況に嫌気が差したイギリスはEUを脱退し、東ではロシアがきな臭い動きを始め、世界はまた混沌とし始める……


 欧州の人たちは無能な政治家たちを責めた。こんなことになるんなら、最初から異世界人なんかに情をかけるべきじゃなかった。中国みたいに断固とした態度を取り、難民を拒絶するべきだった。今からでも遅くない、テロリストもろとも、異世界人を欧州から追い出してしまえ。世論はどんどん異世界人に冷たくなっていく……


 ところがそんな状況が一変する出来事が起きる。


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