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久々のシャバだ!

 翌朝、空腹のせいで早く目が覚めた。気分は最悪で、低血圧で半分寝たままぼーっと朝食を取っていたら鈴木がやってきて、今日の補習は中止になったと言ってきた。それはそれはとっても喜ばしいことだから、ニコニコしながら残念ですぅと返したら、代わりに生徒会のボランティア活動に参加するようにとかおっしゃられた。


 冗談じゃない。絶対やだよ。そういうのは見えないところでひっそりやるから感動ポルノなんでしょ。おまえの偽善に他人を巻き込んでんじゃねえよ。と抗議したら青筋立てながら、このところ物部が疲れてるみたいだから、教師陣全員から気分転換したほうが良いとの計らいであったのだが、おまえがそう言うなら補習をやっても一向に構わないんだぞと凄まれ、土下座するような勢いで、ボランティア大好きですぅ、社会貢献バンザイ! と返した。まあ、実際、補習よりかはなんぼもマシである。


 制服に着替えて寮を出ると、女子寮のちょうど目の前に自衛隊の輸送トラックが停まっていた。見た目がゴツいだけのただのトラックなのだが、自衛隊カラーだからやたら目を引く。あれに乗っていくのか……と嫌々近づいていって、後部座席のドアを開いたら、左右二列に分かれた女子高生に一斉に睨まれた。どうやら、生徒会とやらに男子生徒は一人もいないらしい。この中に入っていくの? と気後れしていると、引率の先生らしき女教師が早く乗れと急かしてくる。尻込みしてまた馬鹿にされるのが嫌だったから、黙って端っこの席に座ると、間もなくトラックは発進した。空気を吸ってるだけでセクハラ扱いされそうだ。


 普段彼女らがどんな関係性であるかは知らないが、男がひとり混じったせいか、お互いが牽制し合って道中は誰も口を開かなかった。トラックには窓がなく、どこへ行くのかも何をやるのかも定かでなかったが、どうやら学校の敷地を出て外に向かっているらしいのは分かった。そりゃボランティアなんだから身内のお手伝いをしても仕方ないから、外に出るのが当然だろう。久々のシャバだ!


 ウキウキしながらトラックを降りたら、そこは小田急線のとある駅前で、幸せそうなカップルや、休日の雑踏で戯れる親子連れを見ていたら、悲しくもないのに涙が出てきた。こんな当たり前の風景に、どうして胸を抉られなきゃならないのか。そう考えると余計に涙が出てきた。


「……さん……おじさん……おじさんってば!!」


 感傷に浸っていると、なんか自分のだいたい右下の辺りから声が聞こえてきた。こころなしか、ぐらぐらと体を揺さぶられているような気もする。うるさいなーと思いながら、ひょいと見下ろしてみれば、いつの間にかどこからか現れた、小柄で黒髪の女の子が不機嫌そうに見上げていた。


 歳の頃は中学生くらいだろうか。身長は150センチあるかどうかと小さくて、ちゃんとご飯を食べているのかと心配になるくらい華奢だった。日本人らしくない少し赤みがかった毛髪に赤い目をして、ストレートの長い髪が腰のあたりまでサラリと伸びており、それをポニーテールに結っている。日本人形みたいなお姫様カットで、可愛らしく整った顔立ちをしていたが、特筆すべきはその眼力で、切れ長のハッとするような瞳は鏡みたいに周囲を映し出してキラキラ輝いており、多分本人にそんな気はないんだろうが、角度のせいか三白眼でじっと睨まれているみたいで、ほんのちょっと気圧されてしまった。


 迷子だろうか? と思いもしたが、よく見れば着てる服は魔法学校の制服であるから、どうやら同級生らしい。そういえば、行きのトラックの中でもこんな子を見かけたような気がすると思い出し、取りあえず彼女の言うおっさんとやらを探してきょろきょろしてたら、


「ちょっと、おじさん! 話聞いてる? 無視しないでよ!!」

「……おじさん? おじさんって誰のこと言ってるの?」

「ここに年寄りなんてあんたしかいないでしょ! おじさん!」


 クソガキはツンケンしている。有理はむかっ腹を立てながら、


「だあれがおじさんだ! 俺はまだ19だぞ、19!」

「ほらやっぱり、おじさんじゃない。もうそんなのどうでもいいから、ちゃんとマナの話を聞いてよね!」

「どうでもよくないわ! 10代でおじさん呼ばわりされてたまるかっ! おまえは、えーと、このお!」


 するとクソガキはぎんと睨みつけるように、


椋露地(むくろじ)マナ! これもさっき言ったでしょ! っていうか、自分の学校の生徒会長の名前くらい覚えなさいよね!」


 そう言い捨てると、フンッとそっぽを向いた。さっきからの物言いといい、その態度といい、とても腹立たしかったが、こういうやつはいくら怒っても態度を改めるはずがないので、労力を省くためにも奥歯を噛み締めてじっと耐える。そっちがそうなら、こっちもそれなりの態度でいこう。こんなのが生徒会長とは、本当にあの学校は大丈夫なのだろうか。有理はムスッとしながら、


「で、なんなんだよ? 話があんならさっさとしろ」

「はあ!? だからさっきから言ってるんじゃない! あんた、いっくらなんでも態度悪すぎない?」

「態度悪いのはお前のほうだろ、このチビ!」

「きー! むかつく! 死ねばいいのに!」


 曰く。有理がシャバの風景に見惚れている間、ボランティアメンバーはトラックから降ろされてすぐに、これからやる作業について説明を受けていたらしい。それによると、今回の活動は自衛隊の広報の一環らしく、魔法学校はいずれ創設される魔法部隊と関係があるから、そのお披露目も兼ねて周辺社会にアピールすることを目的に、慈善活動を行うとのことだった。


 具体的には、最寄り駅であるここから隣駅まで線路伝いに歩きながら、道端に落ちているゴミを拾い集め、こういう感心な学生たちが通っているんですよと周囲にアピールしようという腹積もりがあるそうな。ただその際、みんなでダラダラ歩いていたら、かえって行儀が悪く映るから、二人一組になってキビキビ行動するようにと言われ、みんなそれぞれパートナーを見つけて行動を開始したのであるが、


「あ、俺、あぶれたの?」


 瞬時に悟った彼がそう尋ねると、生徒会長はイライラした表情を隠さず、手に持っていたトングとゴミ袋を有理に押し付けながら、


「そうよ! 仕方ないから、マナがパートナーを買って出てやったわけ! 感謝しなさいよねっ! それをさっきから無視して……ホントやんなっちゃうわ!」

「悪かったよ。話を聞いてなかったんだ」

「聞きなさいよっ!!」


 生徒会長は更年期のおばさんみたいに怒鳴り散らしながらズカズカ歩いていく。有理はそんな彼女のあとを知らない人のフリをしながらついていった。


 人でごった返す駅前を通り過ぎると、すぐに人気はまばらになった。線路と平行に走る幹線道路にはひっきりなしに車が通っており、騒音で周囲の声はほとんど聞こえなかった。生徒たちはそんな歩道を縦長になって、主に街路樹の中に埋もれているゴミを拾い上げつつ、ぺちゃくちゃおしゃべりしながらそぞろ歩いた。引率の先生が先頭を行き、いくつかのグループがその後に続き、生徒会長と有理が最後尾から追いかける。途中、踏切の音が聞こえる十字路を曲がり、その踏切から線路伝いに続く小道を通って隣駅まで一直線に歩き始めた。


 電車が通り過ぎる度にガタガタと揺れる脇道は細く狭く、地元の人も殆ど寄り付かず閑散としていたが、そのくせゴミはどこよりも多かった。これはあれだ、割れ窓理論だ。人目が付かないと魔が差しやすいということだろうか。特に煙草のポイ捨てが多く、最近は吸ってる人などとんと見かけなくなったのに、どこからこんなに湧いて出たのかと呆れてしまった。


 トングじゃ拾いにくいじゃないと、イライラ文句を垂れる生徒会長と根気よく拾い続けていると、段々と先を行く生徒たちから遅れだした。と、その時、狭い道に数台の同じ型をしたバンが入り込んできてクラクションを鳴らした。


 二人はちょっとムッとしながら、すぐ脇の民家の通用口へ避難してやり過ごしたが、先を行く学生たちはその車に追い立てられるようにどんどん進んで行く。このままじゃ置いてかれてしまう。仕方なし、二人はゴミ拾いをやめて先を急いだのだが、するとその脇道の終点、ちょうど駅前広場の方から、突然、大昔の軍歌が盛大に聞こえてきた。


 なんじゃこりゃ? と思いながら駅前へと入っていったら、ターミナルの真ん中にはデデンと目立つ右翼の街宣車が停まっていて、何故か生徒たちがそれに取り囲まれている。普通、こんな郊外の私鉄駅に人はそんなにいないはずなのに、その日はやけに人通りが多い気がした。


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