体育館のステージで衆目にさらされる
朝食後、有理が食べ終わるのを待っていたかのようなタイミングで鈴木がやって来て、今日は朝礼があるから急げと有無を言わさず学校まで連れ出された。というか、普通の学校はまだ春休み中のはずだが、この学校はどうなってんだ? と抗議したら、ここは普通じゃないんだと真面目な顔で返された。
知っているんだ、そんなことは。そうじゃなくて、昨日来たばかりの何も知らない人間をこんな風にたらい回しにするおまえの脳みそがどうなってんだと聞いているのだ。
しかし、力で逆らうことは出来ないから、嫌々体育館まで引きずられていったら、何故か舞台袖に押し込まれて、嫌な予感がしていたら、学校長とやらが朝礼で、
「今日はみなさんの新しい仲間を紹介します。ここにいる物部有理くんは、世界最高ランクの魔力の持ち主で……」
と頼んでもいないのに、勝手に自己紹介を全校生徒の前でしてくれた。その瞬間、おおっというどよめきが沸き起こり、好奇の視線がいやというほど突き刺さってきた。しかし有理は、そんな視線が気にならないくらい、その目ん玉の持ち主たちの年齢の方が気になっていた。
もう間違いない。この学校にいる半数は中坊だ。残りはヤンキーと、せいぜい高校生どまりだ。頭が痛い。
愚にもつかない朝礼の後に今度は生徒会長とやらが、新年度に向けてクラス分けを兼ねたオリエンテーションをやるとか言い出した。各クラスはそれぞれの教室に戻るようにと言われたが、各クラスとはなんのことだ。そんなの知らないし帰ってもいいかしらと思っていたら、鈴木がやってきて教室の場所を教えるだけ教えて去っていった。やつは何者なんだ。忍者なのか。さすが汚い。忍者汚い。
言われた通りの教室に入ると、もうすでに何度も遭遇しているヤンキー共に一斉にメンチを切られた。流石に三度目となると、どうでもよくなってくる。あーはいはい、といった感じに視線をくぐり抜け、空いている席を見つけて、周りを拒絶するかのように、机に顔を埋めて狸寝入りを決め込んだ。
こうしていると、本当に高校時代に戻ったような気分だった。ただし、周囲から聞こえてくる声が殺伐としていることを除けば。
「你好馬鹿珍!我中国人!馬鹿野郎我安打顔無視!死死死」「殺馬鹿頓馬!珍古万個夜露死苦!」「雲湖食下痢便、你的母出臍!」
ところで、さっきから聞こえてくるこれはなんだ。中国語か。ところどころ意味が分かりそうで分からなくて頭がバグるが、そういえば、昨日から何度もヤンキーの抗争に遭遇しているが、相手はこいつらだった気がする。どうしてこんなところに中国人がいるんだろうか? そりゃまあ、日本に中国人留学生がいてもおかしくはないが、ここは防衛省の施設じゃないのか……?
「パイセンパイセン」
そんなことを考えていると、いきなり誰かに肩をグイグイと揺さぶられた。拒絶オーラを発していたはずだが、そんなものを物ともしない、ものすごく不躾なやつである。流石にこれは無視できないかと、嫌々ながら顔を上げると、
「おっと、そんな怖い顔しないでくださいよ、パイセン」
「……パイセン?」
「パイセン、20歳なんっしょ? 年上は敬わないといけないっすよね。パイセン」
それで敬っているつもりなんだろうか……そこはかとなく馬鹿にされてる気がするのだが。ところで自分はまだ20歳ではない。来月また出直してきてくれと言ったらどっか行ってくれるだろうか。
「だからそんな怖い顔しないでってば。これから一年間、同じクラスでやってく仲間でしょう?」
「……俺は一年もここにいるつもりはないがね」
「うわ、さすがパイセン。俺達みたいな凡人とは違うってわけっすね。かっくいーっ!」
やっぱこいつ馬鹿にしてるだろう……もう無視して寝てしまってもいいかなと思っていると、
「だからそんな怒んなってば。俺はあんたの敵じゃないんだからさ。ちょっと友情を温めたいだけなんだよ」
「……なんで?」
「あれ、見ろよ」
ヤンキーは顎をくいっと中国人の方へしゃくって見せた。ちょうど気になっていたところだ。なんであんなのが居るんだろうと思っていると、
「奴ら、俺らとは敵対関係にあんすよ。中国人のくせに俺らと対等なつもりでいるらしくてさ、生意気だろ? でさ、シメてやろうって思ってんだけど。パイセン。あんたも日本人なんだから、俺らの仲間になってくれんでしょ?」
彼が何が言いたいんだかよく分からなかった。もしかして有理のことをヤンキーグループに勧誘しに来たのだろうか? 喧嘩なんて生まれてこの方一度もしたことないこの物部を? 高校時代、体育だけはいつも赤点だったこの物部を?
……いや、そんな自虐している場合ではない。自分は東大生ぞ。ヤンキーとは対極の存在ぞ。勧誘する相手を間違ってるぞ。有理が心底嫌そうな表情を浮かべていると、
「世界最強って言われるあんたが仲間になってくれれば、もうあんな雑魚どもにでかいツラされなくて済むよ。なあ? 仲間になってくれるよな?」
有理はぶるんぶるんと頭を振った。
「馬鹿言え! そんなの出来るわけないだろう!」
「あ? まさかあっちに付くつもりじゃないだろうな?」
「そんなのもっとあり得ないよ!」
「じゃあ、いいじゃん。仲良くしようぜ?」
「こらーっ! おまえら! 席につけ!!」
有理がヤンキーの勧誘をどう断ろうかと困っていると、鈴木がでかい声で怒鳴り散らしながら教室に入ってきた。その瞬間、ヤンキーはちっと舌打ちしてから、大人しく席に戻っていった。どうやらこいつらも、あの体育会系の教師には一目置いているらしい。取りあえずは助かった。それにしても気が利くのか利かないのか、もうよくわからないやつである。取りあえず敵であることは確かである。
「今日は新入生もいるから改めて自己紹介するぞ。俺はこのクラスの担任の鈴木だ。主に実技を担当している。わからないことがあったら何でも聞きにこいよ。それじゃ学校長が言ってた通り、これからオリエンテーションをやるぞ。なあに、簡単なテストだ。体操着に着替えたらグラウンドに来るように。遅れたら体罰だぞ。がっはっは! 冗談冗談!」
鈴木は清々しいほど高圧的に自分が言いたいことだけ言って去っていった。冗談と言ってたが、多分冗談じゃないんだろう。あのヤンキー共が大人しく体操着に着替えている姿を見ていると、自分も危機感を覚えてくる。ところでどうせ脱ぐなら、どうして制服に着替えさせたのか。
またヤンキーに話しかけられないようにさっさとグラウンドまで移動しよう。そう思って有理がそそくさと出ていくと、数人の真面目そうな生徒たちが後に続いた。だらだとした足取りでヤンキーたちが続き、最後に中国人グループが続く。
どうやらこのクラスはこの3つのグループに分かれているらしい。どうせ勧誘されるなら真面目そうなグループが良かった。いや、良くない。自分はさっさとこの学校からおさらばしたいのだ。