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第91話 元剣聖のメイドのおっさん、闘争スイッチが入る。


「助けるよ」


「え‥‥?」


 馬乗りになっていた男が、突如、顔面を革靴で蹴られて後方へとふっ飛ばされていく。


 何事かと思い、声がする方向へと視線を向けて見ると、そこには‥‥ポニーテールのメイドの姿があったのだった。


「アネット、さん‥‥?」


 アネットさんは蹴り上げていた足を下ろし、指の骨をポキポキと鳴らすと、アルファルドへと鋭い視線を向ける。


 そして、いつもの穏やかな彼女とは思えない、怒気を含んだ乱暴な口調で口を開いた。


「悪いがさっきの話、全部聞かせてもらった。てめぇが、ベアトリックスを使って俺の魔法の杖をぶっ壊したんだってな? クソ野郎」


「キヒッ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! これはこれは、まさかベアトリックスの後をつけて来ていたとはな‥‥存外頭が回るじゃねぇか、メイドの雌ガキ!!」


 アルファルドがパチンと指を鳴らす。


 すると、私の両腕両足を押さえていた男たちがスッと立ち上がった。


 そして、二人はアネットさんの前に立つと、ヘラヘラといやらしい笑みを浮かべ始める。


「アルファルドさん、こいつ、ヤッちまっていいッスか? 俺、そこの女よりもこいつの方が好みッス」


「あぁ、別に味見するだけなら構わねぇぜ。ただ、キズ物にはするなよ? そいつはあの教師への貢物でもあるからな」


「ウス! ‥‥へへ、さぁ、俺たちと遊ぼうぜ、メイドの姉ちゃん。というかお前、良いもんぶら下げてんなぁ、おい! その服の下がどうなってんのか、ちょっと見せてみろよ!」


 男の一人が、アネットさんの胸に手を伸ばしかけた――――その瞬間。


 突如、男は悲鳴を上げると、手首を押さえ、地面に座り込んだ。


 何事かと男の手首に視線を向けて見ると、彼の手首は‥‥プランプランと、あらぬ方向に折れ曲がっていたのだった。


「て、手が!! 俺の手がぁぁぁぁ!!!!!!」


 叫び声を上げる男に一瞥をくれることもなく、アネットさんはまっすぐと歩みを進める。


 その、射殺すような剣呑な視線に、もう一人の男子生徒はただただ道を譲ることしかできなかった。


 メイドの少女らしからぬ彼女のその異様な気配に、アルファルドは笑みを止め、突然真面目な表情に変わる。


「‥‥お前、どんな手品を使ってそいつの手首をへし折りやがった? オレ様にはお前が、手も足も動かさずに、その場から一歩足りとも動いていなかったように思えたが?」


「もう一度聞く。てめぇが、ベアトリックスに命令して、俺の魔法の杖をぶっ壊したんだよな?」


「だったら何か文句でもあんのか? メイドの雌ガキ」


「あるに決まってんだろ、クソ野郎。ったく、女マワして小遣い稼ぎするとか、学生の小僧がやることじゃねぇーな。聖騎士じゃなくてマフィアにでもなった方が良いんじゃねぇーか、ゴミクズ野郎どもが。‥‥あんまり俺を怒らせるんじゃねぇ。俺は今、ド頭に来てんだ」


「おいおいおいおいおい、何、オレ様に舐めた口聞いてんだ、テメェ? 雑魚二匹マグレでぶっ飛ばしたくらいで良い気になってんじゃねぇぞ。裸にひん剥いて、この場でベアトリックスと一緒にマワしちまっても良いんだぜ? キヒヒヒヒッ!!」


「やれるもんならやってみろ‥‥と言いたいところだが、ベアトリックスの借金の件はてめぇをボコしただけでは解決できねぇからな。この場でお前らと事を構えても、俺には得が無い」


 そう言ってふぅと大きくため息を吐くと、アネットさんは腰に片手を当て、不敵な笑みを浮かべた。


「そう言えばお前、確か、俺を妾にしたいとか何とかぬかしていやがったな。そんなに俺とヤリてーのか?」


「あぁ? まぁ、そうだな。テメェはオレ様好みの顔と体形をしているからな。先公の依頼を達成した後、オレ様のコレクションに加えてやっても良いとは、思ってはいたさ」


「そうか。だったら、賭けをしねぇか?」


「賭け、だと?」


「あぁ。運良く、俺の手元には今、『強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロール』がある。この魔道具(マジックアイテム)の効果は当然、貴族であるお前は知っているよな?」


「それは、まぁ、な。ルールと取引を定めて、取引内容を魔法によって強制的に遵守させるアイテムだろ? ルールと取引を破った契約者は、その瞬間にペナルティを課せられる―――貴族の家同士で、同盟を決める際に使われる有名な魔道具(マジックアイテム)だ」


「その通りだ。だから、今回、『強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロール』を使用して、お前との賭けを行いたいと思う。ルールは、学級対抗戦での勝敗。俺たち黒狼(フェンリル)クラスが勝てば、ベアトリックスの借金をチャラにしてもらう。そして、お前たち毒蛇王(バシリスク)クラスが勝てば―――――――潔く、俺はお前のものになってやるよ」


「‥‥‥‥キヒッ、キヒャヒャハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」


 アネットさんのその発言に、アルファルドは手を叩いて、大声で笑い始めた。


 そして、一頻り笑い終えると、アネットさんへと嗜虐の目を向けてくる。

 

「お前ら黒狼(フェンリル)クラスが、オレ様たち毒蛇王(バシリスク)クラスに勝てる可能性は1パーセントもねぇ。お前はそこの雌ガキを救うこともできずに、オレ様の慰み者になるってか?」


「何故、お前は自分たちの敗ける可能性を考慮に入れない? 戦場というものは、予期しないアクシデントがあるものだぞ?」


「悪ぃがオレ様は、級長であるあの女‥‥シュゼットが敗ける姿は想像が付かない。いけ好かない女だが、あれは格が違う。本物の化け物だ。お前たちんとこの級長と副級長では、絶対に相手にすらならない。勝敗はもう既に決している」


「あ? うちのお嬢様がたを舐めてんじゃねぇぞ、三下。あの二人は強い。お前が思っているよりもずっと、な」


「キヒヒヒヒッ‥‥」


 アルファルドは目を細めると、取り巻きたちを押しのけ、アネットさんの前に立つ。


 そして、彼女を見下ろしながら、ギザギザの歯で笑みを浮かべた。


「良いんだな? その契約、結んじまっても」


「あぁ。強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロールは寮に置いてある。今から取ってくるからここで待っていろ」


「分かったぜ。‥‥おい、ベアトリックス! このメイドの雌ガキがトンズラこかないように、寮まで付いていけ! いいな!?」


「わかり、ました‥‥」


 私は乱れた制服を直すと、顔を俯かせながら、起き上がった。


 そして、アネットさんの袖を引っ張り、「いきましょう」と小さく呟くと、先導するように前へと歩いて行く彼女の背後を静かについていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《アネット視点》



「‥‥」


「‥‥」



 寮へと戻り、『強制契約の魔法紙コンパルジョン・スクロール』を手にして、商店街通りへと戻っている最中。


 今まで一言も言葉を発さなかったベアトリックスが、背後からそっと俺に声を掛けてきた。


「ごめ‥‥んなさい、アネットさん‥‥」


「え?」


「本当に、ごめんっ、なさ‥‥ひっく、ごめんなさいぃ、ごめんなさいぃぃぃ‥‥っ」


 振り返ると、彼女は大粒の涙を流しながらその場に立ち尽くしていた。


 必死に涙を両手で止めようとしているが、そのとめどなく流れ落ちる涙の奔流は止むことがない。


 ベアトリックスは、嗚咽を溢しながら、過呼吸になりかけながら、顔を真っ赤にして泣きじゃくり続ける。


 俺は、そんなベアトリックスに近付き――――彼女をそっと胸に抱き、優しく頭を撫で、抱きしめた。


「え? アネット、さん‥‥?」


「そんなに泣かないでください、ベアトリックス先生。貴方は何も悪くありません」


「そ、そんなことありませんっ! 私が、貴方の大切にしていたあの魔法の杖を壊してしまったんです! それに、貴女を私の問題に関わらせてしまったのも、私の責任です。本当に、本当にごめんなさいっ‥‥」


「何度も言います。ベアトリックス先生のせいではありません。貴方には何の罪もない」


「何で!? どう見ても私が全部悪いのは分かっていますよねっ!? 私が、アネットさんの杖を壊してしまったのですよ!? 私が憎くないのですかっっ!?」


 そう言って顔を上げるとベアトリックスは瞳の端に涙を貯め、こちらを睨みつけてくる。


 そんな彼女の鋭い視線と交差させ、オレはそのまま真摯に、言葉を紡ぐ。


「貴方に憎しみなど、ありませんよ」


「え? ど、どうし、て‥‥?」


「どうして、って‥‥フフッ、貴方は私に魔法を教えてくださったじゃないですか。最後まで、私を見捨てなかったじゃないですか。そんな貴方を、私が嫌うはずがありません」


「‥‥ぇ?」


「貴方は、多重魔法詠唱士(スペアラー)の才を持つ私に複雑な想いを抱いていた。それでも、私が努力することだけは否定しなかった。魔法兵部隊の仲間たちと険悪な中でも、遠目で私の魔法の修行を見守り続けてくれて、声を掛けてくれた。貴方はツンケンとした態度で誤解されやすいですが、その本質は、とても優しい人間です」


「そんなの‥‥毒蛇王(バシリスク)クラスの人たちに命令されたから、貴方を観察していただけのことです。アネットさんの杖のことだって、彼に密告したのは私ですし‥‥」


「では、何故、憎むべき私に魔法を教えてくださったのですか? 何故、魔法の発現に成功した私を見て、喜んでくださっていたんですか? この前、私の魔法を見て、とても興奮してくれていましたよね?」


「‥‥‥‥ッッ!」


「貴方は嬉々として他人の大切なものを壊す邪な人間ではありません。貴方はただ、魔法を学ぶことが大好きなだけの、優しい女の子です」


「アネッ‥‥ト、さん‥‥っ」


 そう困惑の声を溢すと、ベアトリックスは眉を八の字にし、潤んだ瞳でまっすぐと俺を見つめ始めた。


 何処か大人びた性格に感じていたベアトリックスだが、今の彼女は年齢よりも幼い少女のように思える。


 ‥‥多分、今までは大人にならざる負えないくらいに、彼女が過ごしてきた環境は辛いものだったのだろうな。


 常に虚勢を張っていたのだろう。


 だから、我慢の限界にきたして、彼女は今、本来の自分というものを外に曝け出している。


「‥‥ベアトリックス先生。大丈夫です」


「ぐすっ、ひっぐ、うぅぅ‥‥っ」


「大丈夫です。私が付いています。貴方は一人じゃありません。私が、貴方の傍にいます。私は、貴方の味方です」


「アネッ‥‥アネットさっ‥‥う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!!」


 堰を切ったように涙を溢し、俺に抱き着くベアトリックス。


 そんな彼女の背中を、赤子を宥めるようにして撫で続けた。


 そして、俺は虚空を睨みつけ、この優しい少女を泣かせる状況に追いやった――アルファルドとリーゼロッテに対して、ギリッと怒りを込めて歯を噛み締める。


 ‥‥俺に仕掛けてくるのは、構わない。


 オフィアーヌ家絡みのことは、当然、自分も当事者の一員であるからだ。


 だが――――他人を巻き込んでこちらに悪意を振りまくそのやり方は、絶対に許せないものだ。


 そして、俺の大切な宝物を踏みにじったことも、許せはしない。


 ‥‥良いだろう、糞ガキども。お望み通り、相手になってやろうじゃねぇか。


 この俺の――【覇王剣】の逆鱗に触れたことを必ず後悔させてやるとしよう。


 二日後の学級対抗戦、楽しみにして待っていろ。


 格の違いというものを教えてやる。完膚なきまでに、叩きのめしてやるとしよう。

更新、遅れてしまって誠にすいませんでした(スライディング土下座


今月の初頭に、子供の頃から17年間一緒に暮らしてきた愛犬が亡くなってしまいまして・・・・辛くて、中々続きを投稿することができませんでした。

お待たせしてしまった読者の皆様には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです!!


これから始まる新章の学級対抗戦編+読者様から要望のあった100話記念のアネットの前世のお話も既に書いていますので、楽しみにしてくださると嬉しいです!


三日月猫でした! ではまた!

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