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第90話 元剣聖のメイドのおっさん、ブチギレる。


 学級対抗戦まで、残り二日となった、放課後のある日。


 魔法兵部隊での修行を終えた俺は、ミフォーリア、ルーク、シュタイナーと共に、廊下を歩いていた。


 こうして放課後の時間を一緒に過ごすうちに、いつの間にか魔法兵部隊のメンバーともそれなりに仲良く過ごすことができていた。


 元気いっぱいで明るい三つ編みのメイド少女、ミフォーリア・ロキシネン。


 宮廷魔術師の息子、魔法兵部隊で一番の常識人、ルーク・レイル・ヘイレスシア。


 画商の息子で画家を目指している青年、女性の乳房を芸術だと叫ぶ変態男、シュタイナー・エセル・エンドクライブ。


 けっこう癖の強い人間が多い魔法兵部隊ではあるが、皆、基本的には善人なため、メンバー間の空気はとても良かった。


 ベアトリックスとヒルデガルトも仲直りしたため、魔法兵部隊の士気は以前よりも高まったと言えるだろう。


 これなら明後日の学級対抗戦も、きっと、みんな全力で戦うことができるはずだ。


「―――――――え? ルーク殿とシュタイナー殿は幼馴染、なのでありますか?」


 隣を歩いているミフォーリアが、驚いた口調で前を歩く男子二人に声を放つ。


 その言葉に、ルークは肩越しにこちらへ笑みを浮かべて、口を開いた。


「はい、そうなんですよ。僕の家―――宮廷魔術師のヘイレスシア家と、シュタイナーくんの実家エンドクライブ家は古くから交流のある家同士なんです。なので、幼い頃から彼とはよく遊んでいたんですよ」


「ほぇ~。この自称画家の変態パーマ男と幼馴染とか‥‥ルーク殿は昔から苦労していそうでありますね~」


「は、ははは‥‥まぁ、シュタイナーくんのこの性格は昔からですからね。よく、女の子にセクハラしてはお父様からお叱りを受けていましたよ」


「ルークよ。我はただ、胸の大きい女性に裸婦画を描かせてくれないかと、声を掛けて回っているだけにすぎないのだ。巨乳こそが生命の神秘、芸術の本質なのである。我はその真実をキャンパスに描きたいだけだ。断じて、セクハラなどではない」


「‥‥いや、それ普通にセクハラですよ、シュタイナーくん‥‥」


「セクハラではない!! 芸術だっ!! ‥‥なので、アネット女史!! 我に、貴殿の裸体を描かせては貰えぬだろうか!? 我の筆で、貴殿のその均整の取れた美しい真実の巨乳を描かせて欲し――――ぐふっ!? ミ、ミフォーリア女史!! いきなり脇腹を殴らないで欲しい!! めちゃくちゃ痛いぞ!!」


「アネット殿へのセクハラは許さないであります、変態芸術家。次、変態発言したら、某の苦無(クナイ)でお前の股間のイチモツを斬り落としてやるであります。某は東方にある島国の忍者の一族の末裔‥‥拷問はお手の物、であります」

 

「こ、怖いことを言うんじゃない、ミフォーリア女史!! 思わずタマヒュンしてしまったぞ!?」


「ふん。変態発言するからいけないのであります。‥‥ん? アネット殿、変態芸術家と同じように股間を押さえて、どうかしたでありますか?」


「い、いえ、な、何となくその、幻肢痛? みたいなものかと言いますか‥‥あははは‥‥」


 四人で和やかに談笑を交わしながら、静かに廊下を歩き、教室へと向かっていく。


 今日も何事もなく一日は終わり、帰宅した後、いつものように満月亭の面々と夕飯を囲むのだろう。

 

 今日の夕飯はどんなメニューが良いだろうか。


 そう、今晩の献立を考えていた―――――その時。


 突如、廊下に甲高い叫び声が響き渡った。



「あんたっ!!!!! いったい何をやったか、分かっているのっっっっ!?!?!?!?」



 その聞き覚えのある声に、足を止め、俺たち4人は互いに顔を見合わせる。


 そしてその後、パチンと乾いた音が聴こえた瞬間、俺たちは急いで廊下を駆けて行った。


 声が聴こえてきた黒狼(フェンリル)クラスに辿り着き、戸を開け放つと‥‥そこに広がっている光景に、四人とも足を止め、戸惑いの声を溢してしまう。


「ヒ、ヒルデガルトさん!?」


 ヒルデガルトはベアトリックスの胸倉を掴み、教室の後方にあるロッカーにドンと、彼女を叩きつける。


 そしてゲホゲホと咳き込むベアトリックスに対して、ヒルデガルトは手を振り上げると、強烈な平手打ちを放っていった。


 バチンと乾いた音が人気の無い教室の中に響き渡り、頬を打たれたベアトリックスはその衝撃に地面に膝を付ける。


 それでもヒルデガルトの怒りは収まらないようで、彼女は肩を怒らせながらフゥーフゥーと激しく息を吐いていた。


「な、何をしているでありますか!? お嬢様!!!!」


「そ、そうですよ!! け、喧嘩は止めてください!!!!」


 ミフォーリアとルークが急いで駆け寄り、ヒルデガルトを背中から押さえつける。


 そんな二人に、ヒルデガルトは大きく叫び声を上げた。


「放してよ!! こいつは、こいつは絶対に許しちゃいけないんだ!! もう一発ぶっ叩いてやらなきゃ気が済まない!!」


「お、落ち着きたまえ、ヒルデガルト女史!! いったい何があったのかは知らないが、暴力は美しくはな――――ん?」


 シュタイナーが、ヒルデガルトを止めようと、ベアトリックスの前へと立った、その時。


 彼の足元から、バキリと、何かが砕ける音が聴こえてきた。


 その音にシュタイナーは不思議そうに首を傾げると、足元に転がる木片を拾い上げ、眼前へともっていく。


「こ、これ、は‥‥!」


 俺はふと、目の前の光景に違和感を覚えた。


 怒り心頭な様子で立ち尽くすヒルデガルトと、頬を押さえて俯き、座り込むベアトリックス。


 そんな彼女たちの周囲には、欠けた木片のようなものと‥‥水晶玉の破片のようものの残骸が何故か転がっていた。


 俺は、その見覚えのある水晶玉の破片に、思わず息を飲んでしまう。


「その、ボロボロの、砕けた木の欠片は‥‥いや、そこにある、翼を模した装飾と、壊れた青い水晶は‥‥もしかして‥‥」


 ベアトリックスの近くに舞っているその残骸は‥‥その木片と、壊れた装飾、水晶玉は‥‥俺が、以前、ロザレナからプレゼントされた『魔法の杖』の残骸に他ならなかった。


 目の前の状況に声を失っていると、ヒルデガルトがベアトリックスを睨みつけ、再度大きく声を張り上げる。


「そいつは、誰も居ない教室で一人、アネットっちの杖を壊してたんだよ!! 机の角に当てて、足で踏み抜いて、粉々にしてっ!!!!! その杖は、アネットっちが大事にしていた魔法の杖なのに、それなのに、それなのにぃっ!! こいつは、それを壊したんだっ!!!! 少しは良いところもあるとか思ってたあーしが馬鹿だった!!!! こいつは、あーしたちの部隊長でも何でもない、ただのクソ女だよ!!!!!」


 目の端に涙を浮かべ、フゥーフゥーと息を荒げるヒルデガルト。


 そんな彼女の様子に困惑しながらも、ミフォーリアは、座り込むベアトリックスへそっと声を掛ける。


「あの‥‥ベアトリックス殿が、アネット殿の杖を壊したというのは‥‥本当なのでありますか?」


 その問いに、ベアトリックスは無表情で立ち上がると、頷き、静かに答えた。


「ええ、ヒルデガルトさんの仰る通りです。アネットさんの魔法の杖を壊したのは私です」


「そ、そんな‥‥な、何で、何でそんな酷いことをしたのでありますか‥‥?」


「そこのポニーテールの女が気に食わなかった。ただ、それだけです」


「そんなことで‥‥」


「そんなことで? 私にとっては『そんなことで』で、片付けられる問題ではないんですよ、ミフォーリアさん。フフッ、フフフフフッ」


「何がおかしいのっ!?」


 キッと睨みつけるヒルデガルトに対して、ベアトリックスは表情を動かさずに、淡々と口を開いた。


「以前、私はヒルデガルトさんにこう言われましたよね? 王国に居るということは、帝国の家から追放された結果なのではないのか、と。はい、その通りです。私は『多重呪文詠唱士(スペアラー)』の力を手にいれることができずに、帝国六代貴族の一角であるジャスメリー家から母親共々追放されました。ですから‥‥『多重呪文詠唱士(スペアラー)』の才能を持つアネットさんを恨み、腹いせに、彼女が持っていたその魔法の杖を壊したんですよ。まぁ、理由はざっとこんなものですかね」


「‥‥なんで。なんで、あんた、そんな淡々と言えるのよ!! ここ最近のアネットっちが、ロザレナっちから貰ったあの杖を毎日大事そうに学校に持ってきていたのは‥‥見ていたはずでしょ? 心が無いの?」


「心、ですか? くだらない問いかけですね。貴方がた下賤な王国民に持つ心なんてありませんよ。まったく、少し魔法を教えたくらいで、私が貴方がたに情でもあると勘違いしたのですか? 不愉快甚だしい話ですね」


「あ、あんたぁ!!!!!!」


 ミフォーリアとルークを振り払い、ヒルデガルトはバシンと、ベアトリックスの頬に再び強烈なビンタを炸裂させる。


 だが、今度はベアトリックスは微動だにせず、そのビンタを口から血を流しながら受け入れた。


「‥‥気は済みましたか?」


「こんな‥‥こんな、こんなことする奴だったなんて!!!!! 本当に最低っ!!!!!」


 激昂するヒルデガルトにフンと鼻を鳴らすと、ベアトリックスはそのまま教室から出て行こうと歩みを進める。


 そして、入り口付近に立っていた俺とすれ違う、一瞬。


 彼女はポソリと、小さな声で俺に言葉を残していった。


「‥‥‥‥‥‥さい」


「え?」


 そのまま、キラキラと空中に涙の軌跡を溢しながら、ベアトリックスは廊下を走って行ってしまった。


 誰も、彼女を追いかけようとする者はおらず‥‥魔法兵部隊のみんなは、ただただ顔を俯かせるだけだった。


「‥‥‥‥」


 俺は顎に手を当て、数秒思案した後。


 踵を返し、ベアトリックスを追うために、教室の入り口へと向かって歩き出す。


 すると、背中から声が掛けられた。


「アネットっち!! あんな奴、追いかける必要なんてないよ!!」


 そんなヒルデガルトの悲痛げな声が背中に飛んでくるが、俺はその声を無視し、教室を出て、廊下を駆けていく。


 先程、彼女はすれ違い様、俺に「ごめんなさい」と、一言小さく謝罪の言葉を述べていた。


 そして、一瞬見えた彼女のその顔は―――――瞳を潤ませ、悲しみに歪められていた。


 今まで見てきたベアトリックスという少女の人物像と、今回の暴挙には、正直、違和感が残る。


 彼女はプライドこそは高いが、そこには確固たる信念があり、曲がったことをするようなタイプの人間には見えなかった。


 相手の大切な物を壊す、まぁ、ルナティエあたりならやりそうな手ではあるが、あのベアトリックスが、人を気に入らないという理由だけで他人のものを壊すだろうか。


 正直言って、その行動には、俺が知るベアトリックスの人物像とかなりの違和感、齟齬が感じられる。


 何か裏があるのではないかと、疑ってしまう程に、な。









《ベアトリックス視点》



「‥‥‥‥命令通りに、アネット・イークウェスの杖を壊してきました。これで、よろしいですか? ―――――アルファルド様」



 商店街通りの裏手。人気の無い路地裏で、私は、ドラム缶の上に座る男にそう言葉を投げる。


 すると、赤髪の長身の男――――アルファルド・ギース・ダースウェリンは、取り巻きの毒蛇王(バシリスク)クラスの生徒たちと一緒に、腹を抱えて可笑しそうに笑い声を上げた。


「キヒヒヒヒッ!! よくやった、ベアトリックス!! テメェにしては上出来な結果だ!! 褒めてやるぜ!!」


「あ、あの、これで、お母さんの借金はを減額してもらえるのでしょうか? 聖騎士養成学校内でアルファルド様の命令を素直に聞いていれば、借金を減額する‥‥この学校に入る前に、そういう契約を結びましたよね‥‥?」


「あ? これだけでチャラにすんのは無理に決まってんだろ。テメェの薬中の母親が、ダースウェリン家からいくら金借りてっと思ってんだ? 利子含めて合計380万金貨だぞ? たかが一つ命令を成功させただけで返済できる額じゃねぇことくらい、分かることだろ、才女様」


「‥‥で、では、どうすれば‥‥どうすれば、私たち親子はダースウェリン家から解放されるのでしょうか?」


「キヒヒヒヒ。何だ、そんなに早く解放されてぇのか?」


「はい。お母さんは、死に化粧の根(マンドラゴラ)を服用しすぎて、もう、下半身をまともに動かすことすら出来ません。なので早く、死に化粧の根(マンドラゴラ)を治療するための魔法の研究を私はしたいのです。‥‥研究にはお金もかかります。早く、借金を返済したいんです」


「母親は動けない。だったら――――――テメェが稼ぐしかないよなぁ?」


「私が、稼ぐ? 何か、お仕事を斡旋してくださるのですか?」


「あぁ。‥‥ほら、テメェら! 前に話した通りに、この雌ガキをヤッちまって構わないぞ! 一回に付き銀貨五枚な! あっ、最初の奴は金貨一枚な。そいつ、多分、処女だから」


「は? え、何? ちょ、やめてっっ!!!! 放してっっ!!!!」


 アルファルドの取り巻きたちに身体を押さえつけられた私は、地面に仰向けに組み伏せられてしまった。


 両腕両足を押さえ付けられ、男子生徒に囲まれて倒れ伏している現状に、私は思わずか細い悲鳴の声を上げてしまう。


「ヒッ! い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! や、止めてください!! こ、こんなこと、こんなこと、したくない!!!!」


「黙ってそいつらに抱かれてろ、雌ガキ。何、その貧相な身体でも客は取れる。キヒヒヒヒッ! 良いよなぁ、女は、股開いてるだけで金が手に入るんだからなぁ。楽に金稼げるんだ、良かったじゃねぇか、なぁ?」


「やめて、やめて!! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 ――――――どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。


 私が、アネットさんの杖を壊してしまった、悪い子だったせいだからだろうか。


 うん、きっとそうだ。神様は、私に天罰を与えようとしているんだ。


 私が、酷くて最低な人間だから‥‥あの、優しい魔法兵部隊のみんなを、心にもない酷い言葉で傷つけてしまったから‥‥。


 ヒルデガルトさん、ミフォーリアさん、ルークくん、シュタイナーくん―――――――アネットさん。


 今まで出会ってきたお母さんと私を酷く言う人たちと違って、みんな優しく、暖かい人たちだった。


 こんな、いつまでも帝国貴族であることをプライドとして保っているような、性格最悪な私の指導を、真面目に聞いてくれていた。

 

 彼女たちに魔法を教えていた瞬間は、借金のことも、お母さんのことも、全て忘れられていた。


 揉めることもあったけれど、今思い返せば、純粋に魔法のことが学べるあの時間は、とても、とても楽しい一時だったと思う。


 もう一度、あの場所に帰りたかったと、そう、思うくらいには―――――――。


「ぐすっ、ひっぐ‥‥誰か、助けてよぉ‥‥」


 私に馬乗りになった男が、シャツのボタンを外し、服を脱がせていく。


 その顔は、とても興奮した様子で、まるで獲物の肉を喰らう野生の獣のように思えた。


 ‥‥この世界は、残酷だ。


 弱い者は食べられ、強い者だけが生き残る。


 この学校に入学する際に、学園長が言っていたあの言葉は、どうやら真実だったみたいだ。


 弱者を救う正義の味方なんて、御伽噺の中だけの存在でしかない。


 弱者は、ただただ搾取される運命にある。


 私を助けてくれる存在なんて、どこにもいない。

 

「‥‥だ‥‥誰か‥‥誰でも良いから、助け、て‥‥って、誰も居るわけない、か。ははははは‥‥」

 

 自分の服が脱がされて行くその光景を、瞳に涙を浮かべながら私は見つめる。


 あぁ、もう、駄目なんだな。


 私はこのまま、こいつらに犯されるんだ。


 そう、諦めかけていた―――――その時。


 突如、私の耳に聞き覚えのある声が入ってきた。


「助けるよ」


「え‥‥?」


 馬乗りになっていた男が、突如、顔面を革靴で蹴られて後方へとふっ飛ばされていく。


 何事かと思い、声がする方向へと視線を向けて見ると、そこには‥‥ポニーテールのメイドの姿があったのだった。

第90話を読んでくださってありがとうございました!

もう90話、次は100話目指して頑張ります!


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投稿、遅れてしまって本当にすいません(114514回目

また続きを読んでくださると嬉しいです!!

みなさまGW、ゆっくりとお過ごしください。

三日月猫でした! では、また!

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