第87話 元剣聖のメイドのおっさん、酒を飲んでいる間に、弟子たちが戦い始める。
《ロザレナ視点》
「ねぇ、グレイレウス。アネットが何処にいるのか知らないかしら?」
寮の裏山にある修練場に辿り着いたあたしは、そう、剣の素振りを行うグレイレウスに声を掛ける。
するとグレイレウスは肩越しにチラリとこちらへ視線を向けた後、刀を鞘へと納め、静かに振り返った。
「ロザレナか。
「そう・・・・。さっき、部屋を覗いたのだけれど、何故か留守にしていたのよね。もうっ、こんな夜中に何処に行ってしまったのかしら!」
「なるほど。ならば、大浴場にでも行っているのでは無いのか? アネット
「確かに。他人に肌を見せるのを嫌がるあの子のことだから、その可能性はあるわね・・・・って、何であんたがアネットのお風呂入る時間帯を知っているのよ!? 気持ち悪い!!」
「下種な勘ぐりはやめてもらおうか。オレは弟子として、アネット
「・・・・・・・いや、普通にストーカーじゃないの、それ・・・・」
「何を言っているッ!! あのアネット
「えぇ・・・・。アネットは普段、寮では家事をしているだけだと思うのだけれど・・・・」
「フッ、馬鹿め。貴様の目は節穴か。
「何か、もう、この男の暴走はあたしじゃ止められそうにないわね・・・・。初対面の時の、クールで頭が良さそうなキャラはいったいどこにいったのかしら・・・・」
そう言ってあたしは首を振ってため息を吐いた後、腰の鞘からアイアンソードを引き抜く。
そして不敵な笑みを浮かべ、グレイレウスに向けて再度口を開いた。
「まぁ、この際、あんたでも別に良い、か。・・・・ねぇ、グレイレウス。ちょっと今から、あたしと組手をやってくれないかしら」
その言葉にグレイレウスは肩をピクリと震わせると、先ほどまでのふざけた雰囲気とは一変、こちらに鋭い眼光を向けてくる。
「組手、だと?」
「ええ。本当は、アネットにあたしの剣を見てもらって感想を貰いたかったんだけれど・・・・。留守にしているんじゃ仕方ないものね。先に貴方に見て貰うとするわ」
「ほう。その自信に満ちた様子から察するに、新しい剣技でも身に付けた、というところか?」
「まあ、そんなところかしらね。学級対抗戦でシュゼットを倒すために、この数日間、色々と新しい戦い方を模索してきたのよ。ひとつ、実際に模擬戦をして私の戦い方を評価をしてくれないかしら? ね? 先輩?」
「・・・・フン。面白い話だが、オレは剣を振るうならば組手だろうと手は抜けん男だ。だから・・・・これくらいのハンデはくれてやる」
そう口にすると、彼はベルトから刀を外し、鞘ごと地面へと突き刺した。
そして、腰に付いている小太刀を引き抜くと、マフラーを風で靡かせ、小さく笑みを浮かべる。
「ちょっと、何の真似よ」
「オレは速剣型の二刀流だ。そして、この学園でも一、二を争うレベルの剣士でもある。ついこの間までズブの素人だった貴様には、これくらいのハンデは妥当だと思うが? いや・・・・もう少しハンデが必要か」
そう言うと、グレイレウスは突如、あたしの背後へと視線を向けた。
そしてその後、睨みつけるようにして目を細めると、大きく声を張り上げる。
「おい、そこで盗み聞きしているそこのお前! お前もこの組手に参加しろ!」
「え?」
振り返ると、そこには・・・・藪の中で大木に身を隠し、こちらを観察しているルナティエの姿があった。
ルナティエは一瞬慌てふためくような素振りを見せたが、コホンと咳払いをし、いつものように優雅な所作でこちらに近付いてくる。
「・・・・こんな夜更けにご機嫌ようですわ、ロザレナさん、負け犬レウスさん」
「フン。また何かを企んでいるのか、貴様は。相変わらず剣で戦うのでは無く、無駄な策略を巡らせるのが好きなようだな、下種女」
「まったく、別に何も企んでなんていませんわよ。今回のはただの偶然ですわ! 寝る前に、少し剣の修練を積んでおこうと思って、先ほどこの裏山の修練場に来ただけですもの。・・・・貴方がたの秘密の密会など、興味の欠片もございませんわ」
「くだらない妄想をするな、ドリル女。オレたちは師匠から剣を学ぶために、こうして毎夜、この場に集まっているにすぎない」
「師匠? 貴方たち、誰かに剣を教わっていまして? それはいったい誰のことなんですの?」
「決まっているだろうッ!! ア―――――」
「ちょっと、グレイレウス、黙りなさい!!!!」
「むがっ!? な、何をする!? ロザレナ!?」
あたしは両手でグレイレウスの口を塞ぎ、彼の耳元に小声で声を掛ける。
「・・・・あんた、この前学校でアネットに注意されたことをもう忘れたの? アネットの実力は、他の人には隠さなければならないのよ!」
「む。そ、そうだった、な」
「あの子の実力を知っているのは、この学校ではあたしたち二人しかいないんだから、言動には気を付けなさいよ! ・・・・って、何であたしがこんなフォローに回らなければならないのよぉっ! 一番にアネットの力を周囲に広めたいのはあたしなのに・・・・もうっ!!」
そう言ってグレイレウスから離れると、あたしは地面の砂を蹴り上げ、ふぅと大きくため息を吐いた。
そんなこちらの様子に不思議そうに首を傾げると、ルナティエはあたしの横に並び、グレイレウスへと鋭い視線を向ける。
「それで? 確か、ロザレナさんと負け犬レウスさんで組手をなさるんでしたっけ? 何故、わたくしもその組手に参加しなければいけませんの?」
「ロザレナだけではオレとの勝負にならないからだ。・・・・まぁ、お前とロザレナの二人掛かりでも、このオレに膝を付かせることなどできはしないだろうがな。だが、現状で可能なハンデはそれくらいしか無いのだから、仕方あるまい」
「・・・・へぇ? 泣き虫グレイレウスのくせに、随分と、生意気なことを言うようになりましたのね。少々、ロザレナさんとわたくしのことを舐めすぎているのではありませんの?」
「フン。負けず嫌いなのは結構だが、不用意な発言をした結果、心が折れないように気を付けるのだな、下種女」
そしてグレイレウスは首をコキコキと鳴らすと、ふぅと短く息を吐き、再び口を開く。
「まぁ、これも良い機会だろう。シュゼット・フィリス・オフィアーヌは、恐らく、オレと同格に近い実力者だ。このオレに遅れを取るようであれば、貴様らがあの女に勝てる道理はない。・・・・とはいっても、あの女よりも強いとは思うがな、このオレは」
そう口にすると、グレイレウスは小太刀を逆手に構え、腰を屈めて、臨戦態勢を取った。
そんな彼をまっすぐと見据えると、ルナティエは腰のレイピアを引き抜き、チラリとこちらに顔を向けてくる。
「まぁ、確かに、これも良い機会であるのも事実ですわね。・・・・・ロザレナさん、分かっているとは思いますが、あの男はこの学校きっての実力者ですわ。先ほど言った通りに、組手だろうと手は抜かないと思われます」
「そのようね」
「ですが・・・・あの男の言う通り、実戦経験の少ないわたくしたちコンビにとっては、これはまたとない絶好の機会であるのも事実。以前話した通り、わたくしたち二人でシュゼットを倒す計画に変更はありませんからね。あの男とまともに剣を交わすことができなければ、学級対抗戦での敗走は必至。そのことはお分かりですわね?」
「学級対抗戦まであと一週間しかないのだから、もう打つ手が無いことくらい分かっているわよ。というか、あたしは一人でもグレイレウスを倒すつもりでいたわ。貴方がこの場に現れなくても、ね」
「ふん。相変わらず猪突猛進で生意気な性格なことで・・・・ですが、今はその不躾な点は不問にしてさしあげましょう。対シュゼット戦を想定した策略通りに、わたくしは貴方のサポートに徹しますわ。貴方はできるだけあの男に必死に食らいつきなさい。良いですわね?」
「オーケー。分かったわ」
そう言って、あたしはルナティエを背後に待機させ、前へと出て上段に剣を構える。
その姿に、グレイレウスはチッと舌打ちを放ち、眉間に皺を寄せた。
「・・・・まだ、バカの一つ覚えのようにその上段の剣を使っているのか、貴様は。
「お生憎様。あたしの一番お気に入りの剣技は、この上段なのよ。・・・・それと、以前までのあたしだと思わないことね。あたしだって、何もしないでこの数日間を過ごしてきたわけじゃない。あんたや、ア――師匠の見ていないところで、修練に励んでいたんだから!」
「ほう? 言うじゃないか。・・・・ならば、この組手で不甲斐ない結果を残したその時は、貴様の一番弟子の座をオレが奪わせてもらうとしよう。あの偉大な御方の顔に泥を塗ってみろ。このオレが絶対に許しはしない」
「そんなことはさせないわ。あたしはア・・・・師匠の剣を誰よりも近くで見てきた。だから、あの人の一番弟子の座はあんたには絶対に渡さない。必ず、あんたに勝ってみせる」
「フン、偉大な
そう叫んだグレイレウスに向けて、あたしは跳躍し、そのまま上段に構えた剣を―――彼の脳天に向けて放った。
投稿、遅れてしまってすいません!!
最近、とても忙しく、執筆できる時間が取れませんでした・・・・お待ちいただいた読者様には、重ねてお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした。
学級対抗戦編までの話を既に書いていますので、続きはすぐに上げられると思います!
また、次回も読んでくださると幸いです!
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本当にありがとうございます。
三日月猫でした! では、また!