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第85話 元剣聖のメイドのおっさん、自分の付き人の変態っぷりにドン引きする。


 午後九時過ぎ。


 満月亭の面々との和やかな夕食を終えた俺は、向かいの部屋へと戻って行ったロザレナに別れを告げ、自室の扉の前に立つ。


 そしてその後、キョロキョロと辺りに誰も居ないことを確認した後、部屋へと入り、扉の鍵を閉め、大きく息を吐いた。


 まるで何かやましいことをしているような感じがするが・・・・これから話す会話の内容は、他の連中に聞かせるわけにはいかないからな。


 特に、俺の出生のことに関しては、リーゼロッテが俺を探っている現状において最も丁重に扱わなければならない情報のひとつだろう。


 満月亭の寮生に敵はいないとしても、用心することに越したことはない。


 俺は頬をパチンと叩いた後、机の引き出しから魔道具(マジックアイテム)のノンホールピアスを取り出し、それを耳へと装着した。


「ええと・・・・確か、こんな感じだったか?」


 そして耳元に手を当てると、恐る恐るといった様子で、魔道具(マジックアイテム)を発動させてみせる。


「―――――――【コンタクト】」


 そう唱えた瞬間、プツっと、何かが繋がるような音が頭の中で響いた。


 そして、次の瞬間。


 頭の中で想像していた目的の人物と、心が繋がったような・・・・そんな不思議な感触がした。


「もしもし。おい、コルルシュカ、聞こえるか? ちょっとお前に聞きたいことがあってだな。こうして念話を飛ばし――――」


『あぁんっ! ア、アネット様ぁ! もっと、もっと、コルルを虐めてくださぃぃぃぃぃっ!!』


「・・・・・・・はい? あの、コルルシュカさん? いったい何を、やっていられるんですか?」


『・・・・・・・・・・あ゛』


「・・・・・」


『・・・・・』


 数秒の間、互いに沈黙した後――コルルシュカはコホンと大きく咳払いをすると、いつもの抑揚のない口調で口を開く。


『アネットお嬢様。【コンタクト】の魔法を使用なさったのですね。こうして念話でお話しできること、コルル、とても嬉しく思います』


「いや、お前、さぁ・・・・。レティキュラータスの御屋敷でなんつーことやってんだよ・・・・。あの御屋敷にはルイス坊ちゃんもいるんだぞ? そんな発情している姿を見せたら、教育上よろしくねぇだろ」


『私は最近、離れにあるアネットお嬢様のお部屋で就寝しておりますので、レティキュラータス家の方々にこのような姿を見られる心配はございません。ご安心を。・・・それと、アネットお嬢様が幼少から今に至るまでお過ごしなされていた毛布にくるまり、アネットお嬢様の匂いに包まれて、ベッドの上で熟睡していますので。その点に関しましてもご安心を』


「いやいやいや、最後の内容に関しては全然安心できねぇんだが!? ちょ、お前、今すぐ俺の部屋から出て行けッ!! 俺、夏休みになったらそっちに帰るんだからな!?」


『そうですね。その時は、潔くお部屋からは退散致します。・・・・ふふふふ。夏休みは、私の匂いが付いたベッドで過ごしてもらえれば、幸いでございます。ふふふふ』


「お前・・・・何となく分かってはいたが、結構ヤベー奴だな・・・・」


『はっ!! お叱りになられますか!? で、でしたら、今すぐこの卑しいメイドめを強く怒鳴りつけてください!! さぁ!! 雌豚メイドと、罵ってくださいっ!!!!』


「もうやだこのドМ変態メイド・・・・。何で母さんはこんな奴を俺の付き人に選んだの・・・・? 明らかな人選ミスじゃない?」


 そう言って大きくため息を吐いた後、俺はさっそく本題へと話題を移すことにした。


 それは、今日の放課後にあった、俺の身体に【魔封じの術式】が施されていると分かった件についてだ。


 その話を伝えると、コルルシュカは数秒黙り込んだあと、静かに口を開いた。


『・・・・アネットお嬢様がお産まれになられた直後。お嬢様は、臓器が石化する【ゴルゴン病】を発病なされたのです』


「は? 臓器が石化する病、だと・・・・?」


『はい。その病の治療法は、魔力の流れを止めること。ですから、お嬢様は延命のために、産まれた直後にお父上様によって【魔封じの術式】を体内に刻まれた・・・・と、アリサ様から私はそう聞いておりました。魔法が上手く発現できなかったのは、そういった事が原因であるかと』


「・・・・・」


『? お嬢様?』


 臓器が石化する、謎の奇病。


 それは―――生前の俺、アーノイックの死因だった病に、間違いない。


 俺の時代ではその臓器が石化する病は、未知の奇病として、けっして治すことができないものとされていた。


 【ゴルゴン病】という名前すらも付いていなかったしな。


 俺が前世で死んでから三十年経って、ようやく治療方法が見つかった、と、これはそういうわけか。


「いや、しかし・・・・偶然、で片付けられる問題か? こいつは・・・・」


 コルルシュカの話から察するに、前世の俺の死因である【ゴルゴン病】を、転生先である赤子のアネット・イークウェスも発病していたようだ。


 前世のアーノイックと、転生先のアネットが同じ病を発症する。


 これは正直、単なる偶然で片付けて良いような事柄じゃないような気がする。


 とはいっても・・・・今、俺が持っている情報だけでは、この事象を解明できる手掛かりは何もないしな。


 もしかしたら、何か、俺が想像もできない謎がアネットの産まれにはあるのかもしれないが・・・・色々と厄介事に巻き込まれている今の現状では、その背景を調査することはできないだろう。


 まぁ、とりあえず、この件は頭の片隅にでも置いておくとするか。


 今優先すべき事は、こっちじゃねぇしな。


『アネットお嬢様、如何なされましたか?』


「いや・・・・何でもない。それよりも、その魔封じとやらだが・・・・今日、少しだけその術式が解かれてしまったみたいなんだ。理由は分からないが、一瞬だけ、本来の力で魔法を使用することに成功した」


『なるほど・・・・』


「・・・・なぁ、その魔封じが解かれると、『ゴルゴン病』が再発する恐れは無いのか?」


『その点に関しましては、ご安心ください。ゴルゴン病は、魔力の流れを10年断てば、完治する病と言われています。お嬢様は産まれてから15年間、魔封じを解かれていませんでした。ですから・・・・もう完全に治っていると思われますよ』


「そうか。じゃあ、【魔封じの術式】を完全に解いちゃっても問題は無いんだな?』


『はい、特に問題はございません』


「それなら良かった。・・・・・で、だ。どうやったら【魔封じの術式】って解くことができるんだ? 俺、これからは自由に魔法を使っていきたいんだけど?」


『・・・・・・』


「? コルルシュカ?」


『・・・・ええと、その、【魔封じの術式】はですね、その術式を使用できる人間のみが解くことができる、と言われているんです。ですから、あの・・・・』


「ええと、それじゃあ、【魔封じの術式】を使える人間を王国で探せば良いんだな?」


『・・・・いいえ。この魔法は、高難易度の古代魔術のようなものなので、そもそも【魔封じの術式】を使用できる使い手は、剣の国である王国には一人もいないんですよ。アネットお嬢様の御父上である、先代オフィアーヌ家当主様しか、王国では使用できる者はいなかったんです』


「えっと、つまり・・・・?」


『魔法の国、帝国に行き、そこで古代魔術の担い手を見つけ―――治療してもらうしか方法はありません。王国内でゴルゴン病を発病した患者は、皆一様に、帝国に赴いているようですから』


「・・・・・・マジ、かぁ」


 学級対抗戦だのなんだのとこのクッソ忙しい時に、帝国に行って、わざわざ術式解除ができる魔術師(ウィザード)を探さないといけないだなんて・・・・そんな暇、今の俺にあるわけがない。


 朝昼晩と、ロザレナの世話をしなきゃならないし、満月亭の夕飯も作らなきゃならないし、深夜には自称弟子たちの訓練も見なきゃならねぇしで・・・・もう、スケジュールに空きなんてねぇよ・・・・。


 まぁ、でも、今日の訓練で【魔封じの術式】が少し解除されたのか、多少、魔法を使用することができるようにはなったみたいだし・・・・別に急いで今すぐ魔封じを解除する必要もねぇ、か。


 現状、多少魔法が扱える程度でいた方が、学校生活も目立たずに生活することができそうだしな。


「まっ、しゃあねぇか。この件に関してはおいおい、だな」


 そう言って大きくため息を吐くと、コルルシュカはクスリと小さな笑い声を溢した。


『意外です。てっきり、お嬢様は今すぐにでも帝国に行かれるものかと思いました』


「アホか。こちとらメイド業で毎日忙しいんだ。んな暇なんてねぇよ」


『それもそうですね。ロザレナ様のお世話は、何かと大変そうですものね』


 コルルシュカはその後、一拍置いて、神妙そうな空気を醸し出し、再度口を開く。


『・・・・・お嬢様。私と別れてから、何かお変わりはありませんか? ゴーヴェンが接触を図ってきたり、だとかは・・・・?』


「あぁ、その件に関してはひとつ、問題があるな。今、あいつの手下だと思われる女教師に―――リーゼロッテ・クラッシュベルって女に、四六時中監視されている。まぁ、四六時中とは言っても、学園の中でだけ、だけどな。流石に寮の中までは追って来てはいねぇよ」


『えっ? えぇっ!? だ、大丈夫なのですかお嬢様っ!? ギ、ギルフォード様にお伝えして、彼に助力を頼んだ方がよろしいのではないでしょうかっ!?』


「いや、あいつには絶対にこの話は言うな。あのイカれ兄貴のことだ。この話を知ったらまず間違いなく、俺を学園から遠ざけるために、無茶苦茶な手を打ってくるに違いないだろう。だから―――今は信じて、全て俺に任せて欲しい」


『・・・・・何か、策があるのでしょうか?』


「まぁ、な。奴を排除するに当たって、ひとつ、効果的な一手は思い付いている。ただ、それを実行するには、あの男の手を借りなければならないんだけどな」


『あの男・・・・?』


「あぁ。まぁ、そういうことで、さっそく今からその協力者になり得る人間に連絡を取ってみようと思う。だから、コルルシュカ、すまないがもう念話を切るぞ」


『・・・・・お嬢様。私がお手伝いできることは何かありますでしょうか?』


「んー、今のところは何も無いかな。何かあったら必ず言うよ。ありがとな」


『・・・・畏まりました、お嬢様。あの、けっしてご無理はなさらないでくださいね? 何かありましたら、いつでもコルルにご連絡してください。魔道具(マジックアイテム)で、すぐさまお嬢様の元へ駆けつけますので』


「あぁ。ありがとう、コルルシュカ。心配してくれてサンキューな」


 「失礼します」と寂しそうに言ってきたコルルシュカに礼を言って、俺は念話を切断し、ふぅと短く息を吐き出す。


 そして、俺は再度耳元に手を当て、協力を取り付けるために、ある人物へと念話を飛ばしていった。


 脳内でツーツーツーと三回音が鳴った後、プツリと、目的の人物と心が繋がった感触がする。


 俺は唾を飲み込み、意を決して、その人物へと声を放った。


「・・・・夜分遅くに失礼いたします。この声が聴こえていますでしょうか? ―――ヴィンセント様」


 そう声を発すると、脳内で「クククク」と、あの特徴的な邪悪な笑い声が聴こえてくる。


『アレスか。魔道具(マジックアイテム)を渡したというのに、随分と連絡を寄越すのが遅かったではないか』


「申し訳ございません。最近は色々とありまして・・・・ご連絡するのが遅れてしまいました」


『ククククク・・・・それで? この俺に何か用があって念話を飛ばしてきたのではないのかね? 貴様のことだ。この俺と世間話をするつもりなどないのであろう?』


「はい。実は、ヴィンセント様にとある件でご助力願えないかと、ある相談事がありまして・・・・」


『相談事か。ふむ。重要な話か?』


「はい」


『であるならば、そこで話をするな。盗聴されている可能性もある。今すぐに俺の部屋へ来い』


「い、今すぐ、ですか?」


『あぁ。お前にはこの前、アレを渡しておいただろう? 念話(コンタクト)魔道具(マジックアイテム)と共に渡した、転移(テレポート)魔道具(マジックアイテム)をな』


「で、ですが、このような夜分遅くにお屋敷に失礼するのは、その、ご迷惑ではないでしょうか? キールケ様もいらっしゃいますし・・・・」


『あの愚かな妹のことは気にするな。それに、ちょうど今日、上等な酒を手に入れてな。一人で飲むのもつまらんと思っていたから丁度良い機会だ。義弟としてこの俺の酒の席に付き合え、アレスよ』


「え、お酒!? え、えぇっ!?」


『ではな、待っているぞ』


 そう言うと、ヴィンセントは不気味な笑い声を上げ―――念話を一方的に切ってきたのだった。


第85話を読んでくださって、ありがとうございました!!

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三日月猫でした! では、また!

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