第82話 元剣聖のメイドのおっさん、戦いの予兆を感じる。※あとがきにお知らせがあります
「今日はあいにくの曇り空みたいね。・・・・一応、傘を持って行った方が良いのかしら?」
「そうですね。まだまだ梅雨は始まったばかりですからね。そうなさった方がよろしいかと思います」
俺とロザレナはそう言葉を交わした後、一緒に寮を出る。
そして外で待機していた満月亭のみんなと合流すると、俺たち主従は互いに肩を並べて、通学路を歩いて行った。
結局、あの後、ロザレナの身体から闇魔法が発現する様子は無かった。
どういった条件で闇魔法が発現するのかは分からないが・・・・今は少しでも、彼女の様子を見守っておくことに越したことはないだろう。
あの力は、この王国においてはとても危険なものに変わりはないからな。
特に、闇属性魔法を嫌悪する保守派の聖騎士に知られては、厄介極まりないことが起こるのは間違いない。
下手したらロザレナに危害を加えようとする過激な連中が出てくる可能性もあるだろう。
これからはいっそう、お嬢様の様子を注視して見守っていた方が良さそうだ。
そんなことを考えながら通学路を歩いていると、突如、前方から聞き慣れた高笑いの声が聴こえてきた。
「オーホッホッホッホッ!! 道をお開けなさい、愚民ども!!!! 栄光あるフランシア家の息女であるこのわたくし・・・・ルナティエ・アルトリウス・フランシアのお通りですわぁ!!!!」
人込みをかき分け、通学路を歩く学生たちをシッシッと追い払うようにして、ルナティエは先行して歩みを進めて行く。
そんな彼女を止めようと、ジェシカは俺たちから離れて、ルナティエを追いかけて行った。
「ちょ、ルナティエ!! やめてよ!! みんな見てるでしょ!!!!」
「オーホッホッホッ----うく゛えっ! ちょ、ちょっと、ジェシカさん!? 髪の毛を引っ張るのはお止めになってくださいまし!!!!」
ジェシカに巻き毛ドリルを思いっきり引っ張られて、ルナティエは歩みを止めて振り返る。
そんな彼女にジェシカはぷくーっと頬を膨らませると、ルナティエに指を突き指し、怒った顔で口を開いた。
「外でその高笑い禁止! 目立って恥ずかしいから! あと、うちの寮は朝はみんなで登校するのがきまりなの! ひとりで先行して歩いて行かないでよ!!」
「ふん! 何故、わたくしが貴方の命令を聞かなければならないのかしら? わたくしの覇道は何人たりとも止めることなどできないものでしてよ!! オーホッホッホッホッ!!!!」
「あっ、ちょっと!!」
そう言葉を残すと、人混みをかき分け、ルナティエはそのまま時計塔へと足早に向かって行ってしまった。
去って行った彼女の後ろ姿に、ジェシカは眉間に皺を寄せ、唇を尖らせる。
「もう、なんなのあの人! 協調性無さすぎだよっ!」
「まぁまぁ・・・・そんなに怒らないであげて、ジェシカ。あいつにはあいつなりの理由があるのよ」
「ロザレナ?」
ジェシカの肩をポンと叩いた後、ロザレナは俺の方へと申し訳なさそうな顔を向けて来た。
「ごめん、アネット。ちょっとあいつの様子を見てきてくれる?」
やはり、ルナティエのあの行動の意味は
俺はロザレナに頷いた後、口を開く。
「畏まりました。ですが・・・・お嬢様が向かわれてもよろしいのではないでしょうか?」
「それはダメよ。あいつはあたしには絶対に弱みを見せたくないと思うから。でも、アネットには・・・・何故かうちのメイドには、あのドリル女は不思議なことに心を開いているからね。ホント、この人たらしめ」
ジト目を向けてくるお嬢様に苦笑いを浮かべた後、俺は深く頭を下げる。
「では、行ってまいります。お嬢様」
「うん。みんなとはゆっくり登校して行くから、お願いね」
顔を上げ、その言葉に頷いた後。
頭に疑問符を浮かべるジェシカを置いて、俺は雑踏に混じり、ルナティエの後を追って行った。
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昇降口に入ると、その目立つ髪の少女の姿はすぐに発見することができた。
「・・・・・・・・・」
下駄箱を開け、何処か悲痛そうな表情を浮かべているルナティエ。
俺はそんな彼女の横からヒョイと顔を覗かせ、ルナティエの下駄箱の中へと視線を向けて見た。
「うわ、割れた生卵がこんなに・・・・これはまた、酷い有様ですね」
「ひうっ!? ア、アネットさん!?」
驚愕の表情を浮かべる彼女にニコリと微笑んだ後、俺は優しくルナティエに声を掛ける。
「お掃除、お手伝い致しますよ、ルナティエ様」
「え・・・・?」
困惑の声を上げて固まるルナティエを無視して、エントランスホールの奥にある掃除用具入れへと視線を向ける。
「雑巾は--あそこにありますかね。取ってきます」
「え、ちょ、ちょっと、アネットさん!?」
そう言葉を残して、俺は階段横にある掃除ロッカーの前へと立つ。
そしてロッカーを開けて、雑巾とバケツを取り出すと、水を汲むために手洗い場へと急いで歩みを進めて行った。
「す、すごいですわね・・・・瞬く間に綺麗になりましたわ・・・・」
掃除し終えてピカピカになった自分の下駄箱を見て、ルナティエは目を丸めて驚愕する。
俺はそんな彼女の様子に、隣で照れたように頬を掻いた。
「これでもメイドですからね。掃除は得意なんですよ」
「それにしても早すぎますわ。バケツに水を汲んできて・・・・掃除を始めてから、4,5分くらいしか経っていないのではなくて?」
「それは、まぁ・・・・急ぎましたから」
「急いだ?」
「はい。ルナティエ様は、寮の皆さんにこういった場面をお見せしたくはなかったのでしょう? ですから、みなさんと別れて、足早に先に時計塔へと駆けて行った。それを理解しておりましたから、急いで掃除を終わらせた次第でございます」
「・・・・・え?」
目を見開き、肩越しに驚愕の表情を向けてくるルナティエ。
俺はそんな戸惑うルナティエの顔に、ニコリと微笑みを向け、再度口を開いた。
「貴方様は他人に弱みを見せることを嫌う。そのことは、ルナティエ様と初めてお話したあの時から・・・・校舎裏でお話した時から分かっていましたから。これでも私は貴方のお友達なんです。貴方の性格を、少しは理解しているつもりですよ」
「・・・・・・・・・」
驚いた顔で硬直し、俺の目を数秒見つめた後。
ルナティエは足元に視線を落とすと、ふぅと短く息を吐く。
そして再び顔を上げると---目の端に浮かんだ涙を拭きながら、視線を横にずらし、唇を尖らせた。
「ふ、ふん。たかがメイドである貴方程度に、この国宝級の頭脳を持つわたくしのことなど、分かるはずが無いでしょう? 思い上がりも甚だしい人ですわねっ!」
「失礼致しました。過ぎたことを言ってしまいましたね」
「ーーーーち、違っ・・・・そ、そうですわ! は、反省なさい!!」
そう言った後、ルナティエは突如、俺に背中を見せてくる。
そして、『わたくしの馬鹿、わたくしの馬鹿』と小さく呟きながら、下駄箱に向かってガンガンと自分の頭をぶつけ始めた。
まったく、このお嬢様は本当に面白い御方だな。
素直になれないところが、本当に愛らしい。
「ルナティエ様。替えの上履きは・・・・今しがた脱いだものをお貸しするのは申し訳ないのですが、今は私のものをお使いください」
そう言って上履きを脱ぐと、ルナティエはギョッとした目をこちらに向けてくる。
「え? そ、それじゃあ、貴方の上履きはどうするんですの!?」
「私はこのバケツの水を捨てた後、職員室で替えの上履きを貰ってきます。フランシア家のご令嬢が、靴下姿で廊下を歩かれるなど・・・・あってはならないことでしょう? ですから今はこちらをお履きください。見たところ、サイズも大丈夫そうですしね」
「え!? えぇ!?」
「では、私は掃除用具を片付けてきます。お先に失礼致しますね」
「はぇ? あっ、ちょ、ちょっと! お、お待ちになって! わたくしも、一緒にーーーー」
靴下姿でバケツを抱えた俺に、ルナティエが後ろから声を掛けて来たーーその時だった。
突如、昇降口から複数人の男子生徒たちが姿を現す。
彼らは周りの生徒たちを威圧するように歩いて来ると、俺たちの前にで立ち止まり、嘲笑の声を溢した。
「おいおい、せっかく盛大に汚してやったのに、もう片付けちまったのかよ? つまんねぇなぁ」
そうこちらに声を掛けて来たのはーー
彼は取り巻きを引き連れ、下卑た笑みを浮かべながら俺たちの周囲を取り囲むと、床の上にバケツを置いた俺を見下ろしてくる。
そして、ギザギザの歯を見せて、口を開いた。
「よぉ、オレ様のことを覚えていやがるか? メイドの雌ガキ」
「ええ、まぁ。ルナティエ様のお顔にガラスの破片をぶつけようとしてきたーー不躾な方ですよね?」
「キヒヒヒッ、この状況で顔色ひとつ変えないとは、大した胆力をしていやがる女だな。正直、あの先公の話は半信半疑だったが・・・・こりゃ、少しは楽しめるものを持っていやがるのかもしれねぇな」
なるほど。その口ぶりから察するに、リーゼロッテの件でさっそく、
俺は、こちらの様子にザワザワと騒ぎ始めているエントランスホールの生徒たちを一瞥した後、再びアルファルドへと視線を向け、口を開く。
「それで、何の用でございますか、アルファルド様。私たちはそろそろ教室へと向かいたいところなのですが」
「相変わらずこのオレ様に対してクソ生意気な態度を取る雌ガキだな、オイ。オレ様がわざわざテメェの前に出向いてやったんだ。ここは股でも濡らして喜び感謝するところだろ、なぁ?」
彼のその発言にルナティエは不快気な顔を露わにし、腕を組みながら開口した。
「まったく。貴族とは思えない下品な方ですわね。これではダースウェリン家の格も知れるところですわ」
「黙ってろ、負け犬が。オレ様が今興味あるのはテメェじゃねぇ。アネット・イークウェスだ」
そう言ってアルファルドは俺へと近寄るとーー俺を下駄箱まで追い詰め、ガンと、壁に手を付いて、壁ドンをしてきた。
目と鼻の先で、歯をむき出しにして嗤うと、アルファルドは再び口を開く。
「よぉ、オメェ・・・・オレ様の女になる気はないか?」
「・・・・はい?」
「拉致ってマワしちまうのも悪くはねぇが・・・・オレ様に恭順な態度を見せるのなら、ダースウェリン家の次期当主であるオレの愛妾として、飽きるまでオモチャとして可愛がってやるよ。そうすれば、メイドとして暮らすよりも良い思いをさせてやるぜ? 加えて、特別に学級対抗戦でも手を抜いて戦ってやる。どうだ? 悪くねぇ話だと思うが?」
「申し訳ありませんが、いったい何を申されているのかが分かりません。早くそこを退いてくださいませんか? とても不愉快です」
「・・・・・・・・」
その言葉に憤怒の色で顔を歪ませると、アルファルドは一歩離れる。
そして、その後、手を振り上げるとーーーー俺の頬に向けて、バチンと、強烈な平手打ちを放ってきた。
「!? アネットさん!?」
頬をぶたれ、俺はその場に座り込む・・・・振りをする。
そんな俺を上から見下ろし、アルファルドは口角を吊り上げた。
「オレ様はな、女なんざ、男に快感をもたらす道具にしか思っていねぇ。テメェをぶっ壊すのなんて、ワケねぇんだよ。これで分かったか? オレ様がどういう人物なのかをな!」
「貴方、正気ですの!? こんな公衆の面前でアネットさんを殴るだなんて!! 恥を知りなさい!!」
「キヒヒヒッ、卑怯な手を好んで使う女が、随分と丸くなったじゃねぇか。お友達はそんなに大事か? 負け犬が」
「わたくしは、これでも貴族の嫡子としてのプライドはありますの。貴方のような、下品で野蛮な人間とは違いますのよ」
「ほう? 言うじゃねぇか、負け犬。このオレ様に喧嘩売る気なら、容赦はしなーーーー」
「気は済みましたか?」
「は?」「え?」
そう言って立ち上がり、俺はぶたれた頬を撫でながら、口論する二人の横に立つ。
そして、そのままアルファルドの目を見つめ、口を開いた。
「あの、掃除用具を片付けたいので、早く解放してもらえませんかね? この場でこのやり取りを続けられても、不利になるのはあなた方だと思うのですが」
「何、だ、テメェ・・・・何で、殴られたってのに、んな平然としてやがる?」
こちらの様子に、目を見開き唖然とするアルファルド。
俺はそんな彼に続けて声を掛けた。
「人通りの多いエントランスホールでは、いつ、教師がこの場にやってくるかは分かりませんよ。そうなった場合、不利になるのは先に手を出してきたあなた方だと思うのですが。早くこの場を去った方が賢明だと思いますよ」
「テメェ・・・・・」
眉間に皺を寄せると、アルファルドは俺に鋭い眼光を向ける。
そしてチッと舌打ちを放つと、そのまま仲間を引き連れて、螺旋階段に向かい、上階へと登って行った。
俺はそんな彼らの背中を見送った後、バケツを手に持ち、ルナティエへと視線を向ける。
「お怪我はありませんよね? ルナティエ様」
「え、えぇ・・・・」
「では、今度こそこのバケツの水を捨ててきますね。失礼致します」
「アネットさん。貴方・・・・」
ルナティエは何かを探るような雰囲気で、ジッと、俺の目を見つめてきた。
賢い彼女のことだ。
先日の、俺がルナティエを連れて街を走り回った一件と、先ほどの俺の様子を見て、何かしらの違和感を感じ取っても不思議はない。
だが、今のところ俺は、ルナティエに対して明確な証拠を開示してはいないからな。
グレイレウスのような高い洞察力が無い彼女では、俺の隠す真実に辿り着けることはまず無理だろう。
困惑するルナティエに会釈した後、俺は水汲み場へと歩いて行く。
すると、背後から、ルナティエが足音を立てて追いかけて来た。
「お、お待ちになって!! わたくしも手伝いますわ!!」
少し遅れて合流してきたルナティエに笑みを返した後、俺たち二人は雑談を交わしながら、水汲み場へと向かって行った。
《???視点》
ルナティエとアネットは、仲睦まじい様子で廊下の先にある、水汲み場へと向かって歩いて行く。
私はそんな二人の様子を、背後から静かに見つめていた。
「・・・・・・・・・のんきなものね」
自分たちのクラスが今、どんな状況にあるのかも分からず、あんな風に能天気に過ごせるなんて。
なんて、平和ボケした子たちなのだろう。
本当にこの学校の生徒はバカばっかりだわ。
叶いもしない理想を掲げる根性論だけの級長に、現実を知っても尚諦めることを知らない副級長。
そしてー-自分が今、他クラスから狙われているのにも関わらず、のんきに学校生活を送っているバカなメイドの女、アネット・イークウェス。
あの女の、人を疑うということすらできなさそうな、善人オーラを放っている笑顔を見ていると無性に腹が立ってくる。
私が欲して止まなかった
何の苦労も知らないただの平民が、私の今までの努力を嘲笑うかのように突然目の前に現れてくれちゃって。
本当に、あの子を見ているとイライラしてしょうがないわ。
「おはようございます、ベアトリックスさん」
「・・・・・おはようございます」
振り向くと、そこに居たのは同じクラスのアリスと、その取り巻きの女生徒たちだった。
彼女たちは一瞬、見下したような視線をこちらに見せると、何事もなく横を通り過ぎていき、螺旋階段を登って行った。
私はそんなアリスたちを見送った後、ふぅと大きくため息を吐く。
そしてぽそりと、誰にも聞こえない声量で小さく呟いた。
「・・・・本当に、バカばっかりね。この国の人間は」
そう呟いた後、私はアリスたちに続き、静かに螺旋階段を登って行った。
まずは、更新が遅れてしまい、本当に本当に申し訳ございませんでした!!
最新話をお待ちいただいていた皆様には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
それと、ここでタイトル変更したことをご報告させていただきます。
旧タイトル「最強の剣聖のオッサン、没落伯爵令嬢のメイドに転生する ~箒で無双するメイド少女は、『剣聖』を目指すお嬢様の側仕えとして騎士養成学校に入学することになりました~」→「最強の剣聖、美少女メイドに転生し箒で無双する」
読者の皆様には混乱を招いたかもしれませんので、重ねて、謝罪させていただきます。
申し訳ございませんでした。
さて、すでにタイトルとあらすじにも書いてありますが、今日は良いご報告がございます!!
なんと!! なんと、なんと!!
この度、この作品がオーバーラップWEB小説大賞での受賞が決定致しました!!
これも全ては、この作品を読んでくださった皆様のおかげです!!
この作品は読者の皆様によって生かされていると、私はそう思っておりますので、本当に感無量です。
本当に本当に、心からお礼申し上げます。
この作品を読んでくださって、ありがとうございました。
オーバーラップ様から書籍化も決定しましたので、続報をお待ち頂けると幸いです。
アネットやロザレナたちがイラストになり動き出すその光景が、今からとてもとても楽しみで仕方ありません!
書籍化作業と一緒にweb版も投稿していきたいと考えていますので、また次回も読んでくださると嬉しいです!
今度は遅れないように、頑張りたいと思います!
三日月猫でした! では、また!