第8話 元剣聖のメイドのおっさん、かつての自分を取り戻す。
「・・・・まさか、親玉が自ら出てくるとはな・・・これは全くもって想像できていなかったぜ」
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、こちらにゆっくりと近づいて来るジェネディクト。
俺たちは、その男の異様な気配に気圧されながら、数歩後退する。
だが・・・・・背後からも、
こうして俺たちはいつの間にか、前方も背後も、完全に退路を断たれてしまったといえる状況に追い込まれてしまう。
まさに、八方塞がりといった状況だ。
俺は額に汗を浮かべながら、ロザレナを庇うようにして前へ出て、ジェネディクトのニヤけ面に鋭い眼光を向ける。
すると、ジェネディクトはホホホと手の甲を口に当て、可笑しそうに嘲笑の声を上げた。
「随分と威勢の良い小娘ねぇ。この私を前にして、敵意向きだしにして睨みつけてくるなんて・・・・他のお仲間さんはみんなガキらしく怯えて震えているというのに・・・・変わってるわね、貴女」
「ハッ、闇市一掃作戦以降、些事は全て部下に任せっきりで、めったに表に出ようとしてこなかったてめぇが、まさか今では逃げ出したガキどもを捕まえるために自らお出ましとはな・・・・そんなに人手不足なのか? 現在の
「? まるで、私のことをよく知っているかのような口ぶりねぇ。パパが聖騎士団員か何かだったのかしら?」
「さぁてな。だが、てめぇのことは誰よりも知っているつもりだぜ。何たって俺は病でくたばる寸前まで、てめぇのことはずっと探しまわってたんだからな。まさかこんなところで再会できるとは思ってもみなかったぜ? 【迅雷剣】ジェネディクト・バルトシュタインさんよぉ」
「・・・・・? 言っている意味がまるで分からないけれど・・・・まぁ、良いわ。ゲラルト」
「はい」
ジェネディクトがそう部下の名を呼ぶと、背後にいる男は俺たちの足元に、刀身の短い小型の刀剣である『ダガー』を無造作に投げ捨てる。
その理解不能な行動にこちらが困惑していると、ジェネディクトは地面に落ちている剣を指さし、楽しそうに口を開いた。
「今まで、あの牢獄から無事に逃げ出した奴隷はひとりもいなかったの。だから、貴方たちのその行動力に免じて、チャンスを上げることにするわぁ。その剣で私に少しでも傷を付けることができたのなら・・・・その時はここから逃げることを許してあげる♪ 五体満足で、パパとママの元に帰らせてあげるわよぉ」
「!? そ、それは、本当なの!?」
ロザレナのその声に、ジェネディクトはにんまりと、菩薩のような優し気な笑みを浮かべる。
俺はそんな奴の表情を見て、ペッと、地面に唾を吐き捨てた。
(・・・・・何ともまぁ、悪趣味な真似をしやがることで・・・・・)
【迅雷剣】のジェネディクト・バルトシュタイン。
魔法と
奴は、雷属性魔法と
俺が知っている限りでは、現剣聖であるリトリシア・ブルシュトローム以外の者に、あの男の剣を止められる実力の者はこの世にいなかった。
勿論、この世界に転生したばかりの俺が、現在の剣士たちの実力を把握し切れていないのは事実だ。
だから、過去の剣聖としての俺の主観での判断になるのだが・・・・それでも、現代で奴を越える剣速の剣士はまずいないだろう、と、断言できてしまう。
何故なら俺が生きていた時代においては、こいつは俺に継ぐ、剣聖の候補者だったからだ。
最上級冒険者であるフレイダイヤ級、聖騎士団を纏める聖騎士団長級・・・・この男は、未だにそのランクに位置する猛者をも越える、頂点の剣士であることは間違いようがないと言える。
そんな怪物相手に、ただのガキ相手が不格好に剣を持って、戦うというのは・・・・何ともふざけた話だな。
ここにいる俺たちが徒党を組んで剣を振り回しても、まずもって、奴の肉体に傷を付けられる可能性は・・・・ほぼ間違いなくゼロと言って良いレベルだ。
何の力も策もない少年少女が、あの怪物に勝てる道理は、どんなに考えたところで、見えてはこない。
「・・・・・こりゃ、弱者を嬲ることが趣味の、奴の悪趣味なお遊び、といったところかね」
そう呟きつつ、俺は地面に投げ捨てられたダガーを拾う。
どうやらこのダガーは、現存するどの鉱石よりも軽いとされる『ライトメタル』を使用して造られているようだ。
子供にも扱える、軽量、そして俺たちの小さな手にも配慮された、刀身と持ち手が長すぎない小型の武器・・・・・。
わざわざこちらがまともに扱える武具を用意していることから鑑みて、完全にこいつは
希望という餌をぶら下げながら、絶望に叩き落し込むという奴のそのやり方に、思わず反吐が出る。
「あらあらあら?? 貴女が私と戦う、そういうことで良いのかしら?」
「あぁ。てめぇら、ここは俺に任せろ」
「そ、そんな!! 無理よアネット!! だってあなた、足に怪我をしているのよ!? 危険よ!!」
「そ、そうだよ!! 君はこれ以上無茶をしちゃダメだ!!」
俺の肩を掴みそう言うと、グライスは何とか恐怖心を噛み殺しながら、ジェネディクトに視線を向け、恐る恐る言葉を放つ。
「あ、あの!! アネットさん以外の僕ら全員が貴方と戦う、それは許されることかな!?」
「えぇ。別に構わないわぁ。ゲラルト、人数分のダガーを、この子供たちに・・・・・」
「いいや、その必要はねぇ。俺だけで十分だ」
「!? アネットさん!?」
グライスの手を払いのけ、俺は剣を片手に持ちながら、ジェネディクトの元へと向かう。
そんな俺に、背後にいるガキどもは甲高い叫び声を上げ始めた。
「む、無茶だってアネットちゃん!! だって相手は大人の男の人なんだよ!? みんなで戦わなきゃ勝ち目ないって!!」
「う、うちも・・・・そ、そう、思います。アネットさんだけが無理をする必要はないかと・・・・」
「あぁ、そうだよ。その通りだ!!」
「アネット。主人としての命令よ。この場は一旦下がりなー---」
「ゴチャゴチャとうるせぇんだよクソガキどもが!!!!!」
肩ごしに振り返った俺のその怒声に、ガキどもは目をまん丸にして、怯む。
俺はそんな彼らの様子を静かに見つめた後、足をズルズルと引きずりながら歩みを進め、ただ真っすぐとジェネディクトのニヤけ面を睨みつける。
そして、静かに口を開いた。
「良いか、クソガキども。
そう一言を言い残し、俺は4,5メートル程の距離で歩みを止め、ジェネディクトと対峙する。
すると奴は先程の俺の行動に笑いを堪え切れなかったのか、 手を叩き、堰を切ったように笑い声を上げ始めた。
「フッ、フフッ、フホホホホホホホホホホホホッ!!!! す、素晴らしい友情劇ねぇ!!!! 惚れ惚れするわぁ!!!! 貴女がボロボロになって「ごめんなさい」と泣き喚く姿を後ろのあの子たちに見せつけたら、いったいどんな顔をするのかしら・・・・今から楽しみだわぁ!!」
「言ってろ、クズ野郎が。悪いが俺は、てめぇに負ける気は一切ねぇ」
「可愛い顔して中々、強気なことを言うのねぇ? いいわ、そんな生意気な口、今すぐ聞けなくさせてあげー----ん?」
俺が真っすぐとダガーを構えると、ジェネディクトはニヤけ面をやめ、突如、その顔に真剣な表情を浮かべた。
「貴女・・・・過去に剣を習っていて?」
「いいや?
「身体? 意味が分からないけど・・・・ふーん? 構えは様になっているわね。剣をこちらに向けた瞬間、突然異様な気配を放ち始めたし。・・・・もしかして、剣の才覚のある天才児、という奴かしらね? 貴女」
そう一言呟くと、ジェネディクトは俺の血だらけの脛に視線を向ける。
そして、掌をこちらの右足に向けると、魔法の
「ー---主よ、汝の奇跡で彼の者の傷を癒したまえ・・・・【ライトヒーリング】」
信仰系低級治癒
あろうことか、何故か奴は魔法を使い、俺の怪我の治癒をし始めたのであった。
完全に癒え、塞がった自身の脛の怪我に俺が目を丸くさせて唖然としていると、ジェネディクトは手の甲を口に当て、楽しそうに含み笑いを溢す。
「万全な状況で弱者を嬲ってこそ、その絶望はより色めき立つものでしょう?? 楽しませてね、メイド剣士ちゃん」
「ハッ、相変わらずふざけた野郎だな、てめぇは」
「フフッ、生意気そうな貴女であれば余興としては十分、楽しめそうね。さっ、お喋りはこれくらいにしておきましょうか。ー---かかっていらっしゃい。その瞳の光、必ず絶望で黒く染め上げてあげるわぁ」
そうして俺はダガーを構えると、ジェネディクトへと向けて、跳躍したのだった。
「もう、もう、やめて・・・・・・っ!!!! アネットが・・・・・アネットが死んじゃう!!!!」
いったい、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
俺は口の中に溜まった血をペッと吐き出すと、ダガーを杖代わりにして、何とか立ち上がる。
現在、腕、胴、脹脛、脛、体中のどこも斬り傷だらけになっていた。
だが、加減しているのか、致命傷になり得る傷は今のところ一切ない。
奴の腕ならば、瞬時にこちらの首を切断できるだろうに。
余興と口にした通り、奴は完全に俺を嬲って遊んでいる、そんな様子だった。
「ウフッ、まだ立ち上がる意志があるのねぇ。面白い子」
「・・・・ったり前だろ。この程度のことで、膝を折ってられるか」
「ふぅん? そう、じゃあ・・・・」
そう口にして、ジェネディクトは俺のボロボロの身体に向けて、まっすぐと、掌を向ける。
てっきり攻撃魔法が飛んでくるものかと身構えたのだが・・・・唱えられたのは治癒魔法、【ライトヒーリング】だった。
治癒魔法特有の効果ー---俺の身体が青白く発光した瞬間、【ライトヒーリング】は、俺の身体にある全ての傷を治癒していった。
そして瞬く間に身体の痛みはなくなり、光が消え失せる頃には完璧に元通り、奴と戦う前の姿へと全快していった。
「あ? てめぇ、また治癒魔法使うとか、いったい何の真似を・・・・」
「フフッ、このまま弱ったままの貴女を痛ぶっても面白くないからねぇ。仕切り直しよぉ。ー----オラァァッ!!!!!!!!」
「ぐふっ!!」
視界から突如消えたかと思えば、一瞬で間合いを詰められ、気付けば俺はジェネディクトに腹部を思いっきり蹴られていた。
その革靴から放たれる威力に、俺は空中を飛び、ゴロゴロと情けなく地面を転がっていく。
だが、そんな俺を逃すまいと、物凄いスピードで追ってきたジェネディクトは転がる俺の体を足で踏んで止め、そして髪の毛を掴むと、そのまま上空へと軽々持ち上げた。
「アネット!!!!」
ロザレナの悲痛な叫び声が聞こえる。
内臓が破裂したかのような強烈な痛みに顔を歪めながら、俺はジェネディクトを鋭く睨みつけた。
「あら、まだ、反抗する意志があるようねぇ。ホント、面白い子」
そう口にすると、奴は愛剣、双剣の
「ぐっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」
その悲鳴の声に、ジェネディクトはにんまりと笑みを浮かべる。
「あらあらあら。小娘にしては汚い叫び声ねぇ。粗野な男みたいで品がないわぁ」
「ッ、言ってろ、カマ野郎!!!!」
俺は応酬として、奴の頬へと唾を吐きかける。
すると、次の瞬間。
常時、ヘラヘラとしたニヤついた笑顔を浮かべていた様子から一遍、突如、怒り狂った形相となったジェネディクトは、俺の髪の毛を掴んでいた手を放した。
石畳に叩きつけられる、俺。
何とか、立ち上がろうと試みたが・・・・そんな間も与えずに、奴の足が、俺の後頭部を踏み抜いてきた。
そしてそのままガシガシと、俺の頭を何度も何度も踏みつけながら、ジェネディクトは怒り狂った様子で怒声を放ってくる。
「こ、こんんんんの野郎がッッッ!!!!!!! ただの奴隷ごときがぁぁぁ!!!! わ、私の美しい顔に、汚らしい唾を吐きやがってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 許さない!!!! 絶対に許さないわよぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!!!」
先ほどの手加減していた時とは打って変わって、全力を込めて、俺の頭を何度も何度も踏みつけてくるジェネディクト。
頭蓋骨が割れそうな程の威力を伴ったその強烈な地団太に、俺はただただ、歯を食いしばって耐えることしかできなかった。
「あああああぁあぁぁぁあッッッ!!!! 死ね死ね死ねッッッ!!!! 何かさっきからあんたを見てるとムカつくのよ!!!! 何故か、あたしのこの顔に消えない傷を残した、あの男のことを思い出すのよぉぉぉぉ!!!! 死ねぇッッッ!!!!! アーノイック・ブルシュトローム!!!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!」
「や、やめてッ!! もう、やめてよ!! い、言うこと何でも聞くから!! だ、だからもうアネットのことを傷付けないでっ!!!!!」
「うっさいわねぇレティキュラータスの小娘!!! 格落ちの小領貴族の分際で、バルトシュタイン家の血を引くこの私に意見をするなッッッ!!!!!!」
「ひうっ!!」
血走ったその眼光に射貫かれたロザレナは、肩を震わせ、尻もちを付く。
そんな様子を終始静かに見守っていた、ジェネディクトの部下であるゲラルトと呼ばれた男は・・・・突如沈黙を破り、自身の上司に向けて、ロザレナたちの背後から口を開いた。
「ボス。それ以上やってしまったら、その娘、死んでしまいます。そのくらいにしておきましょう」
「あぁ!? お前まで私に意見をするつもりか!? ゲラルト!?」
「恐れながら申しますが・・・・その娘はダースウェリン卿が入札した商品です。今、あの太客との信頼関係を壊すのは、悪手かと私は思います」
「フゥーッ、フゥーッ・・・・・そう、ね。貴方の言う通りだわ、ゲラルトちゃん」
そう言って深呼吸した後、突如落ち着いた様子を見せたジェネディクトは、俺の頭を踏みつけていた足を退ける。
そして、俺の髪を掴み、血だらけになったこちらの顔を確認すると、にこりと微笑んだ。
「この私に唾を吐いたことはこれでチャラにしてあげるわぁ」
そう言って、無造作に俺を石畳の上に放り投げると、こちらの背に掌を向けて、治癒魔法を唱え始めた。
再び【ライトヒーリング】によって後頭部と肩の傷を癒した俺は、口の中に溜まった血をゲホゲホと吐き出しながら、何とか起き上がる。
そんな、膝を付きながらゆっくり立ち上がろうとしている俺の様子に、ジェネディクトはケタケタと不快げな嘲笑の声を上げる。
そして奴は剣を鞘に仕舞うと、腕を組んで、這いつくばる俺の姿を満足げな様子で見下ろすのだった。
「さて・・・・そろそろ、抵抗する意志が無くなってきたんじゃない?? 分かったでしょ?? どんなに頑張ったところで、何をやったところで、無意味だって。自分は奴隷として生きるしかないんだって。ね?」
俺はその言葉に何も返さずに、ダガーを杖代わりにして、再び、立ち上がる。
そんな俺の肩を軽く叩くと、ジェネディクトは優しく目を細め、穏やかな声色でそっと耳元に声を掛けてきた。
「ほら、もう諦めちゃいなさい。あの牢獄にいることを望んだ他の子たちのように、ただただ運命に流されるだけの、従順で良い子になっちゃいなさい。もう、分かっているのでしょう? 自分はただのか弱い少女なのだということが。だから、もう、貴女が頑張る必要はどこにもないの。簡単で楽な道を選びー----は?」
こちらの様子を終始ニヤニヤと観察していたジェネディクトだが、俺の顔を確認した途端、突如、その顔色が曇り始める。
そしてわなわなとした態度で俺の肩から手を放すと、信じられないものを見るようにな様相で距離を取り、こちらのその様子に引き攣った笑みを浮かべた。
「な、何で? どうして、貴女ー----
俺はふぅっと短く息を吐きながら、ダガーを真っすぐと、ジェネディクトに向け、構える。
そして挑発的な笑みを浮かべながら、口を開いた。
「おら、もう一戦だ」
あれから、何度も何度も何度も、あの小娘を痛ぶってやった。
ありとあらゆる箇所を剣で刻み、腕の骨を折り、足の腱を切り、爪を弾き、全ての歯を折ってやったりもした。
だが・・・・・あの小娘の闘志は、まるで無くならなかった。
考え付く限りのどんな痛みを与えようとも、けっしてその目が曇ることはない。
あの小娘は、さっきまで死の淵際にいたというのに、治癒した途端ー---何事もなかったように立ち上がり、私に向けて剣を構えてくるのだ。
意味が、分からなかった。
ただの小娘風情が、こんな痛みに耐えられるはずがないのに・・・・いや、大の大人の男だって、これらの数々の拷問を前にしたら、心が砕けるのは当然のことだ。
それなのに、あの少女はけっして剣から手を離すことをしない。
何度も立ち上がり、まっすぐと澄んだ瞳で、こちらをしっかりと見据えてくる。
その姿に、私はいつしか恐怖心を抱き始めていた。
だが、その恐怖心を、私は絶対に認めたくはなかった。
誇り高き聖騎士の血を引く自分のプライドが、許さなかったからだ。
「何なのよ、貴女・・・・」
数十回にも及ぶ、痛めつけては治癒をするという行為の繰り返しの果てに、私はそう呟く。
その数を数えるのも億劫になっていたその時、私は、またしても平然と立ち上がる少女のその姿に、恐怖心と同時に、苛立ちに近い何かを感じ始めてしまっていた。
「いい加減・・・・心を折りなさいよ!! クソがぁ!!!!!!」
顔面を思いっきり殴りつける。
簡単に後方へと吹っ飛ばされる、少女。
だが、その手から剣が離されることは、ない。
再び、ダガーを杖のようにしてよろめきながら立ち上がると、少女は真っすぐ、こちらに剣を構えてくる。
その姿に、私の中で抑えていた過去の忌まわしき記憶が掘り起こされる。
自身の腹違いの義兄弟たちに、剣の修練と称して拷問に近い虐待の日々を行われていた、あの時の光景が。
あの時、泣いて許しを請うことしかできなかった弱かった自分と、何度も何度も立ち上がっては、敵うはずもない相手に剣を向けてくるこの少女を、思わず私は比べてしまっていた。
そのことに、プライドが傷ついた私は・・・・・もう、我慢できなかった。
今まで決して抜いて来なかった2対目の双剣を抜き放ち、少女に向かって怒声を放つ。
「私が・・・・まさか私が、殺さないとでも思ってるんじゃないの? 高を括ってるんじゃないの!? 貴女!! ち、調子乗ってんじゃないわよぉ!? もうダースウェリンのバカ貴族のことなどどうでも良い!! ブチ殺してやるわ!!」
「!? ボス!! それは・・・・」
「黙ってなさいゲラルト!! この小娘は、絶対に許してはおけない・・・・その態度、その目、その折れない心・・・・・本当に腹立たしい。貴方の存在自体が、許せない。その在り様は、今までの私を否定するものよ・・・・絶対に殺してやる!! もう後悔したって遅いんだから!!」
激しく地面を蹴り上げ、自身の俊敏性を倍速させる、
さらに、動体視力と反射神経を増幅させる
これで、準備は万端だ。
この世界に、私を超える速度を持つ者はいない。
【迅雷剣】と呼ばれた、その並ぶべくもない圧倒的速さの前に、今まで地面に足を付けていられた者は・・・・過去の剣聖であるあの男以外、存在していなかった。
つまり、このメイドの少女如きに、私のこの剣を止めることは不可能だということ。
この私がたかが小娘如きに本気を出すなど、本当だったら顔から火が出るくらい恥ずかしいことなのだけれど・・・・・この、何度も何度も立ち上がってくる、私のトラウマを掘り起こしてくるこの少女だけは、許しておけない。
その首を切断して、背後にいるガキどもの前に晒してやらなきゃ、このズタズタになったプライドは元に戻せない。
そう思い至ったからこそ、全力の一撃をこの腹立たしい少女へとお見舞いしてやることに私は決めたのだ。
「死ね!!!!」
そうして私は、メイドの少女の首目掛けて、世界最速の剣閃を放つ。
数秒後には間違いなく、この少女の頭部は熟れた果実のようにゴロンと、地面に落下していることだろう。
その未来の光景に、私はニヤリと、恍惚とした笑みを浮かべた。
だがー-----。
「・・・・・・ようやっと、分かってきたな。この身体の、
「ー----------は?」
理解、できなかった。
意味が、分からなかった。
私は、過去、冒険者の最上級クラスである剣士だって、その手で降してきたことのある人間だ。
世界最強の男、アーノイック・ブルシュトロームの一太刀を、受け止めたこともある人間だ。
それ、なの、に・・・・・この光景は、なんだ?
何故、最速の剣を使うこの私が・・・・・たかがメイドの少女如きに、受けきられているんだ・・・??
目の前の少女は、交わる剣の向こうで、私の困惑する様子にニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ふぅ、良い訓練になったぜ。ようやく、眼が慣れてきたところだ。やっぱ、実践こそが自分を成長させられる鍵だな。師匠の言葉を、この身体になってからやっと理解することになるとは思いもしなかったぜ」
「な・・・・なん、何なんだ、お前、は・・・・?」
私の剣を弾くと、メイドの少女はダガーの背面を肩に乗せ、ポンポンと叩いた。
「俺は『剣ー----いや、見ての通りただのメイドだよ。アネット・イークウェス。ロザレナお嬢様のお世話係だ」
そう言うと、少女は、まっすぐと剣を構える。
その小さく矮小な姿の背後に、何故か私は、自分が生涯で最も恐れた男・・・・アーノイック・ブルシュトロームの影を、感じてしまっていたのだった。