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第81話 元剣聖のメイドのおっさん、お嬢様の将来を心配する。


《ルナティエ視点》


 わたくしの父は――フランシア家現当主は、戦場に出れば自軍を必ず勝利させ、無敗を誇ってきた軍略の鬼才だった。


 加えて剣の腕も一流で、決闘でも一度も敗けたことが無かった。


 そんな父に憧れ、わたくしは指揮官を目指して、この聖騎士養成学校に入学を果たした。


 今まで勝つためならばどんな手を使っても勝利を収めてきたし、けっして努力も怠らなかった。


 わたくしは才能が無いから・・・・凡人だから、剣の練習も、普通の人だったら寝ているような時間まで励み、死ぬ気の思いで研鑽を重ねて来た。


 だって、他人の倍の努力をしないと、才能がある人には勝つことができないと、最初から分かっていたから。


 努力をしても勝てないと思った相手には、卑怯で最低な手段を用いて、無理矢理でも勝利をもぎ取っていった。


 勝ち続けることができなければ、到底、お父様には届かないと思ったからだ。


 でも――――わたくしは、この学校に入って初めての敗北を知った。あの女に敗けてしまったのだ。


 ロザレナ・ウェス・レティキュラータス。


 彼女は、何もかも、わたくしの想定の上にいく存在だった。


 剣を持って相対して、初めて向かってくる剣が怖いと思った。


 絶対に越えられない大きな壁が目の前にあると、幻視した。


 もしかしたら、あいつこそが本当の「天才」と呼ぶべき存在なのかもしれない。


 凡人はどうやったら、天才に勝てるのだろうか。


 何倍も何倍も努力し続ければ、きっといつか勝つことができる?


 そんなわけはない。天才も努力をしている。


 天才が同じ時間努力したのでは、その差は絶対に埋まることはない。


 ――――だったら諦める? 


 そんなこと、できない。できるわけがない。


 だって、わたくしから夢を取ったら、何も残らないから。


 父の背中を目指して努力してきた今までのことが、プライドを捨ててまで勝利を渇望してきたことが、全部無駄になってしまうと思うと怖いから。


 空っぽになってしまうのが、自分が虚勢を張っただけの弱者だということを認識してしまうのが、恐ろしくたまらないから。


 だから誰に何と言われようとも、わたくしは足掻き続ける。


 敗北者の烙印を押されようとも、足掻いて足掻いてこの学校に残り続けてやろうと思う。


 ただ無我夢中に、がむしゃらに努力を重ね続けることだけが、凡人に残された唯一の武器。


 ただの根性論だが、縋れるものがこれしかないのだから、仕方がない。


 いつか栄光を掴む自分の姿を常に思い浮かべて、ただ真っすぐと前を見据えて・・・・走れ、走れ、走れ、走っていけ――――。


 だって、わたくしは――――。


「そう、です、わ!!!! わたくしは、ルナティエ・アルトリウス・フランシア!!!! いずれ常勝の指揮官になる女!!!! ゼェゼェ・・・・この学校きっての才人、シュゼット・フィリス・オフィアーヌ!! 貴方を倒して、凡人でも天才に勝てるということを絶対に証明してやりますわ!!!!! ・・・・ゼェゼェ・・・・」


 昇りゆく太陽にそう叫び、歯を食いしばって、わたくしはランニングを続けて行った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《アネット視点》


 昨日の大浴場での騒動から、翌日。早朝午前六時。


 俺は朝焼けに目を細めながら、箒を持って満月亭の玄関先に出る。


 すると、「凡人でも天才に勝てるということを絶対に証明してやりますわ!!!!!」という、大きな叫び声が耳へと入ってきた。


 声が聴こえた方向に視線を向けると、そこには、寮の周りをランニングしているジャージ姿のルナティエの姿があった。


 ツインテールに結んだ巻き毛を揺らし、歯を食いしばり、自分を鼓舞するように彼女は咆哮を上げている。


 その姿に俺はにこりと、思わず口角を吊り上げてしまった。


 「・・・・・・ハッ。思ったよりも熱い奴じゃねぇか。あのお嬢様」


 何かを続けるということは、努力し続けるということは、とても大変なことだ。


 努力をし続けた結果、一度挫折を味わえば、そこから這い上がるのは難しい。


 だが、あのドリル髪のお嬢様は敗けても即座に次の戦い―――学級対抗戦へと意識を切り替えた。


 それは、中々できることではない。


 勝利を渇望し続けたその執念は、常人では持ちえない、強靭な精神力と言って良いものだろう。


 入学した当初はこの学校にそんなに面白味を感じなかったが、今の俺は、ロザレナやルナティエがどう成長するのかが楽しみで仕方がなくなっている。


 彼女たちがいつの日か俺を超えてくれる剣士になってくれるのではないかと―――ワクワクしている。


 若くて眩しい光は、この老骨の中にある燻った炎を再び滾らせてくれるようで、とても高揚する光景だな。


「ふわぁぁ。おはよ、アネット」


「え? お嬢様?」


 いつの間にか隣にロザレナが立っていた。


 彼女は大きな欠伸をして、目を擦ると、寮の周りを走っているルナティエを神妙な顔で見つめ始める。


 俺はそんなロザレナにそっと声を掛けた。


「珍しいですね、お嬢様がこんなに朝早くに起きられるのは。昨晩はオリヴィアの部屋で、夜遅くまでガールズトークをなさっていたのに」


「・・・・あのバカの叫び声を聞いたから、嫌でも目が覚めてしまったわ」


「あぁ・・・・先ほどの。ルナティエ様が叫んでいた、シュゼット様へ向けての挑戦の言葉ですね」


「うん。・・・・実はね、今だから言うけど、ルナティエにこの寮に来ないかって誘ったの、あたしなんだよね」


「そうなのですか?」


「アネットには言ってなかったけど、あいつ、見えないところで他クラスの生徒から嫌がらせを受けていたみたいなのよ」


「・・・・え?」


「ほら、あたしに決闘で敗けて、あいつ、敗者の烙印を付けられたでしょ? だから、この学校では嬲られても良い存在として認知されちゃってて・・・・下駄箱に生ごみ入れられたり、通りすがりに肩をぶつけられたり、上履き隠されたりと・・・・まぁ、他クラスの生徒から結構陰湿なことをやられているのよね」


「そう、でしたか・・・・。お嬢様が黒狼(フェンリル)クラスの生徒にはそのような行いをするなと、釘を刺しておられましたから、てっきりその件は解決したものとばかり・・・・まさか、ルナティエ様が他クラスからそんな仕打ちを受けていられるとは思いもしませんでした」


「まぁ、そうよね。あたしも、最近になってそのことを知ったから。だから・・・・この寮にいる優しいみんながルナティエの仲間になってくれたら、少しでも悪意からあいつを守れるんじゃないかって、そう思ったのよ」


 そう言って微笑みを浮かべるロザレナに、俺は目を細めて口を開く。


「やっぱりお優しいですね、お嬢様は」


「そ、そうかしら?」


「ええ。だって、この前までルナティエ様から陰湿な嫌がらせを受けていたのは、お嬢様だったのに。普通、いい気味だって思うところのはずじゃないですか? それなのに貴方様からは負の感情を一切感じない。とてもお優しい御方ですよ、貴方様は」


「・・・・・・ねぇ、アネット。やっぱりあたし、この学校の校則はおかしいと思うわ」


「え?」


「決闘で敗けた者は嬲られても良い存在だなんて、そんなことあるはずないじゃない。一度敗けたからって、そこでその人の評価は終わりだって判断するのはおかしいと思う。そんなふざけた校則に則って、同級生を虐めてストレスのはけ口にしている生徒たちもそう。みんなおかしいわ。この学校は狂っている---いえ、違うわね。この学校をそういうふうに作った人が、狂っているのね」


「お嬢、様・・・・?」


 ロザレナのその顔は変わらず、ルナティエへと向けられている。


 だが、ロザレナの身体から薄っすらと、ドス黒いオーラが漂っていることに俺は気が付いた。


 その異様で不気味な気配は、過去に一度だけ感じたことがあるものだ。


 ---闇魔法。


 人を癒す力を持った信仰系魔法と違い、人を殺すことだけに特化した魔法、それが闇魔法だ。


 王国では忌み嫌われているその力を、彼女は今、発現しかけていた。


 ロザレナがこちらに顔を向けると、フッと、魔力の気配が消える。


 そして口元に手を当て大きく欠伸をすると、彼女は首を傾げてにこりと微笑んだ。


「ふわぁ。何だか眠たくなってきちゃった。でも、この時間だと二度寝もできないし---ちょっとこのままルナティエと走って来ようかな。じゃあね、アネット」


 そうして彼女は何事もなかったように、そのままルナティエの元へと駆けていくのだった。


 ・・・・・闇魔法は、王家に反旗を翻す、反乱軍(テロリスト)の首魁に多く発現した力だと聞く。


 彼女の中にあるゴーヴェンに対する不快感が、その力を呼び覚まそうとしたのだろうか。


 魔法に関しては専門ではないので、俺にはその答えは分からない。


 だが、闇魔法の使い手は、王国民からはけっして良い反応を得られるものではないのがこの国の摂理だ。


「・・・・・お嬢様。私の願い。それは、貴方様には平穏無事な人生を送って欲しい。ただ、それだけです」


 本音を言えば、俺の想いは--戦場など知らずに、彼女には幸せな人生を送って欲しい。ただ、それだけだ。


 しかし剣聖を目指している以上、彼女にはその願いはきっと届かないのだろう。


 -----って、これは矛盾した考えだな。


 俺はロザレナには自分を倒しうる剣士になって欲しいのに、戦場には出て欲しくないだなんて、それは誰がどう見てもおかしな考えだ。


 多分今の俺は剣聖としての自分と、主人を愛するメイドとしての自分の心がごっちゃごっちゃになってしまっているんだろうな、きっと。


 本当、どっちが本当の俺なのかが、たまに分からなくなってくるぜ。


「ふぅ・・・・。朝から色々と考えてしまうのはよくありませんね。頭を冷やすために、朝食当番であるオリヴィアを指導・・・・もとい、手伝ってきましょうか」


 そう呟くと、俺は箒を掃く手を止め、満月亭の寮の中へと戻って行った。

第81話を読んでくださってありがとうございました!

次回からはこの章の物語をどんどん進めていきたいと思っていますので、お付き合いの程、よろしくお願い申し上げます!

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また次回も読んでくださると嬉しいです!

三日月猫でした! では、また!

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