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第75話 元剣聖のメイドのおっさん、お姫様になる。


「では、師匠(せんせい)! オレはここで失礼させていただきます!」


 三期生の教室がある時計塔の四階に辿り着くと、グレイレウスが俺に向かって頭を下げ、深いお辞儀をしてきた。


 俺はそんな彼に呆れた笑みを浮かべながら、口を開く。


「・・・・あの、グレイレウス先輩。ひとつ、よろしいでしょうか?」


「はい? 何でしょうか、師匠(せんせい)!」


「こんな公衆の面前で、しかも三期生である先輩が、一期生の後輩――――それも従者であるメイドに頭を下げるのは、いかがなものかと思います」


「? 何故ですか? 師匠(せんせい)はオレの師なのですから、弟子であるオレが貴方に頭を下げるのは当然だと思うのですが?」


「・・・・・・テメェ、まさか俺が力を隠さなきゃならねぇってこと、忘れていやがんのか?」


「・・・・・・・・あ゛ッ!」


 勢いよく顔を上げ、驚いた表情を浮かべると、グレイレウスは周囲をキョロキョロと見渡し始める。


 そこに居るのは、こちらを見つめてヒソヒソと会話をする三期生の女生徒たちの姿だ。


 グレイレウスはただでさえ鷲獅子(グリフォン)クラスの級長なのだから・・・・一期生のメイドに頭を下げでもしていたら、当然、周りの目には奇異な光景に映ってしまうことだろう。


 それも、ただのメイドを師匠などと呼んでいれば、違和感の大きい姿になるのは間違いようがない。


 そのことにようやく気が付いたのか、グレイレウスは顔を蒼白にさせて、口をパクパクとさせ始めた。


「も、申し訳ございません、師匠(せんせい)! オレとしたことが!」


「いや、だからその大声をやめろって言ってんだよ。あと、学校では俺のことはアネットって呼び捨てにしろ」


「そ、そんな!! 師匠(せんせい)を呼び捨てになど、そ、そのような不敬な行いはできませんよ!」


「あんた、最初はアネットのこと普通に呼び捨てにしてたじゃない。何で今はできないのよ・・・・」


「当たり前だろ、ロザレナ! あの頃のオレは師匠(せんせい)の力の程をちゃんと理解していなかった愚か者だったんだ。だから、あんなふうに身の程知らずな態度を取っていたのであってだな―――――」 



「・・・・・・グレイくん。貴方、何をやっているの?」



 その時、廊下の奥から目算、180cmはありそうな背の高い女生徒が姿を現した。


 その青い髪のボブヘアーの少女は、肩の腕章を見るに、三期生の鷲獅子(グリフォン)クラスであることが察せられた。


 彼女は人垣をかき分け俺たちの前に立つと、グレイレウスをキッと睨みつけ、口を開く。


「さっき、そこにいる一期生の女の子に頭を下げていたみたいだけれど・・・・貴方、正気? お願いだから、鷲獅子(グリフォン)クラスの格を落とす行為はやめてくれないかしら」


「フン。ヘーゼルか。朝から面倒な女に絡まれたものだな」


「生徒会役員として、鷲獅子(グリフォン)の副級長として、貴方の狼藉を見過ごせるはずがないでしょう? それに・・・・あと一年で騎士になれるかどうかが懸かっているのよ。お願いだから下手なことはしないでちょうだい」


「貴様に言われないでも分かっている。いくぞ」


 そう言って、グレイレウスはマフラーを揺らしながら廊下の奥へと進んで行った。


 ヘーゼルと呼ばれた少女はそんな彼を追いかけようと一歩踏み出すが―――――何故か足を止め、こちらに顔を向けてくる。


「・・・・・・貴方が、アネット・イークウェス、ね」


「? はい、そうですが・・・・?」


「負けないから」


「へ?」


 そう言って俺を鋭く睨みつけると、そのまま彼女はグレイレウスを追って廊下の奥へと去って行くのだった。


 俺はヘーゼルと呼ばれた彼女のその姿にポカンと、唖然として棒立ちをしてしまう。


「な、何だったのでしょうか、今のは? 私と彼女は初対面のはずなのに、どうして、あのような敵意満々な鋭い目を私に向けて来たのでしょう・・・・・?」


 そう疑問の声を溢し、首を傾げていると、隣に立っていたロザレナが呆れたため息を溢した。


「・・・・・はぁ。どう見てもやきもちでしょ、アレは」


「へ、やきもち、ですか?」


「このメイドは・・・・本当に鈍いわね~。嫉妬よ嫉妬。あの先輩、グレイレウスのことが好きなのよ。好きな人が他の女に頭を下げてるの見たら、普通、嫌な気持ちになるでしょ? だから怒ってたのよ、あの人は」


「そう、なのでしょうか? 彼女がグレイレウス先輩を好きだという、その根拠は?」


「え? 勘だけど?」


「勘・・・・・」


 ロザレナのその勘を信じて良いのかは分からないが・・・・・確かに、恋愛事というのは俺とはかけ離れた世界のことすぎてまったく理解できないものではあるな。


 それも、女性目線でとなると、こんな似非メイド女じゃその心情を推察することなどできないだろう。


 中身、バキバキの童貞のオッサンだし。


 剣しか振ったことのない、髭モジャ大男だし。


「ほら、行くわよ、アネット」


 その声に頷き、俺はロザレナと共に六階にある一期生黒狼(フェンリル)クラスへと向かって行った。


 しかし、グレイレウスの奴、満月亭の寮生の中では一番頭が回りそうな奴なのに・・・・思ったよりも抜けているところがあるんだな・・・・。


 これからは学校の中では、極力あいつと関わらない方が賢明かもしれないな。


 目立たずに、ただのメイドとして生きるためにも、あの出会う度に師匠師匠と喧しく呼んでくる男とは一定の距離を保つとしよう。


 彼を好きだと言う、生徒会役員の少女から恨みを買わないためにも、な。


 







「おはようございます、ロザレナ様!」


「おはようございますわ! ロザレナ様ーっ!!」


 教室に入った瞬間、クラスメイトたちがロザレナへと駆け寄って行き、大きな声で挨拶をしてきた。


 その光景にロザレナはパチパチと目を瞬かせると、驚いた表情を浮かべる。


 そして彼女は自分を取り囲む生徒たちに向かって、恐る恐ると言った様子で口を開いた。


「お、おはよう」


 その挨拶に、キャーッと黄色い声を上げる女生徒たち。


 数日前、教壇に立ってクラスメイトたちを演説で奮起させたおかげだろうか。


 最初に比べて、ロザレナを級長と認める生徒が多くなっていた。


 特に、我がご主人様は女生徒たちからの人気が高いようで。


 あれから影で彼女のことを『紅目の王子』と呼んで慕う生徒の存在も多く散見されてきた。


 どうやらロザレナのファンサークルなるものもできたようで、初期ファンであるモニカ、ペトラ、ルイーザの三人組を筆頭に、密かに『ロザレナ級長応援隊』なるものも結成されたみたいだ。


 主人が人気なのは、父親(偽)として・・・・いや、メイドとしては、凄く鼻が高いことだな。


 女子生徒に囲まれたロザレナは、今までの境遇からあまり人からの好意に慣れていないせいか――――どう対応すれば良いのか分からずドギマギしていた。


 そんな愛らしい我が主人の姿に、俺は思わずいつもの腕組み後方父親面をしてしまう。


 うんうん、ロザレナちゃんが人気者になってお父さん(偽)は嬉しいです。うんうんうんうん。


「お、おい! 姫だ、姫が来たぞ!」


「おぉ、今日もお美しいな・・・・眼福、眼福」


 そして反対に俺はというと、何故か、遠巻きにこちらを見つめる男子生徒たちから『姫』の愛称で呼ばれてしまっているのだった。


 ロザレナが王子で、俺が姫・・・・オッサンメイドがお姫様・・・・何なんだこの地獄は・・・・。


 お嬢様が女生徒にモテモテで、俺が男子生徒にモテモテだとか・・・・クソッ、俺は酒池肉林のハーレム人生を来世に望んでいたわけであって、けっして野郎にモテたいなどとは一言も言っていねぇ!!


 俺はボンキュッボンの綺麗な姉ちゃんが好みなんだ!! 


 けっして自分がボンキュッボンになりたかったわけじゃないぞ、神様オラァッ!!!!


「アネット、行くわよ」


「はい、お嬢様・・・・・」


 自分の席へとまっすぐと歩いて行くお嬢様の後ろをとぼとぼと歩いていく。


 その時、敵意のこもった視線をこちらに向けられていたことに、俺は気が付いた。


「・・・・・・ふんっ」


 肩ごしに俺たちをジッと見つめて、ロザレナに対して複雑そうな面持ちをするアリスとその取り巻きたち。


 だが、彼女たちは俺と目が合うと、即座に顔を前へと向け、雑談をし始めるのだった。


 未だにロザレナを良く思わない生徒も一定数、いるにはいる。


 まぁ、あいつらが何か事を起こそうとしても、問題は無いと見て良さそうだけどな。


 これ以上自分たちの立場を悪くさせたくはないだろうし、むやみやたらに大きなことはしでかさないだろう。


 何かやらかすにしても、やはりルナティエ程の脅威にはなり得ることは無いと思える。


 そう考えてアリスたちから視線を外すと、俺は歩みを再開させ、ロザレナと共に最前列にある自分の席へと向かって行った。









「えー、じゃあ今日の朝のミーティングはこれで終わりです~。解散、解散ニャ~。ふわぁぁ・・・・」


「ちょっと待ってください、先生。ひとつ、ご質問よろしいでしょうか?」


「な、何かニャ、ロザレナさん?」


 以前のことでロザレナに怯えるようになったルグニャータは、挙手する我が主人の姿にダラダラと汗を流し始める。


 そんな彼女に、ロザレナは席を立つと、堂々と口を開いた。


「腕章のことを今朝、上級生の先輩から聞いたのですが・・・・・何故、このクラスには未だに腕章が配られていないのでしょうか? 他のクラスの生徒はみんな、腕に付けていますよね?」


「あっ、あ~~、はいはい、腕章ね! う、うん、それに関しては近いうちに、近いうちに必ずみんなに配付する予定だからっ! だ、だから安心して欲しいニャ!」


「近いうちって、いつですか?」


「んーと、先生の散らかった部屋から発掘するには・・・・最低、み、三日くらいあればできるか、ニャ・・・・?」


「散らかった部屋? もしかして、先生・・・・」


「う、うん。な、失くしちゃった……ニャハハハハハッ!」


 その言葉に額に青筋を立てるロザレナ。


 そして彼女はルグニャータに指を指すと、大きく口を開いた。


「一日で見つけてきなさいよ、この職務怠慢ロリババァ教師!!!!! 生徒に配る予定の備品を無くすとか、本当信じられないっっ!!!!! あたしたち黒狼(フェンリル)クラスを馬鹿にするのも大概にしなさいよっっ!!!!!!!」


「フッ、フニャァァァァァァッッッッ!!!!! 許して欲しいニャ!! 先生、お酒飲むと記憶を失っちゃうのニャァァ!! だから、よく失くしものをしてしまうのぉっ~~~!!!!!」


「お酒を飲まなきゃ良い話でしょう!?!?!?」


「それはできない相談だよ、ロザレナさん!! お酒が無いと、先生、死んじゃうの!!!! 先生にとってお酒は命の水・・・・だから理解してくれなのニャァァ!! こんなダメダメな先生を、まるごと愛して欲しいニャァァァ!! ありのままの私を受け入れて欲しいのニャァァァァァァ!!!!!」


「めんどうくさっ!! 何なのこの超絶ハズレ枠の教師は!! 誰よ、この酒乱を教師に採用した奴!!!!」


 そしてその後、ロザレナはルグニャータに明日には必ず腕章を持ってくることを確約させて・・・・今朝のミーティングはお開きになったのだった。


 本当にロザレナの言う通りで、どうしてこんな奴が教師に採用されたのかが不思議でならないところではある。


 だが、この学校の教師に採用されている人間は皆、元騎士団員であることからして・・・・教員全員、若い頃にこの学校のクラス競争を勝ち抜いて来た猛者であることは間違いようがない。


 それと、今の彼女の姿を見ていると思わず忘れそうになるが、ルグニャータは最初の自己紹介の時に『元第二師団部隊長』とそう名乗っていた。


 ということは・・・・戦績が良いクラスがそのまま騎士団へと組み込まれるシステム上、彼女は若い頃はこの学校の5つのクラスのうちのひとつで級長を努めていたということになる。


 この酒飲み猫耳幼女が、四年間のクラス競争を勝ち抜いて来た級長だとはどうにも見えないが・・・・元部隊長を努めていたということは、それなりの実力があることは確かなのだろう。


 常に適当であっけらかんな性格をしているが、彼女のことをあまり侮らない方が良いのかもしれないな。


 この猫耳幼女がゴーヴェンの手先、という可能性もゼロではないからだ。


「ロザレナさん~、禁酒だけは、禁酒だけはやめて欲しいニャ~~~!!!!!」


「うっさいっ! ほら、ポケットの中にあるお酒全部出しなさいよっ!」


「やめてニャ!! その子たちは先生の心のよりどころなのニャァァーっ!!!! 取り上げないで欲しいニャァァァァァ!!!!!」


 ロザレナに酒缶を没収され、それを取り返そうとピョンピョンとジャンプする猫耳幼女。


 いや、やっぱりただのバカにしか思えないな・・・・流石にゴーヴェンもこんな酒狂いの幼女は、手駒としては動かさない・・・・か?


 いずれにしても、警戒は怠らずに様子を見ておくことにするか・・・・。


 ・・・・・元騎士団員ということは、俺の父と母・・・・オフィアーヌ家を惨殺した事件に関わりがある可能性は捨てきれないからな・・・・・。

最近、投稿が遅れてしまって申し訳ございません!

次話はなるべく早く投稿できるよう、頑張ります!


最新話を読んでくださってありがとうございました!

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また、次回も読んでくださると嬉しいです!


三日月猫でした! では、また!

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