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第74話 元剣聖のメイドのおっさん、金髪残念イケメン男と相合傘をする。




「あっ、見て見てアネット! あそこにカタツムリがいるわ! 可愛いわね!」


「お嬢様、はしゃぎすぎて転ばないようにしてくださいね? 路面は濡れているのですから、足元には十分にお気をつけください」


「わ、分かってるわよ! 子供じゃないんだから、もう!」


 そう言って頬を膨らませるロザレナに笑みを向けた後。


 俺たちは傘を手に持ちながら、満月亭の面々と共に通学路を歩いて行った。


 雨天の節に入ったこともあり、今日の天気は雨模様だった。


 土砂降りとまではいかないが、それなりの降水量があると思われる雨の量だ。


 周囲を見渡してみると、時計塔を目指して歩いている学生たちは皆一様に、色とりどりの傘を差して通学をしている姿が窺える。


 それは満月亭の寮生も同じで、オリヴィアはピンク色の傘を、ジェシカは黄色の傘を。


 グレイレウスは黒い傘、そして俺とロザレナは同じ色の紫色の傘を差していた。


 こうしてみると、傘というものは持ち主の特色が色濃く出るものなのだな、と、そう思う。


 ・・・・・ただ、まぁ、ひとりだけ、予想の埒外にいる狂人が一名、この満月亭にはいるわけなのだが。

 

「はっはっはーっ! どうだね、メイドの姫君! 今日の俺は水も滴る良い男、ではないかね?」


「・・・・いや、お前・・・・何でこんな雨の中、傘差してないの? 馬鹿なの?」


 まるで歌劇のワンシーンのように雨を全身に浴びながら盛大に笑い声を上げるマイスの姿に、俺は思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。


 そんな俺たちのやり取りに気付いたオリヴィアが、ジェシカとの雑談を止めて、後ろから声を掛けて来た。


「アネットちゃん、マイスくんの奇行にいちいち突っ込んではダメですよ~。そこの年中発情男は常日頃、突発的にわけのわからない行動をするんですから~」


 オリヴィアのその発言に、俺の隣を歩いていたグレイレウスが頷きながら静かに口を開く。


「同感だな。その色情狂にいちいち構う必要は無いと思いますよ、師匠(せんせい)。無視することが正解だと思います」


「はっはっは! このマイス・フレグガルトの行動の裏には、常に、何らかの計略が蠢いているのだよ! 凡夫である諸君にこの俺の行動を理解しろというのも難しい話だったかね?」


「何らかの計略、ね。じゃあ、雨の中で傘を差さないのにいったい何の意味があるのかしら? あたしにはあんたがただの馬鹿にしか思えないのだけれど」


「ふむ。では、特別にその意図を明らかにしてやろう」


 そう言ってマイスは俺の元に近付いて来る。


 いったい何をするのかと思って身構えていると、彼は俺の前で立ち止り、微笑を浮かべながら口を開いた。


「メイドの姫君、一瞬だけその傘を貸してもらっても構わないかね?」


「え、は? 傘?」


「あぁ。そうだ」


「? よく分からないが・・・・分かった。ほらよ」


 マイスに傘の持ち手を渡す。


 するとその傘を受け取った彼は、一瞬、俺の背後へと鋭い視線を向けたのだった。


「おい、どうしたんだよ?」


「いや、何でもないさ。それよりも、君が濡れては困るな。濡れるのはこのマイスの部屋のベッドの上でだけにしてくれたまえ」


「キメェこと言ってんじゃねぇよ・・・・」


 俺のそのドン引きした言葉にフフッと鼻を鳴らした後、マイスは傘を頭上へと高く持ち上げ、掲げる。


 そして突如、俺の肩に手を回すと、勢いよく俺を胸に抱き寄せて来た。


「はぁっ!?」


「フッフッフッ、これが相合傘、というものだ。このマイス、メイドの姫君とどうしたら相合傘をできるのかと、今の今まで雨に濡れながらずっと考えていたのだ。念願叶ったり、だな」


「て、てめぇ!!!! 離しやが-----」


 俺がマイスを全力で突き飛ばそうとする前に・・・・マイスは傘の持ち手を俺の掌に押し付けると、即座にその場から離れた。


 そしてハッハッハッと高笑いを上げると、黄金に輝く前髪をファサと手で靡き、アルカイックスマイルを見せる。


「名残惜しいが、この後、何が起こるかは既に学習済みなのでね。早々におさらばさせてもらうよ。アデュー!」


「マイス君~? アネットちゃんへのセクハラは止めてって、あれほど言いましたよね~? ・・・・って、逃げないでください!! 今日こそはその性根、叩き直してあげますっ!!」


 時計塔へ向かって全力疾走するマイスを追いかけ、オリヴィアはバシャバシャと水溜りを蹴り上げ走って行く。


 そんな二人を啞然として眺めていると、ピョコピョコとお団子頭を揺らしながら、ジェシカが俺の横を歩き、チラリとこちらに視線を向けてきた。


「サ、サキュバスメイド・・・・」


「へ?」


 そう、わけのわからないことを呟くと、ジェシカは足早で俺たち三人の横を通り過ぎて行き、時計塔へと向かって行った。


 その言葉の意味が分からず首を傾げていると、隣に立っていたロザレナが「あははは」と、苦笑いを浮かべる。


「あの子、まさかあの時の冗談を真に受けちゃうなんてね・・・・」


「あの時の冗談・・・・?」


「な、何でもないわ。うん、何でもない。それよりも、あのセクハラ男にはいつか絶対に報復しなければならないわね!! あたしのアネットに触れるなんて、許されないことだわ!!」


「あぁ。その通りだな。師匠(せんせい)の御身に軽々しく触れるなど、あの色情狂には徹底した痛みを与えてやらねばならないだろう」


 怒りの形相を浮かべて前を歩いて行く二人に呆れた笑みを浮かべた後。


 俺もロザレナとグレイレウスに続こうと歩みを再開させようとした、その時だった。


「・・・・・あれ?」


 足元に、何か鈍い光を放つものを俺は見つける。


 それを拾い上げ、顔の前に持っていくと----それは小さな針のようなものだった。


「こいつは・・・・」


 持ち手が螺旋状にクルクルと巻かれている、独特な形状をした5センチほどの細長い針。


 それは、生前に何度か見たことがある・・・・暗殺者が好んで使う暗具、『音斬り針』と呼ばれるものだった。


 この暗具には闘気を遮断する魔石の力が宿っており、どんなに凄腕の剣士でも、自分の間合い寸前に入らないと自身に向けられて投擲されたことに感知できないとされている。


 ただの針なので、殺傷能力自体は皆無に等しいが--初手の攻撃(ファーストアタック)で、相手の実力を調べる時には最も使い勝手の良い武器と言って良い代物だろう。


 咄嗟に飛んできたこの針にどう対処するかで、その人間が剣士なのか魔術師なのか、また、剣士だったのなら剛剣、魔法剣、速剣のどの型を得意とするのか、敵の情報を無理矢理開示させることができるからな。


 相手の弱点を突き、一撃必殺を狙う暗殺者には、最も愛用されている暗具のひとつといえる。


「・・・・・・・・」


 俺はその針を拾い上げ立ち上がると、背後を振り返り、視線を向けてみる。


 そこにいるのは、傘を差して登校する学生たちの姿だけだ。


 皆、道の真ん中で立ち止まる俺を不思議そうに見つめながら、雑談を再開させ、何食わぬ顔をして横を通り過ぎて行く。


 そこに、俺に対して殺気を放っている存在は何処にも見当たらない。


「アネット、どうしたの?」


師匠(せんせい)、どうしたんですか?」


 突如立ち止った俺に対して、前を歩くロザレナとグレイレウスが肩ごしにそう声を掛けて来た。


 俺は目を細めて背後をジッと見つめた後、振り返り、二人へと合流する。


「・・・・いえ、何でもありません。行きましょう、お嬢様、グレイレウス先輩」


 あの針は、間違いなく俺に向けて投擲されたものだ。


 いくら闘気を遮断する武具と言えども、間合いにさえ入れば、飛んできた針の存在を察知することは容易い。


 それなのに、この俺が投擲された針に気付けなかったということは・・・・間合いに入る前に何か障害物に当たって針が地面に落とされた、ということに他ならない。


 暗具を放った暗殺者が予期しない、偶然の事故が起こった、のか・・・・?


 それともこれを放った暗殺者の腕が、あまり良くなかったのか。


 現状の情報は少ないが、今わかることと言えば、何者かが俺に対して攻撃の意志を持ってこの針を放ってきたという事実だ。


 コルルシュカの時は間違ったが、今度こそ間違いなく・・・・・ゴーヴェンの手の者と見て良いだろうな。


 俺は、雨が降る通学路をロザレナとグレイレウスと共に、静かに歩いて行った。


 常に、周囲に警戒を配りながら。

 

 




「そういえば、前々から気になっていたんですが、師匠(せんせい)たちは何故、腕章を身に付けないんですか?」


 昇降口に入り、傘を畳むと、グレイレウスが俺たちにそう疑問の声を掛けて来た。


 その言葉に、俺は首を傾げながら口を開く。


「腕章?」


「はい。こういうものです」


 グレイレウスは鞄を開けると、そこから数字の三と鷲獅子(グリフォン)の絵が描かれた腕章を取り出し、俺たちへと見せてくる。


 その腕章を一頻り眺めると、ロザレナは顔を上げて、不思議そうな表情を浮かべた。


「何これ?」


「これは、各クラスの生徒を識別するために学校側が生徒に配った腕章だ。オレは三期生の鷲獅子(グリフォン)クラスだから、数字の三と共に鷲獅子の絵が描かれたものを身に着けている」


「へぇ、そうなんだ。初めて知ったわ」


「初めて知った、だと? まさかお前、この腕章の存在を今まで知らなかったのか?」


「え? うん。あたしたち一期生の黒狼(フェンリル)クラスにはまだそれ、渡されていないし。ね? アネット」


「はい、そうですね。腕章の仕組みも今知りました。これは・・・・間違いなくあの猫耳幼女教師の職務怠慢のせい、なんでしょうね」


 確かに今思い返すと、シュゼットたち毒蛇王(バシリスク)クラスの生徒たちは皆、これに似た腕章を付けていた記憶があるな。


 俺たち黒狼(フェンリル)クラスの生徒だけこの腕章を付けていなかったから、てっきり、生徒が自主的に付けているのだとばかり思っていた。


 他のクラスの生徒が普通に付けていたことを鑑みるに・・・・なるほど、腕章というものは、学校側が備品として予め生徒に配る予定のものだったというわけか。


 ここまで来ると、流石にあの幼女教師には呆れて開いた口が塞がらないな。


 担任教師ガチャの大ハズレも良いところだ。


「本当、頭に来るわね! あの猫耳女! どれだけあたしたち生徒に関心が無いのよ!」


「この学校では、黒狼(フェンリル)クラスは謂わば落第者の集まり、とまで言われることもあるらしいからな。教師陣は自分が担任するクラスが良い成績を残せないと出世できないとも聞く。推察するに・・・・相当やる気が無いのではないのか、お前のクラスの担任教師は」


「ムッカー!!!! 学級対抗戦で絶対に目にもの見せてやるんだから、あんのロリババァ!!!!」


 そう言って地団太を踏み、ふんがふんがと鼻息を荒くするロザレナ。


 俺は自分のクラスの傘立てに傘を差した後、そんな憤るロザレナの肩をポンと優しく叩いた。


「学級対抗戦で良い結果を残すことができれば、あの教師の見る目も少しは変わると思います。頑張りましょう、お嬢様」


「うん!! 絶対に、勝つ!!」


 気合十分な様子のロザレナに、俺は目を細めて笑みを浮かべる。

 

 これから始まる彼女の戦いは、黒狼(フェンリル)クラスを勝利させ、シュゼットたち毒蛇王(バシリスク)クラスを降すこと。


 これからの俺の戦いは、目に見えない暗殺者(アサシン)を捕らえ、ゴーヴェンにオフィアーヌ家の縁者であることを秘匿しつつ、実力を隠しながらただのメイドとして学生生活を送ること。


 ・・・・ギルフォードのこともあるが、今はあの男のことは一旦、忘れておこう。


 今年の終わりの冬の生誕祭の日に、あいつは俺を国外に連れ出すために、間違いなく接触してくることだろう。


 その時までにあの男の対処法は考えておけばそれで良い。


 今は目下の敵である、ゴーヴェンが送ってきた刺客の処理が最優先事項だ。


「アネット、何、ボーッとしてるの? 早く教室へ行きましょう?」


「あ、は、はい! 今行きます、お嬢様!」


 俺は外靴を自分のネームプレートの張ってある下駄箱へと仕舞い、代わりに上靴を取り出し、それに履き替え、お嬢様の元へと駆けて行った。


 夏が始まるまでのこの一か月。


 学級対抗戦のこと、魔法の修行のこと、刺客の対処のこと。


 とても忙しい日々が始まりそうだなと、辟易した気持ちを抱えて、俺は二人の元に合流して行くのだった。

第74話を読んでくださって、ありがとうございました!

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また次回も読んでくださると嬉しいです!


三日月猫でした! では、また!


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