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幕間 とあるメイドの推し生活 ①


《コルルシュカ視点》



「もう、朝か。思ったよりも長い時間、ここに居たんだな」


 隠れ家の壁から出ると、アネットお嬢様は明るくなりつつある東の空を見つめて、そう呟いた。


 そして隣に立つ私の方に視線を向けると、彼女は何処か心配そうな顔をして口を開く。


「そういえば、お前、一人で帰れるのか? まだこの時間帯、馬車も出てないと思うんだが」


「ご心配なく。事前にギルフォード様から【転移(テレポート)】の魔道具(マジックアイテム)を貸し与えられておりますので」


「あぁ、なるほど。だったら一瞬でレティキュラータスの屋敷にも帰れるか」


 そう言って安堵の吐息を吐くお嬢様の姿に、私は思わず笑みを浮かべてしまう。


「あぁ? んだよ、俺の顔をジッと見つめてきやがって。笑ってる・・・・んだよな? その顔は?」


「はい。めっちゃ笑ってます。・・・・申し訳ございません、私、感情を表に出すのが苦手なんです」


「別に構わねぇよ。お前の表情の変化は、何となくは、分かってきたような気がするから」


 この人形のような顔を見てそう言ってくださるなんて・・・・本当に、この御方はお優しい人だ。


 正当な後継者であるギルフォード様や、現オフィアーヌ家のご令嬢であるシュゼット様には申し訳ないが・・・・真のオフィアーヌ家の当主にはアネット様こそが相応しいと、推しの贔屓目を抜きにして、私は心からそう思っている。


 何故なら、彼女の心はオフィアーヌ家の誰よりも美しいものだと、私は思うからだ。


 ・・・・まぁ、とはいっても、彼女はそういった権力などには興味は無いだろうから、家督争いに参加することはないのだと思うのだけれど。


 もし、『フィアレンス事変』が起こらずに、アネットお嬢様がオフィアーヌ家のご令嬢として生きてこられたのならば・・・・私は彼女の傍でずっと、忠節を尽くして生きていたのだろうな。


 これから先、メイドとしてお嬢様のお傍にいられないのは、とても歯がゆくて仕方がない。


「・・・・・・・・・・・はぁ」


「今度は俺の顔見て大きくため息を吐きやがって。本当、訳の分からない奴だな」


「失礼致しました」


 慌てて佇まいを正し、コホンと咳ばらいをして、私はお嬢様に向けて口を開く。


「では、私は【転移(テレポート)】でレティキュラータス家の御屋敷に戻ろうと思います。そろそろ、マグレットお婆様が起床なされるお時間だと思いますので」


「そういえばお前ってマグレットによくこってりと絞られていたけど・・・・もしかしてアレも全部演技だったのか? オフィアーヌ家の専属メイドなら、イークウェスの人間と同じようにバリバリ仕事もできるはずだよな?」


「・・・・・・・・・ハイ、ソウデス。ゼンブエンギデシタ」


「何で急にカタコトになるんだよ」


「ナンデデショウネ・・・・」


「なるほど・・・・あれは演技じゃ無かったんだな」


 呆れたように見つめてくるお嬢様の視線に耐え切れず、私はぷいっとそっぽを向いた。


 そんな私に困ったように笑うと、お嬢様は腰に手を当て、やれやれと頭を振った。


「まぁ、お前のことはそのうち、時間が出来たらおいおいと全部教えてもらうとするかな。夏休みには御屋敷に帰ると思うから・・・・それまで、マグレットお婆様のことをよろしく頼むな」


「はい、お嬢様。ご命令通りにお婆様の護衛の任に付きたいと思います。お任せを」


「別に誰も護衛を頼んだつもりは無いんだがな・・・・まぁ、良いか。よろしく頼むわ。あと、良い機会だからマグレットにメイドの仕事を習っておくと良いぜ。あの人は俺の教官でもあるから、結構教え方は上手いぞ?」


「お婆様は・・・・・少し怖いので、コルルはちょっぴり苦手です・・・・」


「あはははははははははっ!! その気持ちは俺もよく分かるぜ!!」


 そう言って互いに笑い合った後、私はエプロンのポケットから指輪を取り出し、それを嵌め、お嬢様に一礼をする。


「では、お嬢様。これで失礼致します。何かあればいつでもご連絡を----って、あっ、お嬢様は【念話(コンタクト)】の魔道具(マジックアイテム)をお持ちでは無かったですよね? でしたら、私が今所持しているものをお嬢様に持っていてもらった方がよろしいですかね?」


「いや、その必要はねぇ。今手元には無いが、【念話(コンタクト)】の魔道具(マジックアイテム)だったら、ヴィンセントから貰ったものがあるからな。必要があればこっちから連絡するから安心しろ」


「左様でございますか・・・・ん? ヴィンセント? それってもしかして、バルトシュタイン家の次期当主であるヴィンセント・フォン・バルトシュタインのことですか?」


「あぁ、そうだが?」


「・・・・何故、敵方であるバルトシュタイン家の次期当主が、お嬢様に魔道具(マジックアイテム)を・・・・? んん・・・・?」


「あー、まぁ、その辺は話が長くなるからいずれ、な。とにかく、ギルフォードに言ったように、ヴィンセントは敵じゃない。今はそのことだけ認識してもらえれば問題はねぇ」


「畏まりました」


 そう言って頷いた後、私は【転移(テレポート)】の魔道具(マジックアイテム)を宙へと掲げ、お嬢様の青い瞳に視線を合わせた。


「では、お嬢様、しばしのお別れを」


「おう、またな」


 そしてお嬢様に微笑を浮かべた後、私はそのまま魔道具(マジックアイテム)を発動させた。


「------【転移(テレポート)】」


 詠唱を唱えた瞬間、世界が揺らめき、お嬢様の姿は徐々に消えていき・・・・視界が暗転した直後、気が付けば私はレティキュラータス家の屋敷の前に立っていた。


 朝陽に明るく照らされている御屋敷をジッと見つめた後、私はそのまま門柱を潜って真っすぐと歩いて行く。


 今日も今日とて、マグレットお婆様に叱られるのだと思うと少し辟易するものがあるが、これも、お嬢様のメイドとして立派になるための修行だと考えれば苦ではないと思えた。


「・・・・アリサ様。私、ちゃんとお嬢様とお話することができましたよ」


 そう小さく呟いた後、過去の情景を思い返しながら・・・・私は扉に鍵を差し込んで開き、レティキュラータス家の御屋敷の中へと足を踏み入れた。


 

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 《回想 コルルシュカ視点》

 


『良いですかぁ、エリーシュアちゃん。貴方はぁ、これから産まれてくるオフィアーヌ家のご子息の付き人になるんですぅ。ちゃんと、そのことは理解していますねぇ?』


『はい! お姉様っ! レーゲン家の名に恥じないように、精一杯、メイド業に従事したいと思います!』


 そう言って、双子の妹は満面の笑みを浮かべると、姉に明るく返事を返した。


 そんな中庭に立つ二人の姿を、私は遠くから静かに見つめる。


 ・・・・私は、双子の妹と違って産まれつき愛想が良い方ではなく、加えて不器用で、家事全般が苦手だった。


 だから、姉が私ではなく優秀な妹に、これから産まれてくるであろうオフィアーヌ家のご子息の付き人の任を命じるのも当然の摂理だなと、そう思った。


 だって、こんな能面みたいに表情の変化が乏しい私じゃ、栄えあるオフィアーヌ家のご子息の付き人は絶対に務まらないと思うから。


 幼少の頃、6歳にして、私は自分が欠陥品であることを自覚できていた。


 

『あっ! ×××ちゃん! 私、お姉さまから付き人に任命されちゃった! ねぇねぇ、すごいよね! これってすごいことだよねっ!』



 私の姿を見つけて近寄ってきた妹は、はしゃぎながらそう声を掛けて来る。


 私は努めて平静を装い、妹の頭を撫でながら、口を開く。


『・・・・・うん、凄いことだよ。良かったね、エリー』


『うんっ!! オフィアーヌ家に長年仕えるレーゲン家の末裔として、エリーは立派に勤めを果たすつもりでいるよっ!! 王国で一番歴史の長い使用人の一族である、イークウェス家には、絶対に負ける気はないからっ!! この国で一番のメイドの一族は、レーゲン家であることを知らしめてやりますっ!!』


 そう言って妹は腰に手を当て、自信満々にフフンと鼻を鳴らした。


 妹は私とは正反対の、明るく前向きで、勝ち気な女の子だった。


 何事に対しても意欲的に取り組んで、苦手な分野でも必ず成功を収めてきた、天才肌気質の少女。


 反対に私は何をやってもダメダメで、家事も碌にこなせない、無表情で不愛想な少女だった。


 だから私は、常に明るくて前向きな妹に嫉妬し、メイド長の座に付いている十歳年上の姉に憧憬の念を抱き、二人の姉妹に追いつくために無我夢中で努力をしては・・・・何も成功を収めることができずに、失敗するということを何度も繰り返してきた。


 そのせいか、失敗を繰り返す私に両親も興味を失い、母と父は姉と妹だけをかわいがるようになっていった。


 そんな日々を送る内に・・・・私は、自分が大嫌いになった。


 誰の役にも立たない、陰気で才能の無い自分が、憎くてしょうがなかった。


 何で自分はこんなにも才能が無いのだろう、自分は才能に恵まれた姉と妹の搾りカスなのではないのかと、いつもそう思っていた。


 だけど、そんな鬱屈としていたある日------信じられない奇跡が起こった。



『×××、君が、この子のお世話係・・・・つまりは付き人になってくれないかな』


『・・・・・え?』



 オフィアーヌの分家の方で人手が足りなくなり、たまたま妹が駆り出されて家を空けていた時。


 そのタイミングで奥様が出産なされて、私が自然と、ご息女の付き人になってしまったのだった。


 妹が帰ってきたら即座に交代されるのかもしれないが・・・・少しの時間でも、その大役の任に付けたことに、私は舞い上がり、高揚していた。


 ベッド脇に立つ旦那様に会釈をし、赤子を抱いてベッドに横たわる奥様へと視線を向ける。


 すると彼女はニコリと、笑顔を見せて来た。


『ほら、×××、この子を抱いてあげて』


『よ、よろしいのですか、奥様。私のような者が、お嬢様を抱いても・・・・』


『勿論よ。さぁ』


 奥様から御包みに包まれた赤子を渡された私は、恐る恐るといった様子でお嬢様を抱き上げる。


 その、愛らしいお顔を拝見した瞬間に・・・・私は、今までの鬱屈とした感情が吹き飛んだような感覚がした。


「あうあうあ」と満面の笑みを浮かべ、私の親指を掴んでくるお嬢様。


 その姿に、私は、心の中にスッと何か暖かなものが入ってくるような感じがした。


 そんな私の姿を、奥様は目を細め、優し気な表情で見つめてくる。


『その子ね、名前、アネットっていうのよ』


『アネット、お嬢様・・・・・』


『そう。・・・・実は私はね、前々から貴方にはこの子の付き人になってもらいたかったのよ』


『・・・・え?』


『エリーシュアは確かに優秀な子だけれど、あの子ってほら、元気いっぱいですごく勝ち気な子でしょう? 多分、私の娘って私に似て結構男勝りな子だと思うのよね。だから、彼女とはあんまり相性は良くないんじゃないのかなって、娘が産まれるって知ってからずっとそう思っていたの』


『・・・・・・わ、私は、メイドとして欠陥品です。家事も、料理も、何もできません。そんな私でも、お嬢様の付き人になっても、よ、良ろしいのでしょうか・・・・?』


『勿論。私は貴方が良いのよ、×××』


 今まで、誰かに必要とされたことなど一度も無かった。


 今まで、誰かに肯定されたことなど一度も無かった。


 だから、その瞬間、自然と、ポロポロと涙が零れ落ちていってしまった。


 そんな私の頬を、ギューッと、お嬢様が引っ張ってくる。


『お、おひょうひゃま?』


『あーあうああーっ! キャッキャッ』


 愛らしい微笑みを私に向けてくる、アネットお嬢様。


 もう、愛おしさが爆発しそうになった。


 こんなに可愛い子、他にはいないんじゃないかと本気で思った。


 天使だな、いや女神かな? いやもう神をも超越した神々しい赤子だな? もう何でも良いか!


 とにかく、こんなに可愛い子は見たことが無い。


 もう全世界の人間はこの子を崇拝した方が良いなと、そう思った。


 誰よりも無邪気で可愛いこの子に、これから私は絶対の忠誠心を捧げていきたい。


 そして、彼女には一生忠義を尽くそうと、この時の私はそう決意した。




 だが-----運命というものは残酷で。


 その日の晩、『フィアレンス事変』という、地獄が起きてしまった。

あけましておめでとうございます!!

今年もこの作品共々、よろしくお願いします!!

2023年は、この作品をもっと皆様に楽しんでいただけるよう、努力したいと思います!!

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続きは明日か明後日には投稿したいと思いますので、また読んでくださると嬉しいです。

三日月猫でした! では、また!

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