第70話 元剣聖のメイドのおっさん、後輩メイドに呼び出しをされる。
何とかロザレナから貞操を守り切った俺は、湯舟に浸かって一日の疲れを癒した後、自室にてゆったりとした時間を過ごしていた。
マグカップに入った白湯を飲みながら、片手で万年筆を持ち、テーブルの上に置かれている紙へと字を書き記していく。
これは、マグレットに当てた手紙だ。
ロザレナが明日、先代当主夫妻であるギュスターヴとメリディオナリスにお金を送金するというので、俺はついでに一緒にマグレットへと手紙を書いて送ることにしたのだ。
入学してから今まで起こった出来事を詳細に綴っていき、ロザレナが健在であることも書き綴って行く。
・・・・勿論、昨日あった出来事、オフィアーヌ家のことは伏せておくことにした。
彼女には余計な心配はかけさせたくないし、何よりも祖母には安寧な余生を送っていて欲しいからな。
マグレットには、王国の暗部など知らずに、誰よりも平穏な暮らしを送っていて欲しい。
それが俺が、この世界で唯一の家族である彼女に対して、一番に望むことだ。
「・・・・・よし、これで良いかな。ふわぁ・・・・流石に疲れたな。もう、寝るか」
俺は大きく欠伸をした後、テーブルランプの明かりを消し、ベッドへと入り、横になる。
目を瞑ると、一瞬にして睡魔がやってきて意識を奪っていく。
バルトシュタイン家で起きたこの二日間の出来事を思い返しながら・・・・俺はそのまま泥のように眠りに就いていった。
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「------コツン、コツン・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「コツン、コツン・・・・・」
深夜。
突如、コツンコツンという、何か固いものが投げられ、壁にぶつけられているかのような音が耳の中に入ってきて----意識が覚醒する。
即座にベッドから飛び降り、俺は壁際に背を付けて、周囲を確認してみる。
特に、部屋の中には何の異常も見当たらなかった。
次に、音のする方向へと視線を向けてみる。
すると、音が聞こえた場所----ベッド脇にあるガラス窓を、小さな小石が外側から投げられ、ぶつけられている姿が目に入ってきた。
俺は警戒心を露わにしながら、ゆっくりと窓際へと近付いて行く。
一瞬、ゴーヴェンが送った刺客の仕業かとも考えたが・・・・刺客がわざわざ、こんな目立つ音を立てて俺を起こすメリットがあるのだろうか?
いや、何か情報を引き出す目的があって、敢えて俺を呼びだした可能性も捨てきれないか。
正体不明の来客者に緊張感を持って、身体を壁に隠しながら、チラリと窓の外を見下ろしてみる。
すると、そこには------何故か、見知った顔の姿があった。
「え・・・・・? コルル、シュカ・・・・・?」
窓を開けて、崖下に居るコルルシュカへと顔を出す。
すると彼女は小石を拾う手を止め、立ち上がると、眠たそうな目で俺の顔をジッと見上げて来た。
「あっ、やっほー、せんぱぁい。すぐに気付いてくれて、コルルぅ、嬉しいですぅ」
「な、何で、貴方がここに・・・・? レティキュラータス家のお屋敷にいるはずでは・・・・?」
「うーん。そろそろぉせんぱぁいがぁ、自分の生い立ちに気付く頃合いかと思いましてぇ。
「・・・・・自分の生い立ちに気付く、だと? ・・・・・何者だ、テメェ」
俺は鋭くコルルシュカを睨みつける。
さっきのその発言から鑑みるに、この女は、俺が先代オフィアーヌ家の令嬢だったことを十中八九知っている口ぶりだった。
いや・・・・
今手元には武器になるものはないが・・・・理由によっては、この場で奴を極秘裏に始末することも考えなければならないな。
ゴーヴェンの手先の者だとしたら、満月亭のみんなに危害を加えさせないように先んじて行動を起こし、ロザレナたちを守る必要性も出てくる。
「あのぉ・・・・せんぱぁい、そんなに睨まないでくださいよぉう。私、貴方の敵ではありませんよぉー?」
「バカかテメェ。その発言をこの俺が素直に信じるとでも思っていやがるのか?」
「そうですねぇ。せんぱぁいは元々私のことを疑っていたわけですしぃ、信じるというのも難しいですよねぇ」
「そういうことだ、女狐。腹の探り合いは止めて、とっとと目的を吐きやがれ」
「目的、ですかぁ?」
「あぁ。テメェはゴーヴェンに言われて俺を始末しにきた刺客・・・・そうなんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
彼女は俺のその言葉に、突如、悲し気な表情を見せてくる。
だがその表情を見せたのはほんの一瞬で、彼女はいつものような感情の起伏のない能面のような顔に戻ると、そのまま踵を返し、こちらに背中を見せてきた。
そして肩ごしにチラリと顔を向けると、いつもの眠たそうな瞳で、抑揚のない声を放つ。
「・・・・・せんぱぁいが、どうしても私を信じられないというのなら仕方がない話ですけどぉ・・・・でも、もし、
「・・・・・・真実、だと?」
「はい。オフィアーヌ家のことが知りたいのなら・・・・私の後ろをついてきてください。貴方に、会わせたい人がいますからぁ」
そう言って、コルルシュカはゆっくりとした足取りで、暗闇の中へと歩みを進めて行った。
俺は一瞬逡巡するが・・・・机の上にあったポケットナイフを手に取り、窓から飛び降りて、コルルシュカの後を追うことに決める。
このまま奴の正体を知らずにいるのは、どうにも寝覚めが悪いからな。
それと、さっきの・・・・奴が一瞬だけ見せた悲しそうな顔の理由も気になるところだ。
勿論、罠という可能性も十分にあり得るから、警戒を怠らずに、だがな。
少し距離を開けながらコルルシュカの後をついていくと、彼女はスタスタと前を向いて歩きながら、俺に話しかけてきた。
「ついてきてくれて、嬉しいですぅ。てっきり、無視されるんじゃないかと思いましたからぁ」
「いい加減、テメェの目的を教えろコルルシュカ。お前はいったい俺を何処に連れていきたいんだ?」
「校門の前ですぅ。そこに、せんぱぁいに会わせたい人がいますのでぇ。その方から直接お話を聞いてくださぁい」
「会わせたい人、だと?」
「はい。とりあえず、ついてきてくださいぃー」
俺は舌打ちを放った後、そのまま大人しくコルルシュカに従い、彼女の後を追って歩いて行った。
そうしてお互いに何も話さないまま闇の中を歩くこと数分後、ようやく前方に校門が見えてきた。
遠目だからはっきりとした顔は分からないが・・・・そこに、長身の男と思しき人物が立っていることが確認できる。
あいつがコルルシュカを使い、俺を呼びだした張本人だろうか。
俺は寝間着のポケットの中にあるナイフを持つ手に力を入れ、キッと、その男を睨みつける。
そうして近付くにつれ、彼のそのシルエットがはっきりと見えてくると・・・・俺は、その人物の正体が誰であるのかを完全に理解した。
フードを被り、ヴェネチアンマスクを付けたその男は、以前、エステルの従者として紹介された人物・・・・。
俺と同じシアンブルーの瞳をした、ノワールという名前の男だった。
「貴方は・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
彼は俺の姿を確認すると、ゆっくりとした動作でこちらへと歩いてくる。
そして俺の前に立つと、こちらを見下ろし、深いため息を吐いてきた。
「・・・・・何故、バルトシュタイン家の屋敷に行った?」
「・・・・・え?」
「私は以前、お前に、バルトシュタイン家には警戒しろと言ったはずだ。それなのに何故、お前はその忠告を破りバルトシュタイン家の屋敷へと向かった? 答えろ」
「・・・・あの、何で一度会ったばかりの貴方の命令を、私が聞かなければならないのですか? そもそも貴方はいったい何のために私をここに呼んだのでしょうか? コルルシュカとはいったいどういったご関係なんですか?」
「・・・・・・・・・・・」
口を閉ざし、俺を鋭く睨みつけてくるノワール。
そんな彼に対して、俺の隣に立っていたコルルシュカが静かに口を開いた。
「そろそろ、お話してもよろしいのではないでしょうかぁ。彼女も、自分の出生を知ってしまったわけですしぃ」
「黙っていろ、役立たずが。それと、今すぐにその気持ちの悪い
「・・・・・・・申しわけございません」
「そもそも私は、こいつをレティキュラータスの屋敷から出さないようにと、お前に監視を命じていたはずだったんだがな。何故、よりにもよってバルトシュタイン家が牛耳る聖騎士養成学校にこの女が入学をしている? ふざけるのも大概にしろ」
「・・・・・レティキュラータス家の息女とアネット
「お前の主人は未だ亡き父上なのか? この私ではなく?」
「いいえ。私の主人は旦那様でも貴方様でもございません。私の主人は・・・・アネットお嬢様ただお一人だけです」
そう言って、コルルシュカは今までの間延びした口調ではなく、流暢で丁寧な言葉を放ち、俺へと悲し気な目を向けてきた。
その潤んだこげ茶色の瞳は、先ほどと同じ・・・・何処か悲痛な想いを抱いている、そんな目の色をしていた。
俺はそんな彼女に向けて、さっきから気になっていた疑問を投げてみることにする。
「・・・・・あの、さっきから貴方が言っている、アネットお嬢様、というのはいったい・・・・?」
「私は・・・・私はっ----」
コルルシュカの困惑気な声に被せるようにして、ノワールが口を開く。
「・・・・そいつは、レティキュラータス家に仕えているイークウェス家と同じく、オフィアーヌ家に長年仕えている専属メイドの末裔であり、お前の世話係として付き人になる予定だった女だ。今のお前が、レティキュラータス家の息女の傍使えのメイドをやっているのと同じように、な」
「・・・・・・・・では、貴方は・・・・貴方はいったい、誰なのですか?」
俺のその問いに、ノワールはゆっくりと、ヴェネチアンマスクを外す。
そして、その素顔を、月光の元に曝け出した。
「私の名前はギルフォード・フォン・オフィアーヌ。先代オフィアーヌ家の長子にして、アリサ・オフィアーヌの息子・・・・・つまりは、私はお前の実兄だ」
大きな火傷跡が目元全体を覆い、額から鼻に掛けて斬り傷を負ったその青年の目は、オリヴィアの部屋で見た写真の少年と同じ形をしていた。
だが、幼少の頃の純粋無垢そうな瞳の色はしてはおらず。
彼のその目は----深い憎悪の感情を孕んだ、邪悪な気配を漂わせていたのだった。
第二章終了です!
ここまで読んでくださった皆様、本当に本当にありがとうございました!!
次回は、すいません、もしかしたら少しだけ投稿が遅れるかもしれません。
お待ちいただければ幸いです。
第三章は、学級対抗戦メインで書いていきたいと思います!
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皆様、良いクリスマスをお過ごしください。
三日月猫でした! では、また!